第134話 妖精女王の試しの森

「「ふあっ、フワァ〜あぁ。」」

 俺と恭司が、朝食の席で盛大にあくびをする。妙にシンクロしたその動きを見て、アイシャルティア女王と、アザリュスティシア女王が、フフフッと微笑みを向けてくる。

「なんだ、お前のオンナの大事な日だってのに、ゆうべしっかり寝なかったのか?」

 と、睡眠不足の張本人が言ってくる。

 俺はその言葉にプチンと切れた。


「お前のせいだろうがぁあぁあ!!

 ゆうべは随分とお楽しみでしたねえ!?

 縦にしたり横にしたり、逆さまにひっくり返したり、窓に貼り付けてみたり、あんなん隣で聞いてて寝てられるかあ!!!!!」

 それを聞いたアザリュスティシア女王が、心当たりに頬を染めてうつむいてしまった。

 アイシャルティア女王と他のエルフの人たちは、意味が分からずにキョトンとしてる。


「ああ、なんだ、僕の隣にくれば良かったのに。下の階は静かで快適だったよー。」

「天井が高くて、階をひとつ挟んでいましたしね。俺もついついグッスリでした。」

 と、アシルさんと護衛のカールさんが言ってくる。俺と恭司の護衛の2人はと言うと、アダムさんもフランツさんも、酷いくまだ。アダムさんの他の追随を許さない国宝級イケメンぶりが台無しである。エンリツィオの護衛のローマンさんだけが、眠そうにしながらもくまはなかった。あ、そうか、一人部屋だもんな。互いに見られても気にしない俺と恭司と違って、普通は同室に同僚なんかいた日には、出したいモンも出せないんだろうな。


 俺たちの護衛と言いつつ、今回は1人に1人ずつの護衛だし、寝ることを許されてはいるけど、一応何かあればすぐに駆けつけることにはなってるから、マジメなアダムさんあたりの進言で、2人交代で起きているとかなんとかしてたんだろう。浅い眠りしか取れないのに、広い通路を挟んだ反対側とはいえ、ひと晩中あのドッタンバッタン、アンアンヤンヤンだ。寝れもしない、抜けもしない。一人部屋のローマンさんだけが、護衛の中で唯一、あの音漏れを楽しんでいたのだろう。

 俺たち以上の生ハメ漏れ聞き生殺し生き地獄を味わったのであろう2人がそこにいた。


 後で、妖精女王に通じる試しの森の通路を歩いている最中に、アシルさんが、

「──ゆうべの夕食時の、アザリュスティシア女王の、エンリツィオに対する態度を君も見たでしょう?初対面の美女にあんなの見せられて、放っておくエンリツィオじゃないからね。アザリュスティシア女王が万が一自ら部屋に訪ねて来なくても、自分から訪ねて行った筈だよ。それが分かってたから、僕とカールの部屋は、ひとつ以上階を離して下さいって、あらかじめお願いしてあったんだよ。

 近くで寝られるわけがないからね。」

 と、我が軍の智将はシレッと言ってのけたのだった。教えといて下さいよ、智将……。


「──さあ、聖なる御神木に入るがいい。

 ペシルミィフィア王国が女王、アイシャルティアが直々に許可しよう。」

 光る木のうろの前で、腰に手を当ててアイシャルティア女王がそう言った。

「お待ち下さい、女王、御神木の様子がおかしいです。これは……。産まれそうです。」

 護衛のエルフがそう言って止めてくる。


 ──ん?なにが?

 すると光る木のうろの空間に、突然裸のエルフの赤ん坊が、スッと現れたではないか!侍女が光る空間に両手を差し込んで、赤ん坊を抱き上げると、突如として赤ん坊が産声をあげた。……男がいなくて、子作りどうしてんのかなって思ってたけど、そうやって産まれんの!?額にルビーも出来ないのに?


