第4章 ノヴァ・ゼナリャに、陽は沈む

第24話 できればこんな形での再会はしたくなかったが

 それは、かつて、この数百年の間、何度も、何度も見た夢。

 だけど、その夢を見ながらも、意識の向こう側では、これは現実にあったことだと、己の脳内に囁く小声が聞こえる。


 物心ついてはじめて目にしたのは、どこまでも深い宇宙の闇のいろ。

 いつか、緑の星に辿り着くのだと、期待と焦燥に心を満たして過ごした幼き時代。

 そしてそれが現実になったあの日、船の仲間達と喜びを爆発させて涙し、抱き合ったこと。

 いざ着陸してみれば、そこは赤茶けた大地でしかなかったけれど、落胆はなかった。

 かえって、ここを自分たちの理想郷にするのだと、心は燃えた。

 そして、それから、開拓に励んだ長い日々。


 ……いきなり景色は赤く反転する。


 銃声と怒号の中、大地を燃やす炎。

 地表を染める仲間の血。空に漂う不吉な色の黒煙。


 気が付けば、見渡す光景はまばゆいばかりの緑に変わる。

 だが、自分の掌に目をやれば、それは禍々しいまでに赤黒い血糊に汚れているのだ。


 だが、その手を誰かがそっと握った。

 そしてそのまま腕を強く引かれ、たくましいその身体に抱き寄せられる。

 見上げた「彼」の瞳は、熱っぽくも、あの宇宙のいろのように暗く淀んでいた。

 たぶん自分の目も同じいろをしているのだろうと、その熱に抱かれつつ、溺れつつ、思う。

「愛しているわ、アンドレイ」

 その名を叫びながらも、何度も、何度も思う……。



「ニーア・アンダーソン、身体を起こしてこちらを向け」

 ニーアは我に返り、その声の方向に、手足を拘束されたままの身を捩る。見れば、監視の兵士が厳しい面持ちでこちらを睨んでいる。


 ……また尋問の時間が始まるのだろうか。もうこの軍艦内に囚われ、ベッドの上に横たわされてから、ニーアの体内時計はひと月ほどを計測カウントしていた。このまま、真実を話さなければ、自分の人間としての身分を奪われ、機械として即刻解体させる旨の脅しも、もう幾度となく彼女の耳を叩いている。


 ……自分のを考えれば、それも当然なのかも知れない。


 だが、あまりにも多くの人を欺き、裏切ってきた自分の生において、最後に出逢った人間には自分の口で真実を伝えたかった。己の罪に比べれば、それはあまりにも軽微なことに過ぎぬとは分かっている。自己満足に過ぎないことも分かっている。それでも……。


 そこまで考えを巡らせたとき、警備兵が、部屋の扉の電子錠を解除させ部屋を出て行く。そして代わりに部屋の中に入ってきたのは、2人の男……軍服姿の栗色の髪の青年将校と、彼に付き添われたゲイリーその人であった。



 ゲイリーはリェムに連れられて入った部屋の中に、ベッドの上のニーアの姿を認めるや、思わず言葉を失った。その美しい顔の皮膚はところところが焼け焦げ、身体の戦闘着スーツの上にぐるぐると巻かれた包帯には、血液がどす黒く滲んだ箇所も見受けられる。そして、手足は太いベルトによって寝台の四隅に、きつく拘束されている。あの卓越した身体能力を考えれば正しい処置なのであろうが、ゲイリーにはそのニーアの姿は痛々しい以外の何ものでもなかった。

 そして、彼女がこんな姿になったのは、自分の裏切りあってこそだという事実が、彼の心を重くする。


 ニーアはゲイリーに弱々しく微笑んだ。


「ゲイリー……」

「ニーア、俺は、その……」

「私を裏切ったことに、後ろめたさを感じる必要は無いわ、ゲイリー」

「ニーア……」

 ニーアの声はどこまでも穏やかだ。その穏やかさがかえってゲイリーの心を痛ませる。するとニーアの紫色の瞳が微かに揺れた。

「私も、沢山の人達や、あなたのことを、欺こうとしてきたのだから、同じなのよ」

「……欺く?」

「どういうことかな、ニーア・アンダーソン」


 2人の再会をそれまで黙って見守っていたリェムが、口を開いた。そして彼は慎重に言葉を選びながらも、単刀直入にニーアを問いただした。


「それは、君がこの400年にわたって、地球の中央図書管理局のホストコンピュータをハックしていた疑惑と、なにか関わりがあるのかね」


 途端に、室内に緊張が走る。だが、ニーアは穏やかな微笑みを崩さぬまま頷き呟いた。それは、拍子が抜けるほどに、あっさりと。


「……そうよ」

「……ニーア……」


 ゲイリーは唖然として再び言葉を失った。彼女がここまで容易に、重大なハック疑惑を認めるとは思ってもいなかったからだ。代わりに身を乗り出して鋭く語を継いだのはリェムだ。


「ニーア、一体、君は何が目的で、中央図書管理局のホストコンピュータ、それも何故、「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」についてのみのデータを狙い、ハックしたんだ?」


 ニーアが目を瞑る。彼女は暫く、遠い日々を思いを馳せるような顔つきで、瞼を閉じていた。

 そして彼女は、密やかな声でこう告げた。


「私の狙いは、よ」

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