第139話 アスワンダム総力戦

「あんなこと言ってるよぉ?ガイズ、君の力を見せてやりなよぉ。ねえ?」

 ガイズと呼ばれた髭面の熊男は、気に入らなそうにしながらも俺たちをキッと睨みつけた。リンゼにバラバラにされない為に、あいつの言う事を聞いて俺たちと戦うつもりか。

 ガイズが手をかざすと、地面がまるで水のように変化し、そこに突然飛び込んだ!


 そして突然俺の足元の地面が水のように変わったかと思うと、ガイズが飛び出して来て汚泥の中に引きずり込んで来る!両足が沈み込んで背筋が凍る。こいつ、土中を泳ぐことが出来るのか!水になった土の中に入れられて、また土に変わったら生き埋めにされる!

「くっ……!空中浮遊!」


 俺の浮かぶ力よりも、ガイズが引きずり込む力の方が強い。ズルズルと地中に引きずり込まれてゆく。空間転移でガイズごと空に移動しようとしたけど、その前にヴェルゼルが錫杖で三つ目族の秘術を放って、ガイズの攻撃を防いだが再び潜ってしまう。まだ水のようになった泥に完全に沈み切る前に、ユニフェイが俺を引っ張りあげてくれた。生活魔法で服や体についた泥を消し去った。


 ガイズのスキルは、俺がカールさんにやった物体操作、移動速度強化、追跡の3つ。

 物体操作で土を水のように変化させ、そこを高速で移動し、追跡を使って土中でも俺たちの位置がわかるってとこか。こっちは相手の姿が見えない。土中深く潜られると、こちらの魔法も他の攻撃も届かない。厄介だな。


「アイシャ〜?出番だよぉ?」

 リンゼがピンク髪の少女、アイシャに声をかける。

「え〜?あたしラダファ以外の命令なんて、聞きたくないモン!」

 自分がバラバラにされるかも知れないってわかってないんだろうか。幼いアイシャはリンゼ相手にひどく強気だ。


「ラダファ〜?」

「アイシャ、やるんだ。」

「はあ〜い。スパイダープラネット!」

 アイシャがかざした手から、いくつもの玉が飛び出し、ヴェルゼルの周りをぐるぐる回った。ヴェルゼルを中心に直列に並んだかと思うと、一気に弾けて糸がヴェルゼルを錫杖ごとがんじがらめにする。


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 アイシャ

 10歳

 女

 人間族

 レベル 26

 HP 752/752

 MP 619/619

 攻撃力 279

 防御力 316

 俊敏性 253

 知力 554

 称号 〈同族殺し〉〈完全なるもの〉

 魔法 

 スキル 幻獣変化 賢者の石 粘液操作


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 称号とスキルだけなら、なんとなくウロボロスみたいだな。頭が2つあるから双頭のヘビっぽい分、余計にだ。ウロボロスは双頭じゃねえけど。アイシャの時に鑑定すると、タレクの情報は出てこないのか。

「レイラ〜。」

 リンゼが肩に出していた鳥籠をしまって、小人のような女の子に命令する。

 レイラと呼ばれた少女が手をかざすと、水色髪のスライの姿が突然消えた!


 と思ったら後ろから現れて、ドリルのように回転する腕を突き出してくる!

「後ろ!ストーンウォール!!」

 アシルさんが土魔法の壁で、俺のことをガードしつつ、スライの視界から隠した瞬間、恭司が俺をくわえて空中に運んだ。

「──ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!

 それと、ストーン・サーヴァント!!」


 俺は妖精女王からもらったばかりの古代魔法である精霊魔法を使って、アシルさんが作った現代魔法の土壁を、ゴーレムへと変化させる!現代魔法は現物がそこに残るから、精霊魔法に流用出来るのは、チムチでアスタロト王子が見せてくれたやり方だ。ゴーレムがスライをがっちりと掴み、そこにヴェルゼルから受け継いだ三つ目族の秘術を放った。

「うわああああ!」

 身動きが取れずに、スライがもろに三つ目族の秘術をくらう。

「やるねえ。」

 余裕のリンゼは楽しそうですらあった。


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 レイラ

 18歳

 女

 人間族

 レベル 34

 HP 1092/1092

 MP 1274/1274

 攻撃力 928

 防御力 958

 俊敏性 1013

 知力 856

 称号 〈同族殺し〉〈引き裂かれしもの〉

 魔法 

 スキル 異空間操作 誘惑 アイテムボックスレベル10


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 レイラのスキルをステータス画面で検索して調べる。異空間操作ってのは、空間と空間をつなぐとかして、何もないところから姿を現せるってスキルか。どこから来るのかわからないのはヤバイな。誘惑も地味にめんどいスキルのひとつだし。誘惑かけられた後に、ラダファの洗脳をくらうと、かなりかかりやすくてまずいな。大きさも相まって、まるでイタズラ妖精のようだ。称号の引き裂かれしものってのは、絆を失ったってことなのか?


