第130話 美女と美男のストリップバトル
「こないんだったらこっちから行くわよ?
……そうね、まずはあなたからいらっしゃいな。タップリかわいがってあげるわ。
──誘惑、洗脳。」
ミカディアはそう言うと、カールさんに手をかざしてニヤリと蠱惑的に笑った。
「ぐっ……!?」
ルドマス一家の魔道具で封じられるのは、人間と魔物が使う現代魔法だけ。
アスタロト王子が使う古代魔法──精霊魔法──や、キャロエが使う魔族の魔法、そして、スキルは封じることが出来ない。
誘惑は相手を強制的に発情状態にさせるスキルだ。全身の力が抜けて、体が熱くなり、涙やヨダレがあふれてくる。そして異常に体が敏感になってしまって、好き嫌いに関わらず、相手に触れられたところを気持よくを感じてしまうという、恐ろしいスキルだ。
俺も1度チムチでアスタロト王子に使われたけど、全身の力が入らなくなるから、身動きも抵抗も出来なくなるって点だけでも、相手の動きを封じることの出来る、1対1なら結構強いスキルだと思う。その状態から動けて、相手を投げ飛ばすことまで出来んのは、たぶんエンリツィオくらいのもんだよな。
加えて洗脳。俺がアプリティオでローマンさんにやったスキルで、こちらも相手の意志を無視して操ることの出来るスキルだ。心が弱っている相手ほど、簡単には洗脳を解くことが出来ないから、元々読心のスキル持ちであるローマンさんなら、相手の心の弱い部分を掴みやすいと思ってあげたんだ。
ミカディアはそれを使って、カールさんの体を操りだした。英祐が前に言ってたことがある。魔族が1番怖いのは、特殊なスキル持ちだって。魔族の魔法じゃ防ぐことの出来ないものが多くて、どんな攻撃をしてくるのかも分からないって。だからなのか、キャロエは何も出来ずに歯噛みしている。
マンドラゴラ・亜種の攻撃を防いだ、キャロエの常駐魔法陣の中にいるにも関わらず、カールさんはミカディアのスキルに操られ、自分から服を脱ぎながら、魔法陣から出てミカディアへと近寄って行くではないか。誘惑で心を弱くして、洗脳で操りやすくされているんだろう。こんな使い方もあるのか!
「カールさん!」
「カール!」
カールさんを心配して叫ぶアダムさんに、「次はあなたの番だから、大人しく待ってなさいな?すぐにあなたも食べてあげる。」
と言いながら、ミカディアはビスチェの下を開いて、巨大な腹の口を見せつけた。
あの普段クールで、表情ひとつ変えないカールさんが、真っ赤な顔をして涙を流して、ゆっくりと対魔服の留め具を、ひとつひとつ外しながら、笑いながら待ち構えているミカディアに近付いて行く。まるで寄生虫に脳を操られて、鳥に食べられる為に、木のてっぺんに移動するカタツムリみたいだ。カールさんの対魔服が、ハラリと地面に落ちる。
ミカディアのやつ、カールさんを公開ストリップさせた挙げ句、丸呑みするつもりか!
屈辱に顔を歪めながら、それでも歩みを止めることの出来ないカールさん。対魔服はコートみたいなもんだから、まだ下に服を着てるけど、その下のシャツのボタンもどんどん外して、既に上半身は裸にされていた。シャツも地面に落ちて、ベルトに手がかかる。
「くっそ、──召喚!!
俺が拳を突き上げると、俺の右手を覆って光が集まり、広がったかと思うと一瞬で集まって、1つの巨大な魔物の姿を形どる。
俺の頭上にその姿をあらわし、それはやがて、山羊のような角、尖った硬い黒い爪、髭と髪と手足に生えた体毛が炎のように赤く、赤黒い肌にワニのような尻尾、はち切れんばかりの筋肉をした、体のあちこちから棘のように骨が飛び出ており、両手首に金色の腕輪と腰布だけを身に着けた姿に変わった。
「いっけえっ!