「ナシャーヌのところが子どもを欲しがっていたな。この子はナシャーヌの子にしよう!

 たくさん可愛がってもらうのだぞ!」

 ニコニコしているアイシャルティア女王。

「かしこまりました。」

 マジックバッグに常備してたのか、毛布を取り出して広げた侍女に、赤ん坊を手にした侍女がその子をそっと乗せる。赤ん坊を毛布でくるむと、侍女はそのまま王宮へと戻って行った。へー、そうやって、女王が親まで決めるのか。種族全体で育てる感じなのかな。

 きっと女の子しか産まれないんだろう。

 改めて中に入ることになった俺たちは、アイシャルティア女王にお礼を言った。


「恋人を取り戻せると良いな。」

「──はい!」

 俺は力強くそう言うと、木のうろへと飛び込んだ。中はそのまま地面になっていて、強く地面に着地して、思わず拍子抜けをしてしまった。1度来たことのあるエンリツィオとアシルさんたちは、普通に木のうろを低い柵を越える感じで入って来る。こちらから向こうが見える感じだ。サクリファイスのいる木のうろと違って、光る苔とかなくて、入口が光ってて、その奥がダンジョンになってる以外、別に共通点ないんだな。見えてないのは分かるけど、勢い込んだだけに恥ずかしい。


 中の壁はレンガと土壁が混ざったような感じで、木の根っ子みたいのが天井からぶら下がってる割に、湿気とか水気とかがないというか、むしろ地下ぽいのに風が吹いてて、快適な感じだった。どっから入り込んでるんだろうな?この風って。しばらく歩くと、2つの扉が目の前に現れた。ここが妖精女王につながるダンジョンへの扉で、別名試しの森と呼ばれている場所だ。右側がすっごく長くて魔物が出たり罠が出たり、精神攻撃とかしかけてくる方で、前にエンリツィオたちがクリアしたルートだ。左がサクリファイスの無限のAの鍵でショートカット出来るダンジョンらしい。サクリファイスの鍵はダンジョンに通じる鍵だけど、異界の門に差し込めば、それを開けられるのだとノアが教えてくれた。


 異界の門は以前俺がルドマス一家のボス、ルドマスから奪ったスキルの中に、なぜかあったものだ。自然発生するもので、スキルで持ってる人間なんて聞いたことがないと言っていたから、たぶんユニークスキルなんだろうな。差し込む鍵によって、つながる場所が違うのだという。無限の鍵と消耗品タイプの鍵じゃ、ランクが同じでもつながるところが違うんだそうだ。


 ただし、消耗品タイプはつながる先はランダムで、どんなダンジョンにつながるかまでは、入ってみるまで分からないらしい。

 あくまでもランクが同じダンジョンだというだけだ。同じ魔物ばっかりのところもあれば、種類が複数出てくるところもあるし、エリアなんかも、山、湿地帯、地下など、ダンジョンの環境や形状もさまざまらしい。


 俺は左のドアにサクリファイスの無限のAランクの鍵を差し込んで回しながら、

「オープンゲ……!!」

 と言おうとして、後ろからアシルさんに口元を覆われて止められた。

「異界の門を開くのに必要な合言葉なのに、なんで止めるんですか?アシルさん!」

 と言っているつもりが、モゴモゴしてて何も言葉になっていなかった。


「君、それ、鍵がない時の、通販用の合言葉でしょう?ここで通販がしたいの?」

 と言われた。──あ、そっか。

 鍵でつながる先に行きたいんだから、鍵がない時の合言葉は必要ねえのか!

