第11話
最奥は、小さくまとまった部屋だった。キレイに岩を削って作った四角い部屋だ。凹凸のないプレーンな岩壁と、金の宝箱を囲むように泉が湧いている。泉の近くには『体力回復』と書いた小さな看板とバケツ付き。泉の手前、ど真ん中には羊のような紋様が刻まれた黒い召喚陣がある。召喚陣は今まで見た物とは違い、円形ではなく四角形だ、四角の角から線が伸びている。
「この線が、あのトラップ部屋に伸びてるわけか」
そう言って早速、エーリーが陣の魔力を抜き始める。陣の色は変わらない。
「相当魔力量が多いのね。あの陣じゃ当然よね」
レイルが魔力抜きに加勢する。ゆっくりと陣の黒が抜けるが、まだかかりそうなのでその間にルゥルとマリンが宝箱の中身を補充する。
「レイピアとゴールドブレスレット…っと」
指差し確認して、再度宝箱を閉める。
「なぁ、結局氷の謎を解くヒントがないんだけど」
「「今忙しいから黙ってて」くれないか」
魔族組は作業中だったので、ルゥルは叱られてしまった。陣の魔力を抜く苦労というのは、人族には理解しづらい。逆に言えば、陣を書く苦労も魔族には理解しづらいのだから、本当はお互い様なのだが…。とにかく、魔力を抜いている時は集中を要する。
「そうだった、悪い」
ルゥルが、手を縦に出して小声で謝る。その傍で、マリンは何かひらめいたようだった。
しんとする部屋に、手前の部屋の冷気が入ってくる。
三分ほど経って、陣の色は失くなりかけていた。
「レイちゃん凄いよね。この陣、普通の魔族なら一人で三十分はかかるはずだよ」
魔族組の邪魔にならないように、マリンは耳打ちする。
「相変わらずレイルは魔王級だけど、その集中力に付いていくエーリーも凄いよ」
「ホントにね、二人とも凄い。私たちも頑張らなきゃね!」
兄妹が、聞こえないように二人を褒める。
陣の色が失くなった。
「はぁー」
レイルは深呼吸する。エーリーも胸を押さえながら呼吸を整えてからぺたりと地面に座る。
「これ、また注入するんだよね?」
「当たり前でしょ、魔物がいないダンジョンにするつもり?」
「エーリーも、レイルもお疲れ様」
魔族組の会話を聞いて、労いの言葉をかけてから、今度は自分たちの番だ。と剣を取り出す。何かを斬るわけではなく、陣の修復だ。削れたり、かすれたりした部分をキレイに治す。
「兄ちゃん、やる気満々だけどあんまり修復するところないね」
「あぁ……みんな大事にダンジョンを使ってくれてる」
ダンジョン整備士の試験は、観光客が比較的少ない時にやる。試験官の負担も減るし、受験者も心置きなく試験に向かえる。そういった理由で、この時期は礼儀を身に着けた腕の立つ冒険者ばかりが来るから、こういう整備する場所が少ないことはままある。
あっさりと陣は修復され、疲れている魔族組に出番が周る。
「はっっっやいな!!」
疲れのせいか、エーリーが珍しく突っ込む。
「す、すまない…もう少し仕事してるフリでもしたほうが良かったかな」
気まずそうな顔で、謝るが、無論ルゥルのせいではない。
「大丈夫よ、アタシがやるから。エーリーはもう少し休んでたら?」
「そういうわけにはいかないよ」
早速、魔力を入れる作業を始めたレイルを見て、エーリーは素早く立ち上がって作業を手伝う。
「エリー、はい、これ」
マリンが、エーリーに水が汲まれているコップを差し出す。差し出された水を喉を鳴らしながら美味しそうに、エーリーは飲み干す。
「ありがとう、少し生き返ったよ。それにしても、コップなんてどこから?」
「あのバケツの中に有ったの。泉の水は水分補給だけじゃなくて、体力回復も兼ねてるみたい」
「何で水ごときで体力回復するんだろうね」
ふと、回答のいらない疑問を軽く口にしただけだったが、マリンは回答を用意していた。
「ダンジョン内は魔力が多いから、水に微量な魔力が含まれるってことらしいよ。濃密な魔力の摂取は害があるけれど、水にはそんなに溶けないから大丈夫」
