最終試験ダンジョン
第13話
次の日、ダンジョン管理協会の一室に五人の姿があった。
「今日が試験の最終日です。今日行く場所は知っていますね?」
ディアン先生が、四人の顔を順に見て確認する。
「はい、『アッカ』ですね」
マリンが嬉しそうな顔で答える。
「ダンジョンの名前なんて、覚えてないや」
「最初のダンジョンの名前が『モイトワ』です。観光客も来ますから、通常は非常に簡単なダンジョンです」
ルゥルの言葉に、ディアン先生は丁寧に解説する。
「昨日のダンジョンの名前が『メルランス』です。初級のトラップダンジョンですね。そして、先程、ブルーさん…」
言葉が途中で止まる。マリンは即座にその事に気付き、
「私のことはマリンでいいですよ。兄ちゃんとややこしいですし」
と苦笑いした。
「フム。では、お言葉に甘えてブルーさんはルゥルさんのこと、ということにしましょう。それで、マリンさんが述べたように、今日行くのが『アッカ』です。最終試験に相応しく、自然ダンジョンです。自然ダンジョンについては解説が必要ですか?」
ディアン先生と目があったレイルが、ルゥルを指差す。ルゥルは慌てて首を振る。
「流石に自然ダンジョンは知ってる!」
「へぇ、じゃあアタシに教えてよ」
「む、わかっててやってるだろ……まぁいいか。自然ダンジョンには召喚陣がない。召喚陣で呼び出されるのは魔物だが、自然ダンジョンには魔獣がいる。簡単にはこんな所かな? もう少し話そうと思えば話せるけど」
ディアン先生が、軽く拍手する。
「筆記ギリギリだったはずですが、やけに自然ダンジョンには詳しいですね」
「はい、昔……自然ダンジョンで、オレのせいで、マリンの足を失うことになったことがあって」
マリンは今の説明に、黙ったまま否定したそうな不満な顔をしている。
「なるほど。では、自然ダンジョンの危険性も知っていますね?」
力強くルゥルはうなずく。ディアン先生は少し表情を固くしてから、
「残念ですが、今回はその危険性に、マクシミン・フォークス氏の危険性も加わる可能性があります」
四人は同じように静かに驚いた。
「何か、わかったんですか?」
エーリーが手を上げてから尋ねる。それと同時に、唐突に部屋の扉が勢いよく開いた。新鮮な空気も同時に入ってくる。
「俺が調べた。だから、俺から言おう」
その男は髪の毛がツンツンで、青い。王らしいとかいう理由で、いつもマントを身に着けている人物。
「父さん!?」
ルゥルが椅子から飛び上がる。椅子はガタガタと音を立てる。
マントを翻しながら、部屋に入ってきた男が、例の勇者である。
「よう! ルゥ、マリィ。さっきぶりだな!」
「さっきぶりって何だ?」
「お二方とも、そういう会話は家でやりましょう」
父と息子の内輪的な会話が始まりそうだったので、ディアン先生は慌てて話に割り込む。
「おう、そうだったな、メリー先生」
メリーとはディアン先生のファミリーネームだ。
「マクシミンのことだったな。結論から言うと、彼はゼルコヴァと関係があった」
「ゼルコヴァ国だって?」
エーリーが眉をひそめる。それもそのはずで、ゼルコヴァは人族のみが暮らす、魔族差別国である。
「そんな怖い顔しなさんな。関係っていっても、ゼルコヴァが一方的に何かマクシミンに送り付けたって感じだからな」
その『何か』について、ピンときたのはレイル、そしてディアン先生だった。ディアン先生は黙ったまま椅子に座った。何も発言しなさそうだったので、レイルが代わりに『何か』の予想をする。
「多分、魔力を暴走させる装置ね。スケルトンが巨大化して暴走するなんて、召喚陣に異常な魔力を注ぎ込むしかないもの」
「流石、ゼブるんの娘だな! 頭良いな! おいゼブるん、どうせ今も見てるんだろ? よかったな! お前の娘は超優秀だぞ!」
うるさい。黙れ。勇者め。歩きながら、こっちを見て喋るな。知らない人には異常者にしか見えないぞ。レイルも驚いているだろ。
「父さん? 誰に話しかけてるの?」
「え? いや、今年の試験官はゼブるんだからなぁ。マリンも今も見られてるぞ~! しかもゼブるんは心が読める能力があるからな。丸裸だぜ!」
ゼブるんとは、ゼブル・バアル。魔王……私の名前だ。勇者カエルムが完全にふざけていることは、心を読む能力を使わずとも、長い付き合いで分かる。残念なことにテレパシー能力などはないので、こちらの気持ちはわかってもらえない。
魔王の話になって、レイルの顔に、不快感が滲み出てくる。勇者のせいである。……いや、私か。
「何か、ゼブるん怒ってそうだな……話を戻そう」
こういう小さな気付きができる所が、勇者の長所である。ふざけてないで、話を進めろ。
「初日の試験のことからも、マクシミンが犯人であることは確実だろう。それに、彼は妻を魔族に殺されてるから動機もある……まぁ、これは俺たち大人の責任の話だから気にすんな」
勇者は歯を見せて笑って、不安な気持ちを抱かせないように務める。
「これから俺と魔王で、マクシミンを探して、見つけ次第、解決するつもりだが……」
歯切れの悪い言い方に、ずっと座って黙っていたディアン先生が発言する。
「居場所がまだ絞り込めてなくて、今から我々が行くアッカダンジョンにマクシミン氏が居る可能性もあるというわけです」
「そうだ、試験を一時中断してもいいんだが……」
「ダメよ!!」
怒りの色を混ぜた大声を出したのはレイル。近くに居たルゥルが驚く。レイルは、それを見て自分が取り乱したことに気付いて、恥ずかしそうに下を向く。そして、
「大きな声を出したのは、ごめんなさい。でも、中断したら次いつになるかわからないし、それこそもっとひどい状況になって、試験が中止になったらアタシ……」
不安そうな、泣きそうな声だった。
「そうだな、気持ちはわかるさ。だから、俺が今日言いに来たのは、気を付けて試験してくれってことだ。先生も頼むよ」
ディアン先生に近づいて、軽く肩を叩く。ディアン先生は軽くうなずいてから、立ち上がる。
「了解しました。では、皆さん行きましょうか。注意点などは、移動しながらでいい
でしょう」
口では気持ちはわかると言いつつも、勇者は『何故、レイルちゃんはこんなに焦ってるんだ?』と心の中で思い、魔王に尋ね……やめろ、心を読む能力を利用するな。
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