 異界の門は合言葉でも開くんだけど、その場合元の世界との通販専用になるんだよな。


「ひゅ、ひゅみまふぇん……。」

「分かったならいいよ。」

 そう言われて、改めて鍵を回した。

 アシルさんに頼まれて、通販しまくってたせいで、オープンゲートって言うのに、すっかり慣れちまったんだよな。

 ドアはあまりにもアッサリと、軽いと感じるくらいの重さで空いてしまった。


 そこにあったのは、広々とした石壁の部屋の中で、壁の一部に、よく見ると何やら文字が書いてあるのが分かる部屋だった。

「……あれ?アダムさんたちは?」

 気が付くと、一緒に木のうろを通ってきた筈の、アダムさんたちの姿が見えなかった。

「今回も入れなかったみたいだね。」

「……そのようだな。」

 アシルさんとエンリツィオが、特に動揺もせずに石壁を見ながら話してる。


「今回も、って?」

「アダムたちは前回も付いてきてくれてたんだけどね。ドアから中に入れたのは、結局僕と、エンリツィオと、彼だけだったんだよ。

 ──ここは妖精女王の試しの森ダンジョンと呼ばれる場所だ。妖精女王が試す価値なしと判断すれば、ダンジョンに入ることすら許されない場所なんだよ。だから試す価値なしとされたアダムたちは、ダンジョンの前のドアのところでずっと待ってたというわけ。」


「え!?じゃあ、俺はここまで来ても、中に入れない可能性があったんですか?」

「そうだね。萎えちゃうだろうから、あえて事前に言わなかったけどね。ここまでの辛い旅の道中で、心折れかねないでしょ?

 僕らだって、前回後から知ったんじゃなかったら、来なかったかも知れないもの。」


 た、確かに……。試しの森の双方のドアの鍵の話を事前に知った上で、更に会えない可能性のほうが高いと考えてたら、そもそもここまで来ることすらしてなかったかも。

「すみません、そうですね。気を遣ってもらってありがとうございます。

 おかげでここまで来れました。」

 アシルさんがニッコリと微笑む。


「それにしても、なにが書かれてんだ?

 n=p✕q、98526125335693359375=pのd乗……?

 ……それと右上に3と、あと右下のスゲーはじっこに、■31、165、5?

 なんだこれ。暗号か?」

 突如として塞がれた石壁に書かれた、まるで現代の数式のようなものを見て、俺は思わずそう思ったままをつぶやいた。


「たぶんそうだね、おそらくRSA暗号の考え方かな。桁は少ないけど。」

 アシルさんが何ごとか考え込むように、人差し指と親指で、顎をつまむみたいに手を当てて、壁の数式を見ながらそう言った。

「■はなんなんだ?」

 と恭司が言う。

「──証明終わりってこったろ。

 Q.E.Dはダセエからな。

 この前に計算式を書けってことだろうな、やたらとデケえ空白があるってことは。」


 とエンリツィオが言う。外国人からするとQ.E.Dってそうなのか?それともエンリツィオがフランス人だからなのか?

 ていうか、こんなワケのわからん数式を解くのが、ダンジョンの罠だってのか!?

 ショートカットダンジョンって、距離はショートだけど、ある意味難易度は、普通に魔物が大量に出てきて倒すより高いだろ!!


 エンリツィオは胸の前で腕組みしながら、その20桁の数字をじっと眺めると、

「──pが15でqが17だな。

 mは261130152510だ。」

「……エラトステネスの篩を、頭の中でやらないでくれる?それと、いくら桁が少ないからって、RSA暗号を暗算しないでよ。」

 アシルさんが呆れたように言う。

「──ドユコトですか?」

 俺は2人の掛け合いの意味が分からずに、素直にそう尋ねた。


「ようするにね、RSA暗号って、数字の組み合わせが分かればとけちゃうんだよね。

 その数字の桁はいくつでもいいわけ。

 だけど、公開されてるのは1つの数字のみで、残りの数字は、その公開されてる数字を素因数分解して、求めるってわけ。

 物理的にはそれで時間をかければ解けると言われてる。だから桁数を増やして、数字の組み合わせを分かりにくくしてるってわけ。

 簡単に推測されちゃうからね。」


 RSA暗号って、インターネットのセキュリティ暗号だっけか?確か。──なんでこの世界でセキュリティ暗号なんだ?

