第10話

 トロッコの修復をしている間に、レイルとマリンはマップを確認しつつ、一つ目の燭台に向かっていた。


「もう! 最初の試験もトラブルで完全に整備できてないし、今回も減点確定よ!」

 

 レイルは不機嫌にどしどし歩く。隣を歩くマリンの顔を見ると、対して余裕がある表情だった。身体的には自分のほうが恵まれているのに、と同情の感情が浮かぶと共に、気使いの心も同時に浮かんだ。

 途端に歩くスピードを落とす。


「足、大丈夫?」

「大丈夫。兄ちゃんをほどじゃないけど鍛えてるし」

「体力とかそういうのじゃなくて、義足って長時間キツいって聞くから」


 マリンは凛と微笑む。


「昔はソケット…接続部分が作りが悪くて痛かったんだけどね。最近は技術者さんが凄いから、靴みたいな感じだから大丈夫だよ」

「歩くスピード早くなかった?」


 マリンのほっぺが膨れる。怒っている風だ。目も何も怒ってはいない。フグみたいで可愛いとレイルは思っていた。


「気使われるのが私は一番イヤだから」

「オッケー」


 レイルの歩くスピードが元に戻る。


「多分、今のところ試験は大丈夫だよ」


 レイルの速さに着いていきながら、マリンが自信があるかのように言う。


「根拠は?」

「何となく!」


 マリンが走り出す。遠くでガタンゴトンとトロッコが走る音が聞こえた。


「女の勘ってやつね。これ以上失敗しないように急がなくちゃね」


 レイルも急いで走る。



 マリンの攻撃用に持っていた爆薬を利用して、一つ目の燭台に火が灯る。燭台の前にあった召喚陣は、青色を輝かせている。


「いいわよ。二つ目」


 ダンジョンフォンでルゥルへと合図を送る。ルゥルからの短い返事を聞いてから、そばにいるマリンに話しかける。


「ちょっと乱暴な火の付け方ね」

「付いたから大丈夫! それに燭台に、爆弾で火を点けるなんてダンジョンじゃよくある話だから」


 上品さのかけらもないやり方に疑問を持つレイルをマリンが説得する。


「よく…あるのかしら?」



 二つ目の燭台も明るさを得る。こちらにも青色の陣。こちらはエーリーの靴銃で火が付けられた。

「銃で火って点くんだな」とルゥルはつぶやきながら、火の仕組みに首をひねる。


「よし! 行くか!」


 自分自身に気合を入れて、エーリーと全速力でトロッコへと走り、飛び乗る。ちょうど真ん中あたりの位置になっているレバーを上げる。


「おっと、あそこにある青色の陣はいいんだっけ?」


 トロッコを操作しながら、視線だけをエーリーへ向ける。


「あぁ、魔力が減ってないしね。陣の形もキレイだから整備しなくていいと思う」

「それって、ダンジョン的にダメダンジョンなんじゃ?」

「そういうのは、ダンジョン設計した人に言うと殴られるから気をつけよう」


 魔力が減っていないということは、魔物が召喚されていないということである。つまり燭台のトラップに引っかかる冒険者が少ないということだ。最近の冒険者は、無粋にもダンジョン情報を事前に調べてくるから当然といえば当然なのだが、設計をした者や整備士としては悲しい。いや、勇者のような『力でゴリ押しする者』が減ったと喜ぶべきだろうか。



