第8話

 レイルとマリンが話をしながら歩いていた頃。トロッコはリズミカルで豪快な音を出しながら走っていた。トロッコに乗るルゥルとエーリーのテンションも高い。


「ねぇ、アレって線路のスイッチじゃないのかい?」


 エーリーが道の途中の線路切換装置を見つけて話しかけるが、


「何か言った? もう一回大きな声で言ってくれー!」


 トロッコの音で聞こえなかったのか、大声でルゥルが聞き返す。その頃にはもう装置の真横を過ぎて、今ある景色は後ろへ後ろへと流れていく。線路は切り換わらず、真っ直ぐに進んでいく。

 エーリーは話が聞こえる位置に行こうと、トロッコの揺れで落ちないように慎重に前の方へと進む。車よりは早くないが、それでも連結部分をまたぐのは怖い。

 ルゥルのすぐ後ろへとたどり着くと、もう一度さっきの言葉を繰り返す。


「スイッチ? あった?」

「もうすでに二回スルーしてる! あ! ほら! アレだよ!」


 右側にまた見えてきた線路の切換装置を指差すエーリー。


「でも、アレって降りなきゃ切換られなくないか?」

「うーん、確かにね。このまま真っ直ぐで良いのかな。地図を見てみるよ」


 エーリーは腰掛けバッグからダンジョンフォンを取り出し、マップを開く。画面には三つの分岐点。そして、そのまま真っ直ぐ進むと、強制的に左に曲がり、罠部屋に入ることがわかった。


「えーっと、ルゥ。ボク達は何回分岐点を過ぎたんだっけ?」

「二回スルーして、さっきも一回見た。三回か?」

「このままだと罠部屋だね。整備士が罠にかかるなんて、減点対象じゃないかな?」

「「…」」

 沈黙する二人。トロッコの音が響く。

「わ、罠突破すればワンチャンあるよ」

「ワンチャンが犬じゃないことだけを祈るよ」


 ワンチャンとはもちろんワンちゃんではなく、可能性があるという意味である。ふざけたことを二人が話していると、トロッコは終着点へとたどり着く。スピードを下げ忘れて、線路の終わりのトロッコ留めに勢いよくぶつかり、二人は宙へと投げ出された。