「普通機械を使わずにそれをしようとおもったら、エラトステネスの篩って言われる、素数の選別法をまず使うんだけど、コイツは今それと計算を、頭の中でやっちゃったの。

 まあ今回は、公開鍵eの他にも、pとqが公開されてたようなものだけど……。」


 アシルさんが石壁を指先でなぞる。

「この問題を作った人は、20桁を暗算出来る人間がいると思ってなかったんだろうね。

 僕らは飛び級してて同学年だけど、こいつの頭は本来、この世界に来た時点で、そこそこの大学なら入れる程度の学力はあったからね。このくらいなら、まあそこそこの大学の学生なら出来るんじゃない。」


「──そこそこの大学って?」

「うちの国だと、出来たばっかのPSL研究大学とか、ソルボンヌ大学とかかな?

 あと、タダヒロの国なら、確か東大とかなんかが、おなじ位のレベルじゃない?」

 東大でソコソコなん?世界レベルから見たら、極東の国のトップの大学なんて、まあそんなもんなのかな?ソルボンヌ大学って、俺でも聞いたことのある有名なとこだぞ?


 つまりエンリツィオは、この世界に連れて来られた10年前の時点で、東大受かる程度の学力があったってことか。

 ……じゅうぶん凄くねーか?

「……あれ?PSL研究大学って、結構前に出来たんじゃなかったっけか?」

 と恭司が言う。なんでお前知ってんの。

 俺、名前聞いたことすらねんだけど。


「あれじゃね?この世界に連れてこられたのが10年くらい前だろ?

 アシルさんとエンリツィオはさ。その頃には、出来たばっかだったんじゃねえの?」

「あー、そういうことか。」

 と恭司は納得した。

 エンリツィオが、俺に書くモンを寄越せと言って、壁の白い部分に計算を始める。


「20桁になる自乗かつ、pとqにハマる数字なんざ、二桁なのが確定だからな。

 頭でやった方が早い。

ようするに、m(p−1)(q−1)≡−1(mod d)とした時に、p=●●、q=●●、e=●●をあてはめて、mの倍数をeで割ると1あまる数が基本だ。

 それを簡略したのがn=(m(p−1)(q−1)+1)/en=(m(p−1)(q−1)+1)/eだ。」


 最初に異界の門でボールペンを出したけど書けなかったから、木炭ペンを改めて渡してやり、それでガリガリと書き始めていく。

 言いながら石壁に後から計算式を書いて、俺に解説してくれているのだが。

 なるほど、わからん。

「つか暗算したのか?20桁あんだぞ?

 18の11乗は?」

「64268410079232だろ。」


 エンリツィオが瞬時に答えるが、俺には正解かどうか分からないので、聞いたところで意味がなかったけど。

「今一般的に利用されてる素数が129桁だろ?そんな計算人間にゃ無理だが、14桁から20桁なら大したことネエだろ。」

「いや、今はコンピューターが計算出来るのは617桁までいったよ。いや、それでも暗算も手計算もしねえわ。」

「RSA暗号なら、eに3と17と65537を使う事が多いよね。」

 そこもヒントかな、とアシルさんが言う。


「今回は桁数が少ないからな、そんなに難しく考えなくていい。最初のpとdを割り出す計算に、ちょっと時間がかかるだけだ。

 多分この3ってのがeだろうな。

 ──pとqが素数として、n=p✕q、98526125335693359375=pのd乗ってとこがヒントだ。

 で、公開鍵の98526125335693359375が15の17乗だ。

 つまりpが15でqが17。

 ここまで出せばあとは簡単だろ。」

「nは255か。」

「そういうことだ。」


 そこまで言われると、俺でもなんとなく分かってきた。一応俺の得意科目は数学だからな。ちなみに江野沢の得意科目が文法と古文で、恭司はなんと英語である。金髪バインバインのオネーチャン大好きで、口説きてえ、が理由で、他はからきしにも関わらず、学年トップまで取ることがあるというフザけたヤツなのだ。江野沢の親友である但馬有季たじまゆきが、将来通訳になりたかった関係もあり、よくテスト前は、俺、恭司、江野沢、但馬で勉強会をしていた。