 三つ目の燭台が見えてくる。


「ルゥ君! トロッコを下りる時に注意だ!」


 トロッコの走る音に負けないように、大きな声で注意を促す。


「あー、えーっと、何か罠があったんだよな」


 ルゥルが視線を上に向けて、何とか思い出そうと脳を絞る。


「矢の罠だ。トロッコ留めで止まったトロッコを降りた所にちょうど仕掛けられている。壁から矢が飛び出てくるよ」

「いっそ、降り口じゃなくて前から出るか」

「ボクは罠さえ起動しなければ何でも良いよ」


 トロッコは終点にたどり着く。レバーをゆっくりと上に上げる。高い音を出しながらトロッコは減速し、止まった。

 ルゥルとエーリーは、トロッコのレバーの奥にある柵を乗り越えて、ジャンプして飛び降りた。

 燭台の前の、三角がいっぱい模様の陣は相変わらず青色で満ちている。


「じゃあ、エーリー頼むよ」

「任せて」


 エーリーは燭台の高さまで飛び上がり、靴の中の引き金を引き、銃を放つ。見事に燭台の木に当たり火が点く。


「凄いな。ジャンプ力もだけど、命中率も」

「無意識に魔物を何十匹も切り刻む人に褒められてもね」


 エーリーはいたずらな笑みを浮かべる。


「その話はもうやめてくれぇ」


 ルゥルが情けない声を出したのと同時に、ピコンピコンという音と一緒に、ワープする場所が三つ目の燭台の横に現れる。イルミネーションで飾ったように円状に魔力の光の粒が輝いている。


「上手くいったな」


 お互いに、健闘をたたえて親指を立てた拳を突き合わせる。ルゥルが何気に行った行動だが、エーリーはその行為がとても嬉しかった。


 ダンジョンフォンで、レイルに成功したことを連絡し、ワープ前で待つ二人。


「おーい! 兄ちゃん~、エリー!」


 遠くで手を振りながら、マリンが近付いてくる。レイルも一緒だ。



 合流した四人は光の中に入る。先陣を切るのはルゥル。剣を勢いよく振ったような音がして、ルゥルは三人の目の前から消える。

 瞬間、氷だらけの四角い部屋に居た。壁も天井も白氷だ。広い部屋の所々に氷柱が確認できる。全部が白いのでダンジョン管理協会の内部に似ているとルゥルは思っていた。

 後ろを振り向くと、いつの間にか三人も来ている。


「寒いわね」

「上着貸そうか?」


 上着を素早く脱いだルゥルの優しさに、レイルは首を横に振って、


「大丈夫よ、そういう意味で言ったんじゃないから」


 と告げる。行き場のなくなった上着を見て、エーリーが上着を奪うように取る。


「じゃあ、ボクがもらおう。ボクなら恋の匂いはしないしね」


 エーリーの冗談にマリンは吹き出した。当の本人たちは首をひねっている。


「どういう意味?」

「おっと、この部屋は氷を動かしてスイッチまで持っていくという部屋だね!マップ

を見ながら指示を出す役と氷を押す役が必要だ!ボクはどっちの役でもいいよ!」


 息継ぎ少なく早口で話し、話題をそらす。


「氷は一度押すとそのまま、まっすぐ滑っていくんだったね」


 マリンも、エーリーの意図を汲み、そのまま話を持っていく。


「考えるの面倒くさいから、オレが氷を押すよ」


 ルゥルは、気にしないことにした。言葉の意図も氷の罠も、自分が考えるだけ無駄だと思っている。


「ねぇ、さっきのってどういう…」「あー! 私も寒いから、早くやっちゃおう!」


 マリンに背中を押されたレイルは、モヤモヤしたまま氷の上を歩く。

 結局、指示役はエーリーになって、他の三人は氷を押す役になった。


「まずは左に押して、氷が止まったら奥の方に押すんだ」

「了解」


 身長ほどある氷を、ルゥルが押すと、最初にジャリジャリと氷同士の磨れる音を立てながら、氷は真っ直ぐ滑り進み、氷柱にぶつかって止まる。ちょうどその場所の近くにレイルが待機していて、届いた氷を指示通り奥に押す。


「次はどっちー?」「右だ!」


 さらに、その先にいたマリンがエーリーに指示を聞いて、部屋の右の方の壁へ向かって押す。義足ながら、巨大な氷を上手に押していたので、エーリーとレイルは心の中で尊敬の念を抱いた。



「あとはルゥル、頼むよ」


 ルゥルが最後のひと押しをすると、氷はストンとくぼみにはまり、くぼみの中のスイッチを押す。

 地響きと共に、壁の一部が開く。


「これ、帰る時どうするんだ?」


 大きな氷を指差し、素朴な疑問をルゥルは口にする。


「アタシに聞かれても、ねぇ?」

「ボクも知らないよ? マップにも何も書いてないしね」


 冒険者ならば、攻略してさようならだが、彼らは奥まで行き、整備しながら戻る必要がある。


「とりあえず、一番奥まで行ってみようよ」


 マリンの提案に、全員賛同して、最奥地に足を踏み入れる。

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