第3話

「そぉぉい!!!」


 奇声と共にハオはスライムに突撃パンチを与える。

 スライムは殴られた所ではなく、内部から破裂して四散し霧となって消えた。内部にダメージを与える拳法のようだ。


「ハオぉ! すごいな!」


 ルゥルがハオに駆け寄る。ハオは駆け寄ってくるルゥルのほうは見ずに、召喚陣の方を見て、魔力を抜き始める。召喚陣からゆっくりと色が抜ける。


「それほどでもないよ。それより、分かれ道だし、ここは僕とマクシミンさんに任せて、二人は先に行きな。ルート的にも大変だろう?」


 色の抜けた召喚陣から目を外し、ルゥルの方を向いて、言葉で背中を押した。


「ルートって……」


 ルゥルは首を傾げる。


「オレの方は宝箱で、ハオの方はボスじゃないか」

「ボス召喚陣のほうが大変だって? ははは、そんなことはない。ボスのほうはボス召喚陣だけで、そちらは全部スケルトンを召喚する陣のはずだ。しかも合計五つ」


 質問に答えたのはハオではなく、マクシミンが代わりににこやかに答える。

「それに…」と、ハオはレイルを見る。


「何?」


 突然に視線が向けられたレイルは眉をひそめ不快さを表明する。


「いやいや! なんでもないよ!」


 全身と大声を使って敵意はないことをアピールしながら、ルゥルの耳元で「な?」と息を吐いた。

 それに対して、ルゥルもハオにしか聞こえない小さな声で、


「うん。仲良くやるよ」


 と決意をハオに返す。


「よし! お言葉に甘えて先に行こうか! レイルさん」

「『さん』はやめて。」


 先行き不安だ。

 二人は距離感のある横並びで先へと歩き出す。



 湿り気のある土の匂い。ルゥルはクンクンと匂いを嗅ぐ。入ったときが一番匂いを強く感じたが、この沈黙の時も土の匂いを感じる。言葉を喉から出そうとするが、寸前でこの言葉でいいのか疑問に感じて、胃の方へと流れて消化されてしまう。


「あのさぁ」


 レイルはルゥルの方を向く。さっきの顔だ。


「言いたいことあるなら言ったら?」

「うん、まぁ、うん」

「何ッ?」


 レイルの顔が、言わないとルゥルを殺しそうな顔になっていた。


「気を悪くしないで欲しいんだけど、単刀直入に言うと」


 一瞬の沈黙。


「オレのこと嫌い?」

「うん」

「えぇぇぇ」


 ルゥルは心臓が縮んだように感じた。こんなにストレートに嫌われることがあるのかと驚く。


「何で? 悪いことしたかな? 初対面だよね?」


 レイルは足を止めて、前を見る。面と向かっては言えない。


「…勇者様の子だからよ。別に君が悪いわけじゃないわ」

「勇者が嫌い?」

「違う、勇者様はアタシの憧れ。勇者様みたいに色んなダンジョンに行きたくて、整備士になりに来たんだから」


 ルゥルは驚いた。自分と同じ憧れ、同じ夢、目標であることに。だからこそ、少しだけレイルに嫌われた謎の解明に熱くなった。


「じゃあ、何で!?」

「君が幸せそうだからよ。それ以外は何もないわ。行きましょ」


 これ以上の質問は受け付けない。とレイルは足を動かす。どういうことなのかルゥルにはまったくわからなかった。

 六人でいた時の態度を思い出すと、マリンにはそうでもないような感じだったのに、なぜ自分だけなのだろう。

 崖のような大きな段差が見えてきた。ここのハシゴを降りて少し進めば、宝箱のある場所に辿り着く。それは同時に五体のスケルトンと戦うことを意味する。

 ハシゴを降りて、背中に担いでいた身長ほどもあるロングソードを構える。ちなみに彼は腰にも剣を提げているが、これは宝箱に入れる初心者用の剣だ。鞘も含め汚してはいけない。



「オレが倒すから、召喚陣はよろしく」

「仕事はちゃんとするわ。任せて」


 お互いに、初めて何かがカチっとはまった気がした。ルゥルは嬉しくなって表情から笑みが溢れる。

 スケルトンといえば、何を思い浮かべるだろう? 骸骨? 正解だ。しかし、人の形を思い浮かべる人は圧倒的に多いだろう。でも、この初心者用ダンジョンでは、そんな上級のスケルトンは出さない。初級スケルトンは犬の形だ。四足で歩く。いや、襲いかかってくる。素早さで言えば初級のほうが早いかもしれない。

 ルゥルは素早く襲いかかってくる獣形スケルトンを一撃で二等分に斬り伏せ、後ろで様子をうかがうスケルトンの方へ急接近する。召喚陣と召喚陣との距離は三メートルほど、宝箱を囲んで五つある。


