第12話

 ワープ装置で、トロッコのあるフロアに戻ってくる。ルゥルとレイル、マリンとエーリーに分かれて、整備と掃除をしていく。陣、燭台、もちろんトロッコも。



 ルゥルは一人、天井の黒色の陣を見つめていた。例のアリが召喚される陣だ。感慨深く見つめているので、レイルは尋ねてみる。


「どうしたの?」

「いや、エーリーって不思議な奴だなって」

「のらりくらりしてるかと思ったら、トロッコでテンション上がったりね。クールなのかと思ったら、思慮が足りなかったりね」

「褒めてんのか?」

「褒めてる」


 柔らかい口調だったことと、口元を緩めていることからも、本当に褒めているのだとルゥルは気付く。


「オレが言う不思議っていうのは、そういう意味じゃないんだけど」

「じゃあどういう意味?」

「性別を感じさせないっていうか…」  


 口止めされていないが、話して良いのか迷ったので、ぼやかして話す。


「何が言いたいのかわからないわ」

「ここまで話しといてこんなこと言うの変だけど、本人から聞いてくれ」


 話はここで終わって、黙って作業に戻る。

 レイルはその後、二人で整備をしている間、ずっと難しい顔をしていた。



 入口付近で全員合流して、すぐにレイルが、エーリーに向かってルゥルとした話を話す。近くにはマリンもいた。

「あぁ、ボクが体は女性で、無性愛者だってことか」と言って、ルゥルの方に向かって「言ってくれてもよかったんだよ」と笑った。

 少しだけ驚いた顔をしたのはレイルだった。マリンは知っていたかのように、表情が変わらなかった。


「だから何だ? って言われたら、そこまでというか。むしろ、そういう反応が一番嬉しいね」

「エリーはエリーだもんね」


 マリンは即答だった。続けてレイルも同意する。


「そうね。体がアタシと同じ性別っていうのは驚いたけど」


 レイルとマリンの、後ろにいるルゥルが満面の笑みで親指を立てていた。


(ルゥ君の言った通りになったね)


 エーリーは心の中で、そうつぶやいた。そして代わりに、大切なことは口にして言った。


「ありがとう。これからもよろしく頼むよ」

「当たり前だろ」「当然でしょ」


 と、二人が口を揃えて言ったあとに、マリンはエーリーの手を握って、


「感謝するのは私のほうだよ。私が試験中に、楽しくいることができるのは、エリーのおかげだから」

「ボクは何もしてないよ?」

「障害者として見ないでくれたから」


 そう呟いて、マリンは手を繋いだまま歩き出す。エーリーは一歩出遅れて、マリンの青いポニーテールが頬に優しく触れる。

 ルゥルはその後ろで一人歩き出し、その言葉に拳を握りしめ、嬉しさが溢れ出すのを抑えていた。



 外に出る手前で、ディアン先生が見える。


「皆さん、お疲れ様です。全員無事ですね」

「そういえば、普通に試験してました」


 ルゥルは、最初の試験の時の事件を思い出す。


「そんな言葉を言わせてしまうのは、試験を実施する側としては、申し訳ない限りですね」


 普通に試験できるのが普通である。ディアン先生は軽く頭を下げる。


「ワープ装置は部品がなくて整備していませんし、そういえば、トロッコの車輪を壊してしまったんですけど」


 エーリーがみんなの代わりに、整備できていない箇所をすぐに報告する。


「ふむ、やはり壊しましたか」


 その口ぶりから、過去にも同じことが起きたようだった。


「やはり、トロッコのレバーに操作説明を書くべきですね。まぁ、僕は整備士でも設計士でもないので、報告するだけですが」


 彼は魔獣研究者である。しかも、ディアン先生をスカウトしたのは勇者だ。彼をスカウトしたことで、ダンジョン管理協会の技術者棟に魔獣の研究室ができた。つまり、所属的には『技術者』だ。


「じゃあ、減点対象じゃないんですか!?」


 思わず期待を口にしたルゥルと、共犯者のエーリーの目が輝く。


「いいえ、減点です」


 目の輝きは一瞬で闇に葬られた。



「お疲れさんっ、無事で何よりだ」


 元気に声をかけてくれた警備員の二人に挨拶してから、ダンジョンを後にする。ダンジョンから出た後の、太陽の光が眩しい。

 バス停の前で立ち止まり、背中を見せたままでディアン先生が、


「明日は、朝早く協会に来てください。お話があります」


 と、いつもの口調で告げた。何故振り向かなかったのかが、四人には謎だったが、返事だけはちゃんと返す。

 遠くから、黄色いバスが近付いてきた。

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