第131話 滅亡するハイエルフの王国、とこしえのプレミディア

「……現代魔法封じの魔道具も消えてるね。

 奴らまだアレを使うつもりみたいだ。」

 アシルさんが、ヴェルゼルたちの消えた場所を見ながら、思案する表情でそう呟いた。

「おそらく、チギラさんの為ではなく、俺たち対策でしょうね、“まれびと”はすべての魔法を操りますが、チギラさんは魔法剣士だ。

 アレで現代魔法を封じたとしても、彼の剣撃を止めることはかないません。」

 と、カールさんが言う。


「確かに……。魔法が封じられて威力が下がってなお、あの威力と切れ味ですからね。」

 と、アダムさんがうなずいた。

「“まれびと”の肉塊のキメラを連れて行ったのも、ミカディアは食べればまた再生出来るから、儀式召喚のイケニエに使うつもりなんだろうな。……いったい魔族の儀式召喚魔法で、何を召喚するつもりだったんだか。」

 俺はアシルさんたちと合流してその話に加わる。俺はふと、傍らにいたキャロエを振り返ると、お前なんかわかるか?と聞いた。


「──あの魔法陣は、悪魔を呼び出す為のものさ。あたしら魔族が魔法を使う為には、悪魔と契約する必要があるんだけど、普通は代々血に受け継がれて、親とおんなじ悪魔と生まれながらに契約してるもんなんだ。

 だけど悪魔は気まぐれだから、突然契約を一方的に反故にされることだってあるのさ。

 そういう時に、別の悪魔を呼び出して契約する為の魔法陣なんだ。まあ、滅多に使われることはないけどな。──……それと。」

「……それと?」


「イケニエを使う時は、契約している悪魔やそうでない悪魔そのものの力を借りる時にも使われる。対価がないと動かないからな。あたしらの神は。契約は気まぐれに行われるから、呼び出さなくとも悪魔の方から声をかけてくることもあるけど、力を直接借りたい時だけは、──必ずイケニエが必要なのさ。」

 エンリツィオは刑務所の中で悪魔と契約したと言っていたし、魔族の召喚魔法なんて当然使えるはずもないから、その時は向こうから来たパターンってことだな。


「悪魔の力を直接借りる……。そんなことが出来るんだとしたら、とんでもないね。」

 アシルさんが再び思案している。

「まあ、呼び出したとしたって、人間が呼び出せる悪魔なんて大したことねーだろ。イケニエに満足しなけりゃ、殺されることだってあるんだぜ?成功するとも限らねーよ。」

 キャロエがこともなけにそう言ってくる。

「もしも成功してたらどーすんだよ!だってお前らの神なんだろ?俺等に悪魔なんて倒せねえぞ!?お前だってそうだろうが!」

 フェニックスのままの恭司が叫ぶ。


 ……あ、しまった、恭司のことを召喚して出しっぱなしにしてたんだった。ステータス画面を出して見れば、俺のステータスのMPがガンガンに減っている。同時にMP回復スキルを使ったのに、とっくに効果が切れていたみたいだ。俺は恭司を元のところに戻そうとして──間違えてその場に残すを選択してしまった。「あ、ヤッベ。」「おああ!?」

 恭司は光に包まれると、フクロウの子どもの姿へと変わり、キョトンとした表情で、地面の上にチョコンと現れたのだった。


「ちょ、おま、何してくれとんじゃあ!!」

「すまん、元の場所に戻すつもりが。」

 俺は片手拝みに謝ったが、恭司はプリプリと羽ばたきながら、そんな俺のことをつつき出した。恭司はフランツさんと同行してたから、フランツさんは今頃、いつまで経っても戻らない恭司を心配している筈だ。

 そこへ、「──匡宏!!」

 慌てた顔で手を振りながら、こちらに近付いてくる英祐の隣を走っているのは……。

「フランツさん!!」


 俺と恭司はフランツさんに駆け寄った。

「なんか、森の中で迷子になったとかって、1人でウロウロしていたから、危ないなと思って一緒に行動してたんだけど……。この人匡宏と恭司の知り合いだったの?」

「そうなんだよ。──すみません、フランツさん、俺が間違えて恭司を残しちゃって。」

「匡宏が悪りーんだぜ!何度も呼び出した挙げ句、こっちに残しやがって。フランツさんとはぐれたかと思ったじゃねえか!