「タダヒロどの!我らが加勢いたします!」

 アマゾネスエルフたちが、一斉に槍を構えて攻撃体制をとる。

「助かる!地面を中心的に頼みます!」

 これで地中に潜ってるガイズが、どっから出てきても安心だ。レイラの異空間操作と違って、出てくる前に土が動くからな!


「無駄だよぉ?ねえ?ラダファ。」

 リンゼに声をかけられたラダファとリンゼが、それぞれこちらに手をかざすと、

「「スキル合成。傀儡かいらい人形ヒトガタ。」」

「──!?か、体が動かない……!?」

 アマゾネスエルフたちの体が、不自然に止まる。そして無理やり体が変な方向へと動き出す。傀儡師は死体しか操れないけど、人形師と合成すると、生きた人間も操れるのか!


「さあ、同士討ちするがいい。」

 ラダファがそう言うと、アマゾネスエルフたちが互いに向き合って槍を向けた。

「や、やめろ……!やめてくれ……!」

「嫌だよぉ?アハハ!」

 リンゼが楽しそうに笑う。

 ああやってアザリュスティシア女王の国であるプレミディアの人たちも、同士討ちさせたりしてもてあそぶように殺したんだろう。


「空想具現化!!」

 俺はアドゥムブラリから奪った空想具現化を、俺の周囲に広げる。地面に魔法陣が出現し、そこから虚ろな兵士たちが現れる。

 鎧だけで中身のない兵士たちが、互いに攻撃寸前だったアマゾネスエルフたちを、後ろから羽交い締めにしてなんとか止めた。

 クソッ!こっちは防戦一方だ!

 戦力を増やしても増やしても奪われる!


「へーええ?そんなスキルまで手に入れてたんだねえ?ならこっちもやろうかなあ?

 アイシャ、タレクと入れ替わってよ。」

「やあーだあ!あたし、戦ってるもん!」

「ラダファ〜。」

「アイシャ。」

「はあ〜い。……チェッ。」

 フッと一瞬意識が途切れたように、アイシャの体がグラついて、タレクと入れ替わる。


 それと同時にアイシャにがんじがらめにされていた、ヴェルゼルの体が自由になった。

「タレク〜。あれ面白そうだから、レイラにつけてよぉ。空想具現化ってやつう?」

「つける……?何言ってんだ?」

 恭司がリンゼの言葉に首をかしげた。

「知ってるぅ?知らないよねぇ?

 君が手にした異界の門を作ったのはぁ、タレクなんだよぉ?あはぁ。」


「……スキル作成、空想具現化。

 スキル付与、対象、レイラ!」

 タレクがそう言って、レイラに手をかざした。一瞬レイラが光ったように見え、ステータスを確認すると、本当に空想具現化がレイラのステータスに反映していた。

「空想具現化。」

 レイラが空想具現化を使った途端、レイラの展開する魔法陣に重なった部分の虚ろな兵士たちが、禍々しい触手へと変化する。


「あっ!嫌っ!!」

「やめてえ!」

 虚ろな兵士たちに羽交い締めされていたアマゾネスエルフたちは、そのまま触手に絡め取られて悶えだす。触手の触れた部分の武器や鎧が溶かされていき、一気にアマゾネスエルフの半分が戦えなくなってしまった。

 のと同時に半裸になり、恭司が大興奮でアマゾネスエルフたちの周囲を、なめつくすようにグルグルと飛び回っている。

 お前、ほんとにブレねえな。


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 タレク

 10歳

 男

 人間族

 レベル 26

 HP 752/752

 MP 619/619

 攻撃力 279

 防御力 316

 俊敏性 253

 知力 554

 称号 〈同族殺し〉〈相反するもの〉

 魔法 

 スキル スキル作成 スキル付与 


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 タレク!お前、なんつーチートスキル持ちだよ!スキルを付与出来るってだけでも、俺のスキル強奪の機能を一部持ってるけど、スキルが作成出来るだと!?戦う力こそないけど、仲間に力を与えることを考えれば、タレクがいるのは最強の布陣だ。