 但馬が世界史が得意だったこともあり、お互い教え合ってた感じだな。


 それでも恭司は赤点スレスレで、合計だと真ん中より上に行くことがなかったけど。

「そこに公開鍵eが3とある。

 ed≡1(mod φ(n))をみたす整数d(0<d<φ(n))を求めた場合、dは75だ。

 φ(n)が224になるのは分かるな?」

「──いや、わかんねえよ。」

 当たり前のように言ってくるエンリツィオに、さすがにツッコミをいれる。

 みんながみんな、お前と同じ頭だと思ってんじゃねーぞ!?噛み砕いて説明しろよ!


「あのな……。

 n=p✕qが255なら、φ(n)=(p−1)✕(q−1)は224だろうが!」

「いや、それはわかるわ!

 n=(m(p−1)(q−1)+1)/e。つってたのに、なんでそこにφ(n)=(p−1)✕(q−1)がいきなり出てくんだよ!

 先に計算終えた結果で説明すんな!」


「ああ、そうか、悪リィな。

 公式を知らねえのか。

 M’≡Cのd乗(mod n)でC≡Mのe乗 mod n。31、165、5、eが3、dが75、nが255ってことは、おのずとこいつはCを示している。

 d=(m(p−1)(q−1)+1)/e。

 224の倍数のうち、3で割った時に2あまる数がd。そこからmを導き出す。

 これは伝えたい文章Mを、4桁に分割して計算されたモンだな。」


「うんまあ、たぶん、時間かければそれになるんだろうな。」

 ってことくらいしか分からんわ。

「公開鍵eってのは、1<e<nとなるe で、φ(n)とは互いに素な数を選ぶ。

 φ(n)の約数じゃねえ小さな素数を選べば良いのさ。

 平文をコード化した数をMとする。Mはn未満の整数。nより大きい時はもとの文を分割して考える。それがe=3って公開されてんだから、あとは計算するだけだろ?」

「だけだろ?ってお前な……。」


「Mは31、165、5を、75乗して、255で割ったあまりを並べたモンだ。

 つまりMは261130152510。

 10なんて文字は文字対応表にないから、4桁にする為のオマケで、恐らく意味のない数字だ。

 そいつを文字対応表に当てはめると、──答えは、“中庭”って寸法だ。」

 ABCを数字で変換するなら、Aが11だから……確かに10はない。


 エンリツィオは中庭と言ったけど、これは俺たちの異世界転生勇者特典で自動翻訳された結果であって、本来は“PATIO”。

 つまりスペイン語で中庭だ。

 これフランス語じゃないし、この世界の文字がアルファベットなわけもない。

 ──なんで異世界で出された問題が現代数学で、おまけにその答えがスペイン語なんだよ?数学は百歩譲って俺等の世界と同じだとしても、答えがアルファベットで、しかもスペイン語って、おかしいだろ!?この世界の文字の数も、アルファベットと同じなんか?


 なんでこれが妖精女王に通じる道の暗号なんだ?これじゃまるで……。


 ──まるで、なんだ?


 何かが一瞬かすめるように頭に浮かんだんだけど、俺の疑問を口にする間もなく、扉のように石壁が、ゴゴゴゴゴ……と音を立てて横にスライドして開くと、再びさっきとは違う巨大な木のうろが現れて、黄色と黄緑色が混ざるみたいに光って見えた。

「ハッ。直通か。ありがてえ。」

 1度来たことのあるエンリツィオがそう言った。この先に、妖精女王が、いる……!!

