第9話

「マジで殴るとは」


 ルゥルは頭をさすりながら不満を口にする。


「ボク、げんこつは初めてだよ」


 同じく頭をさすりながらも、初めての頭にげんこつを食らったことに感動しているエーリー。



 合流してすぐ、レイルは二人を殴りに行き、マリンはトロッコの車輪の状態を見ていた。車輪の状態を確認すると、リュックからすぐに車輪のパーツを取り出す。


「直りそう?」


 車輪を曲げた犯人を殴る仕事から戻ってきたレイルが、マリンの背後で心配そうに声をかける。


「いくらなんでも車輪は持ってきてないから、どうしようもないかな」

「え! 車輪持ってきてないのか?」


 ルゥルが口を挟む。


「兄ちゃんはトロッコを何だと思ってるの?」

「ロマンのある乗り物」


 即答。堂々とした返事だ。


「仮にロマンがあるとして、兄ちゃんや、トロッコの重さを一番支えてるのは何だと思う?」


 悟らせるように説明するマリン。どちらが年上かわからない。


「車輪だな!」

「そう、トロッコが軽すぎて、脱輪とかしたら嫌でしょ?」


 先程、宙を舞ったことを思い出すルゥルとエーリー。それでもトロッコは脱輪することはなかった。もしも、あの時トロッコまで宙を舞っていたとしたら……


「「凄く嫌だね」」


 思わず声が揃う。何があったのか知らないマリンは、不思議な顔をしているが追及せずに話を進める。


「つまり」

「車輪はそれなりに重いのか」

「リュックには?」

「入るわけがない! やっぱマリンは頭がいいなぁ!!」


 ルゥルがマリンの頭を撫でる。


「ルゥルの頭がくるくるぱーなだけでしょ」と、レイルはルゥルに聞こえないようにつぶやくが、その小さな言葉の刃はレイルの近くに居たエーリーだけに刺さった。


「車輪が無いとして、じゃあ、どうするんだ?」

「その前に。話の途中だけど、ちょっといいかな?」


 エーリーが手を上げて注目を引く。


「一応、この部屋には召喚陣があるんだけど…まぁ、リポップが長く設定してあるから大丈夫そうだけど。けれど急いだほうがいい」


 指先は天井を向いている。天井には一つの召喚陣。陣の色は禍々しく黒い。レイルが陣を読み解く。


「シロアリの魔物が…黒色だから連続して召喚されるのね」

 そう言ってから、しばらく陣を眺めて「凄い数倒してるわね、ルゥルもエーリーも大変だったのね」と述べる。


 自慢気な顔のルゥル。しかし、倒した時の記憶はほぼ無い。


「陣の魔力抜けば急ぐこともないんじゃないか?」


 ルゥルが気軽に口にした言葉だったが、三人が目を丸くしている。


「え? 変なこと言った?」

「言ったね」「言ったよ」「言ったわね」

「こりゃ一度、筆記試験で落ちるわけだわ」


 三人の連続した攻撃の最後に、レイルがとどめを刺す。ルゥルはしょんぼりと目を伏せた。


「簡単に言えば、黒色の陣は大元の陣から魔力を抜かなきゃいけないんだ」


 エーリーが優しくルゥルに説明する。


「そういえばそうだった気がする。じゃあ、奥の部屋に行かなきゃダメってことか」

「急がなきゃいけないから話を戻すけど、車輪の曲がっちゃったのは、操縦のある所の車輪の前輪だけだから、貨物台を切り離して、貨物台の車輪と取り替えるのが一番早いと思うよ」


 その言葉にルゥルとエーリーは反省する。これは減点対象である。整備する者がダンジョン内の物を壊しては、何をしに行っているのかわからない。


「オレがやるよ。力仕事なら任せてくれ。迷惑かけっぱなしだから」

「ボクも手伝うよ。レイルとマリンは最初の燭台に向かっていてくれ。そのほうが早いだろう?」


 三つ燭台があって早く火をつけることが必要ならば、分担しよう。というエーリーの提案を受け入れて、レイルとマリンは最初の燭台に向かうことにした。

 ところで、四人いるなら全員バラバラの燭台に行けばいい。という判断もあるだろうが、整備士は人族と魔族とペアで行動するのが基本だから、そういった思考には到りにくいし、何より整備士の危機管理としてその行動はよろしくない。

 ダンジョン内で一人で行動できるのは、整備士がしっかりと整備したダンジョンに入れる冒険者だけだ。その冒険者すら、入場時に通話の状態にしてあるダンジョンフォンを持ち歩くことが義務付けられている。



 ルゥルがトロッコの連結を切り離し、貨物台を線路からどかす。

 持っていたレンチを使って車輪を外す。非常に手早い。


「見事な手際だ」


 思わず拍手しながらエーリーが褒める。


「実技なら得意なんだよな。頭だけ使うのは難しい。父さんの遺伝かな?」

「勇者様だったよね?」


「そう」と答えながら、ひしゃげたほうの車輪の大きなネジをレンチでくるくると回す。


「羨ましいな」


 羨ましいという意味が、親がいることか、親が勇者であること、のどちらの意味かわからなかったので、エーリーの顔を覗く。

 少し寂しそうな顔をしていた。前者だろうと当たりをつけて返事をする。


「うん。自慢できる親がいるのは幸せだよ。まぁ、父さんが言うには『自国民はみんな家族だ!』らしいから、エーリーにとっても親だと思ってもいいんじゃないかな」


 熱血勇者の真似を混ぜながら話すと、くすくすとエーリーは笑う。


「じゃあ、ルゥ君の実家はボクの実家でもあるわけだ」

「冗談じゃなく、エーリーならいつでも来ていいよ!」


 頬が緩んで嬉しそうな表情をしているエーリーを見て、ルゥルも作業をしながら嬉しくなった。

 ひしゃげた車輪を地面に置いて、丸い車輪を軸にはめ込む。あとは外れないようにするだけだ。



「よっしゃ! 愛しのトロッコちゃん復活だ!」


 車輪を替えただけだが、手を加えた分、愛着感が増した気がしていた。


「安全運転で頼むよ」

「わかってる」


 ルゥルは、げんなりした声で返事をしてレバーをゆっくりと上げる。減点も怒られるのも、もう嫌だった。

 トロッコはゆっくりと後進を始める。

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