第20話 俺としたことが、酒も飲まずに調べ物に励んでる

 ニューヨークの、朝の喧噪が太陽のひかりとともに、窓からなだれ込んでくる。眠りから覚めたゲイリーは、前日、ボストンから戻ってきたのち、自室のベッドの上で服を着替えることもなく寝込んでしまっていたことを改めて思い出す。

 喉がからからに渇いている。ゲイリーは乱れた髪を手で撫でつつ、ぼんやりとした頭のままゆっくりと起き上がり、キッチンに向かった。


 だがその足は、ベッドから床に転げおちていたなにかに触った。拾い上げてみれば、それは、夢うつつに陥る間際まで何度も繰り返し頁を捲り続けていた、あのボストンの蚤の市で手に入れた古書だった。


「夢じゃなかったか……」


 彼は昨夜貪るように読んだその本が、きちんと実在することを改めて認識し、深く溜息をついた。

 そして掠れた表紙の題字をもう一度見つめ直す。著者はボルフェンク・ペテルレ。ゲイリーには聞いたことのない名前だ。名も無い一歴史学者なのだろうか。



「『「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」の惑星ノヴァ・ゼナリャ開拓に関する一考察』……か」


 ゲイリーはベッドに腰を再び下ろすと、その本の頁をまた捲り、その悪夢のような内容に目を通す。通常言われている、そしてニーアから聞いた「偉大なる開拓者号」の歴史像を底辺から覆す内容の、その記述。あのノヴァ・ゼナリャの地下室で手にした謎の日記を裏付けるような、その内容。


「いったい、どうなっているんだ……どっちが本当のことなんだ?」


 ゲイリーは明らかに混乱していた。

 ……もし、この古書だけを手に入れていたならば、ゲイリーはこの本が提示して見せた「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」の歴史像を笑って否定しただろう。馬鹿馬鹿しい。捏造にもほどがある。学校で教わった歴史とも、通常の定説とも全く異なりすぎていて、相手にするまでもない。

 だが、今のゲイリーには、ノヴァ・ゼナリャの地下室で手にしたあの日記と、この本の奇妙な符号が、気になってならない。たかが一論文と、この古書を一笑に付すことがどうしてもできない。

 そこで彼が思い出すのは、ニーアのことだった。……彼女なら、このふたつの事実の乖離について、何らかの説明ができるのではないだろうか。だが、それは、こうして地球に帰還してしまった身としては、もう叶うことはないだろう。……だが。


「調べてみるか……」


 ゲイリーは本を埃だらけのサイドテーブルに置くと、身支度をすべく立ち上がった。


 ……数時間後、彼はひとり、最寄りの図書館の閲覧室にいた。

 ゲイリーは図書閲覧用のモニターの前に陣取り、腕組みをしながら浮き上がる文字を一語一語睨み付ける。考えつく限りの検索ワードを打ち込み、「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」についての書籍を呼び出しては目に焼き付けた。何十冊という数の電子書籍が彼の目を通り過ぎていく。

だが、収穫はなかった。その呼び出した書籍データはすべてが、従来の通説に基づいた内容のもので、あの古書に一致する記述の本は一冊とて見当たらないのだ。古書を書いたボルフェンク・ペテルレの他の著書でさえそうなのである。そして彼の著作の中に、あの『「偉大なる開拓者号」の惑星ノヴァ・ゼナリャ開拓に関する一考察』はヒットさえしなかった。

 ……これはどういうことだ? あの日記と、古書の一致は、偶然の賜物なのか……?


 そう心中で呟きながら、ゲイリーは、固まった思考と姿勢をほぐすべく腕を思い切り伸ばし、欠伸をした。

 すると、唐突にその腕を掴む者が居る。驚いて振りかえってみれば、そこには、地球政府軍の軍服姿の男が鋭い眼光を投げかけていた。しかも、ひとりでなく、数人の軍人が彼を半ば取り囲むように屹立しているではないか。


「なっ……!」


 ゲイリーが驚いて声を上げようとすると、腕を掴んでいる男が小声で彼の耳元で囁いた。


「騒ぐな、ゲイリー・サンダース。我々は君に危害を加えるつもりはない。ちょっと同行して欲しいだけだ」

「……だとしても、人にものを頼むには、それなりの態度ってものがあるだろう。驚かせやがって」


 ゲイリーは舌打ちしながら悪態をついた。だが、男たちは動じる様子もない。

 ……これだから、軍人って奴はいけ好かないんだ。……と、彼はそこまで考えて、あることに思い至り語を継いだ。


「あの、リェム少佐って奴か? 俺に用があるのは?」



 ゲイリーが、男たちに半ば小突かれて図書館の外に転がり出てみれば、そこにいたのは、果たして、地球政府軍第6星域軍のレフ・リェム少佐その人であった。リェムが人の悪い笑いを浮かべながらゲイリーに語りかける。


「すまなかったな、サンダース」

「すまないも何も、昨日の今日じゃねえか。あんたと別れたのは」

「そうだったな。……だが、サンダース。昨日別れてから我々は君をずっとマークさせてもらっていた」


 そのリェムのあっけらかんとした悪気のない告白に、ゲイリーは思わず空を仰ぐ。そして、リェムを睨み付け呟いた。


「……この悪党が……」

 だがリェムは臆する様子もない。薄い笑いを唇に変わらず浮かべたままだ。


「悪かったな、サンダース。だが、君も我々を欺いたのではないか?」

「俺が、あんたらを欺いた、だと?」

「そうだ、サンダース」


 そう言いながらリェムはゆっくりとゲイリーのほうに歩を進め、その身をぴたり、と寄せてきた。眩しい昼のひかりがその栗色の髪を照らす。そしてゲイリーの耳元にて、小さな、だが、街の喧騒に負けぬ厳しい口調で問いかける。


「……ゲイリー・サンダース、「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」の歴史について、何を知っているんだ? 君は、惑星ノヴァ・ゼナリャで何を見た?」

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