 俺たちはスライドした石壁の扉をくぐる勢いのまま、黄色と黄緑色に光る木のうろへと飛び込むように駆け込んだ。


 光を抜けると、そこは美しい中庭だった。

「前に一度来たことがあるから、今度は最短ルートを示してくれたのかな?

 それにしても、インターネットセキュリティ用の暗号を、なんでこんな異世界でとかなきゃなんないかな?使う用事ないのに!」

 アシルさんがプンプンしている。ホントそれだよな、なんでそれだったんだ?


 そこには蝶々みたいに、先祖返りという名の妖精化をした時の、アスタロト王子のような、髪の毛がチューリップの花びらのように先立って、髪と同じ色の目をした、カラフルな妖精たちが飛び交っていた。

 アスタロト王子は、先祖が人間と子ども作ったからあのデカさなんであって、本来の妖精はあの大きさが普通ってことか。

 ……てことは、父親が妖精ってことだな。

 さすがにあの大きさには指すら入らんわ。


 アマゾネスエルフを、人でも犬でもなんでも食う人種だと思っていたから、ずっとアイテムボックスの中に入れたままで、一緒に連れ歩くことのなかったユニフェイを、ようやく中から出してやった。チョコンと座って俺を見上げてから、不思議そうに周囲をユニフェイが見回していると、30もの妖精たちがやって来て、そいつらに囲まれていた。


 飛んでるやつ、地面にいるやつ、ひたすらファンシーで可愛らしい絵面だ。

「なんか大人気だな?

 可愛い犬が珍しいのか?」

 まあ、狼の魔物なんだけど。

「あれは祝福を与えているのよ。私たちの魔法が使えるようにするためにね。」

 突然ちょっとツリ目っぽい、濃いピンク色の妖精が俺に話しかけてきた。


「魔法!?

 古代魔法か?」

「神や精霊と契約したり、妖精の祝福を受けて使える魔法をそう呼んでいるの?

 それならそうね。」

 30もの妖精からの祝福って、ヤバくね?

「お、俺たちも使えるようになれるかな?」

「人の子は、神か、精霊か、妖精と、直接契りを結ばなくては無理よ?

 そのままでは魔素を体内に宿せないから。

 あなたを気に入ってくれる神や、精霊や妖精たちがいればいいわね。」


 そんな風に話していると、どう見ても女神か上級精霊にしか見えない変わった髪色と目の色をした、フワフワと空を飛ぶ人型の美女を5人も従えた、いつの間にかどっかに行ってたらしい、服装の乱れたエンリツィオが、ぐったりとした表情でこちらにやってくる。

「よう。ここにいたのか。」

「お……、お前、後ろのそれって……。」


「ああ、なんか特別な力をくれるって言うからな、相手してやったんだが……。ほぐさなくても俺のがすんなり入んのは有り難かったが、やられっぱなしは性に合わねえんでな。

 全員達するまで相手したらこれだ。さすがに1度に5人は久々にキツかったぜ。」

「え?契るって、まさか、そっちの……。」

「そうよ?

 体を結んで体内に魔素を取り入れるの。」

 エッチしろってか!?


 てか、女神や精霊をイかそうとすんな!

 人型の美女たちは、離れがたそうに、エンリツィオの首や腰や腕に手を回して絡みついていた。すっかりメロメロだな。──てか、昨日あんだけヤッてて、まだ足んねーのかよ絶●野郎が!相変わらずお盛んですこと!

 パニックしている俺に、1人の黄緑色の髪と目の美女精霊が、空中にフワフワと浮きながら、微笑みを携えて近付いてくる。


「え?え?え?」

 腕を首に絡められ、顔を近付けられる。

「あら、どうやら気に入って貰えたようね。

 良かったじゃない。」

 濃いピンクの妖精がそう言ってくる。てことは、このキレイなオネーサンが、俺と!?

「あああああ、あの!俺!