 すんませんっした!フランツさん!」


 俺と恭司がフランツさんに謝った。

「良かったですよ、合流出来て。」

 フランツさんはホッとした表情を浮かべながら、頭の後ろに手をやってそう言った。

「無事だったんだね、フランツ。」

 アシルさんがフランツさんに声をかける。

「はい、恭司さんとはぐれた時は、動いていいものか分からなかったんですが……。

 匡宏さんに何度も呼ばれていると恭司さんが言っていましたし、英祐さんと森で出会った際に、友だちを助けに行くと言っていて、以前匡宏さんたちといるのを見ていましたから、合流出来ると思ってついて来ました。」


 そうだったのか。

「ちょっとやっかいなのに遭遇してね。護衛のフランツと無理やり引き離して悪かった。

 匡宏君の判断は間違っていなかったよ。あの時はそれが最適だった。だけど君のことを結果として1人にしてしまったし。僕が君に連絡をすべきだった。申し訳なかった。」

「やめてください、アシルさん。」

 頭を下げるアシルさんに、慌てるフランツさん。確かにいつものアシルさんなら、そこに頭が働く筈だよな。よほどアスワンダムから目を離すと危険だと思ってたんだろう。


「無事ならそれでいいですよ。」

 次々に申し訳ないと謝る、アダムさん、カールさん、ローマンさん含む全員に、フランツさんはそう言って眉を下げて笑った。そうは言うけど、危険な森に1人残したのは事実だからな。無事だったのなんてたまたまだ。

「──敵はどこ?」

 英祐がキョロキョロとあたりを見回す。

「ああ、さっき逃げてったよ。キャロエのおかげだ。本当に助かったぜ。」

 俺はキャロエを持ち上げつつ英祐に礼を言った。実際キャロエの魔法陣がなきゃ、俺1人じゃ全員を守れなかっただろうしな。


「そっか、ほんとに良かったよ。」

 英祐がホッとした表情を浮かべる。

「間に合わなくなるんじゃないかと思ったんだけど、どうしてもこの人を放っては行かれなくて……。ごめんよ、遅くなって。」

「英祐らしいな。結果として俺たちが探しに行こうと思ってた相手だったし、俺たちも生きてるから、全然問題ねえよ。」

「そうだぜ、悪りぃのは匡宏なんだしよ。」

 まだ言ってやがる。こんな危険な森にフランツさんを1人残すのがヤバいことなのは、俺だってじゅうぶん分かっていたけど。


「しょーがねーだろ!お前を召喚しなきゃ、現代魔法封じられてたせいで回復が出来なくて、みんな死ぬとこだったんだから!ちょっとはぐれたくれえでガタガタ抜かすな!」

「なんだよ……。そういうことならしょうがねえけどよ……。けど少しは説明しろよ。」

「後で説明しようと思ってたんだよ。アスワンダムの幹部が3人目も来るわ、オマケにその内の1人が魔族の召喚魔法を使うわで、こっちは生き残るのに必死で、それどころじゃねえっつーの!ちったあ、分かれ!」


 喧嘩する俺と恭司を、まあまあ、と英祐とフランツさんが、両方の手のひらをこちらに向けて、眉を下げつつ、いさめてくる。

「──ところでキャロエはどうしたの?」

「ああ、キャロエの奴ならそこに……って、いねえ!?あいつ、どこ行った!?」

 俺のすぐ後ろにいた筈のキャロエの姿がどこにも見当たらなかった。英祐の前でいいカッコをさせてやろうと、キャロエが1番に活躍したと、あえて英祐の前で言ってやったのに。当の本人が近くにいないときたコレ。


