第138話 友情の継承スキル

 次の目標が定まり、妖精王国を出る前に、俺はエンリツィオの火魔法のレベルを上げることを提案した。

「俺はもうこないだの戦いで火魔法レベル9を手に入れてるし、それとは別に火魔法レベル8を持ってる。お前の火魔法レベル8と合成すれば、お前をレベル9にすることが出来るからな。お前のスキル、くれよ。」


「確かにその方がいいね。試しの森に無理やり侵入しようとしてきた奴らがいたってことは、……──そういうことだからね。」

 アシルさんも、外の奴らを警戒してるみたいだ。妖精女王の試しの森の入口のドアの前には、アダムさんたちがいた。それなのに攻撃することが出来たというのはそういうことだ。アダムさんたちが、やられたってこと。


 アダムさんたちだって、俺がやったスキル合成でレベル7になったあと、チムチで自身のレベルあげをしたことで、エンリツィオと同じレベル8の魔法を手に入れているんだ。

 エンリツィオには火の女神の加護があるから、当然同じ強さではないにしろ、それでもレベル7は神獣クラスと言われる強さだ。


 神獣クラスを超えるレベル8魔法スキルを手にした4人を簡単に倒せる相手。相当な特殊スキルの持ち主だと警戒したほうがいい。

 アダムさんたちは果たして生きているんだろうか。俺は一瞬そのことを考えたけど、考えるのをやめた。シュレディンガーの猫箱と同じだ。確認するまではわからないんだ。


「いいぜ。そういやオマエに3番目を見せんのは初めてだな。あんま笑うなよ?」

 そう言ってエンリツィオが俺に握った右腕を差し出してくる。腕っと。そういや俺、こいつの3つ目のスキル知らねんだよな。別に心眼で見りゃわかんだけど、見ないのがマナーって言われて見ないようにしてたしな。


 ──奪う。奪う。奪う。奪う。

 俺の火魔法レベル9をいったんユニフェイにくっつけて、エンリツィオから、俺のやった火の女神の加護を含む、4つのスキルを奪う。エンリツィオがどうしても自分でスキルを教えてくんねえから、久々にネクロマンサーのメモリーオーブを出して本に変えた。


 俺のステータス画面からだと、あまりに手に入れたスキルが多過ぎて、スキルを探しにくいんだけど、メモリーオーブの焦点を俺に当てれば、検索とソートがかけられる。

 つまり入手順にスキルを並べ替えて、表示し直しが出来るってわけだな。


「これって……。確かに戦闘スキルじゃねえけど、そんな笑うことか?別に使いどころがありそうじゃん。まあ、ボスに付いてるもんとしちゃあ、派手さはねえけどさ。」

 俺はわざわざ笑うなと言ったエンリツィオに、首を傾げてそう言った。


「通常スキルは3つまでしか貰えないのに、使う機会が少ないスキルだからね。どっちかって言うと部下に欲しかったのが本音かな。

 まあ、確かに使えるんだけどね。」

 とアシルさんが言う。たぶんもうちょっとカッコイイのが欲しかったんだろうな。


 エンリツィオに、合成されてレベルの上がった火魔法レベル9を渡して、残りのスキルも戻すと、ユニフェイから火魔法レベル9を返して貰った。スキルを合成したついでに、大量に余ってる反射も、エンリツィオと、アシルさんと、ユニフェイと、恭司に渡す。


 これで今俺たちに出来る準備は終えた。

 ミカディアが召喚スキルで呼び出せる魔物が、反射で返せる魔法を使ってくるかはわからねえけど、反射はあるに越したことはないからな。俺たちは妖精女王にお礼を言って、妖精女王の試しの森を抜けて外に出た。


 てっきりそこで倒れてると思ったアダムさんたちは、入口の近くにいなかった。

 おまけに何故かアスワンダムの奴らもだ。

 ここから妖精女王の試しの森を攻撃してたんだと思ったのに。魔を打ち払う呪文で、かなり遠くまで弾かれたのかな?