 初めては好きな子とって決めてて、だから、あの……その……。」

「力貰うのに体繋げるってだけだろ?

 体繋がっても心繋がってねえんだから、何もなかったのと一緒だって。」


「一緒じゃねえわ!!」

 動揺する俺に、恭司が事も無げにそう言い、俺がそれに突っ込んだ。

「えと、ごめん、僕にもなんか来てくれてるんだけど……、チギルって何?」

 そうか、複数の意味があるから、そのまま翻訳されないのか。俺たちの発した言葉をそのまま発音してアシルさんが聞いてくる。


「えーと、契約って意味もありますし、夫婦になるって意味もあって、あと、」

「エッチする、を日本の昔の奥ゆかしい言葉で言ったらそれだな。

 今回はそっちの意味だぜ?アシルさん。」

 不思議そうにしているアシルさんに、俺と恭司が交互に答える。前回はエンリツィオの恋人同伴だったし、こいつら現れなかったのかな?アシルさんが知らないってことは。


「は、はああああ!?

 無理無理!冗談じゃないよ!奥さん裏切ってまで、そんな力欲しくない!僕はエリスを傷付けることは絶対にしないからね?」

 アシルさんがそう言って、抱きついてこようとしてる、精霊だか女神だかを押し戻す。

「別にいいだろ、人ですらねえんだしよ。」

「人だろうが、魔物だろうが、精霊だろうが神だろうが、奥さん以外とそういう行為するつもりないって言ってるの!」


「正気か?

 こんなとこまで来て力がいらねえとか、許されると思ってんのか。

 ──ボスとしての命令だ。やれ。」

「──絶対にお断りだ。

 ……命は君にやると決めた。

 けど、君に命はやれても、他はやれない。

 僕の命以外のすべてはエリスのものだ。」

 エンリツィオとアシルさんがにらみ合う。


「素直になりなさいよ。

 人間は、私たちの力が欲しいんでしょ?」

 そんなアシルさんに、妖精が無邪気に状態異常:誘惑のスキルを放ってくる。

「い……いやだ、僕に触るな。」

 亀みたいに丸くなって、自分に触れようとする妖精や精霊から完全ガード。

 脂汗ダラッダラ流して、息も絶え絶えになりながらも誘惑を拒む、アシルさんの執念すら感じるエリスさんへの愛が凄い。


「絶対に……(ゼーッ)。

 エリス以外と……(ハーッ)。

 するもんか……。

 痛い……痛いよう……。エリスぅ……。」

 誘惑の力で、強制的に出そうとする体にあらがってるせいで、多分金玉逆流してるんだきっと。俺も経験あるから分かる。あれは痛い。それをずっと繰り返しやられたら泣きたくもなる。あのアシルさんが、金玉押さえて丸まって泣いている。どんだけ嫌なんだよ。


「頼むよ、もう止めてやってくれよ!

 男にあれは、ほんとに辛いんだ!」

 その時眩しいくらいの光があたりを包み込む。光に目が慣れた頃、1人の美しい女神のような美女がそこにいた。

 他の精霊なんかとは、一線を画すレベルで神々しくて、一目で特別な存在だと分かる。

「あれは……。

 クローゼ様よ!

 お姿を拝見するのは何百年ぶりかしら!」

「クローゼ様……。」

「クローゼ様!」

 妖精たちや精霊たちがざわつきだす。


「──人の子よ。」

 その目は真っ直ぐアシルさんに注がれていた。そして、妖精がかけた誘惑をとくと、すぐさま回復してくれる。

「おぬしの決意は素晴らしきもの。

 この我が直接祝福を授けてしんぜよう。」

「え?僕……ですか?」

「望みが力であるのならば、おぬしの愛する者を心に思い浮かべるのだ。その心の強さ、愛の強さこそが、主の力となろう。」


「ど、どういうことだ?」

「クローゼ様は愛を司る妖精女王よ。

 クローゼ様は契らずとも、直接力を与えられる数少ないお方なの。

 あなたの仲間は選ばれたのよ。

 その類まれなる、相手を思う気持ちが認められたのね。」

 濃いピンクの妖精が教えてくれる。

「ぼ、僕が……。」

 アシルさんはそう言われて、さすがにちょっと恥ずかしそうだ。

 ──というか、あれが、妖精女王……!!