 アマゾネスエルフたちが動けない間に、ガイズが地面から飛び出して来て、エンリツィオたちを襲う。冷静に出てくる瞬間に火魔法を放つエンリツィオに、ガイズが怯んだ。


 ガイズの攻撃に気を取られているエンリツィオを、後ろから出て来たスライが襲う。

 スライに背中を向けたまま、飛び出た回転する骨をもろともせずに、自慢の握力でスライの腕を掴んで勢いを止めたエンリツィオ。エンリツィオの手から血がだらりと流れた。

 異空間操作で再びスライが消える。

「無茶しないでよ!まったく。」

 アシルさんが回復魔法で回復する。

「お前がいるから無茶出来るのさ。」

 と笑うエンリツィオ。


 俺はステータス画面でヴェルゼルの能力を確認していた。第3の目に能力があると言っていたのを思い出したからだ。

「──ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」

 俺のマントラと、ヴェルゼルの額の第3の目から放たれたレーザーが、リンゼとラダファを襲う。リンゼが女たちの体を復活させ、リンゼとラダファの盾にした。


「「スキル合成。傀儡かいらい人形ヒトガタ。」」

 再びバラバラに弾け飛ぶ、女たちの体。

「ごっは……!」

「──!!」

 俺が操るヴェルゼルが、第3の目からレーザーを発射し、レーザーはマントラと重なるようにリンゼを狙ったが、女たちの体ではマントラしか防げず当たると思ったのだろう。

 リンゼは無防備だったタレクの体を、ラダファとのスキル合成で操り引き寄せて、自分の体をガードした。こいつ、子どもを盾に!


 レーザーがタレクの頭を貫いた。

 タレクの体が一瞬グラリと揺れ、だがすぐさま持ち直す。

「……驚いたな。頭を貫通されて、それでも生きてんのか、お前。」

 俺は素直に驚いたが、タレクは涙を流してリンゼを睨んでいた。

「俺の頭は腹の中にあるから助かったんだ。

 ……今のでアイシャが死んだ。」


「ふうん?そう。良かったじゃーん。うん。

 君だけの体がぁ、ようやく手に入ったわけだしぃ?ねえ?欲しかったんでしょ?体。」

「ふざけんな!妹と俺と、それぞれ自分だけの体が欲しかったんだ!だからラダファにお願いしてたんだ!なのに……!」

「そんなのぉ、無理って自分でもわかってるでしょお?──人間に人間は作れないよ?

 ラダファの作る人形の体なんてぇ、中に入っても生きられるわけないじゃーん?」


 タレクがそれを聞いて、ショックを受けたような表情で大泣きした。

 タレクはラダファの作る人形の体に入ることで、お互いの体をわけようとしてたのか。

 いくらタレクが子どもでも、あれだけ本気で信じてたってことは、それが出来るとわざと勘違いさせられていたのかも知れないな。


「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ!!」

 俺はマントラでタレクの貫通した頭の傷を治してやった。回復魔法より、元仲間のヴェルゼルの力のほうがいいと思ったからだ。ヴェルゼルもきっと、タレクたちを治してやりたかっただろうから。けど、既に死んでしまったアイシャに効果はなかったみたいだ。


 タレクの頭の傷は塞がったけど、アイシャがタレクと入れ替わることはなかった。

 死ぬ寸前まで治せる恭司のフェニックスの力でも、治すことは叶わなかっただろう。

「タダヒロぉ……。」

 タレクが俺の顔を見てわんわんと泣いた。

 俺はチムチの時のように、タレクを慰めてやりたかったけど、それは出来なかった。


「うーん、きりがないねえ。

 仕方がない、切り札を使うか。

 レイラぁ、アレを出してぇ。」

 アレ?レイラがアイテムボックスから取り出したもの。それは糸でグルグル巻きにされて、気絶したマリィさんだった。

「マリィさん!?なんでここに!?」

「僕の縁操作はぁ、“運命の絆”の絆の糸が切れるんだよぉ?糸が切れそうな“運命の絆”がいたらぁ、こうしてさらってくるんだぁ。」


「絆の糸を切る?」

「絆の色はあ……。

 うーん、兄弟か。

 あれ?でも、親友の色と、恋人同士の色もある……?

 君らってそういう?禁断の関係?