 

 アマゾネスエルフの国、ペシルミィフィア王国まで戻ると、様子が一変していた。

「な、なんだ!?これ!?」

 国全体を覆うようなシールドがはられていて、アマゾネスエルフたちが城から次々と出て来て、戦闘態勢を取っている。

「なにがあったんですか!?」


 俺がこの国に来た時に、俺に槍を向けたアマゾネスエルフを見かけて、引き止めて声をかける。侵入者が国に火を放とうとして、それを見つけたアマゾネスエルフたちが、交戦を開始したらしい。シールドはおそらく妖精女王がはったものであろうと言われた。


 やっぱりこれ、さっきの呪文か。妖精女王の試しの森は、ペシルミィフィア王国の森の中だ。試しの森だけでなく、入口を持つペシルミィフィア王国自体も含まれるんだ。

 アダムさんたちはアマゾネスエルフたちが救って、今は王宮内で治療を受けているらしい。それで入口にいなかったのか。


「たぶん、俺たちを追って来た奴らの仕業です。俺たちも行きます!」

 シールドのきわを、ぐるりと取り囲むように戦闘態勢を取っている、アマゾネスエルフたちの間をぬって、シールドの外に出る。

 俺たちを待ち構えていたように、アスワンダムの奴らが、こちらを向いて立っていた。

 緑髪の背の高い男が、右手を腰に当てて笑ってる。たぶんあいつがボスなんだろう。


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 ラダファ

 25歳

 男

 人間族

 レベル 45

 HP 1991/1991

 MP 1875/1875

 攻撃力 1358

 防御力 1336

 俊敏性 1198

 知力 1243

 称号 〈同族殺し〉〈統率者〉

 魔法 

 スキル 人形師 形状変化 洗脳


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 人間でこの若さで、レベル31の壁を突破するってのは相当強い。自身のレベルに応じて魔法レベルの上がる魔法使いと違って、特殊なスキル持ちはレベルがすべてじゃないけど、人殺しを生業にしている組織のボスだ。

 果たして魔物狩りでレベルを上げたんだろうか。殺人祭司のスキル、殺人鬼は仲間や手下が殺した分も経験値に変わる。


 殺人鬼のスキルを検索した時の詳細には乗ってないけど、スキルってのは変化する。

 殺人でレベルを上げた管轄祭司が、その経験値を他人に分配出来るようになっていたとしたら、こいつのレベルの高さも頷ける。

 人形師のスキルを検索したら、人形を生み出し操るスキルとしか書いてなかった。


 形状変化も、物質を平面、球体、液体等に変化させられるとしか書いていない。それぞれのスキルだけで、人間を小さくするのは不可能だ。──それぞれのスキルだけならな。

 たぶんこいつも、スキルが合成出来ることを知ってるんだ。人形師と形状変化を合成させて、人間を小さくしたのはこいつだ。


 アザリュスティシア女王が言っていた、人の体を小さくすることで、相手の能力を下げて、魔法も小さくするという力。俺たちは魔法使いの集団だ。そいつをくらったらひとたまりもない。どんな風にして使うのかがわからないし、……かなり厄介だな。


 逆立った緑髪のボス、水色髪でボブヘアのスレイ、黒髪髭面のクマみたいなの、細目に細身で胸元までの茶色い髪の奴、金髪ロングのミカディア、赤髪ショートと銀髪ロングと黒髪ロングの女たちはたぶん初めて見る。

 全員がマリィさんみたいな、背の高いグラマラスな美女ばかりだ。


 ピンク髪のアイシャとタレクは、2人で1つの体を使ってる、畸形嚢腫みたいな体だけど、今日はアイシャになってるみたいだ。

 金髪のヴェルゼルと目が合った瞬間、ちょっと気まずそうに目をそらされた。

 ヴェルゼル……。ほんとになんで、お前みたいな奴が、そんな組織にいるんだよ?


