トラップダンジョン
第5話
初日の試験が終わった四人は、洞窟から出るとそのまま家へと返されてしまった。
何かトラブルがあったことはわかったが、逆に言えばそれ以外は何もわからないままで、次の日を迎える。
四人はダンジョン管理協会の一室にいた。ここダンジョン管理協会では、医者(ダンジョンでの怪我の治療)、設計士と技術者(ダンジョンの設計図、道具の開発)、整備士(四人はこの整備士の卵)が所属している。後進の指導もここで行うので、学校的な意味合いもある建物だ。
四人がいる部屋は会議室のような場所で、十人くらいが向かい合って話せる椅子とテーブルがある。壁は白く、大きな窓から取り込んだ光が白に反射して眩しい。こんな設計にしたのは勇者である。
「昨日は大変だったね」
扉付近の壁を背に立っているエーリーがねぎらう。ルゥルとレイルの顔を交互に見て関係性の変化も伺っているようだ。
「レイルがいなかったらやばかったかも」
聞きたいことを察知して、何となくで伝わるように話す。魔王の娘だとハッキリと言っていいのかルゥルにはわからなかった。自分にだけ明かしてくれたのか、それとも他の同期の仲間にも話していいのか。
「ルゥルのほうが凄かったわ」
淡々と言ったが、その言葉だけで険悪さが無くなっていることを知るには十分だった。マリンはルゥルの耳元に顔を近づける。
「あんな美人な人を認めさせるなんて、やるじゃん兄ちゃん」
「うるせー」
ルゥルの耳が少し紅くなる。マリンから離れて、奥の席に座っているレイルに近付く。
「昨日は良く寝れた?」
何とも微妙な話題を振ってしまったことに青い髪をくしゃくしゃ触りながら後悔するが、もう遅い。
「え?」
当然のきょとんとした反応。当然の結果として沈黙が授与された。
「あー、そうそう、ハオにあんなことがあったしね。ボクとマリーは見てないけど、血まみれだったんだろう? ボクが思うに精神的にショッキングな出来事だったから寝れなかったんじゃない?大丈夫? とルゥルなりに君を心配しているんじゃないかな?」
沈黙の後、フォローを入れたのはエーリーだった。
「じゃあそう言いなさいよ」
呆れた様子でレイルがため息を吐く。
「そ、そうそう。はしょりすぎたね」
「パートナーなんだからしっかりしてよね? あなたが試験に落ちたらきっとアタシも巻き添えよ」
ルゥルはびっくりして後半の言葉は聞いていなかった。パートナーだなんて言ってくれたことがそれだけ驚きで、それだけ嬉しかった。
「おう! 任せといて!」
「では、今日の試験も期待してますよ」
「うぇ!?」
ルゥルの後ろにいつの間にかディアン先生が立っていた。まるで忍者か暗殺者だ。違うビックリでルゥルは変な声を出しながら側転して距離を取る。変な声と変な動きにマリンとエーリーは声を出して笑い。レイルは下をうつむいて笑いをこらえていた。
「なんだ先生か、ビックリさせないでくださいよ」
「ビックリさせるつもりはありませんでしたが、後方に気を配るのも大事です」
この先生はいつでも冷静だ。ボサボサパイナップル型の髪がまったく似合わない。七三分けとかピッシリとした髪型が似合うだろう。
「それより、ハオの様子はどうですか?」
ルゥルが一番気になっていたことだった。命に別状ないことは知らされていたが、やはり気になるものは気になる。
「その件ですが」
ディアン先生の目がキリッとする。普段から真面目な表情だが、それに磨きがかかったような真面目さとでも言えばいいのだろうか。大事な話をする時の顔に変わる。
「リーさんは重体で、意識は戻っていません。フォークスさんは行方不明です。リーさんの意識が戻ればハッキリすると思いますが、ダンジョン管理協会としてはフォークスさんが起こした事件だと考えています」
「「えっ!」」
四人の声が重なる。
「そ、そんなわけないだろ? あんな良い人が」
「ほう。あの短時間で他人の内面がわかると? 興味深いですね」
ルゥルの甘い言葉を、甘みも苦味もない言葉で一気にかき消す。レイルが認めてくれたことで浮かれていたルゥルは心のうちで反省する。
「事件の真相は協会も僕も調べていますが…次に狙われるのは君達かもしれません。警戒することは大事です。フォークスさんに対する先入観はとりあえず捨てておいたほうがいいでしょう」
リーが死んでしまうんじゃないかという不安と、マクシミンがそれを行った犯人であるかもしれないという事実に、四人は口を開くことができなかった。
「さて、試験としましょう」
ディアン先生は重い空気を物ともせず話題を切り替える。
「今日の試験は……」
気持ちを切り替えられない四人は硬い表情のまま話を聞いた。
さて、このルゥル達の住むウィロウ大陸(大陸名が、そのまま国の名前だからウィロウ国ともいう)の中には二つの国がある。