周囲を見渡すと、

「……あいつ、何やってんだ?」

「なんだろうね……?」

 キャロエが離れたところで、何かゴソゴソとやっているのを、俺たちは首を傾げて眺めていたが、よく分からないので、とりあえずキャロエに近付いてみることにした。

「エイスケはあたしのことを、好き……、嫌い……、好き……、嫌い……。」

「ギャビィアウエェエエ!!」

「もー!なんなんだよ!なんで全部嫌いで終わるんだよ!もう一回だ!!」


 ミカディアが召喚し、その場に残していった、マンドラゴラ・亜種の花を次々とねじ切りながら、花占い(?)をしてやがる。

「エイスケはあたしのことを、好き……、嫌い……、好き……、嫌い…。」

 マンドラゴラ・亜種の花は、全部人間や動物の顔が花びらみたく開いたものだから、それはもう見た目がエグいことになってます。

 恥じらいながらそれをしている、ほぼ全裸の美少女とのギャップがなんか凄い。

 いや、それ花びらが偶数なんだから、何回やっても好きから始めたら、嫌いで終わるっつーの。そこに気付かんのかね、しかし。


「チクショー!!」

 思った通りの結果が出ずに、癇癪をおこしたかと思うと、マンドラゴラ・亜種の首を、そのままゴリッとねじ切るキャロエ。

「──キャロエ?」

 英祐に後ろから声をかけられて、キャロエの体がビクッとはねる。お、おう、とか返事してるけど、少しも振り返ろうとしない。

 キャロエの白い肌が真っ赤に染まっているから、多分英祐を見るのが恥ずかしいんだろうな。あんな露出狂みたいなカッコしてんのに。乙女なんだか痴女なんだか。


「匡宏から聞いたよ。キャロエのおかげでみんな助かったんだって。本当にありがとね。キャロエがいなかったら僕が行ってもきっと間に合わなかったよ。みんなを助けてくれてありがとう。やっぱりキャロエは強いや。」

 ニッコリと微笑む英祐に、お、おう、そうかよ……。と照れたまま背中で返事をするキャロエ。このまま背中向けてるつもりか?

 そう思った時、

「他の奴らはどうしたんだよ。その……。

 リシャとか……。」


 相当リシャが英祐と一緒にいたのが気になるんだな。まあ、1人だけ呼ばれたしな。

「いないよ?僕1人。キャロエがいるし置いてきたよ。一緒に帰ろうよ、キャロエ。」

 英祐がそう言うと、

「ほ、ほんとか……?」

「こんなことで嘘ついてどうするの?キャロエのことを信頼してるもの。キャロエがいればだいじょうぶだって、思ってたからね。」

 キャロエがバッと振り返り、目をキラキラさせる。初めて女の子の顔したな、コイツ。


「あたしとだけか?あたしと2人っきりで、一緒に魔族の国に帰るのか?」

「そうだよ?行こう?」

 首の折れたマンドラゴラ・亜種を、まるでヌイグルミみたいに抱きしめているキャロエに、英祐が屈んで手を伸ばして微笑んだ。キャロエはそれを見てパーッと笑顔になった。

「──おう!!」

 キャロエは英祐の手を取って立ち上がる。

 ザシャハ料理店の店長、カシナさんは一足先に強制転送魔法陣で、魔族の国に行くことになった。本人も怖がってるしな。


 単にキャロエが、どうしても英祐と2人っきりで、帰りたいだけかも知んねえけど。

 魔族が魔族の国の外に行くには許可がいるらしく、英祐は1度許可を得て出てきて、まだ期限まで時間があったから、今回はそのまま飛び出して来れたけど、本来ならすぐには来れないものらしい。そうしないと、執拗に攻め込んでくる人間の国を、滅ぼしたがっている血気盛んな魔族たちが、一気に飛び出して攻撃しかねないからなんだそうだ。人間の国が今まで無事なのは、あくまでも心優しき魔王様のご配慮に他ならないってわけだな。