 ププププ。」

 何言ってんだ?こいつ。リンゼはマリィさんをジロジロと眺めてそう言って笑う。


 マリィさんがエンリツィオと兄妹なわけはない。もしそうなら、エンリツィオがこっちの世界に来るまで、マリィさんを知らなかったのがおかしいからだ。ましてや、妹を愛人にする筈もない。いや、そこはエンリツィオなら分からんか?ともかくありえない。

 おそらくは、エンリツィオの脳内が絆の糸の色とやらに関係してるんだろう。

 アプリティオで見たスピリアの花。エンリツィオがマリィさんを想う色は、その殆どが家族の色で、残りが友情と愛だったから。


「マリィに何をする気!?」

「マリィさん!」

「お前、よくもマリィさんを!」

 アシルさん、俺、恭司が一斉に叫ぶ。エンリツィオは黙ったままリンゼを睨んだ。

「あれれ?君ら、そういう感じ?そういうことならあ、余計にやるしかないよね〜。

 人の大事にしてるものはぁ、傷付けて奪うのが1番楽しいよねぇ、うん♪」


 リンゼがそう言って、マリィさんにまとわりつかせていた糸を、バラララッと分解するようにはがしていく。

 そして改めてマリィさんの両腕を糸で拘束して、空中高くに吊り下げてから、レイラの異空間移動で空中に半分体を出して、マリィさんの頬をペシペシと軽く叩いた。

「はーい、眠り姫〜、起きた起きた。」

 と言った。


「う……。」

 マリィさんがうっすら目を開ける。

「レイラみたいに、人前でひん剥いて、相手の前で入れられてるところを見られれば、女の子は大体絶望して大人しくなるから、絆の糸を切るのが楽なんだよね〜。」

 マリィさんの両腕を糸で拘束したまま、別の糸がタイトスカートの中に潜り込んで、マリィさんの下着を脱がそうとする。


「やっ、いやっ!」

 マリィさんのピンクの下着が、タイトスカートの中からズルズルと引きずり出されて、マリィさんの太ももの圧力で内ももにとどまっている。身体強化スキル持ちのマリィさんじゃなかったら、とっくにぜんぶ脱がされてたと思う。けど既にノーパン状態で、あれじゃあ、もう下着としては用をなしていない。てかマリィさん、紐パンとか履くんだな。あれじゃ余計に脱がしやすかっただろう。


 羞恥に頬を染めて抵抗しながらも、だんだんと脱がされていくマリィさんは、申し訳ないけど正直エロくてドキドキした。しばらく下着を完全に脱がされることに抵抗していたマリィさんだったけど、抵抗虚しく、マリィさんの下着だけが宙を舞う。恭司が瞬間飛び出そうとしたのを、俺がムンズと捕まえた。

「なにすんだよ!」

「お前助けに行こうとしてんじゃねえだろ。

 下から覗く気だろ。」

「あったりめえだろ!」


 お前のそういうとこ、いっそ清々しいわ。

 俺は恭司とはニコイチだからな。俺が瞬間的に考えたことを、恭司が考えてないわけはなかったが、俺とこいつの違いは、それを瞬間的に行動に移せるか否かだけだ。

 そりゃ、普通にしてたら絶対負けるわけない強くてキレイな女の人が、いいようにエロいことされてるの見て、興奮しない男なんているわけないですしおすし。


「くっ、うっ……。」

 糸プラス手を使って、無理やり足を開かせようとするリンゼの糸に、マリィさんが抵抗する。マリィさんであれなのだから、身体強化のスキルがなかったら、多分今頃小さい子どものオシッコポーズをさせられて、何もかもが俺たちに丸見えだ。そうして俺たちに、特にエンリツィオに見せつけながら、目の前でマリィさんを辱めるつもりでいるのだ。


「早く絶望しちゃえばいいよ。

 だってえ、彼に酷いこと〜、いっぱいされてきたんでしょう?」

「……酷いこと?」

 マリィさんがリンゼを睨む。

「そうすればあ、僕は君と彼の絆を切ることが出来る。

 君と僕の絆をつなぎなおせば〜、君は生涯僕のものだからねえ。うん。」


 ニヤニヤしているリンゼを、マリィさんが残念なものを見るような目で見た。

「……何か勘違いしてるみたいだけど。

 嘘をつかれたり、意地悪も、からかわれたりも、いっぱいされてきたけど。

 酷いことなんて、──ただの一度もされたことなんてないわ。

 彼を侮辱するのはやめて。」

 マリィさんはきっぱりと言い切った。


「……頑固だねえ。捨てられた癖に。

 選ばれなかった“運命の絆”は、来世で出会うこともないんだよお?