ミカディアを倒せ!」
「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」
「させるかよ!」
「──ガウッ!!」
ヴェルゼルがマントラを唱えたマントラで加速したスライが、回転する腕の骨のドリルで
「くそっ!こいつ……!」
牙で回転を邪魔され、ユニフェイを睨むスライ。振り解こうとするが離れない。
「おっと。邪魔はさせん。ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」
ヴェルゼルのマントラが、青い光となって
「──きゃあっ!?な、なによ、これ!?」
ミカディアの悲鳴が聞こえる。そして、なぜか羞恥に頬を染めながら、ミカディアまでもがストリップを開始しだしたのだ。
白くたわわな乳房があらわになりかけて、隠そうとする腕と、脱ごうとする腕が戦っている。傍から見ると、右手と左手がジャンケンで戦ってるみたいな、凄くチグハグな感じだ。……あいつ、1人で何やってんだ?
「──洗脳が使える人間は、こっちにもいるんだぜ?俺の読心プラス洗脳と、お前の誘惑プラス洗脳、果たしてどっちが強いかな?
別にカールをこのままストリップさせたっていいんだぜ?こっちはその間に、お前の裸を拝ませて貰うってだけだからな。」
キャロエの魔法陣の中から、ミカディアに手をかざして、ニヤリと笑うローマンさん。
「い、いや!やめてぇ!」
ミカディアは悲鳴を上げながらも、更にストリップを続けていく。ヴェルゼルとスライが、攻撃するのも忘れて、ポカーンとその様子を眺めていた。いや、まあ、見たいんだろうけど、仲間だろ?助けねえの?
まあ俺も恭司も、自分の好きな女の子でもない限りは、他の誰かに見せたくねえわけでもないから、助けないで見てると思うけど。
気の強いミカディアが、されるがままになって脱がされてるの、まあ、エッロ。
ボンテージファッションの上からでもわかるナイスバディが、どんどんあらわになってゆく。たわわなオッパイ。キュッとくびれた腰つき。掴みごたえのありそうなオシリに、ムッチムチの軟らかそうな太もも。それがわずかな布一枚と、ミカディアの手で隠れているだけの状態だ。というかほぼ丸見えだ。
アダムさんは思わずミカディアから目線をそらした。俺は
「匡宏てめえ……!いい加減に……!」
「見ろ。この為にお前を呼んだんだ。」
俺はフェニックスの姿になった恭司に何をさせるでもなく、半裸のミカディアを指さして恭司に教えてやった。
「サーセンッしたあ!匡宏!心の友よ!」
それを見た恭司が、映画の時だけキレイになる人気アニメのイジメっ子の口癖を放つ。
「だ、だめえ……!!」
最後の1枚まで脱ぎそうになる自分と戦いながら、すっかりカールさんを洗脳する目的はどこへやらだ。うん、今のミカディアなら抱ける。つか、むしろすげえヤりたい。
その隙にカールさんは脱がされたシャツと対魔服を拾って、自分の服装を整えていた。
そんなミカディアを見て驚いているのは、ヴェルゼルとスライだ。
「ミカディア、お前……、いったい、いつ恥じらいなんてモンを覚えたんだ?」
「いつも見られたところで気にしないだろうが。なにを今更かわいこぶってるんだ。男は二重の意味で食い物だと思ってるくせに。」
「そ、それは、その……。」
恥ずかしそうに2人から目線をそらすミカディアが、なんかもう、スッゲーかわいい。
ヴェルゼルとスライの知らない間に、ミカディアに何か変化があったらしい。
普段のミカディアなら、きっと見られたところで、それがなあに?ってなモンなんだろうな。嫣然と微笑んで、堂々と俺たちの前で裸体をさらしながら、気にせずカールさんに誘惑と洗脳をかけ続けたのかも知れない。
けど、なんでかはわからねえけど、こっちにはチャンスということだ。ローマンさんはキャロエの魔法陣の中から、安全にスキルを放ち続けることが出来るからな。
「いいから、早くなんとかしてよ!