「なあ、さっきから、あの妖精女王さんの言葉が、途切れ途切れにしか聞こえねえのは、どういうわけだ?」

 恭司が首を傾げる。

「我の声は、強い愛を宿す者の心にしか届かぬもの。おぬしは相手を思う気持ちがまだ足りぬということなのであろうよ。」

 恭司の言葉に、クローゼ様が優しく答えてくれる。

「だとよ。お前、はっきり聞こえるか?」

 それはもう、これ以上ないくらい、クリアにバッチリ聞こえているが、それは俺が江野沢をそれだけ……ということになり、ちょっと認めるのが恥ずかしい。


 エンリツィオは、聞こえているのかいないのか、よく分からない表情でクローゼ様を見ていた。だけど前回も認められたくらい、強い愛で恋人を思い続けているコイツのことだから、きっとちゃんと聞こえてるんだろう。

 クローゼ様がアシルさんに光を降り注ぐ。

「……さあ、おぬしの願いは叶った。これからも、愛する者を大切にするがよい。」

「……はい!

 ありがとうございます……!」

 ということは、俺だけが無理なのか。


 古代魔法は使いたいけど、江野沢の前で江野沢以外とそんなこと出来る訳がない。

 見えてなくてもしない。

 俺はガッカリした。

 そんな俺にユニフェイが擦り寄ってくる。

「残念だけど、駄目みてーだ。」

 俺は苦笑しながらユニフェイの頭を優しく撫でた。江野沢をもとに戻すついでに、古代魔法も使えるようにしたかったんだけどな。


「おぬしらは……。

 恋人同士なのだな。」

 クローゼ様が俺たちに振り返って言う。

「え、えと、まだ、まだっていうか、あの、付き合ってはなくて、その。」

「そう恥ずかしがらずともよい。

 互いを思い合う心が見える。既におぬしらは強い絆で結ばれた恋人同士だ。」

「は……はあ……。」

 俺は思わず耳まで真っ赤になる。妖精女王には、俺の心なんてお見通しなんだ。


「恋人の為に、仲間の為に、おぬしも力が欲しいのだな。

 ……良いだろう。

 おぬしにも祝福を授けてしんぜよう。」

「ほ……ホントですか!?」

「ああ。」

 俺の上にも、クローゼ様の祝福の光が降り注ぐ。ステータスを見ると、古代魔法と、妖精女王の加護がスキル一覧に増えていた。


「あ……ありがとうございます!」

「恋人がそのような姿になっても、互いに想い合う心。

 それをいつまでも大切にするがよい。」

 クローゼ様が微笑んでくれる。

「てか、なんで俺には誰も来ねえんだ。」

 恭司が憤まんやるかたなし、といった表情で、プリプリとそうつぶやいた。


「下心見透かされてんじゃねーか?

 少なくともエンリツィオは、女もセックス自体も大好きではあるけど、相手を楽しませようって気持ちがあるヤツじゃん?

 だから女がリピートしたがるわけでさ。

 けど、お前にはそれすらねーじゃん。」

「ちっくしょおぉー!

 誰でもいいからヤらせろぉ!!」

 恭司の吠える声が試しの森に響いた。


────────────────────


月イチ自己ノルマ更新です。

ついに登場、妖精女王。


公開鍵eを13で計算したかも知れません。

検算したのが去年の4月と、かなり前なのでもう覚えていないです汗

雰囲気だけお楽しみください。


そしてここから明かされる、運命の絆の秘密と、回収されるいくつかの伏線。

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