第2話
時間は少し前のこと。
マリンとエーリーは左側のルートを進んでいた。全員が同じ場所をやるよりも、分かれてやったほうが早い。掃除にとても似ている。
そして、整備の仕方も掃除に似ている。手前からやっていくのではなくて、奥から手前へと整備していく。なぜなら、
「召喚陣あったね」
マリンの指の先、五芒星が円状の雷紋に囲まれているようなものが召喚陣である。雷紋とは、異国のらぁめんと呼ばれるモノの器によく書いてある直線で出来たグルグルな紋様のことだ。
「でも、まだここは奥じゃないからね。手前の召喚陣を整備しちゃうと」
「出る時に大変だから」
目線を交わし、基本をお互いに確認しあう。筆記試験を通ってきたのだから、当然知っていてもらわなくては困る。
「とりあえず、召喚陣の上のスライムを倒して…」
マリンは背負っていた大きな鞄から小さなクロスボウを取り出す。大きさは雀くらいしか射抜けないんじゃないかと思うほどコンパクトだ。
「そんなので大丈夫なのかい?」
クロスボウの小ささに目を丸くしてから、エーリーが当然のように尋ねる。
「私、主力武器は罠だから」
次に鞄から出てきたのは、衝撃感知型の爆弾だ。安全ピンが外された後に、大きな衝撃が加えられると爆発する。
「なるほど、クロスボウは罠や爆破の起点にするだけなのか。面白い戦い方だね」
「片足が義足だからね、兄ちゃんみたいにロングソードもぶん回してみたかったけど、踏ん張りが効かなくて。それよりもエーリーは? 見た所、武器は持ってないみたいだけど」
マリンが残念そうに義足の不便さに触れながらも、エーリーの武器について聞く。
「ボクの武器はこれさ」
指差す先は、靴だった。
「この靴はボクの自作品で、名は『銃靴(ガンシューズ)』だ。足の指先で靴の中の引き金を引くと」
バンッ!
大きな音と共に、エーリーの靴の先から飛び出た弾が土の壁にめり込んだ。大きな音にマリンは一瞬ビクッとする。
「おっと、驚かせてしまったね、ごめん。それで、こんな感じで弾が出る。弾薬が少ないから長距離射撃は無理だけど、けん制として中距離武器としても使えるし、蹴りを食らわせながら弾丸も撃ち込むってスタイルが一番の狙いかな」
「さっきの面白い戦い方って言葉をエーリーに返すわ」
エーリーが吹き出して笑うのに釣られて、二人で笑い合ってからマリンが尋ねる。
「いきなりだけど、エリーって呼んで良い?」
「もちろん。じゃあボクは、それに合わせてマリーって呼ばせてもらおうかな?」
「うん! よろしくっ」
マリンが手を差し出すと、エーリーはその手をぎゅと優しく握った。
「こちらこそ、末永くよろしく」
試験で決められたパートナーというのは、試験に受かってプロになったあとでも関係が続くことが非常に多い。それほどまでに人族と魔族とのコンビネーションが求められるのは、召喚陣が大いに関係している。
「とりあえずスライム倒しちゃうね」
「わかった。じゃあ、その間に魔力を一度抜き取るよ」
召喚陣から魔力を抜くことは魔族しかできない。そして、魔力が抜かれた召喚陣からは魔物が召喚されない。逆に言えば、魔力がある限り魔物は召喚され続ける。
わざとクロスボウをスライムに当てる。クロスボウの威力は弱くスライムは倒れない。スライムは攻撃をしてきたマリンの方を向き、意外と素早く近付いていく。
「スライムちゃーん、こっち、こっち」
ある程度召喚陣から離れたのを見届けてから、マリンがスライムのほうへと爆弾を投げる。爆弾が弧を描いて落下し始めるのと同時に、即座にスライムの近くへクロスボウを放つ。
クロスボウはスライムではなく、ちょうど落ちてきた爆弾に当たり、地面に触れる前に爆発する。小型の爆弾だが、洞窟内ではうるさい音を立てて破裂した。スライムと共に。
マリンが戦っている間に、エーリーは召喚陣に短い木の杖を指して陣から力を抜き取る。赤色をしていた陣から色が徐々に抜かれて白へと変わっていく。
「少し陣がかすれてきているね」
魔力を抜き取った召喚陣をまじまじと見てから、エーリーは感想を述べた。すでに戦闘を終えて、その感想を聞いたマリンが「あとで修復しなきゃね」と感想の感想を告げる。
召喚陣は人族しか書けない。正確には『魔族にも書けるが、魔力を注入できない陣ができる』だ。普通は人族以外が召喚陣を書くのは無駄である。落書きが出来上がるだけだ。
そういうわけで整備士は『人族』と『魔族』の両方が必要になる。もちろん安全面でも二人で行動するのには意味があるが、一番の理由は召喚陣だ。魔物がいないダンジョンもあるが、その場合はまた別の話となる。