い……いやあ……!」
まだ洗脳の手を緩めないローマンさんによって、パンティーを脱がされそうになっているミカディアが、真っ赤になって叫ぶ。
俺も、いけえっ!やれえ!と心のなかで叫ぶ。恭司はしっかり声に出して叫んでいた。
「使うしかねえだろ、──アレを。」
「ラダファとリンゼに頼まれたもんだが、こうなったら仕方がないな。」
スライとヴェルゼルがそう言うと、
「ちょっと!アレをするには……!」
ミカディアが2人に反発する。
「俺たちじゃ出来ないんだ、仕方がないだろう?お前がやるしかないぞ。甘えるな。さっさとかたをつけろ。これは仕事だ。」
ミカディアは1度目線を下に落としたあとで、2人を睨みながら、右手を気味が悪いキメラに向けた。左手はパンティーをおさえている。──つまりオッパイまるだしである。
やった!せんぶ見えた!
俺と恭司がテンション上がる中、
「儀式召喚!」
ミカディアが叫ぶと同時に、気味が悪いキメラの足元に、──魔族の魔法陣だと!?
上にいる気味が悪いキメラの存在など気にならないかのように、巨大な赤い光が円と文字を描くかのように、地面の上に広がってゆく。そして描ききった魔法陣から、上に立ち上るような赤い光が放たれ出した。
儀式のスキルは、なんかの儀式召喚が出来るのか!それも魔族の魔法を、人間がスキルで使うなんて。聞いたことねえぞ!?
あの気味が悪いキメラは、儀式召喚のためのイケニエってことなのか!?
魔族の魔法にスキルはいらない。魔法の使い方を教わり、力を貸してくれる悪魔と契約して魔法を使うから、人間が昔、神の力を借りて精霊魔法を使ったように、契約してくれる悪魔がいれば、人間でも使えるようになれるかもと、チムチで英祐が教えてくれた。
精霊や妖精も精霊魔法──つまり古代魔法を使うけど、神に存在を祝福されて生まれているから、妖精の子孫であるチムチのアスタロト王子は、恐らく契約してくれる悪魔がおらず、人間だけど魔族の魔法は使えないかも知れないと。それどころか、悪魔と契約しようとする妖精なんて、取り込まれて死んじまうか、悪魔になっちまうかも知れないよな。
だってそれって堕天使みたいなもんだ。
元々悪魔は、天使だったって説があるし。
儀式召喚の為にはイケニエが必要だったから、わざわざあんな気味が悪いもんを生み出して連れて歩いてたってのか!確か、ナガミミ族の体、魔法の強い媒体になるね、と、ザシャハ料理店の店長さんが言っていたっけ。
けど魔王候補の英祐やハーレム6人衆は、規格外でステータスが高いから必要ないんだとしても、下位魔族だったサーベルや、その使い魔ですら、魔法を使うのに魔族の誰もイケニエなんて使ってんのを見たことがない。それなのに、イケニエ召喚が必要な魔族の魔法って、ほんとだとしたら相当強い筈だ。
イケニエが必要なら、今まで使ってこなかった理由もうなずける。スキルはMPを消費するものが殆どない。召喚魔法とか、賢者とか、聖職者のスキルくらいのものだ。ミカディアのステータスを確認する限り、MPを必要としないスキルみたいだ。それしか使えないんだとしても、人間が使える魔法の中で最強の1つだと思う。まさか、ミカディアが呼び出そうとしてんのって、高位の……。
「──主よ、われにこたえよ。われは忠実なるしもべ。われと主にあだなすものに、限りない絶望を。カー、サー、ラー、フォボイ、フォメメス、バルトルゥ──フェリーカ。」
キャロエが呪文を唱えると、ミカディアが儀式召喚の為に出した魔族の魔法陣を、逆方向になぞるように、青い光がたどっていったかと思うと、パキッと破壊されて飛散する。
サーベルのしもべの召喚人形が出した魔法陣の横で、エンリツィオが一輪車で逆回転した時の壊れ方と同じだ。魔族の魔法陣は、こうやって消すことの出来るものなのか!
「……人間ごときがこのあたしの前で、魔族の魔法が使いこなせると思うなよ?
