第8話 はた迷惑な話と助けは唐突に

「……冗談だろ?」


 ゲイリーはのけぞった姿勢のままニーアを質した。質した、というか、いきなりのに度肝を抜かれて、そう言葉を発するのが精一杯であった、というべきか。だが、ニーアの目は真剣だ。

「冗談じゃないわ。私は本気よ」

 その表情からも、ゲイリーをからかっている風は微塵もない。ゲイリーの背に冷汗が吹きだした。

「……俺にこの本の山の、番人になれってか?」

「そうよ」


 ニーアは冷静だ。その沈着な声から、紫色の美しい眼差しから、彼女の本気がじわじわと伝わってくる。耐えかねて、ゲイリーは我を忘れ、黒い髪を振り乱し喚いた。

「冗談じゃない、俺はここの主なんかにならんぞ! こんな湿気しけた星の図書館なぞ、知ったことか!」


 しかしニーアには動じる様子は、ない。そして、椅子に座ったまま手元の本をぱたん、と閉じると、とゲイリーに重々しく告げた。

「これは遺言なのよ」

「……遺言? その、君が愛した、「偉大なる開拓者グレート・パイオニア号」とやらのお仲間のか?」

「そうよ、飲み込みが早いわね、ゲイリー」

「……そんなん、何も俺には関係ねぇ話じゃないか! 迷惑極まりない!」

 

 ゲイリーは忌々しげに叫ぶ。自分の意志に関係なく、全く予想もつかぬ方へ流れていく話に、彼の頭のなかは混乱の極みだ。だが、ニーアはゲイリーをなおも冷静に見つめながら、彼の一番痛いところを突いてきた。


「それじゃあ、ゲイリー、あなたはどうするの?」 

「……どういう意味だ」

「このままこの星を離れて、大人しく、サナトリウムに連れて行かれるつもり?」


 ……ゲイリーは思わず、言葉に詰まった。この星を離れれば、彼はそこにしか行くことを許されぬ運命であるのは、全く否定しようのない事実である。……の音も出ないというのは、このことである。言葉を失い、ゲイリーは恨めしそうな目で、ただ、ニーアの美しい顔を睨みつける。

 ……両者は暫し黙り込み、静寂がガラスドームの中の書架を支配した。


 そのときである。

 急に、ガラスドームのなかが、翳った。ゲイリーとニーアは思わずガラスドームの天井を見上げる。

 すると、ガラスドームを通して見える雲のなかを、大きな影がゆっくり横切っていくところであった。ゲイリーにはその影に見覚えがあった。

 ……轟音こそしなかったものの、あれは……・ゲイリーが乗ってきたものよりは、だいぶん小型だが……。

宇宙船シップ?!」

 そうこうしているうちに、宇宙船はゆっくりと上空を飛び去っていく。羽ばたきこそせぬが、まるで悠然と大空を飛ぶ巨大な鳥のように。やがて、ガラスドームのなかは、再びひかりで満ちた。翳ったときと同じように、唐突に。


 明るさを取り戻した書架の中で、ニーアが呟いた。

「……あなたを探しに来たようね」

「不時着した船から、救難信号が発信されていたか……」


 ゲイリーが苦々しく語を放つ。あの航行中の爆発と不時着の衝撃で、宇宙船のオートメーション・システムはすっかりやられたとばかり思っていたが、どうやらあの船は、思った以上に頑丈にできていたらしい。ゲイリーは思う。……まったく、俺は、ついているのか、それともよっぽど運がないのか……。

 すると、ニーアが、すっ、と椅子から立ちあがった。銀色のワンピースの裾を翻して。そして、やや厳しい面持ちでゲイリーにこう告げた。


「ゲイリー、隠れていなさい」

「隠れるも何も、奴らは、程なくここに来るぞ。あの距離なら、確実に、このドームはレーダーに捉えられている」

 その言葉にニーアの紫の瞳がきらり、と光る。そんなことは分かっているとばかりに。

 彼女は唇に薄い笑いを浮かべながら、ゲイリーに、こう言い放った。

「……だから、迎え撃つのよ」


 ……そして、その不敵な台詞と、唖然とするゲイリーをその場に残し、ニーアは書架の奥に消えていった。

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