第3話 天使のような君に出逢う
ゲイリーは懐かしい夢を見ていた。
航海士として宇宙を旅した日々、それを共有した気心の知れた親友の顔。ゲイリーは己のいるべき場所に、立ち戻れたと、その場に自分の姿を認めては、信じ、安堵した。その後に訪れた、あの地獄のような日々こそ夢だったかのように。
……だが、急速にそれらの風景が白いひかりのなかに遠ざかり、気が付いてみれば、自分の視界は、配管がむき出しになった無機質なコンクリートの天井と、そこに作り付けられた天窓を捉えていた。天窓からは、さんさんと陽の光が注ぎ、木々の緑がそよぐ様子が窺える。
それでゲイリーは、あの幻のように消え去った日々は、もはや遠い昔の出来事でしかなく、いま、自分は不時着した見知らぬ異星にいるという現実を思い出す。
「……またしても、死に損なったか……」
ゲイリーの目覚めの第一声はそれだった。
それにしてもここはどこなのだろう。気が付いてみればゲイリーは、清潔な白いシーツの敷かれたベッドに横たわっており、彼の身体の上には、シーツと同じように洗い立ての匂いがする毛布が掛けられている。起き上がろうとしてみれば、ずきり、と頭が痛む。だが、その頭部に手を回してみれば、ぐるり、と包帯が巻かれている感触が伝わってくる。
……傷に手当てが、されている……。一体誰の手で?
ゲイリーは頭の傷の痛みに耐えながら、ゆっくり半身を起こし、周囲の様子を確かめようとした。
「だめよ。まだ起き上がっては」
その耳に唐突に飛び込んできた声に、完全に不意を突かれたゲイリーは、飛び上がらんばかりに驚いた。そして声の方向に目を向ければ、そこには、ひとりの少女が立っていた。それは、ゲイリーが、異星の地表に転がり意識を失う直前に見た、あの亜麻色の髪の少女だった。
……幻じゃ、なかったのか。てっきり天使かと、思ったのにな。
だが、そう見誤ってもおかしくないくらい、彼女の佇まいは美しかった。銀色のワンピース姿に、足先までも届く長い髪。凜とした紫色の瞳の整った顔立ち。その頬は、うっすらと薔薇色に染まり、そこに僅かに散らばる茶色いそばかすさえも、麗しい。
ゲイリーはしばらく、ただ、ぽかん、としてその少女を見つめていた。すると、少女はゲイリーの些か無遠慮な視線に構うことなく、すたすたと足早に彼の枕元に近づいてくる。そして、少女は掌をゲイリーの額に押し当てると、呟いた。
「熱は引いたみたいね。でも、まだ起き上がってはだめ。頭の傷は化膿してて、まだ完治していないわ。また高熱を引き起こさないとは限らない」
ゲイリーは、その声に漸く我に返り、彼女に尋ねた。
「……ここは、有人惑星だったのか。それじゃあ、君が俺をこうして看護してくれていたのかい?」
「そうね。そんなところよ」
少女はゲイリーの額から手を離さぬまま、柔らかな声音でそう答えた。ゲイリーの心情は、正直、余計なことをしてくれたな、というのが本音であったが、ひとまず、それは心中に隠し、少女に礼を述べることにする。
「……ありがとう。礼を言う」
「どういたしまして。……でも、これも、私の仕事だから」
「仕事?」
ゲイリーは少女の言葉を聞きとがめて、思わず聞き返した。自分の世話をするのが仕事、とはどういう意味であろう。
さては、彼女の家族あたりから、彼の看護を任された、そのくらいの意味だろうか。
だが、少女はその質問には答えず、顔に微笑みを浮かべると、ゲイリーの顔から手を離し、軽やかに身を翻すと、部屋から出て行った。
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