「……魔法を使えなく出来る敵相手だなんて危険だと思うから、出来ればこのままついて行きたいとこだけど、そうする為には1度魔族の国に戻って、また許可を貰わなくちゃなんだよね。ごめん。融通がきかなくて。」

 英祐は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ランドルス将軍が消えたっていうのもあるからね……。魔族の国からすると恥ずかしいことなんだけど、人間同士の間に戦争をおこさせようとしてる派閥の1人なんだ。そうすれば魔族の国どころじゃなくなるからね。」


 そうやって、魔族の国から目をそらさせようとしてるってわけか。ついでに同士討ちで数も減らせる。賢いやり方だとも言えた。

 それで王族じゃなく、悪の組織に手を貸すってのがよく分かんねえけど、もしもルドマス一家が戦争で儲けようとしていたなら話は別だ。元の世界にだって、わざと戦争になるようしかける、戦争屋なんて奴らもいるくらいだ。人身売買で儲けていた組織が、そういうことを企まないとは言えないだろう。

 戦争屋と、戦争を引き起こしたい魔族が、手を組んだってことなのかも知れないな。


「気を使ってくれてありがとう。元々僕らだけでどうにかすべき事だから、心配しないでだいじょうぶだよ。もうすぐエルフの国に入るんだ。奴らだってそう簡単には、手を出せないさ。ひと目につくところじゃ、彼らは表立って手を出しては来ないからね。英祐君の気持ちはありがたいけど、同盟を組んだとはいえ、気軽に呼び出していいわけじゃない。だからいざという時にだけお願いするよ。」

 とアシルさんが言った。

 助けに来てくれてありがとうございましたと、アダムさんたちもお礼を言っている。


 確かに、英祐は俺たちの友だちだけど、次世代の魔王候補なんて、簡単に呼び出していい相手とは違うよな。英祐の優しさに甘え過ぎちゃ駄目だ。組織のことは組織のことだ。

 英祐は寂しそうに眉を下げながら、

「じゃあ、僕らは行くね。この先はエルフの国の領域だよ。……それもアマゾネスの。

 閉鎖的な国で、エルフの中でも、獣人の国とも魔族の国とも、殆ど関わりを持たない特殊な国だからね。僕らの常識は通じないと思ったほうがいいよ。気を付けてね。」

「「──アマゾネス?」」

 俺と恭司の声が重なる。


「うん、なぜか僕らの知る限り、女性しか生まれない国なんだ。エルフは男女ともに綺麗で長生きで、見た目もあんまり変わらないからね。特に女性はさらわれるから、国交を断絶したのが始まりと言われているね。

 ペシルミィフィア王国。──別名、“鎮守の森の守り人”って言って、精霊魔法使いや戦士たちの集まりで、僕ら魔族でも、中位等級くらいなら、簡単に倒されちゃうくらい強いんだ。昔はむしろ弱かったらしいけど、今じゃ人間なんて、とても相手にならない奴らだよ。エルフの中で1番強い国だね。」


「その、中位等級ってなんだ?こないだ人間の勇者狩りをしてる、下位8等級のサーベルって魔族に遭遇したんだけどよ。それでも結構規格外のステータスで、強かったぜ?」

 俺は前から気になっていたことを、英祐に尋ねてみることにした。

「そのまんま、魔族のランクを表したものだよ。上位、中位、下位とあって、それぞれに13まで位があるから、そのサーベルってやつはかなり低いランクの魔族だね。もちろん普通の人間からしたら当然強いけど。キャロエたちは上位等級。魔族のトップなんだ。」