一つがブルーエン。勇者の治める国で、観光客には青の街と呼ばれている。建物の色、地面、人工物は大体が青い。海と空に同化しているかのような街だ。人族が多く住む。
もう一つがレディッシュ。赤の街だ。真っ赤な部分が多いが刺激が強い色ばかりになってしまうので、レンガなどを使って暖色系の色なら良いことにしている。魔族が多く住む。
ウィロウ国はブルーエン国とレディッシュ国の二つによって構成されている。元々はパープラーという一つの国だったのだが……まぁその話はどうでもいいだろう。
ダンジョン管理協会はウィロウ国を二つに分けたその中央、境界線に建っている。この場所に建てたのは、どちらの国にも所属しているという意味と、魔族と人族を繋ぐという意味がある。
「それで、何を買うんだっけ?」
ディアン先生から言われたことをマリンに聞いて尋ねたのはルゥルだ。
「罠。ちゃんと話聞いてた?」
「そうだ! 次がトラップダンジョンだったな」
「メモ見る?」
律儀にメモを取っていたのはレイルだ。ルゥルに意外そうな顔をされて不満を漏らす。
「何よ。その顔」
「いや、細かいんだなって、もっとガサツだと」
「は?」
ルゥルの横っ腹に痛みが走る。ギュッとつねられたのだ。
「いてて、ごめんって!」
その様子を見て後ろでエーリーは微笑んでいた。「平和的でいいね」とすぐ前にいるマリンにだけ聞こえるような音量でつぶやく。
四人は次の試験で使う物を買うために、ブルーエンの商店が立ち並ぶ場所へ来ていた。
観光客も多いウィロウ国では、観光客向けのお店が多い。キレイな柄の布だとか、綿で作られた羊のキーホルダーだとか、露天では名産のオレンジジュースが売っている。背景の青とオレンジでとても色彩が映える。
建物の間を通る。青く狭い道。ただでさえ狭いのに、店の屋根から垂れ下がる商品の布が行く手を遮る。その布を手で避けながら、さらに観光客と肩がぶつからないように四人は縦に並んで歩く。
「ここだな」
青く塗られた扉についている金属(なんと、金属まで青い)を掴んでノックする。
「あいよ、入んな」
元気な男の人の声が聞こえる。ルゥルは扉を開けて中へと入る。後の三人も連なるように入っていく。建物の中は流石に青くない。石の色そのままの石畳、木の色の木壁だ。奥にはルゥルと似たようなツンツン髪型の、でも茶色をした髪の男が居た。
「今年も来たな! 試験の時期だしな。でも、四人か、少ねぇなぁ」
「いえ、本当は六「わーっ! 素敵なトラップ部品の数々!」
男と同じ髪型の兄が口を滑らせる所だったので、マリンはとっさに大声を上げてごまかす。
「ちょっと、秘密事項でしょ」
小声でレイルの注意が入る。両手の手ひらを合わせて、黙って謝罪する。
「そうだろう! 青髪のお嬢ちゃんはわかってるな! 品質の良いパーツばかりだ。それで今日の試験では何が要るんだ?」
部屋の中は、前も右も左も同じような形の木箱だらけだ。何も知らない客がこの中から探すというのは宝探しゲームに近い。おそらく店主にしか、どこに何が入っているかわからない。
「たいまつ装置に、パターンスイッチ…あとはトロッコのパーツ」
「あいよ」
レイルが、みんなの代わりにメモを見ながら店主にお願いする。店主は注文を聞きながらラベルも貼っていない大小様々な木箱から、次々とパーツ類を出していく。
「すげー! どうやって覚えてるんですか?」
感動にも近い驚きをルゥルが口にする。他の三人もその覚える方法というのには興味があるようで、店主の顔を見る。
「あ? 自分で入れた場所くらい覚えてるだろ? どうやってもクソもねぇよ」
全員もれなく苦笑い。箱はざっと見回しただけでも百以上ある。天才の知恵というのは、凡人には役には立たない。
店主が三つの部品を取り出し終わる。
「最後にワープ装置を二つお願いします」
「すまねぇな、そいつは売り切れだ」
箱の中すら確認しに行かずに店主が即答する。
「売り切れ?」
レイルとマリンが首を傾げる。普通は売り切れる物ではない。ダンジョン以外では使えないし、一般人が欲しがるものではない。整備士が買ったのだとしたらディアン先生が知らないわけがない。
「昨日、頭がつるつるの男が切羽詰まった感じで買いに来てな、押し切られて在庫を全部売っちまった」
四人の知っている人物にそういう奴がいた。
「マクシミンさんが…でも何でワープ装置?」
ワープ装置とは、ダンジョン内のある地点からある地点へと移動できる装置。銀色をしていて、四角で平べったく、床に設置する。床を踏むとワープする仕組みだ。そんなものを必要とする意味がルゥルたちにはわからなかった。
「早めに協会へ戻ろうか」
エーリーの提案に三人はうなずいて同意する。店主にお礼を言って四人は協会へと急いだ。
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