 君らの絆はもう切れかけてるのに、何をそんなにこだわるのさあ。

 残りの人生、別の人と過ごしたほうが、君にとってもいいじゃあない?」

 マリィさんの体中に、いやらしく手をはわせながらリンゼが言う。


「だからさあ、僕のものになりなよお。

 “運命の絆”に絶望されたら、揺り戻しで不幸が襲いかかる。

 今まで君が守ってきたことでえ、人より死ににくかった彼があ、簡単にぃ、殺せるようになるんだよねえ。

 辛かったでしょう?悲しかったでしょう?

 君を捨てた男を、僕と一緒に殺そう?」

 リンゼがマリィさんの耳元でささやく。


「──ふざけないで。

 誰を選ぶかなんて、彼に文句を言う筋合いじゃないわ。

 そんな仕方のないことで、絶望したりなんてしない。

 私と彼の絆が切れることで、彼の幸せの妨げになるのなら、私は絶対それを認めない。

 ──彼を殺す?

 その前に、──私があなたを殺す。」


 パチパチパチパチ。

「すごいすごーい。愛だねえ、うーん。

 これがもうすぐ、僕のものになると思うとぉ、強ければ強いほどいいねえ、うん。」

 リンゼは目を細めて笑いながら手を叩く。

「レイラ〜、やっちゃって?」

 リンゼの言葉で、小人のような女の子、レイラがマリィさんに手をかざすと、

「あっ!?」


 マリィさんの顔がみるみる紅潮し、目に熱い涙があふれ、ガクガクと体の力が抜けていく。この姿は……、状態異常、誘惑!!

 マリィさんを快楽落ちさせるつもりか!

「はいはい、無理しないでさぁ、素直になりなよ〜。苦しいでしょう?辛いでしょう?

 僕と結ばれればぁ、すぐにでも楽になれるんだよお?」


「うっ……。くっ……!

 約束……、守れなくてごめんなさい……!」

 謝罪と共に涙を流したマリィさんは、舌を出してそれを思い切り身体強化で噛んだ。

「お、お前何を!!」

 ──噛もうとした瞬間、リンゼの糸が口の動きをとめて、マリィさんの口からヨダレがたれた。リンゼの表情から、相当強く力を込めていることがわかる。


 ……マリィさんが分からない。

 酷いことしかしてこなかった男を、酷いことなんて一度もされたことがないと言う。

 他の男に抱かれるくらいなら死を選ぶ。

 これが“運命の絆”の強制力なのか?

「僕に抱かれるくらいなら、死ぬっての?

 はあ……。嫌われたもんだねえ。」

 リンゼがククク、と笑う。


 人生において絶対的な味方なんて、せいぜい親くらい、人によっては親すらそうでなかったりするのに、俺たちには生まれつきそういう存在がいて、無条件に愛してくれる。

 それはとても有り難いことだけど、そういう存在として産まれて来た側には、どんなメリットがあるっていうんだろう。


 その時何かに気が付いたリンゼが、眉間にシワを寄せる。

「……絆の糸が太く……。

 はあ……。

 ──切れない絆なら、イケニエに使うまでだよ。スキル、儀式。」

 リンゼがミカディアの体を復活させ、悪魔召喚の儀式魔法の魔法陣を発動させる!

「この女をイケニエに捧げる!!」

 リンゼがマリィさんを吊り下げていた糸を切り離し、マリィさんの体が真下に落ちる。


「マリィさん……!」

 魔法陣にマリィさんが吸い込まれていく。

 俺は思わず空間転移で飛び込んで、マリィさんに向けて手を伸ばしたけど、目を見開いて俺に手を伸ばしたマリィさんの腕を掴めずに、マリィさんは魔法陣に沈んで行った。

 魔法陣が光り、真上に向かって縦に光が伸びて広がってゆく。


「……さあ、悪魔のお出ましだ。」

 リンゼがそう言って笑った。

 魔法陣から、ねじれた角をつけた、阿吽の阿行のような見た目の異形の存在が現れる。

 あれが……、魔族に力を貸しているという、この世界の神さま、悪魔なのか!?

 魔族は魔法陣で悪魔を呼び出して契約し、力を借りるとキャロエが言っていたけど、人間が神である悪魔を呼び出すなんて!