「ぐべっ」


 受け身を取って地面へと転がったルゥルの上にエーリーが落ちる。

 思わず両手と全身でエーリーを受け止め、抱きしめる形となる。

 エーリーの首筋から、ふんわりとせっけんの香りを感じる。

 そして、胸元に少しの柔らかさを。背中を触れている手に感じる肌着の凹凸。


「うわぁっ!!」


 ルゥルはエーリーを突き飛ばす。


「うわぁとは酷いなぁ」


地面に落とされたエーリーは身なりを整えながら立ち上がる。


「言いたいことはあるだろうけど、まずは」


 二人は魔物に囲まれていた。人ほどの大きさのシロアリだ。後ろ足、中足四本で立ち上がっていて、前足には三叉槍を持っている。


「触覚がおしゃれだね」


 ルゥルは魔物ではない別のことで気が動転しており、変なことを口走りながら、腰に差してあったショートソードの二刀流で、すでにシロアリの一匹を微塵切りにしていた。

 レイルから話には聞いていたけれど、ルゥルの剣技にエーリーは素直に驚く。自分も足に力を込めて、シロアリを下から上へと蹴り上げる。同時に靴から射撃。


「お目々もつぶらでかわいい」


 エーリーが一匹倒す間に、ルゥルはひらひらと舞う木の葉のように十匹ほど倒していた。無の境地に近い状態でシロアリを斬り刻んでいる。


「ちょっと、ルゥ君、大丈夫かい?」

「色白でキレイだね」

「そりゃ、シロアリの魔物…って」


 すべての魔物を斬り刻んでも、ルゥルは剣舞をやめない。エーリーの声は届いていなかった。


「おい!! ルゥル!!」


 エーリーの鋭く低い怒鳴り声で、ルゥルはようやく立ち止まる。


「魔物はもう居ないよ! 虚空を斬るのが趣味ならもう止めないけれど」

「あ、あぁ、何があったんだっけ?」


 思い出される柔らかさと匂い。


「そ、そうだ、え、え、え、え、エーリー! 君は女性だったのか」


 ずっと男性だと思っていた人が、女性だったことに心臓の鼓動が早くなった。純粋に驚いたのだ。


「んー、正確には体は女性だという感じだね」


 口元を手で隠しながらエーリーは返す。


「あぁ、心は男性っていう…」

「違うね」


 勝手に納得したルゥルに、すぐに冷たく訂正が入る。


「心は無性だ。異性であろうと、同性であろうと、恋愛感情を持たないタイプの無性愛者なんだ」

「そうか、だから胸をキツく締め付けて胸を小さく見せて…」

「それはただのスポーツ用ブラジャーだね、胸を締め付けてるわけじゃないからね」


 ことごとく推理を外して、ルゥルはぐぅの音も出なくなり、黙った。


「何ていうのかな、自分の体に不満はないんだよ。単純に恋愛感情がないだけで」


 頬に手を当てながら、考えながらゆっくりとエーリーが説明する。ルゥルはもう何もいうまいと、口を横棒にしたように黙って聞いている。


「心の性別が失われた状態っていうのが、一番わかりやすいかな…?」と不安そうに説明した後、「おかしいよね」と付け加えた。

 ルゥルは首を横に振る。


「多分、幼い頃の戦争での記憶のせいなんだろうけど、まぁしょうがないよね」


 作り笑いを浮かべるエーリーを見て、ルゥルはエーリーに近付いて手をにぎる。


「大丈夫。おかしくないし、そのままでいいよ。驚いちゃってごめん」


「ルゥ君の前にも、この話をしたことあるんだけど、なんか気持ち悪がれちゃってさ。「同性でも異性でも、普通は人に恋愛感情を持つものだろう」ってさ」


 空いている方の手で、被っていた帽子のツバを下げて目を隠した。


「ははは、そいつは立派な普通なヤツなんだろうね」


 エーリーが泣いていることに気付いて、あえてカラカラと笑って返し、にぎっていた手を離して、


「多分その話をレイルとマリンにしても、気持ち悪がったりしないよ」


 とルゥルは親指を立てる。

 エーリーは帽子で顔を隠しながら微笑した。


 しんと静かなダンジョン内で、ルゥルの腰掛けバッグが音を鳴らす。慌ててバッグの口を開けて、ダンジョンフォンに出る。


「どちら様?」

「は? あんた今どこにいんのよ」


 聞き慣れてきた怒声が耳元で聞こえる。


「トロッコを全く操作せずにたどり着いた所です」


 思わず敬語になる自分を情けなく感じるルゥル。ダンジョンフォンからレイルのため息が聞こえる。


「エーリーも一緒よね?」


 ルゥルが横目でエーリーを見ると、もう帽子を元に戻して、ルゥルが電話しているのを見ているようだった。


「一緒だよ」

「手短に言うけど、このダンジョンは燭台に火を」

「順番につけるんだろ? 知ってるよ」

「じゃあ、何で罠部屋にいるのよ!」

「いや、オレたちも乗ってから気付いたんだけどさ、トロッコに乗りながら、切換装置を作動させるのってできないのな」  


 再度聞こえるため息。今度はダンジョンフォンの奥の方で笑い声も聞こえた。


「とりあえず、アタシたちはマップでいうと一番下のルートの奥にある燭台の前にいるから」

「了解。上、下、中が正解の順番だから、上に行けばいいんだね」

「そうよ、じゃあ、燭台の前についたらよろしくね」


 電話を切って、ダンジョンフォンをバッグに戻すと、エーリーがこちらに近付く。


「返事の内容から大体は把握したよ。行こうか」


 戻ろうと踵を返すと、目の前にはトロッコ。


「ねぇ、エーリーさん、聞いてくれます?」


 わざとらしい恭しさでルゥルはエーリーの目を見る。


「うん? どうしたんだい?」

「『わざわざ整備しなきゃいけないトロッコ』に意味がないなんてことはないと思うんだ」


 エーリーは首をひねる。ルゥルが言いたいことがまだわからない。


「マップには書いてないけど、全部の燭台に火を点けるのに時間制限があるんじゃないか、ってこと」


「燭台の火は急がないと消えてしまうってこと?」


 ルゥルは肯く。


「うーん。確かに、マップには罠の場所と種類は書いてあるけど、時間経過がどうだとか詳細は書かないからねぇ」


 しかし、エーリーは納得していないような疑問を持つ喋り方で続ける。


「例えば、冒険者が一人だったらどうするんだい? ボクたちはトロッコに乗ると線路の切換ができないことを学んだはず」

「いや、止めればいいんだよ」


 正論の中の正論だった。止めれば安全に降りられる。


「どうやって? レバーは一つしか…まさか」


 ようやく気付く。前にしか進まないのであれば、トロッコ留めにぶつかったトロッコをどうやって元の場所に戻すのかということに。


「そう! レバーを上に上げるとバック出来るんじゃないかな? このトロッコ」


 楽しそうにルゥルはトロッコに乗り込み。レバーをゆっくりと上げる。鈍い異音。


「ルゥ君。嫌な予感がするよ」


 トロッコ留めの石に、勢いよくぶつかった衝撃で壊れてしまった。という予感。


「んー、変な音だけど、音はするからエンジンが生きてると思うんだけど」

「ルゥ君は機械に強いのかい?」


 手をひらひらさせて否定する。


「機械はマリンのが強いからいつも頼っちゃうんだ。でも、まぁ人並みかな。だから強くはないよ。エーリーは?」

「ボクも銃とか重火器は触るけど、配線とかテクニカルなのは苦手だな」


 ルゥルはトロッコから降りて、トロッコの下の方を覗き込むように地面に体を伏せる。


「どうも、テクニカルじゃなくて済みそうだよ」


 ルゥルが指を指している部分を、エーリーが覗くと、車輪がひしゃげて線路から脱輪しているのが確認できた。


「トロッコの車輪か。でも、困ったな。トロッコのパーツは大きいからマリーのリュックの中だったよね?」

「このダンジョンは四人で協力するはずだったからなぁ……あとで一緒に二人に謝ろう」


 エーリーは首を縦に軽く二回振った。


「とりあえず、状況を伝えるためにオレが電話かけるよ」



 鉄の土台に細い木が乗っているだけの燭台の前で、レイルとマリンは座って休憩していたところに、レイルのダンジョンフォンが鳴る。


「あら? 早いわね」


 手に持っていたダンジョンフォンの通話ボタンを押す。


「もう着いたの?」



 ルゥルの状況説明を聞いたレイルは、ため息すらも出さなかった。


「わかったわ。アタシたちがそっちに行けばいいのね」と理解者のような口を開いた後に「あとで殴らせてね」と、暴君が顔を見せる。そして、電話はブツ切りされた。


 ルゥルとエーリーの二人は、この後めちゃくちゃ怒られた。

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