────────────────────


 ガイズ

 28歳

 男

 人間族

 レベル 31

 HP 1084/1084

 MP 658/658

 攻撃力 602

 防御力 607

 俊敏性 541

 知力 358

 称号 〈同族殺し〉〈泳ぎの達人〉

 魔法 

 スキル 物体操作 移動速度強化 追跡


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 髭面の熊男はこんな感じだった。

 アスワンダムは幹部が実働部隊の少数精鋭組織。ボス自ら出張って来やがったのか。

「お前と直接戦うのを楽しみにしていたよ、エンリツィオ。あの時は祭司たちの邪魔が入ったが……。今度こそ俺が直接、お前を死ぬ寸前までいたぶってやろう。」


 そう言って笑うボス。エンリツィオを捕まえて、ニナンガのバチス刑務所に送り込んだのが、こいつらと殺人祭司こと管轄祭司だ。

 単身でこいつらのところに乗り込んだエンリツィオは、エンリツィオ殺しを楽しみに来ていたこいつらに捕まっちまったんだ。


 管轄祭司が普通の祭司たちを連れて来ていなかったら、きっと嬲り殺されていたことだろう。普通の祭司たちは、敵対する王族たちの依頼で、エンリツィオの身柄を拘束し、逮捕するのが目的だったからな。管轄祭司は自らが殺人祭司だってことを隠してる。衆目のあるところで、うっかりを装ってならともかく、堂々と殺したりは出来ないからだろう。


「奴らがアザリュスティシアの国を、プレミディア王国を滅ぼした張本人!捕らえよ!」

 アイシャルティア女王が叫ぶと、俺たちを守るように、アマゾネスエルフたちも武器を手にしてシールドを出て来た。

「……そうやって、いっつも女に守られてんだな。いいご身分だ。」

 自分を見て笑う、皮肉めいた緑髪のボスの言葉に、エンリツィオがピクッとする。


「なんだそりゃ、嫉妬か?

 ──ああ、そうだな。……女たちはいつだって、俺の可愛い兵隊さ。」

 エンリツィオがニヤリと笑ってそう言った途端、エンリツィオの左右からしなだれかかるように、ミカディア、銀髪、黒髪、赤髪のアスワンダムの幹部の女たちが寄り添う。

「なっ、お前たち!?」


 緑髪のボスが目を丸くしている。俺と恭司も目を丸くする。というか全員ポカーン。

「こいつらはとっくに俺のモンだ。

 俺と直接戦うだと?

 ハッ。

 まずはこいつらを倒してみせな。

 俺の可愛い女どもをな?」

 ……お前、全員抱いたな?


「お前が女だけを、順番に俺のところに送り込むのが悪リィんだよ。

 それにコイツらは、元々俺の愛人だった女たちだぜ?元13番目と元14番目だ。」

 赤髪と銀髪の髪を撫でる。よく見たらあいつら、かどわかしの森の中で俺たちを襲って来て、俺たちがエンリツィオだけを残して逃げる原因になった2人組みじゃねえか!

 てか、敵対組織の幹部を愛人にすんな!


 の相手って、そっちの意味かよ!敵がスタイルのいい美女なら問題ないとかアシルさんも言ってたけど!

 俺はエンリツィオが謎に対魔服の留め具を外してみせたことを思い出す。そういや、これから戦うってのに、なんで対魔服の留め具を外すんだ?って違和感は感じてたけど。

 マリィさんを相手にした時と同じく、抱かれてた時を思い出させる為か、アレ。


 アシルさんが言っていた。サクッとお手軽に行為だけする場合、エンリツィオは殆ど自分自身が脱がないヤツなのだそうだ。

 それをわざわざ服を脱いで見せる時は、愛人に、今からオメェをグズグズになるまで抱くから、という視覚的アピールの意味で、抱かれなれている女程、無意識に、パブロフの犬のように、それを思い出して力が抜けて柔順になってしまうらしい。


「仕事だから彼の恋人は殺したけど……。」

「やっぱり彼自身は無理だったの。

 ごめんなさい。」

「……メスは、従いたいオスを、選ぶ生き物だから。」

 銀髪、赤髪、黒髪が言う。

「ミカディア!どういうことだよ!?

お前はこいつを、いたぶってやりたいって、さんざん言ってただろうが!」

 スライが叫ぶ。


「……宗旨変え……したのよ。」

 ポッと頬を染めてミカディアが言う。

 ……躾けたな?