「──この時を待っていた。」

 エンリツィオが悪魔を見てニヤリと笑う。

「人間や魔物が使う現代魔法。

 古代魔法と呼ばれる精霊魔法。

 そして悪魔の力を借りた魔族の使う魔法。

 それらをすべて使いこなせるのは、何者にも縛られない、“人間”という存在だけ。」


 エンリツィオの頭上に、曼荼羅のようにいくつもの魔法陣が展開していく。そして左手と右手に、黒い炎と赤い炎をためてゆく。

「現代魔法も、魔族の魔法も、悪魔にゃ通らねえ。だが対極となる精霊魔法は違う。

 悪魔に唯一ダメージを与える魔法。

 俺の精霊魔法だけなら高位の悪魔に通らねえがな。そのすべてを合成したらどうかな?

 試させて貰うぜ!お前でな!

 ──合成魔法、漆黒のヘルファイア獄炎!!・エマルジョン !」


 魔法陣が黒と赤の炎で燃やされたかのように崩れ落ちたかと思うと、それが悪魔を覆い尽くすほどの、巨大な赤黒い炎の魔法陣へと変化し空中に現れる。

 赤黒い炎の魔法陣は、次の瞬間悪魔を覆い尽くして、激しい火柱となって悪魔を包み込んだ。気味の悪い悲鳴が聞こえ、悪魔の体が崩れてゆく。悪魔は現れた時と同じ地面の中に、のたうち回りながら吸い込まれて行き、そのまま出て来た時の魔法陣は消えた。


「──チッ、逃げやがったか。」

「マリィさん!マリィさんは……。」

 俺はマリィさんが吸い込まれて消えた、魔法陣のあった地面を見ていた。

 そこには地面が焦げたあとと、嫌な臭いだけが残っていた。

「悪魔は魔族の神だよ?

 それを一瞬で……!」

 リンゼが初めて驚愕して目を見開いた。


「──悪魔?

 そんなモン、こちとら生まれた時から呼ばれてんだよ。

 神だろうが悪魔だろうが、俺の炎で燃やし尽くせねえモンはねえ。」

「クソッ、何だコイツ!」

 切り札だと言っていた悪魔召喚を、エンリツィオに簡単に防がれて、余裕そうだったリンゼに初めて焦りの色が見えた。


 俺はマリィさんと共に消えた魔法陣のあった地面を見て、絶望していた。

「マリィさん……!」

「イケニエ召喚は……、対価なんだ。

 あの女の人は、もう……。」

 タレクが申し訳無さそうに言う。

「ちっくしょー!!!!」

 救えなかった。届くと思った。なのに。

 俺は拳で地面を叩いた。そんな俺をエンリツィオが鋭い視線で見ていた。


「お前!絶対許さねえかんな!

 そうやって自分の悪事をペラペラ喋るやつは、崖の上で船越英●郎に追い詰められるって、相場が決まってんだよ!」

「フナコシ……?なにそれ。」

 俺の言った言葉の意味がわからず、リンゼは面白そうに首をかしげた。


「“運命の絆”は奪えなかったしぃ。

 僕の目的はそれだったからねー。君の命はまた今度もらうことにするよぉ。」

 リンゼはエンリツィオを見て、ニコニコと笑った。

「ふざけんな!お前の存在は、俺がもう認識したんだ!どこにいたって、千里眼で探し出して殺してやる!」

「千里眼……?そんなの無駄だよ。

 ──“縁切り”。

 さあ、これでもう、君は僕を探せない。」


「は?お前何言って……。

 ──!?」

 千里眼の検索に、リンゼが出てこない!?

「僕と君の縁は切れた。君は僕を探せない。

 だけど僕は君を探し出して、レイラの異空間操作で君の枕元に潜り込むことが出来る。

 いつ来るかわからない暗殺に怯えながら、暮らすのはどんな気分だろうねえ?

