第6話

「そうですか、わかりました。では、ダンジョンへ行きましょう。遅れずに付いてきてください」


 話を聞いても、不安の欠片を生徒に一片も見せずにディアン先生は廊下へと出る。唐突に動き出したので、慌てて四人も先生の後ろに小走りで付いていく。


「先生はやけに整然としているね」


 ディアン先生のことを憧れの眼差しで見ていたマリンに向け、エーリーが微笑む。


「研究者らしい論理的思考と行動なのかも。私の家には居ないタイプだから素敵ね」

「なんか地味に傷つく」


 二人の会話を前で聞いていたルゥルに、こっそりとダメージが入っていた。



 五人は白色ばかりの内装の協会を出て、青色ばかりの街に出る。

「最初の試験の時に言うべきでしたが、」急に先生が生徒の方を振り返る。


「ダンジョンフォンで連携は常に取れるようにお願いします」


 生徒はうなずいて、短く返事を返す。先生は再度振り直り、歩き出す。


「テレパシー魔法でもあればいいのに」


 ルゥルが隣を歩いているレイルに話しかける。


「魔法なんて元からないでしょ、現実逃避よ」


 せっかく話しかけたのに、バッサリと切られてしまった。あまりに爽快な切れ味だったので、逆にルゥルは吹き出してしまう。


「何よ、変なこと言った?」

「レイルは友達少なかった?」

「あなたに殺意を覚えたわ。」


 獲物を狩る目。


「何で!!?」 


 沈黙。歩く音に加え、街の音が聞こえる。しばらくして、


「そのとおりだからよ」


 小声。蚊が踏み潰された時の音くらいの小声だ。かろうじて口が動いていることだけが確認できた。


「え? ごめん、聞こえなかった」

「もう!! 本当に殺したい」


 今度は大声だ。少し後ろを歩いていたマリンとエーリーも何事かとビクッと体を反応させる。


「あ、あー、あぁ!」


 ルゥルは察した。聞いてはいけないことだったことに。そういえば、魔族差別の話をしていた。


「何が「あぁ!」よ! 憐れまないで!」

「憐れんでない! 親が有名で大変なのは分かるって言っただろ? オレだって、小さい頃はいじめられたんだから!」


 憐れみという言葉を身振りを加えて体でも否定する。いつの間にかマリンとエーリーが真後ろで聞き耳を立てていた。


「そうそう、私はそうでもなかったけれど、兄ちゃんは男だからなのか「勇者の息子なら運動では一番だろう」って思われてたし、強くある事を強いられてたね」


 メガネの端をつまんで上げながら、マリンは懐かしむ。


「目立つものは叩かれるっていうのはどこの世界でも一緒なのね…」


 レイルは生き物の有り様に深く息を吐く。


「でも、レイルが魔王の娘だなんて驚いたよ」


 とエーリーの一言にルゥルとレイルは凍りつく。そういえば、堂々と話していた。二人に察されるのも当然だろう。


「ま、ま、まおうのむすめ? なんのことだ?」


 ルゥルは嘘がつけない。

 あとの三人の真顔。


「もういいわよ! どうやっても誤魔化せないでしょ」

「まぁ、だからといってこのメンバーが態度を変えることなんてないけどね」


 一人は勇者の息子、一人は勇者の娘、一人は勇者も魔王も無い戦争地帯の出身者。エーリーの言葉はその通りで、魔王の娘という肩書すらも薄れて聞こえる。


「運が良いというか…どうなのかしらね」


 変な巡り合わせに一度鼻で笑ってから、レイルは「ありがと」と短く、そして素直に感謝を伝える。


「出会うべき人には、出会うものですよ。」


いつのまにか先生がこちらを向いている。生徒の雑談の感想を述べてから、

「街を出ました。ここからはバスで移動します」


 青色と茶色の境界線に居た。ハッキリと街の外だということが分かる。と、言うのもブルーエンの青い部分は街中だけである。これがレディッシュになると赤土がいい具合に混ざり合って街との境界線がわかりにくい。

 この国ではバスが主な移動手段である。観光客はもちろん、整備士も、一般市民もバスだ。バスの色はもちろん青、かと思いきや、黄色い。青や、赤にすると視認性が悪くなって、車にひかれるかもしれないという勇者の配慮だ。バスはブルーエン、レディッシュの中には入れないので別に何色でも良いのだが、何色でも良いのなら黄色でもいい。そういう感じで決まった。雑だ。


 四人はバスに乗り込む。五人ではない。


「あれ? 先生は乗らないんですか?」

「えぇ、少しだけ調べることがありましてね。一本だけずらして、次のバスで向かいます。皆さんは先に試験という名のお仕事を始めてください。僕も着いたら入口付近に居ますので、困ったらダンジョンから出てくるように。」


 定刻になって、プシューという音と共にバスの扉が自動で閉まる。バスは自動で決められた区間を走り出す。四人にとっては目的地のダンジョンに着くまで、ほんのわずかな休憩時間だ。

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