 マジかよ……。あれで魔族としてはかなり弱えーほうなのか。そのキャロエたちが簡単には倒せなかった、アプリティオ元国王の龍化のスキルも、相当規格外ってことだよな。

「ちなみにあの時のランドルス将軍は、何等級だったんだ?結構派手に魔法ぶっぱなしてたけど、やっぱ武闘派ってやつか?」

 恭司が英祐に尋ねる。

「ううん?ランドルス将軍は一応頭脳担当の人だよ?それでも将軍だから、それなりには強いけどね。確か中位3等級だったかな。」

 あんなに強くて真ん中くらいなのか。


「英祐!!この先のエルフの国は、ほんとに女ばっかなのか?エルフのイメージにピッタリの、美人でナイスバディなんだよな!?」

「う、うん、ま、まあ、そうだね?」

 至近距離で詰め寄る恭司の勢いに、英祐が両手でどうどう、といさめるみたいに距離を取りつつ、タジタジになりながら答える。

「美女と美少女ばっかりのエルフの国……。

 ──決めたぜ匡宏。俺はそこに住む。

 この俺の愛らしさで、エルフのオネーサマ方を、全員俺の虜にしてみせるぜ!」

 恭司が器用に羽を拳の形にグッと握る。


「あー、はいはい、好きにしろ。とりあえず今回のことが片付いてからにしてくれよ。

 江野沢を元に戻すことのほうが先だろ。」

「そういやそうだったな。そもそもの今回の旅の目的は。すまねえ。忘れてた。」

 悪びれる風もなく恭司が言う。相変わらず目先のことだけに刹那的に生きてやがんな。

 まあ、それが松岡恭司という男なので、そこに今更文句を言ったところで始まらない。

 実際恭司は子どものフクロウという愛らしい見た目だから、可愛がられるだろうしな。


「アシルさん!なんでもっと早くそのこと俺に教えてくんなかったんすか?そんな美女ばっかの、しかも女しかいない国に行くのが旅の目標だったって知ってたら、俺もっと頑張ったし、こんなキッツい旅の最中だって、楽しくてたまんなかったっすよ!どんなことがあったって、文句1つ言わなかったのに!」

 と恭司がアシルさんに文句を言ったら。

「だからだよ。君、そしたらルールそっちのけで、すぐに飛んでいきかねないでしょう?

 この旅はルール厳守が大前提だからね。」

 まあ、だろうなあ……。そう言われて、恭司がぐぬぬぬぬ、という声を漏らした。


 俺たちが騒いでいる後ろで、英祐とキャロエは、2人だけの甘い世界を作っていた。

「て、照れるな、その……。

 改めて2人っきりってのもよ……。」

 恥ずかしそうに、けど嬉しそうに、英祐をまともに見られないのか、キャロエが下に目線を向けたまま言う。好きな相手には不器用なんだな。ふーん。可愛いとこあんじゃん。

「さてと。敵を撹乱する為に別れたのに、こうやって集まっててもしょうがないね。僕とカールとローマンはあっちからいくから。

 匡宏と恭司はアダムとフランツと一緒にそっちから行って。目的の場所は同じだから、どうせそのうち合流するしね。」


 奴らがいつまた襲ってくるかも分からないから、あまり戦力を分散し過ぎもよくないと思うしね、とアシルさんは言った。確かに向こうは3人だ。奴らが現れたら、2人ずつで行動ってのは、どうにも心もとないからな。

「分かりました。」

「了解だぜ。」

 俺と恭司がうなずく。

「アダム、フランツ、2人を頼んだよ。

 それと、君もね。」

「ウォン!!」

 アシルさんの言葉にユニフェイが吠える。


「え?コイツはどうすんだ?」

 恭司がユニフェイの後ろでちゃっかり待っている、巨大なフェンリル、パルドズを見てそう言った。──そうだった、コイツがいたんだった!ユニフェイを嫁にしようと、しつこくここまで追いかけて来たのだ。確かに助けて貰った部分もあるけど、こんな目立つ奴にいつまでも付いてこられたら困っちまう。

「……引き離してえんだよ。ずっと付いてこられて困ってんだ。逃げても逃げても、ユニフェイを追って来やがってよ……。」

 俺は恭司にヒソヒソと耳打ちをする。


「なら飛んで逃げりゃいいじゃねえか。」

 と、飛べる恭司がアッサリとそう言う。

「お前な……。」

「俺は飛べるし、お前だって空中浮遊と空間転移が使えるだろ?アダムさんとフランツさんは、アイテムボックスの中に入ってて貰やあいいじゃあねえか。そんで遠くまで一気に移動すりゃあよ。そいつが江野沢目当てってんなら、アシルさんたちが地上から移動しても、別にそっちを追って来やしねえだろ?」