 そのほうがずーっと楽しみだ、ねっ?」

 リンゼは楽しげに俺に首をかしげて笑う。


 レイラが開いた異空間の穴の中に、リンゼたちはゆうゆうと消えて行った。

 俺はあいつを探せない。だけどあいつは簡単に俺のことを探し出せると言う。

 目の前で攻撃してくるよりも、どこでどう襲ってくるのかわからないほうが怖い。

 今この場であいつらが戦いを挑んで来たのは、単なるリンゼの気まぐれなんだろう。


 それか、マリィさんの絆の糸を切る為だけの行為だ。あいつらは暗殺集団。もともとあんな風に、人前に現れて攻撃すること自体が特別なことなんだ。全員を殺して目撃者をいなくするんでもなきゃ、わざわざ目の前に姿を現す必要なんてない筈だ。エンリツィオを捕まえる時に戦ったと言うから、目の前で戦うのが当たり前だと思っていた。

 これからは、そうじゃないということだ。


 怪我をしたアマゾネスエルフたちの治療を終えた俺たちは、ペシルミィフィア王国の別棟で、特別に休ませてもらっていた。

 エンリツィオがアイシャルティア女王に、壊れても構わない建物と、合わせ鏡になるような全身鏡を用意してくれと言ったからだ。

 城みたく大浴場はなかったけど、簡易的な風呂や、調理場なんてのもあって、むしろ生活するだけならこっちのほうが楽だと思う。


 合わせ鏡はともかく、壊れても構わない建物ってなんだよ。それをお礼だからと言って素直に用意してくれた、アイシャルティア女王にもびっくりだったけど。

 だって城と比べたらたしかに小さいけど、かなり大きな建物なんだ。古くて使わないけど、取り壊さずにいたって建物らしいから、ほんとに壊れても構わないんだろうけど。

「合わせ鏡なんて、なんにすんだよ?」

 エンリツィオの意図がわからず、俺がたずねたけど、エンリツィオは答えなかった。


 深夜、みんなが寝静まったあとで、エンリツィオは1人で合わせ鏡の前にいた。

「マリィ……。

 俺はオマエの求めるモンを与えてやれねえ。

 だからあえてオマエについて知ろうとしなかったところはあるがな。

 欲しいと言われて犬の子みてえに、ハイそうですかと譲れるほど、元々俺の中でのオマエの価値は低かねえ。」


 合わせ鏡を置いた床に敷かれた魔法陣の上に、エンリツィオは自ら腕を切って血を垂らした。

「悪魔にさらわれた?イケニエ?

 そんなモン、俺が許すと思ってんのか。

 ──呼びかけにこたえよ。

 我は盟約を果たし者。

 ゲヘナとマモンの名において、フギンとムニンよ通路をつなげよ。

 シェオル!」

 床の魔法陣がעולם חדשという文字に光り、エンリツィオはそこに吸い込まれていった。


 そこは大勢の悪魔が集まるカジノだった。

 ジャズのような音楽をピアノで弾く悪魔。酒のようなものを飲む悪魔。悪魔がポーカーに興じる相手は、真っ白いスーツに、真っ白い中折れ帽を目深に被った人間の男だった。

「次も負けたらお前の魂をいただくんだぜ?

 分かってんのか?」


 大勢の悪魔のゲスい笑い声が響く中、真っ白いスーツの男が懐から取り出した短剣を、突如としてディーラーの腕にぶっ刺した。

「何しやがんだ!」

「──くだらねえイカサマしてねえで、キドゥトゥを出しな。

 エンリツィオが来たってな。」

 エンリツィオは帽子のつばを上げてニヤリと笑った。


「久しぶりじゃないかエンリツィオ。

 昔契約して以来か。」

 エンリツィオに比べると、少し細身のたくましい体。やや灰色ぎみの肌に、燃えるような肩までの赤い髪クセ毛が、揺らめく炎のように末広がりに広がっている。目の色は血のような赤で、髪色よりも明るい。それ以外は人間と変わらない見た目の悪魔。


 まるでスパンコールでもつけた闘牛士の服みたく、厚手の派手な服を身に纏ったキドゥトゥは、脇に2人の美女悪魔を従えて楽しそうに笑った。なのに。そんな派手で明るい服を着て、女を左右にはべらせて笑っているのに、底冷えするかのように冷たい、生きている体温を感じないと思わされる顔と表情。


 悪魔は上位になるほど、際立って美しく、どちらという性別もなく、もしくは両方の性別があり、より人間に近い姿をしているのだとするのは、元の世界での悪魔に関する伝聞の1つにある、見た目に関する説明の1つだけれど、なるほどと思わせるような、畏怖すら感じる美しさを持った存在だった。