 ミカディアが俺たちの前に現れた時には、既にエンリツィオに抱かれてたわけだ。

 ミカディアの様子がおかしいのを、スライもヴェルゼルも不思議がってたっけ。

 ようするに躾けられたことで、女として目覚めて、羞恥というものを覚えたらしい。


 だからそれまで、裸を見られることなんて気にもしなかったらしいミカディアが、あんな風に抵抗しまくったってわけだな。

「まあそういうこった。

 俺の前に女を送り込んで、無事で済むと思わねえ方がいいぜ?」

 ニヤリと笑うエンリツィオ。

 うちの魔王様、今日もご機嫌だわ〜。


「それに彼は女を人間扱いしてくれるわ。私たちのことも人間扱いしてくれる。──男が女に優しい時は、下心がある相手にだけよ。

 だけど、老若男女に優しい人こそが、本当に優しい人だわ。彼は誰にでも平等に優しいの。それに私たちが気持ちよくなることが最優先なのよ?パンツ脱いでも生臭くないし、ほんっと、あなたたちとは大違い。」

 もうね、容赦ゼロゼロナッシング。


「彼みたいに、痛いか?とかすら聞いてくれない。痛いから、もう我慢出来ないから入れて?って言ってるだけなの、こっちは。」

 女たちの容赦ない言葉に、男たちが一斉に傷付いたような顔をする。さっきまでの緊迫した空気どこ行った。──いや、パンツ脱いだらクセーだろ、男はみんな。


 あれか?追われてるってのに水浴びするくらいキレイ好きだから、いざって時にニオイがしねーのか?……覚えとこ。

 マリィさんも、彼、優しいですよ?とか言ってたっけ。まあ、俺らにも、アシルさんの娘のアリスちゃんとかにも優しいか。確かに。──容赦もねーけど。


「これだから、僕は女性を組織に入れられなくて、苦労するんだ。

 昔から美女と見れば、すーぐハーレム作っちゃうんだから。」

 とアシルさんがため息をついた。

「ルリリア!お前!こないだ、俺として、良かったって言ってたじゃねえか!」

 黒髪の美女にヴェルゼルが叫ぶ。


「だって……、あなたのじゃ、私がかき混ぜて欲しいところまで届かないし……。」

 ルリリアが困ったように眉を下げて、頬に手を当てて首を傾げる。その仕草や表情が誰かに似てると思ったら、マリィさんだ。

 “運命の番い”は理想の姿で生まれてくると言うけど、あいつしっかりマリィさんみたいのが、どストライクなんじゃん。


「やめたげてえ!」

 俺と恭司を始めとする、男たちが一斉にヴェルゼルに抱きつく。

「俺だって……!俺だってなあ……!」

「お前頑張ってる!頑張ってるよ!」

 涙目でルリリアに手を伸ばして叫ぶヴェルゼルを、男たちで抱きしめてやる。

 なに、この敵も味方もない一体感。

 ボスまでヴェルゼルを抱きしめてるし。

 エンリツィオという男の敵を前にして、男たちの心が1つになった瞬間だった。


 ミカディアが、

「そりゃあねえ……?全部入ったわって言ったら、──だと思うだろ?って更に奥まで入れられる経験、そうそうないしねえ。」

 なんてあおってやがる。

 このデカ●ラマンセー女どもが!!


「エンリツィオなんて、恋人以外の女抱くとき、公衆便所で小便してる感覚の奴なんだから!そんな男に抱かれて喜んでる便器女どもなんて気にすんなよ!」

「──オイ。」

 エンリツィオが突っ込んでくる。


「やれやれ、しょうがないねえ。まさか全員モノにされてたとはね。噂には聞いてたけどほんとに凄いね。僕が出るしかないかあ。

 ──状態解除。」

 茶色の髪が胸元まで伸びた、細身で細目の男がそう言って指をクイッと動かした途端。


「えっ?」

 突如として女たちの体が、血も流さずにバラバラッと崩れ落ちる。まるでパーツを外して運ぼうとしているマネキンみたいに。

 そして何かに引き寄せられるかのように、細目の男の近くに、女たちのバラバラになった体のパーツが吸い寄せられて集まった。


「匡宏!!」

 その異常さに一瞬あっけに取られた俺より先に、恭司が素早く正気に戻ると、俺の襟元をクチバシでくわえて、エンリツィオたちのところまで俺を運んで飛んで行く。 

「リンゼ!?お前まさか、仲間を!?」

 髭面の熊みたいなガイズが叫ぶ。


 集められた女たちの体が、別人の体にくっついて、変な風に組み上がると、反転してついた四肢と首のまま、先ほどと変わらない顔を向ける。キモイ、キモイ!怖い!!!