「詳しいね、マリー」
「魔獣の研究者目指してるから、これくらいは基本!」
マリンは、自慢気にメガネを触る。エーリーも「マリンならなれるよ」と一言だけ言って作業に戻った。
「レイルも水飲むか?」
ルゥルが、マリンの真似をしてバケツいっぱいの水を差し出す。
「アホなの?」
「ジョークだよ……」
くだらない冗談に二人は苦笑し合う。
整備も簡易的な掃除も終わって、最奥の部屋から出る。四人共に、氷の部屋に戻ってもそれほど温度の変化を感じない。冷気が最奥の部屋に満ちてしまったのだ。
「で、氷の問題についてだけど」
ルゥルが続けて、
「オレの自慢の妹が何かひらめいたみたいだから聞いてみよう」
「本当に兄ちゃんは、細かいところには気付くよね」
呆れたような、嬉しそうな、絶妙な口調でマリンは答えて、宝箱の方を指差す。
「宝? 何かあったっけ?」
「違う違う、泉の方!」
兄妹の話を聞いていた、レイルがひらめく。
「あぁ、だからバケツね。わかったわ」
さらに、エーリーも理解する。
「バケツって…ホースとか何か他になかったのかな?」
一人だけわかっていないルゥルが地団駄を踏む。
「待って、どういうことだ?」
「水の中の氷はどうなるでしょう?」
ディアン先生の口調でマリンが尋ねる。
「浮く」
「ね?」
「いや、待て待て! 浮かせてどうするんだ?」
今度はルゥルの疑問が三人にはわからない。
「よく考えてみろ、水を入れる。氷を浮かせる。氷を出す。で、その後、くぼみの中の水はどうするんだ? またバケツで抜くのか? そんな時間のかかるやり方なわけないだろ!」
マリンは口に指を当てて、考えを巡らせる。
「確かに。設計士さんがそんなバカなわけないよね」
「ルゥルにしては頭良いじゃない。さてはアンタ偽物ね」
「んなわけないだろ」
レイルが訝しげに、ルゥルの顔をじっと見つめる。澄んだ赤色の瞳に見つめられて、慌ててルゥルは視線を外して、エーリーの方を見る。
それを見ていたエーリーは、何かを見透かしたように微笑を浮かべていた。
少しの間、四人で考えていると、ルゥルのダンジョンフォンが鳴る。取り出したダンジョンフォンの画面には『ディアン』と書いてある
「先生!?」
慌てて電話に出る。
「はい! ブルーです!」
「えぇ、ブルー君にかけましたからね。それより、随分時間がかかっているようですが、何か問題がありましたか?」
入口で待っていたディアン先生が、四人の戻りが遅いので心配して電話をかけてきたのだ。
「くぼみに氷を入れる仕掛けなんですけど、この氷を元の位置に戻す方法がわからなくて」
「それは、そのままでいいです」
聞き間違いしたかと思い、聞き直す。
「え?」
「ですから、そのままでいいです。スイッチに熱源、くぼみには、見えないかも知れないですけど排水する所があります」
沈黙。氷の方を見てみると、確かにさっきより氷の高さが少し減っている。
「じゃあ次の氷は!?」
「製氷機から自動で床から出てきます。巨大製氷機の整備は危険度が高く、あなたたちには早いので試験には含めていません」
「りょ、了解です、氷上だけツルツルにして出ます」
「では、引き続き頑張ってください」
そう言って、プツリと切られてしまった。ルゥルはあまりのことでしばらくダンジョンフォンを、耳に当てたまま氷のように固まっていた。
ルゥルが、他の三人にも話を伝える。一人はため息を吐き、一人は微笑み、一人は腕を組む。
エーリーが辺りを見回す。
「製氷機なんて見えないけれど、どこにあるんだろうね? マップ上にも何もないし」
「あとで先生にでも聞いてくれ、オレはもう考えるのはやめたんだ」
ニヒルな笑みを浮かべているルゥル。簡単に言えば、頭空っぽである。
氷用のブラシで床を磨いてから、四人は氷の部屋を後にした。
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