「あ、そうか。」

 俺はアシルさんに、空間転移で一気にペシルミィフィア王国まで移動すると告げた。


「……まあ、そろそろ“かどわかしの森”も抜けることだしね。それでもいいんじゃないかな。どうせ僕らは同時に入れないから、歩いて行くよ。匡宏君が先に入ったら、恭司君は周囲を一周してから中に入るようにね。」

「了解だぜ。」

 恭司が片羽を上げて返事をする。

「それにしても変なルールだよな、それが試練だっていうんなら、しょうがねえけどさ。

 初めから空間転移で入れたら、こんな苦労もしなかったのにな。馬車すら駄目だってんだもん。馬車のない頃に作ったルールなんじゃねえの?ただの人間にはキツイわ。」


 俺は頭の後ろで両手の指を組みながらボヤいた。妖精女王に会うにはルールがある。

 “迷い人よ、共に願う時、多くを望む者は最果ての地へたどり着くことはないだろう。

 望みを持つ者よ、かどわかしの森に試されよ。労せずたどり着いた者に門は開かれぬ。

 選ばれし子よ、願うなかれ、望むなかれ。

 既にそれはその手の中にあるだろう。”

 ってのが、妖精女王のいるところに行こうとする時に、守らなくちゃならないルールなんだけど。共に願う多くを望む者ってのが、大人数で行動すんなってことで、“かどわかしの森”ってのが、俺たちが今いるここだ。


 以前、エンリツィオと、アシルさんと、エンリツィオの恋人が、妖精の国にたどり着いた時に、それを遵守することで会うことが出来たらしい。大人数がどの程度なのか分からないんだけど、過去の文献では13人で“かどわかしの森”に入った人たちは、妖精女王のところにたどり着けなかったそうだ。“かどわかしの森”に入ってから、妖精女王のいる妖精の国につながる鎮守の森に行く。

 しかも苦労しなくちゃ駄目ってんで、絶対に徒歩。てか、前はここまで強い魔物がいなかったらしいけど、それでも普通の人間には歩くだけでキツイ広さだ。それに加えて今回は、はぐれと呼ばれる強力な魔物と、アスワンダムまでいたのだ。これも試練ってか?


 そんで、願うなかれ、望むなかれ、ってのが、1番最初の一文にかかってて、鎮守の森に入る時には、“共に”願う、つまり同時に入ってはならない。“多くを”望む、つまり大人数で入ってもいけない、ってことらしい。

 別に妖精女王に会いたくなきゃ、大人数でゾロゾロ入ったところで、一向にかまわないってわけだ。だけど少なくとも俺は、必ず1人で鎮守の森に入らなくちゃならない。

 ──絶対に、かなえたい願いがあるから。

 俺はアダムさんとフランツさんに、アイテムボックスの中に入って貰うと、英祐やアシルさんたちと手を振って別れた。


「──よし、行くぞ。」

「いいぜ。」

「ウォン!」

 そのまま森を抜ける為にゆっくりと移動する。パルドズの奴に見せつけるように、ユニフェイを抱きかかえたままで。当然奴は俺たちを追いかけて来た。──もうすぐだ。

 “かどわかしの森”を抜けた瞬間、

「空中浮遊!」

 空中に浮かび上がり、俺たちを見上げている巨大なフェンリルを一気に引き離すと、

「空間転移!!」

 俺は空間転移を使い、あっという間に“鎮守の森”の近くへとワープしたのだった。


「──強情だな、プレミディアの女王よ。」

 ラダファはハイエルフの国、プレミディアの女王、アザリュスティシアの玉座にふんぞり返って足を組み、四肢が損なわれて、赤く長い絨毯と床の上に血溜まりを広げていく、アザリュスティシアの体を見下ろしていた。

