第7話

 座ってなまった体を、四人はシンクロして同じように伸びをする。人族も魔族も体の作りは同じだ。


「よっし! 行くか」


 ルゥルが自分自身に気合いをいれる。

 バスから降りてすぐにダンジョンだ。そもそも人工のダンジョンというのは、冒険者用の観光みたいなものでありアクセスに不便がないようにしている。自然ダンジョンという所もあるが、こちらは逆にアクセスが悪いようにしている。今回は人工ダンジョン。トラップダンジョンだ。

 辺りは岩だらけ。一段と大きな岩山の前に大きな木で作られた看板がある。


『ようこそ、トラップダンジョンへ』(※カラフルな文字で)


 トラップがいっぱいある楽しいダンジョンです。だなんて、頭がおかしいとは思うが、勇者の発案で、しかもこれが成功して国は儲けているから誰も何も言わない。

 四人が看板に近づいていくと、洞窟の入口が見えてくる。見張りの警備員もいる。彼らは優秀で、警備、ダンジョン入り口での案内と入場料金の受け取り、ダンジョンからの救出、緊急の簡易な手当まで出来る。昔は一人で警備だったのだが、マリンの足を失う事件の後、警備も二人一組ですることが必須になった。ハオが一命をとりとめたのはディアン先生のおかげもあるが、警備の迅速な手当の功績だ。ちなみに警備員は、ダンジョン管理協会では医者などが所属する所に当たる。


「お、いらっしゃい! 今年も若々しいのが揃ってんなぁ!」


 髭をはやした警備の男が四人に向かって挨拶する。試験に年齢制限はないが、十五歳で受ける人が多いので、『今年も』という言葉が付け加えられたわけだ。


「ボクは十六才ですけどね」


 言葉の意図を読み取って、ルゥルが自分で自分を皮肉る。


「何だ、一年くらい。こいつは警備の試験に三回落ちてるぞ」


 警備の女が、男を指差して男らしく笑う。


「うるせぇよ! って、試験に来たんだったな。通っていいぞ。頑張れよ!」



 一連の警備員コントを見て、四人はダンジョンの中へと入る坂道を下っていく。


「石だらけね」


 最初の試験のダンジョンとは違って、上下左右が岩石だ。しかし、ゴツゴツと岩が出ている感じではない。


「ここは大昔、採石場だったからね、キレイに削られてるのもそのせいだよ」

「へぇ、それで配線もされて電球までぶら下がってるってわけね」


 レイルの問いに、マリンが答えを出す。ダンジョンの歴史まで勉強しているのか、とルゥルは口には出さずに一人、妹の知識に驚いていた。

 黙々と中へと足を踏み入れていくと、坂道が終わって平坦な道になった。少しだけ油のような臭いがする。臭いのする方へと歩くとそこには、


「トロッコだっ!!!」


 ルゥルのテンションが爆上がりする。男のロマン。トロッコ。錆色の車輪。一番前に簡易な運転席、運転と言ってもハンドルは付いておらず、速度を調整するレバーのみだ。その後ろに連結された三つ並んだ鉄の箱。採取した石を積載する場所だ。そして、車輪と同じ錆色の線路が奥の暗闇まで伸びている。


「いぇーい!!」


 とは、エーリーの発言。ルゥルが運転席にダッシュして乗り込み、そのすぐ後ろの石を積載する場所にエーリーが飛び乗る。


 ガシャン!!


「ガシャン?」


 ルゥルは運転席に乗り込んだ時、誤ってレバーに体重をかけてしまった。

 甲高い鉄の音を出しながら、トロッコはゆっくりと発進する。


「ちょっと!! 何してんの!!?」


 レイルが大声で制止しようとするが、男のロマンは止まらない。レバーを意図的にさらに下げる。

 線路と車輪が当たって出る金属音の間隔が徐々に短くなっていく。


「ちょっと行ってくる!」


 災害の時に、その言葉を口にしてから出かけると死ぬとはよく言われているが、今はダンジョンなので問題ない。

 段々と遠くなる姿。青いツンツンと、帽子頭。二人とも満面の笑み。

 溜息をつくレイルと、何故かニコニコとしているマリンだけが残された。


「何であなた笑ってるの?」

「だって、兄ちゃんらしいなって」

「家にいる時はあぁいう感じなの?」

「違う違う、いつもあんなだったら疲れちゃうでしょ。レイちゃんは一人っ子?」

「レイちゃんって…」

呼び方に疑問を覚えたが、まぁいいかとスルーする。

「そうね。一人よ」


 マリンがトロッコの行った方向とは違う道の方へ歩き始めたので、レイルもそれに追従する。


「魔王様と住んでるの? お母さんは?」


 レイルの顔色があからさまに険しくなる。


「母は死んだわ。実家はレディッシュだけど、今は祖母と一緒に…ブルーエンで暮らしてる」

「へぇ、そうなんだ」


 兄のルゥルは相手の顔色を優先して話すタイプだが、マリンは自分の疑問をまず解消したいタイプのようだった。


「魔王様と喧嘩でもしたの?」


 この通り、淀みない回答である限りはどんどん聞いてくる。


「あの人は母を見殺しにしたから…」


 会話はそこで途切れた。マリンもその先の言葉は聞かずにいた。


「アタシも兄弟でも居れば、もう少し楽しかったのかしら?」


 両者ともに長く黙った後、レイルが口を開く。


「どうだろうね? わかんないけど、私が義理の妹になることはあるかもしれないし。諦めるには早いよ!」


 その言葉の意味を噛み砕くのに少し時間がかかった。数秒後、遅れてレイルの耳が赤みを帯びる。


「バカね、そんなことあるわけ…」

「レイちゃんは顔に出やすいね」

「違うからっ!」


 手をぶんぶんと振って体でも否定するが、


「ふふ、そうね、わかった」


 と、大人の対応をされた直後だった。


「足元! 召喚陣!」


 と、レイルが叫ぶ。マリンの足元には召喚陣。五芒星を囲むように三角形を三つくっつけた形が連続して連なる模様の陣。陣の色は青色。


「ってアレ?」


 何も召喚されない。マリンは至って冷静だ。


「この陣はトラップ用のだから」

「そうだった。順番に燭台に火をつけるとワープする場所が出現して、それで順番を間違えると魔物が湧くっていう仕組みだったわね」

「どこかの誰かが順番を間違えない限り…」


 という冗談をマリンが口にしようとした時、脳裏をよぎるトロッコで暴走する二人の笑顔。

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