「リンゼ!ルリリアたちまで、傀儡にしたのか!?殺しやがったな!?ルリリアを!」


 ヴェルゼルがリンゼに叫ぶ。

 エンリツィオは、殺された元愛人たちを、瞬きもしないで見つめていた。

 死体を操るスキル。アザリュスティシア女王が言っていた、プレミディアを襲った奴らが使っていたという能力。こいつがそうか!


 俺はステータス画面で、死体を操るスキルを検索する。実はこういう逆引きも出来る。このほうが詳細がわかることもあるんだ。

 出てきたのが、ネクロマンサー、霊媒師、除霊師、──そして、傀儡師。

 糸を使って死体を操り、傀儡にする。


 ネクロマンサーは既に死んで体のないものに実態を与えて操るけれど、傀儡師は体がないと操れないという違いがあるようだ。

 そして、操った死体は、まるで生きているかのように偽装することが出来て、そうした場合、操られている死体は、自分が死んでいることにすら気付かないと書かれていた。


────────────────────


 リンゼ

 23歳

 男

 人間族

 レベル 34

 HP 1027/1027

 MP 905/905

 攻撃力 728

 防御力 654

 俊敏性 701

 知力 689

 称号 〈同族殺し〉〈絆殺し〉

 魔法 

 スキル 傀儡師 呪術師 縁操作 


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 しかも噂の呪術師まで持ってやがる。

 ──名前を知られると呪い殺される。

 それが呪術師というスキルだ。

 以前、エンリツィオ一家が、組織の人間にもフルネームを明かさない理由に俺が軽く疑問を持った時。たぶんそれは呪術師を恐れているからだろうなと、ネクロマンサーとしての俺の師匠、ノアはそう言った。


 名前を知られるだけで呪われる。

 俺の千里眼の下位互換である占い師も、名前だけで人を占えるし、占う対象者の顔が分かったり、知っている個人情報が多ければ多いほど、その精度が上がる。

 呪術師はその呪い版とでも言うべきもの。

 顔を見られて名前を知られたら、どこにいても呪術師に呪い殺されてしまうんだ。


「今まで死体を抱いていた気分はどぉ?

 ま〜あ〜、僕のスキルは生きている時と同じ状態にして動かせるからぁ、そうとわからないのも仕方がないけどねぇ。」

 リンゼが楽しそうに目を細めて笑う。

「──いつからだ。」

「ん?」


 リンゼがエンリツィオの言葉に、目を細めたまま無邪気に首を傾げる。

「いつから死体だった。」

「ん〜、君の愛人になったのがわかって、しばらくしたくらいかなあ?寝首をかくのが最も効率的だからねえ。つまりヴェルゼルも、最初から死体を抱いてたってことだね!」


 リンゼは楽しそうに笑った。仲間が死体になった好きな女を抱いてたことの、何がそんなに面白いんだ。ヴェルゼルはそれに耐えるように、グッと拳を握りしめて下を向いた。

「ま〜あ〜、君を生かしたまま捕らえたがってる依頼主の指示がボスにあったことでぇ、それは取りやめになったんだけどねぇ?」

 だから殺されなかっただけだってのか?


「君にぃわからせたいってぇ王族がぁ、か〜な〜り、たくさんいたことでぇ、君は彼女たちにぃ、今まで殺されずに済んだってわけ!

 キレイな見た目で良かったねぇ!うん!

 まあだからこそぉ、今も殺さずに連れて来いなんて言われてるわけだけどぉ。僕のスキルがあればぁ、死んだとしても生きてるみたいに操れるからぁ、──殺しちゃうね?」


 まるでスパイダーウォークみたいに、変な風にくっついた体の女たちが突進してくる!