二人はさらに奥へと進んでいく。
「あのさ」
遠慮がちにエーリーは言葉を切り出した。
「うん?」
「義足のことなんだけど」
「何でも聞いていいよ」
その言葉の通り、マリンの表情は一つも変わらない。何でも来いという感じだ。
「いや、マリンが気にしていないというか、義足であることを受け入れているのはわかるんだけど、君のお兄ちゃんのルゥルが、足のことを気にしている雰囲気を出していたのは、何か理由があるのかい?」
「あぁ…」
思わず、苦笑いを浮かべる。前に垂れた水色の髪をかきあげて答える。
「エリーは人の表情をよく見てるね」
エリーも同じく苦笑いを浮かべる。
「出身国が戦争している国だからね、人の顔色を見る癖がついちゃってね。ごめん」
「だいじょぶ! いいのいいの。兄ちゃんはただ、ありもしない責任を感じてるだけだし。これにね」
歩きながらマリンは自分の義足を指差す。そして言葉を続ける。
「簡単に言えば……そうだなぁ」
少しの沈黙で考えた後、
「兄ちゃんにダンジョンに誘われて、ついていったらこうなった、みたいな感じ?」
「なるほど、だから『ありもしない責任』ってわけか」
「そうそう、もう私の方は気にしてないのにね。兄ちゃんのほうが気にしちゃって」
マリンは今度は苦笑いではなく、優しく微笑む。
「不意の加害者になることほど嫌なことはないからね」
苦笑いのまま、エーリーは戦争のことを思い出していた。
その様子を察知して、マリンは話題を変えた。
「エリーは何でダンジョン整備士に?」
「ノースホーリーっていう国に住んでいたんだけれど…」
マリンはしまった、と思った。ノースホーリーといえばずっと戦争をしている国である。話題を変えたつもりが失敗だった。
「おっと、そんなに暗い話でもないよ。親も兄も皆死んでしまったけど、ボクは生きているし、こうして差別のないウィロウ国まで来れたしね」
「親とか兄の死は……」
死、をあまりに普通の出来事のように話すので、マリンが思わず口を挟む。
「悲しいよ。今でも悲しいけれど。自分が生きれていることが嬉しいからね。平和な国で暮らせているし。それに今、このことを友人に話せているってことは幸せってことさ」
とてもじゃないけど信じられなかった。自分が同じ立場なら、そんなことは一生言えなくなってしまうだろうと、マリンは想像する。
「話を戻すけれど、ボクがダンジョン整備士なるのは、お金のためと、友人作りのためだ」
「ふふっ、じゃあ二つ目の目的は達成かな?」
友人作りが目的というのは半分冗談かと思い、笑ってみせる。
「いやいや、まだまだ。同期となる残りの四人はもちろんだけど、ディアン先生とか、勇者様とか、魔王様とか、あとは……」
「え、本気??」
「どっちも本気だよ。お金も趣味の靴作りに必要だしね」
嘘ではないのが一瞬で分かるほど、その言葉はハキハキとして力強かった。
「人脈作りって感じかぁ、確かにそれも立派な理由だもんね」
うんうん、とマリンは自分の言葉に自分でうなずく。
「それで? マリンはどうしてダンジョン整備士に?」
「私は、魔獣を研究したくて」
「魔獣かい? 魔物ではなくて?」
「そう。魔獣っていうのは自然にできたダンジョンに住み着いた動物が魔力を吸収してしまって、変異するものなんだけど……」
エーリーが、突如、マリンの前に手のひらを向ける。
「おっと! 難しい話かな? あまり勉強はできなかったから優しく頼むよ」
「あはは、エリーは心配性だなぁ、そんなに難しくないよ。地中には魔力の脈みたいなのがあって、自然ダンジョンは基本的に平地よりも下の方にあるから、魔力の影響が強くてそれで魔石が増えるとただのゾウがベヒーモスになったり…」
「あぁ! もう一番奥だ! そして召喚陣と魔物がたくさんだ! なんてことだろう! 貴重な話はまた今度ゆっくりと頼むよ!」
わざとらしい振る舞いだが、本当に一番奥まで来ていた。そして目の前には、少し開けた所に本当に召喚陣が五つもある。
「そうだった。こっちは行き止まりの罠ルートだったね」
整備するのだから、当然、罠のルートも整備せねばならない。
マリンは片手に爆弾を。エーリーは足先を魔物へと向ける。
「マリー、準備はいいかい? 一仕事しようか」
「私は右から倒すから、エリーは左からよろしくね」と、仕切りつつ、「もっと魔獣の話したかったな」と小さくつぶやいてから、息を吐いて気持ちを切り替えた。
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