ただいま、ダンジョン整備中!
雨田ナオ
最初のダンジョン
第1話
ダンジョンの入り口に『ただいま、ダンジョン整備中』という文字と、ヘルメットをかぶった人がお辞儀をしている絵が描かれた看板が立てられた。
「それでは、整備を開始してください。何かあった時はダンジョンフォンで連絡するか、この入口まで戻ってくるように。試験の様子を今年は魔王様が見ていますので、気は抜かないように」
試験官のディアン先生は、落ち着き払った口調で受験者の六人に言葉をかけた。誰も看板の絵のようなヘルメットはかぶっていない。あれはイメージみたいなものだ。
上も下も、もちろん左右も土だ。土ボタルの光が明かりとなり、洞窟内の道を照らす。洞窟ではあるが、人が走り回ってジャンプできるくらいの広さはある。
「今年は魔王様が採点かぁ」
ルゥル・ブルーは楽しそうにみんなに独り言を話しかける。彼の水色の髪が芝のようにツンツンしている。
「去年は勇者様が採点だったからね。二人で交代制だから当然ではあるね。あ、ワタシの名は、マクシミン・フォークスだ。以後よろしく」
話に乗ってきてくれたのは、つるつる頭で黒いローブを来た。30代くらいの僧侶みたいな男だ。自己紹介をしたのは、ほぼみんな初対面だからである。
ダンジョン整備士の今年の受験者は六人。危険を伴う仕事だから、この数でも少し多いほうだ。ちなみに魔族と人族でワンペアとして組むので、必ず受験者の人数は偶数となる。
そして、彼の自己紹介を発端として、全員の自己紹介が始まった。
「オレはルゥル・ブルー! 勇者の息子です! よろしく!」
意外な自己紹介に四人の視線が一斉に集まった。
残りの一人はその紹介に続くように、ルゥルの後ろを歩きながら、
「私は、マリン・ブルーです。兄と同じ勇者の血筋です。よろしくお願いします」
「いやぁ、まさかマリンと同じ時期になってしまうとは」
ルゥルは頭を掻きながら恥ずかしそうにはしているが、口調は嬉しそうだった。
「兄ちゃん去年の筆記試験で落ちたんです。今年はこうして受かったみたいだけど」
兄と同じ髪色で、ポニーテールヘアのマリンが、ルゥルを指差しながら答える。あとの四人はその言葉を聞きながらも、目線はマリンの足元を向いていた。その視線を感じたのか、問われる前に微笑んでから答える。
「私、小さい頃に魔獣に襲われて、左足の足首より先が無いんです」
その話をしているとき、ルゥルは少し寂しそうな表情を見せたが、それに目が向かないようにマリンはおどけて笑ってみせた。眼鏡の奥の瞳が笑みで細くなる。
彼女の左足には、おしゃれな模様がついたぐねぐねと曲がった金属がついていた。もちろん、曲がっているのは衝撃を受け止めるためであり、走る助けをするための必要な曲がりだ。元々はパラスポーツ向けに作られたものである。
「ずいぶんと普通に歩くから、僕の目がおかしいのかと思ったよ」
マリンが自分自身で足のことに触れてくれたのが引き金となって、バンダナで黒髪をまとめている男の子が軽く感想を述べた。
「僕はリー・ハオだ。気軽にハオって呼んで欲しい」
ハオが簡単な自己紹介を終えると、最初の分かれ道に到着した。
「えーっと」
ルゥルがダンジョンフォンを取り出して地図を見る。
ダンジョンフォンとは液晶画面の付いた長方形の薄い箱みたいなフォンだ。あまりにそのままな表現だが、その名の通りでしかない。ダンジョンで使う電話だ。電話と、ダンジョン内の地図を表示することしか機能はない。電波が特殊で、ダンジョン内でしか使えないからこの機能だけで十分なのだ。
「左側のルートの整備は、マリンと…」
「ボクの担当だね」
声の主は、すでに左側に穴のほうにいた。ネイビーブルーのハンチング帽をかぶっていて、帽子から、紫を帯びた黒いキレイな髪が肩に触れる直前まで垂れていた。美しい顔立ちで、顔だけでは男性なのか女性なのか全くわからない。
「ボクはエーリー・トーロン。っと…あと一人の自己紹介がまだだったね」
マリンとエーリーの二人は、四人と別れて先に進まなければならない。エーリーが早く自己紹介をして欲しそうに、残り一人の赤髪ロングの全身黒色のコーディネイトの服装の少女に目線を向ける。
「レイル」
あまりに簡潔だった。
「呼び方さえ分かれば問題ないでしょう? さ、行きましょ」
エーリーは苦笑いをしていたが、レイルの表情は変わらない。
マリンとエーリーは「また後で」と手を軽く振って、先に進んでいった。
「色々あるとは思うけど、なんか、もうちょっと、ほら、さ?」
ルゥルは先頭を歩くレイルに向かって遠慮がちに話す。
「アタシは整備士になりに来たの。友達作りに来たんじゃないわ」
振り返らずに堂々と言い放つ。洞窟に強気な言葉が反射する。
後ろを歩いているマクシミンとハオは、お互いの顔を見合わせ苦笑いし合った。
六人はダンジョンに入る前、試験官である先生に「君と君」といった感じで、お互いのパートナーを決められて入っている。マリン(人族)とエーリー(魔族)、マクシミン(人族)とハオ(魔族)、ルゥル(人族)のパートナーは…。
「オレも整備士になりにきたんだけど、ほら、どうせ合格したら受験時の相手がそのままパートナーになることも多いしさ」
「なったとしても、仕・事・仲・間ね。呼び方だけ知ってれば問題ないわ」
先が思いやられる、とルゥルうなだれる。レイルの気の強さは、みんなに平等に向けられているような感じだったが、ルゥルには若干強めに出ているような感じがあった。
「大変だな、君も」
レイルに聞こえないように、マクシミンはルゥルの耳元でつぶやいて、肩をポンと叩く。
「……試験が終わるまでには何とかするよ」
口元だけ笑っているルゥルの返事は、いかにも自信がなさそうだった。
黙々と四人が歩いていくと、二つ目の分かれ道が見えてきた。スライムという緑色で半固体のドロドロしたモンスターと共に。
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