 だがそこに、ヴェルゼルが俺たちと女たちの間に割り込んで立ちはだかった。

「──来い。」

 ヴェルゼルが両手を前に差し出して、何かを掴むような仕草をすると、手の中が急に青く光り始め、その光りが縦に伸びると共に、その光りが青く光る錫杖へと姿を変えた。


 ヴェルゼルは錫杖を掴んだまま、右手の指を左手の指の上にして組み、掌の中で指を交差させ、その状態で左右の人差し指を立てて合わせ、親指で薬指の方向へ押す、印契いんげいを結ぶと、

「──ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」


 ヴェルゼルのマントラが女たちを襲う。

 マントラで攻撃された女たちの体は、いったんバラバラになるも、リンゼの指の動きで再び1つに組み合わさる。

「あれぇ?どうしてそっちにつくのぉ?」

 リンゼは目を細めたまま、凶悪なオーラを放ちつつ微笑んだ。


 アスワンダムのボス、ラダファは、無表情のまま微動だにせず、スライとガイズは困惑した表情で様子を伺ってるみたいだ。

「……俺たちは全員が、こんな体に産まれたせいで、国に、家族に見捨てられた存在だ。マガの“なりそこない”。それが俺たち。だから組織の奴らは全員が家族だ。その家族をこんな風に扱う奴は、もう仲間じゃない!!」


「ヴェルゼル……。」

 ガイズが悲しそうに呼びかける。

「へえ?そう。」

 リンゼは細い目を薄く開いて、冷たい眼差しで笑った。

「ならぁ、君も殺しちゃうね?」

「やってみろよ。──俺の第3の目な。能力がないっつったの、ありゃ、嘘だ。」


 ヴェルゼルがそう言って、ヘアバンドをずらした瞬間だった。突如ヴェルゼルの体が、女たちのようにバラバラになる。地面に転がる体のパーツ。何が起きたのか分からない。

「だからぁ、はじめから信じてないって言ってんじゃーん。僕1人でえ、ず〜っと君らを操ってたんだよぉ?あはぁ?」

 リンゼが目を細めて笑う。


「他のみんなもぉ、体バラバラになりたくなかったらあ、ちゃあんと僕の言うこと聞いてねえ?君らはとっくに全員が、僕の傀儡なんだからぁ。──ねえ?」

 その言葉にリンゼを見るスライとガイズ。

 意味がわからずキョトンとしているアイシャ。ラダファは無表情のままだった。


「アスワンダムのボスもねぇ?とっくに僕の傀儡なんだよねぇ。ボスはぁ、僕が一度しっかりわからせてあげたからぁ、自分がもう死んでることもぉ、知ってるんだよねえ。」

 リンゼがニコニコしながら、子どもがイタズラを自慢するみたいにそう種明かしをしてくる。リンゼの肩に、小さな鳥籠のような物が現れる。中には可愛らしい女の子が1人。

 まるで小人のような大きさだ。


「ラダファはぁ僕に操られてぇ、自分の“運命の絆”まで差し出しちゃったんだよねぇ?

 まあ自分の“運命の絆”を大事にしなかったからぁ、糸が細くなって切れやすくなったのはぁ、ラダファが悪いしぃ?大事にしてたら僕にもどうしようもなかったけどねぇ?

 “絆の糸”にラダファが生きていると錯覚させた状態でぇ、“絆の糸”を切って僕に付け替えたんだよねぇ。恋人を奪われたのに、なーんにもわかってないラダファくん♡」


 悲しそうにラダファを見つめている、ラダファの元“運命の絆”だという少女にも、ラダファはなんの感情も向けなかった。

「君らが警戒してるぅ、殺人祭司とつながってるのはぁ、ホントは、ボ・ク♡

 ハイエルフの国を襲わせたのも僕だよぉ?

 アスワンダムはぁ、とっくの昔にぃ、僕に乗っ取られてるんだよぉ?ラダファはぁ、僕の傀儡としてボスをしてたってワケぇ。」


 鳥籠の中から取り出した女の子の服をはいで、ラダファに裸を見せつけるように、嫌がる女の子をラダファに近付けてみせた。

 それを仲間にも俺たちにも知らせたくて、わざわざこんなやり方をしたのか。

 あの女の子を小さくしたのも、ラダファのスキルなんだろう。殺されて、“運命の絆”を奪われて、死んでなお利用されて、自分の元恋人を、リンゼのオモチャにする為に……。


 俺は目を見開いた顔のまま地面に転がる、ヴェルゼルの頭をそっと抱きかかえた。その目はもう俺を映すことはなかった。

 人肌も何もない、無機質な人でない何かの感触がした。抱き寄せようとしてふと、物理的にヴェルゼルの体を引っぱる透明な糸の存在を感じる。リンゼがニヤリと笑っていた。


 そうか。俺のスキル強奪は、死体からは奪うことが出来ない。……あいつらは全員がとっくに死んでたんだ。動く死体としてリンゼに傀儡にされていた。だから俺はヴェルゼルからスキルを奪えなかったんだ。

