第4話

 土ボタルの光量が減って少し薄暗くなった洞窟内をルゥルは駆け抜ける。分かれ道の所まで出ると、髪のない頭の人間が出口に向かって走っていくのを見かけた。


「マクシミンさんだけ?」


 どちらにいくか迷ったが、マクシミンは怪我をして居なさそうだったので後回しにして、ハオがいるであろうボス部屋の方向へ向かった。



 駆け込んだボス部屋には大きな上級スケルトンが居た。人の形。武器は槍。ボス部屋で戦いやすいように大分開けているはずなのに、スケルトンの大きさで部屋が小さく感じる。巨人だ。天井に頭が届いている。


「なんでこんなところに…」


 口に出しながらも、この場所にいるであろうハオの姿を探す。

 右! 「居ない!」

 真っ直ぐ! 「居ない!」

 左…には、赤いものが見えた。


「え」


 焦点が合うと、ハオの腹は抉られて血が地面に広がっている。

 思わず血の気が引く。マリンの足から大量の血が流れ出ている映像が脳内で蘇る。

 足が震えた。立っていられないほどに。フラッとして、気を失いかけたその時。


「ブルーさん!!」


 背後から声が聞こえる。この洞窟に入る時に聞いた声。


「ディアン先生…」


 後ろを振り向くと、白シャツ黒ズボン黒髪パイナップルぼさぼさ頭の先生。


「気をしっかり持ちなさい。リーさんは僕が抱えて連れていきますから、スケルトンはあなたに任せていいですか? それとも逆がいいですか?」


 とてもじゃないが、逆はできそうになかった。血まみれのハオと一緒にいると倒れてしまいそうだ。


「地面の血さえ見えなければ、何とか頑張れます」

「それでは任せますよ。バアルさんもこちらに走っているのを見かけましたから、召喚陣は彼女に任せましょう」


 先生は意地悪だ。とルゥルは一瞬だけ目を細める。でも、先生なんだから知っていて当然だ。とすぐに気付く。バアルとはレイルのファミリーネームだ。先生が魔王の娘だと最初に教えてくれれば、もっと早く気まずくならずに進めたのに。

 不満を抱いた時には、先生はハオを脇に抱えていた。スケルトンは自分に近づいてきたはずの先生を見失ってキョロキョロをしている。ルゥルの強引な早さとは違う、柔軟な速さ。


「では、ダンジョンフォンを僕にかけたままでお願いします」


 ルゥルは二の腕のポケットに入っていたダンジョンフォンを取り出し、先生のダンジョンフォンへ電話をかける。


「これでいいでしょう。リーさんを無事に外に出したら、すぐ戻ってきます。召喚陣の『距離』の記述部分がおかしいので外に出ていくかもしれません。被害を広げるわけにはいかないので何とかこの場所で食い止めておいてください」