 例えて言うならそう、どこか病的なような見た目なのに、逆に特別な力にあふれたエネルギーを感じる。四つ辻の美少年が実写化されたら、こんなじゃないかと思うような。

 俺が美輪●宏の若い時を初めて見た時のような、人である筈なのに、この世のものでないかのような、妙な違和感を感じる美しさ。


 エンリツィオが一見、仄暗い雰囲気をまとった、排他的な色気を持ちつつも、その実明るくて温かい魂を内側に隠しているのとは、対極のような存在だと思う。

 「──単刀直入に言う。

 俺の名前が魂に刻まれてる女を、お前の仲間が勝手にイケニエとして連れてった。

 こいつはルール違反なんじゃねえのか?」


「スツゥルズ」

 壁の近くに立っていたスツゥルズが、キドゥトゥに名前を呼ばれてビクッとする。

「よう。さっきぶりだな。

 俺の炎は熱かったか?」

 まだ治っておらず崩れたスツゥルズの体の一部を見て、エンリツィオがニヤリとする。


「イケニエを連れてこい。」

 キドゥトゥの後ろのカーテンが開き、吊るされているマリィさんが姿を表す。気絶しているのか、マリィさんは目を開けなかった。

「……間違いなくお前の名前が、魂に刻まれているようだ。

 これを他の奴のイケニエとして連れてきたのなら、確かにルール違反だな。」

 ニヤリとするキドゥトゥに、ガタガタと震えだしてビビりだすスツゥルズ。


「コイツは生まれた時から俺のモンだ。

 ──返してもらうぜ。」

「だが、連れてきてしまった以上、簡単にはお返し出来ない。

 ここに来たからには、俺と遊んで貰う。

 分かってるだろうな?」

 キドゥトゥが楽しげに笑う。


「なんでもいいぜ。

 好きなゲームを選びな。」

 とエンリツィオが笑う。

「分かっているだろう?

 俺のやるのはブラックジャックだ。」

 蝋燭の明かりの中で、ディーラーがキドゥトゥとエンリツィオの前にカードを配る。


「ステイ。」

「見なくていいのか?」

 ホウルカードを確認せずに追加カードを拒否するエンリツィオに、キドゥトゥが笑う。

「俺のやり方も分かってるだろ。」

「そうだったな。ヒット。

 ──ああ。バストだ。」

 キドゥトゥがカードをめくって、両方の手のひらを上に上げる。


「女は連れて行くぜ。」

「お前のカードはなんだ?」

 マリィさんを抱き抱えて背を向けるエンリツィオに、キドゥトゥが尋ねる。

「──ブラックジャック。

 相変わらずだな。」

 カードをめくってキドゥトゥは笑った。


「──俺に普段使わないスキルを使わせやがって。無防備に気絶してんじゃねえよ。」

 エンリツィオはふっと笑った。

「……まあどうせ、俺がスキルを使ったことを、ヤツは気付いてやがんだろうけどな。

 相変わらず食えねえ男だ。」

 エンリツィオは、キドゥトゥが面白そうに笑っている姿を思い浮かべる。


 エンリツィオの元々持っていた3つ目のスキル。それは記憶操作だった。相手の記憶を操り、書き換えることが出来る。そして、失われた記憶を取り戻すことも出来るスキル。

「帰るぞマリィ。

 まったく。手のかかる妹だオンナ 。」

 エンリツィオはマリィさんを抱き寄せて、ふっと笑った。

 マリィさんはそんなことも知らず、腕の中でスヤスヤと寝息をたてていた。


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月1自己ノルマ更新です。

少しでも面白いと思っていただけたら、エピソードにイイネ!をしていただけると嬉しいです。


ランキングに関係ありませんが、作者のモチベーションが上がります。


それにしても、また恐らく過去最長を更新です笑

エンリツィオに力を与えた悪魔がついに登場です。


エンリツィオはこの時、着替えの出来る魔道具を使って、わざわざお着替えしています笑


ちなみに第一部でエンリツィオが、スキルは3つと言っていたのに、ずっと2つしか使っていないことを、記憶していらっしゃる方は、果たして何人いらっしゃるでしょうね?


4部と5部の為の布石だったのでした。


3部でアスワンダムが異界の門について話していたのは、タレクが作ってルドマスに渡したスキルを、主人公が奪ったという内容になります。


ちなみにスキルが作れますが、ホイホイ作れるわけではないので、気軽にしょっちゅう渡せるものでもないです。


レイラの異空間操作も、居場所が特定出来ないと意味がないので、居場所を特定されないように動いていた、ボスであるエンリツィオの居場所に、簡単にたどり着けなかったので、恋人をさらっておびき出して殺そうとしたということですね。

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