「早っ、大剣なのに…」


 思わず、言葉が出てしまった。レイルは急いで召喚陣へと走るが、一つ目の陣に着いた時にはすべてのスケルトンは倒されていた。それほどまでにルゥルは早かった。


「おーい! この陣のリポップは六〇秒だってさ、」


 大声でなくても聞こえる距離に居るのに、大声で言うものだから、声が反響した。

 召喚に関する設定は、陣を書く人族がやる。つまり、陣を見ると


・どんな魔物が召喚されるか

・再召喚(リポップと言う)までの時間

・どこまで冒険者を追いかけるか(範囲外まで逃げたら追うのをやめ元の位置に戻る)


と、いうことがわかる。倒せば終わりではなくて、陣の魔力が尽きるか、意図的に抜くかしないとまた魔物が召喚される。魔力を抜くのをもたもたしていると、また魔物が出るのだ。


「大丈夫、一つ…一秒で終わらせるわ」

「ん? 一秒?」


 ルゥルのが聞き返したのは聞こえなかったからではない。聞き間違いかと思った。一秒とはありえない速度である。じわじわと色が抜けるのが、普通の魔族の速度だ。早い者でも一五秒はかかる。

 聞き返した言葉を無視して、陣に杖を刺して、魔力を抜く。魔力は電源がパチンと切られたかのように一気に色を失う。ルゥルは言葉を失った。


「嘘だろ、どんな魔力の器してる…あ」


 自分の言葉に気付かされて、点と点が繋がる。

 勇者への憧れ。

 勇者の息子への嫌悪。

 ファミリーネームが言えないほど親が有名であること。

 そして、親が有名なせいで不幸になる人物。

 三つの陣の色が抜けていた。二人は黙って作業を続ける。



 五つすべての陣の色が抜かれた。

 開けられている宝箱に剣を入れ、閉める。少しかすれている陣を書き直す。書き直して、すぐにレイルが魔力を注入する。勾玉が手を繋いでいるみたいな風の紋様の陣は一瞬で赤色に染まる。初召喚までの時間はリポップと同じ六〇秒。

 五つすべてが赤色になるまで、二人は言葉を発しなかった。



「じゃあ、戻ろうか」


 ルゥルが踵を返すと、後ろから声がした。


「ごめんなさい」


 レイルの声だった。


「ん? 何のこと?」

「さっきの戦いを見て少し考え直したの。あなたも本気で整備士になりに来たのに、あの態度はなかったと思ったから。だから」


 あの身のこなしは一朝一夕で身につくものではない、例え親が勇者だとしても、努力なしで強くなったりはしない。レイルは自分の態度を恥じた。


「いいよ、まぁ、うん、親が有名だと色々あるよ」


 レイルが魔王の娘であることに、ルゥルはすでに気付いていた。言葉を選びながら喋った。


「親との関係も良好で、妹さんも居て、幸せそうだなって…」


 その発言にルゥルは歯を見せて笑う。


「それは間違ってないよ、両親のことは好きだし、特に父さんには憧れてるし、妹も可愛いし」

「シスコン?」


 シスコンとは、妹が好きで好きで頭が爆発しそうになる人種のことである。


「ち、違う!」


 ルゥルが手も顔も振って否定する。


「ふぅん……」

「違うからな! 否定しすぎると逆にそれっぽく見えるけど本当に違うからな」

「わかったわよ」


 レイルが柔らかく微笑む。そんな表情もできるのだと、思わずドキリとする。


「そ、それより、魔王の娘は大変そうだね。オレでさえ、「勇者の息子なら強いんだろ」とか会う人会う人に弄られて面倒くさいなぁって思うくらいだから」

「そうね、だから魔族印と名前を隠してるんだけどね。今でも魔族差別がある国もあるし、そういう人にとっては殺したいほどでしょうね」


 魔族は全員『魔族印』というタトゥーのようなモノが体に刻まれて生まれてくる。その大きさはそのまま器の大きさを表す。レイルの印はあまりにも大きい。見られただけで魔王の親戚ぐらいは推測できてしまうほどに。ちなみにエーリーは右手の甲に、ハオは左頬に、五芒星形の印がある。多くの魔族はそれくらいの大きさだ。


「だから父さんと魔王様がこの国から魔族差別を無くしたんだけどな。見事にこの国からは魔族差別は消えたけど」

「この国だけ、ね。ここの国以外の国では魔族差別は今も存在してるっておばあちゃんから聞いたわ」


 ルゥルは暗い話題でも気まずい雰囲気はなく、少し軽やかに歩いていることに気付いた。帰り道は行き道とは大違いだ。

 そんな中で、絶叫が洞窟内にこだまする。あまりの大きな音に、普段は動じない土ボタルも光量を減らした。


「たっ、助けて!!!」


 女の声ではなく、確実に男の声だ。


「何だ?」

「トラブル、にしては妙ね」


 屈強なハオ、冷静なマクシミンのペアに限ってそんなことは。と二人は顔を見合わせる。


「ちょっとダッシュする。レイルは気をつけて外に」


 その言葉に反発するように首を横に振る。


「アタシも行くわ。召喚陣の魔力抜きなら協力できるし」

「そうだな、じゃあ先に行く。無理はしないで来てくれ」


 その瞬間、ルゥルは猛ダッシュする。凄いスピードだ。筆記試験さえなければ、彼はとっくにプロの整備士だろう。とレイルは息を切らして走りながら思う。

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