 美しい銀髪、金色の瞳を持つ美しい女王の体は、まるで残酷なトルソにも見えた。

「このアザリュスティシア、賊などにこの国の秘密は漏らさん。たとえこの命失われようとも、貴様らの望みはかなわんと思え。」

 アザリュスティシアは首だけを持ち上げつつ、気丈にもラダファを睨んで不敵に笑う。


「……俺たちが貴様にだけ、拷問を加えていると思うのか?貴様の国の国民たちも、お前以上の拷問を受けているぞ。──見ろ。」

 ラダファが魔道具のスイッチを押すと、ラダファの頭上に映像が浮かび上がる。

「ヒイィィィイ!!」

「痛い痛い痛い痛い!!!」

「殺して……、もう殺して……。」

 下半身をすり潰される者、爪を剥がされる者、既に息絶えていると思われる者など様々だ。アザリュスティシアは一瞬目を見開き、その様子に驚愕するもほぼ表情を変えない。


 美しいハイエルフたちが、見る影もなく表情を歪めるさまを、アスワンダムの面々は、楽しむかのように嘲笑っていた。

「不老不死と言われるハイエルフは、日頃痛みと無縁なだけあって、随分と堪え性がないな。確か老衰では死なないのだったか。」

 魔道具に映し出された映像の中で、どこまでなら死なないのか試すかのように、逆さ吊りにされたハイエルフが、タップリと水をためた、人の入る大きさの樽の中に、何度も頭から突っ込まれては、引き上げられていた。


「──女王よ。なぜ俺たちが、この城に、こうもやすやすと侵入出来たと思う。」

 ラダファは女王アザリュスティシアをじっと見つめる。

「どうやらお前たちの国にも、血を好む者たちがいるようだな。同胞の血を、苦しむさまを求める、イカれた存在が。俺たちは仕事でこれをやっているが、お前の大切な身内にとっては、あれはどうやら趣味らしいな。」

 女王アザリュスティシアが、ほんの少し動揺を見せ、思わずラダファから少し目線をそらした。恐らく心当たりがあるのだろう。


「夢のように美しい国。恒久の平和を実現した国。とこしえのプレミディア。そんなものはまやかしだ。光あるところに影がある。お前は狂気に蓋をしてきただけのことだ。生き物とは争いを求めるもの、他人をおとしめても、自分の喜びを手に入れたいものだ。」

「──抜かせ!お前になにがわかる!!」

 女王アザリュスティシアが叫んだ。

「そいつの狂気に気付いた時点で、殺せなかったお前の負けだ。お前が命をかけて守る国を、大切な国民を、歴史を、誇りを。お前のにとってのすべてを、お前の身内が滅ぼすのを見るのは、どんな気分なんだろうな。」


 自らの四肢をもがれ、愛する国民が苦しむさまを見てなお、顔色一つ変えずに耐えていた女王アザリュスティシアが、恐らくそれは彼女の地雷だったのだろう、悔しげに歯噛みをしている。──ハイエルフたちは強い。鎮守の森の守り人、ペシルミィフィア王国の兵士たちほどではないにせよ、人間などに普通なら負けることはない。女王アザリュスティシアは、最後まで自分を守る為に戦い、無惨に殺された兵士たちの亡骸をじっと見つめていた。その中には自らの王配である騎士団長の姿もあった。明らかに死んでいると分かる、おかしな角度にねじれて倒れている体。


 騎士団長の表情はこちらからうかがい知ることは出来ないが、だからこそ心のままに、女王アザリュスティシアは、自分の感傷のみを心にいだき、夫の亡骸を見つめていた。

「ラダファ、見つかったぞ!古代兵器。」

 ガイズが部屋に入ってくる。

「なんだと……!?いったい、どうや……。

 ──……イザテルシア……!!

