第9話 全くもって天晴れな君の勇姿

「どうするつもりなんだ……」


 ゲイリーは落ちつかぬ気持ちのまま、ガラスドームから見える空を睨み付ける。レーダーに映ったこのガラスドームを、捜索機が見逃すとは思わなかった。ここが鬱蒼とした木々に囲まれた森の奥でなければ、すぐにでも着陸しこの建物の探索にかかるところであろうが、さすがにそれは無理と判断して、ひとまず飛び去ったのであろう。とすると、奴らが出してくるのは……。


 そこまでゲイリーが考えたところで、彼の耳に微かな駆動音が聞こえてきた。その音でゲイリーは察した。

無人小型索敵機ミツバチを繰り出しやがったか……」

 やがて、そのゲイリーの予想を裏付けるように、駆動音は次第に大きくなり、ガラスドームの上に無人小型索敵機ミツバチが姿を現した。その通称通り、黒い塗装と、長い針のようなレーザ砲が特徴の無人飛行機だ。それも、一機ではなく、三機。いや、目視できるのがそれだけで、もっと押し寄せてきているのかもしれない。


 無人小型索敵機ミツバチは、それぞれ、ばらばらにガラスドームの周囲を飛び回っている。まずは搭載されたカメラとレーダーを使っての様子見といったところだろうか。


 ……そこに、突然、閃光が走った。思わず、ゲイリーは両手で目を庇いながらも、そのひかりが降ってきた、ガラスドームの天頂を見上げた。すると驚くべきことに、そこには人影があった。それは亜麻色の長い髪の……。


「ニーア!」

 ゲイリーは叫んだ。まさにその人影は、さきほど書架の向こうに姿を消したニーアであった。彼女はいつもの銀色のワンピース姿ではなく、中世の騎士の装甲にも似た漆黒の戦闘着スーツに身を包み、ガラスドームの上に立っている。そしてその両肩に装着されたふたつの筒のようなものは……なんであろうか。ゲイリーは必死に目をこらして、三機の無人小型索敵機ミツバチと対峙するニーアを見やった。すると、再び閃光、そして爆発音が、ガラスドーム内を包む。


 ゲイリーは状況を把握した。閃光は、ニーアの両肩の筒から発せられており、そして、爆発音は、ニーアの放った閃光が命中し、ばらばらと破片を宙に散らす無人小型索敵機ミツバチのものだった。……すると、ニーアが背負っているのは対空砲だろうか。そう思う間もなく、ニーアが高く跳躍した。その足先を新たな閃光が掠める。今度は、敵が、ニーアを狙って撃ってきたのだった。それにまた、ニーアが応戦する。


 彼女はガラスドームの上を跳ねながら、今や二機になった無人小型索敵機ミツバチの攻撃を躱す。跳躍する度にその亜麻色に長い髪は軽やかに揺れ、レーザー砲のひかりに反射してきらきらと光り輝く。

 それはゲイリーの目には、遠い異国の優雅な舞踊のようにすら映った。だが、無人小型索敵機ミツバチの稼働音はいよいよ猛々しく響き渡り、ニーアを繰り返し狙い撃つ。その光景に、ゲイリーは、今、目の当たりにしているのは、激しい戦闘以外の何ものでも無いと思い知らされるのだ。


 その永遠に続くとも思われた応酬は、唐突に楔が打たれた。二機の無人小型索敵機ミツバチに挟まれつつ攻撃を躱していたニーアが、それまでになく高く上空へと跳んだのだ。次の瞬間、ニーアの身体は、片方の無人小型索敵機ミツバチの上に飛び乗っていた。戸惑ったように双方の敵が一瞬、動きを止める。

 ニーアはその隙を見逃さず、前面の一機に向かって、すかさず両肩から対空砲を発射した。何度目かの爆発音が響き、無人小型索敵機ミツバチがまた一機、その身を霧散させる。


 そして、それに続く、ニーアの動きはより素早かった。彼女は背に手を回し、槍のような物体を自らの戦闘着から引き抜くと、自らの乗った無人小型索敵機ミツバチの制御部分を勢いよく串刺しにしたのだ。途端に、最後の敵が火を噴く。次いで、最後の爆発音が轟く。黒煙を上げながら舞い落ちる無人小型索敵機ミツバチの破片が、ばらばらと、ガラスドームの表面を叩いては滑り落ちていく。


 ……そして、辺りに静寂が戻った。

 激しい戦闘の後を窺わせるのは、ガラスドームの上空を煙らせる黒い煙のみである。それも風に吹かれて次第に薄れゆく様子を見ながら、ゲイリーは夢でも見たのでは無いか、と本棚のひとつに寄りかかりつつ思った。

 だが、煙の薄れる向こうから現われた、すっくとガラスドームの上に立つ長い髪の人影が、そうではないと彼に現実を告げる。


 漆黒の戦闘着スーツに身を包んだニーアは、手にしたままの槍を背中に戻すと、再び跳躍し、ゲイリーの視界から姿を消した。

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