 そう言って、ディアン先生は走り去ってしまった。


「どうにかなんのかな?」


 ディアン先生の背中に向けて放つ言葉は暗闇に消えた。けれど、ルゥルの恐怖はなくなっていた。


「まぁ、スケルトンだけならなんとかなるだろう」


 小さくぽつりと独り言。腕には自信がある。「勇者の息子ならできるだろ」、と期待され続けて、その期待に『応え続けてきたから』。

 ロングソードを構える。スケルトンの動きをじっと見つめる。スケルトンと視線が合う。いや、目はないのだが。それでも視線があった気がした。

 大きく息を吸う。

 瞬間、スケルトンの足元に直線ダッシュする。

 真っ直ぐな動きにスケルトンはルゥルを捉える。槍の尖端をルゥルの方めがけて振り落とす。

 しかしその時にはルゥルはそこにおらず、大きなスケルトンの肋骨部分にいた。


「そんなノロマじゃオレは倒せない」


 ロングソードの一閃。腰骨が切られる。

 ガラガラガラと骨がぶつかり合う音を立てて崩れた。

 崩れていく骨を素早く次々と飛び移り、頭蓋骨へ。

 スケルトンの頭蓋骨の上で一休み、腰を下ろす。


「これで動けないはず。でも、なんで消えないんだろう?」


 魔物というのは死ぬほどのダメージを与えれば魔力粒子となって消える。つまり。


「ばかぁ!!」


 少し遠くでレイルの息切れまじりの声がする。努力した人間にバカとは酷い。


「まだ生きてるわよ! 上級スケルトンは陣がある間は不死身なの! 忘れたの!!?」

「げぇ、そうだった」


 ガラガラと音を立てる。魔力でスケルトンの上半身が下半身を求めて浮かぶ。

 ルゥルは慌ててしまい頭蓋骨から足を滑らせ落ちる。

 スケルトンは切られた部分同士がくっついて何もなかったかのように。また動き出した。


「スケルトンはこっちに向けとくから、あとは任せた」

「任せたって、こんな大きな陣、アタシでも少し秒数かかるわよ!」

「ははは、『秒』なら十分だ」


 ルゥルは勝てる見込みができ、笑みを浮かべる。レイルが陣の端に向かって走っているのを確認してから、スケルトンの文字通り懐へと、潜り込む。

 が、二度同じ手は食らうかとでも言うように、スケルトンは体を倒し、四つん這いの体勢になる。当然登ろうとしていた場所が天になって、ルゥルは落とされそうになる。


「頭が良いのか? プログラムされた動きだけするはずなんだけど」


 一方、レイルは台風の模様の大きな陣の端に杖を刺した。魔力を抜く準備完了だ。


「はぁぁ…ちょっと…休ませて…」


 ハオの叫び声がした時からずっと走りっぱなしだから、魔力を抜く体力が足りない。ちなみにルゥルは体力も化け物級である。


「大丈夫ー?」


 地面に再度落とされて土まみれのルゥルがレイルに声をかける。


「大丈夫に見えるなら良い目のお医者さんを紹介するわ」

「大丈夫そうだな」

「やればいいんでしょ、わかってる」


 レイルが力を入れると、陣の色がスーッと抜ける。大きな陣だが、かなり色が抜けるのが早い。


「レイルが居てくれて本当によかった」


 小さくつぶやいた後、ルゥルは息を吸い、吐くと同時にスケルトンの足骨を斬る。そして、蹴り飛ばす。他国の遊びで『だるま落とし』というものがあるが、まさしくそのものだ。

 身長を奪われたスケルトンは抵抗し、槍をルゥルに向けて振るう。

 ズドン! と槍は地面に突き刺さる。

 チャンスとばかりに突き刺さった槍を持つ手の骨を、飛び回転斬りで斬り裂く。

 体重を支えていた手を失い、白い骨の体は前に倒れ込んだ。


「できたわよ!」


 地面に視線を動かすと、陣の紋様すべてが骨と同じ白色へと変わっていた。

 地に堕ちた頭蓋骨にルゥルの大きな剣が振り下ろされる。

 スケルトンは魔力を失い、力尽きる。

 骨が魔力の塵となって洞窟内に溢れる。それに呼応するように、たくさんの土ボタルが光出す。


「キレイだ」


 ルゥルは仰向けに寝転がる。土ボタルの光で照らされた魔力の塵がキラキラしている。


「まさか、実地試験初日から、こんなに動くなんてね」

「ホントに」


 レイルも足を崩して座っていた。大きく息を吐いて、大きく息を吸う。


「それにしても、何があったのかしら? ここのボスは、大きなスケルトンじゃなくて、小さな金属のスライムだったはずよね?」


 上半身を起こして、レイルの方を向く。レイルは難しい顔をしていた。ルゥルも同じだった。


「しかも、あんなに暴れてる魔物は初めてみたよ」

「陣に限界以上の魔力を入れると、あんな風になるけれど」

「そんな馬鹿なわけないよ。そんなことできるのは魔王様くらいだ」


 陣という器の容量を超えて魔力を注ぎ込むことは普通できない。膨大な器を持つものか、もう一つは人族の技術者が作った道具を使うこと。


「人の死を何とも思わないあの人ならやりかねないかもね」


 レイルは真顔で言い放った。ルゥルに最初に向けた冷たさよりも、もっと冷たい言葉で。


「いや、無いよ。魔王様は今回の試験の採点担当だろ? 今だってオレ達のことを遠くから見てるはず。洞窟内で変なことをしていたら採点ができないし、マクシミンか、ハオか、どちらかに姿を見られてしまう」

「そうかしら? 採点なんて適当でいいし、姿を見られたからハオを殺そうとしたのかも」


 ルゥルは反論しようとしたが、やめた。憶測でしかない話だし、このまま言い合い続けたら喧嘩になりそうだと感じたからだ。


「とりあえず、戻ってみんなと合流しよう。ハオの様子も心配だし」

「そうね」


 レイルは立ち上がって、タイツのお尻に付いた土を叩いて払う。


「スカートとタイツって動きにくそうだし、汚れると大変そうだな」

「これ、スカッツっていうのよ。動きやすいし便利よ、試しに穿いてみる?」


 レイルはイタズラな笑みを浮かべながら尋ねる。


「やめておくよ」


 ルゥルは立ち上がりながら苦笑いで返す。

 ルゥルが歩いて、ボス部屋を出ようとすると、


「こうとうぶ、せなか、おしり」


 呪文のようにレイルが唱える。短く「ん?」とルゥルが聞く。


「土まみれよ」


 ルゥルは慌てて全身の土を払った。

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