 そこまで……、そこまで腐って……!!」

「抵抗しても無意味だったな、女王。」

 ラダファは、床に四肢をもがれて血まみれで横たわりながら、憎々しげに自分を睨むハイエルフの女王を見ながら薄ら笑った。


「ここまでされる前に、素直に渡せばいいものを。だが、抵抗しただけ無駄だったな。お前は一族を失い、もうすぐお前の命も尽きるだろう。まったく無駄な時間だったよ。」

 ラダファが勢いをつけて椅子から立ち上がった瞬間だった。スラカーンが叫ぶ。

「──ラダファ!あいつ、なにか呪文を!」

 何事かを小声でつぶやくハイエルフの女王の体の下に、魔法陣が浮き上がり、真上に光を放ってハイエルフの女王の体を包み込む。

「我は死なぬ。必ずお前たちに復讐しよう。

 エルフすべてがこれよりお前たちの敵。」

 女王アザリュスティシアは不敵に笑う。


「──人の子よ。

 どうせお前たちの土地は毎年沈んでいる。

 我らが人という人を根絶やしにするのを、首を洗って待っているがいい!!!」

 光に吸い込まれるように、女王アザリュスティシアの姿が、魔法陣の中に消えていく。

「転送魔法陣……!なんてやつだ、あんな状態でまだ逃げる力があるなんて!」

「最後の魔力と、自らの血を媒介にしたか。

 さすがは腐っても女王というところだな。だが転送したところで、そうは持つまいよ。

 人間以外にとって、魔力の枯渇は死をも意味する。くだらん悪あがきだったな。」

 ラダファは真顔でそう言って、プレミディアの城に火を放ち、仲間と去って行った。


「──……な、なんだ!?」

 漆黒の髪を両サイドでくくった髪型、こぼれ落ちそうなほど大きな赤い瞳、幼く細いと感じる体つき、白すぎる肌を持つ美しいエルフの少女は、自らの城の私室の床に、突如として浮かび上がる魔法陣に驚愕していた。

「誰か!誰かいないのか!」

 大声を張り上げると、外にいた兵士たちが慌てて私室に飛び込んで来る。この城に敵が攻め込んで来たことなど、もうはるか昔の話だったが、その頃の名残で部屋に鍵はかけておらず、いつでも入れるようになっている。


「魔法陣……?これは……いったい……。」

 淡い金髪の、護衛兼侍女も驚愕している。

「こいつは緊急脱出の魔法陣だよ。」

 黒髪に赤い瞳のエルフの女王は言う。

「緊急脱出……?王族の部屋に脱出して来れるほどの実力の持ち主など、……まさか!」

 魔法陣が描ききった途端、下から立ち上る光に包まれて、血まみれの女王アザリュスティシアが、その場に倒れ込んでいた。

「アザリュスティシア!!

 いったい何があった!なぜあなたがたった1人で、しかもどうしてこんな姿に……!」

「アイシャ……、ル、ティア……。」


 女王アザリュスティシアは、黒髪に赤い瞳のエルフの少女に抱きかかえられながら、息も絶え絶えにその名を呼んだ。

「ああ。私だ。アイシャルティアだ。

 しっかりしろ、アザリュスティシア!

 ──医療班をすぐに!!」

「はっ!!」

 アイシャルティアに命じられた兵士が、転げるように部屋から飛び出して行った。

「おかし……な、力を使う、人間……。」

「──人間?」

「イザテ……シアが……、引き込んだ……。

 国は……、国は、もう……。」


「アザリュスティシア!しっかりしろ!

 プレミディアの女王ともあろう君が、なさけないぞ!こんな傷はすぐに治す!」

「追っ手が……来る……。そこまで……。」

「そんなもの、このアイシャルティアが蹴散らしてやるさ!ここをどこだと思っている?

 だからこそ、君もここまで逃げて来たんだろう?──ここはペシルミィフィア王国。

 我ら鎮守の森の守り人が、なんぴとたりとも、これ以上君に手を触れさせるものか!」

 ペシルミィフィア王国女王、アイシャルティアは、忌々しい人間め、私がこの手で自ら葬ってくれる……!と憎々しげに呟いた。


────────────────────


月イチノルマようやく更新です。

ついに来ました、エルフの国です!


そして今回もめちゃくちゃ1話が長いです笑

過去最長記録を再度更新しました笑

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