 死体は動かすことが出来る。俺のネクロマンサーも、リンゼの傀儡師も。


 操った時点でそれは魔物と同じだ。だからスキルやステータスは見ることが出来る。死ぬ前のスキルも使えるから、ヴェルゼルは俺のスキル強奪をコピーすることが出来た。

 ……そういうことだったんだ。

「スキル合成、異界の門、雷魔法レベル8、購入、買えるだけの刃物全般、対価、雷エネルギー。──インフィニティブレード!!」


 刃物の雨が周囲に降り注ぐ。ブッブッと糸が切れ、ヴェルゼルの体が自由になったのを感じる。と同時に他のあやつり人形の女たちも地面にバラバラになって落ちる。

「それをそういう使い方ってぇ……。

 君ほんと、ぶっ飛んでるよね〜。」

 リンゼがそう言って楽しげに笑った。


 その時、ドン!と強い衝撃が俺を襲う。青い柱が俺の体を包み込み、みんなが驚いて俺の方を見た。なんだ!?何が起きてる!?

 強制的に目の前に立ち上がるステータス画面は、【あなたは後継者に選ばれました。】と表示していた。はい、も、いいえもない。

「お前……、なんでこれを俺に託したんだ?

 ヴェルゼル……。」


【スキル、三つ目族の秘術を受け継ぎます。

 称号〈秘術を極めし者〉〈受け継ぎし者〉を会得しました。】と書かれた画面。

 三つ目族の秘術を確認すると、受け継がせたい相手を選べるスキルであると書いてあった。また生きている状態でも渡すことが可能だが、死ぬと同時に、受け継がせたい相手に自動的に移行するスキルであるとも。


 そして三つ目族の一族以外にスキルを渡した場合、瞬時に秘術を極めて、三つ目族の秘術を使えるようになるのだとも。

 特定条件下のもとで勝手に移せるスキルなんて初めてだ。ヴェルゼルは死ぬ前に、俺を後継者に選んでいたということになる。リンゼにバラバラにされたことで、スキルがヴェルゼルの体が死んだと判断したんだろう。

 だけど、いつ、なんで、どうして。


 俺はヴェルゼルの体につけられた、俺のやった鎖にぶら下がった、チギラさんのくれた常連の証を見た。俺の前でずっと笑顔だったヴェルゼル。俺の目の前で組織に戻り、戦闘に加わった際に、謝ってきたヴェルゼル。さっき俺から目線をそらしたヴェルゼル。


 ヴェルゼルは、ほんとは俺たちと戦いたくなんてなかったんだ。だけど家族を裏切れなかったから。ほんとに優しい奴だから。

「──来い。」

 俺が両手を前に差し出して、何かを掴むような仕草をすると、手の中が急に青く光り始め、その光りが縦に伸びると共に、その光りが青く光る錫杖へと姿を変えた。


「召喚。」

 俺はヴェルゼルを俺の使役する魔物として召喚した。ネクロマンサーのスキルは、人間だってもちろん召喚可能だ。俺に召喚されたヴェルゼルは、死んだ時の状態のまま、錫杖を持ち、額のヘアバンドを外して、三つ目が出ている状態になっている。


 俺は錫杖を掴んだまま、右手の指を左手の指の上にして組み、掌の中で指を交差させ、その状態で左右の人差し指を立てて合わせ、親指で薬指の方向へ押す、印契いんげいを結ぶと、

「弔い合戦だ。

 お前は絶対、俺とヴェルゼルが殺す。」

 俺は、俺の横に立つヴェルゼルと共に、ニヤつくリンゼを睨みつけた。


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月1自己ノルマ更新です。

少しでも面白かったらエピソードイイネしていただけると嬉しいです。

ランキングに反映はしませんが、作者のモチベーションが上がります。


第3部でアスワンダムの幹部の美女2人がエンリツィオに同情的だったのは、元愛人だったからなわけですね。


嫌いで別れたわけじゃないので。


この先もエンリツィオの愛人たちは何人か登場します。キーパーソンとして。

(チラホラとエピソードには既に登場してる愛人も何人か。)

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