──あたしはエイスケに言い寄る魔族の女すべてを蹴散らして、選ばれし魔王候補のハーレム6人衆が1人、キャロエ。
どんなおかしなスキルを持っていようと、エイスケの友だちに手出しはさせねえ。」
キャロエがニヤリと笑い、ミカディアが憎々しげにキャロエを睨んだ。
俺たちを守る為に攻撃すらしかけないとはいえ、キャロエは、俺、カールさん、ユニフェイ、巨大なフェンリル・パルドズ、そしてアシルさんやザシャハ料理店の店長さんたちのいる巨大な魔法陣の、5つの魔法陣を同時展開して、なおかつ出しっぱなしにしてる。
俺だってアシルさんだって、2つ同時に魔法を放つまでは出来るけど、それを出しっぱなしになんて出来やしない。出し続ければMPがガンガンに減っていくからだ。MPが切れたら気絶しちまう。それを同時に5つも出しっぱなしに出来る、無尽蔵なMP保持者。
人間とは比べ物にならないという、魔族のトップオブトップなだけのことはあるよな。
キャロエのステータスを確認したかったけど、サーベルの時みたく、契約悪魔の名前が*********みたくなってて、それだけじゃなく、すべてのステータスに認識阻害がかけられてて見られなかったんだ。けど、きっとすんげえステータスなんだろうな。
「キャーッ!!い……、いやあ……!
だめ……!み、見ないで……!!」
その隙に、ローマンさんの洗脳スキルが、完全にミカディアのパンティーを股下までズリおろしてしまっていた。右手で攻撃を仕掛けたから、自分を守る手がなくなってしまったのだ。ミカディアは再度儀式召喚しようとしてたのをやめて、右手で隠してしまったけれど、ええ、見えましたとも。バッチリと。
「あ……!だ、だ……めえ……!!」
ミカディアはローマンさんの洗脳で、今度は更に無理やり四つん這いにさせられ、こちらに向けてゆっくりとオシリを突き上げようとする体を、かじろうて動く右手で、なんとかアソコだけ隠してるんですよ。やだもう、ローマンさんったら、分かってらっしゃる。
「匡宏!パラライザーだ!!」
恭司が興奮してもどかしげに叫ぶ。召喚してると自分の意志では攻撃出来ないらしい。
ミカディアの動きを止めて、ローマンさんの手助けをしようってこったな!パラライザーはフェニックスの性質に根付いたもんだから、現代魔法とはことわりが異なるもの。
成体のフェニックスの姿にならなくとも、恭司も使うことが出来るものだ。現代魔法封じの魔道具じゃ防ぐことはかなわない。
俺はすぐに恭司の意図を理解すると、
「パラライザー!!パラライザー!!パラライザー!!パラライザー!!」
「くっ……!!ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」
俺が立て続けに恭司に放たせたパラライザーを、ヴェルゼルのマントラが、青い光となって相殺するも、相殺しきれず3人を襲う。
「ぐあっ!!」
「チッ!!」
「キャアアアア!!」
スライは飛んで避けたが、相殺する為にマントラを放ったばかりで、連続してマントラを放てなかったヴェルゼルと、身動き出来ないでいるミカディアは、もろにパラライザーをくらって、右手の動きが止まった。
パラライザーは体を痺れさせる魔法だ。
誰かが無理やり体を掴んで動かせないわけじゃないってのは、ナルガラからニナンガに向かう船の上で、セイレーンと戦った時に、混乱で暴れ出した奴らを、パラライザーで痺れさせて、取り押さえた時に確認してる。つまり、自分じゃ動かせないってだけで、ローマンさんが操るなら動かせるってことだ。
「さあ、もう観念して、ぜんぶさらけだしちまいな。お前の体に自由はないぞ。」
ローマンさんの洗脳がミカディアの右手を操って、ゆっくりとその手がはずれてゆく。
「だ……だめえ……!!」
「「いけえっ!いけえっ!」」
興奮してコールする俺と恭司を、アシルさんがちょっぴり呆れて見てるのが気になったけど。生意気な美人の裸ほど、無理やり見てやりたいものはない。
ヒャッホウ!!──ミカディア!!このままお前に分からせてやんぜ!
「……まったく、しょうがないな。」
痺れの取れたヴェルゼルが、ミカディアの前に立ちはだかってその裸体を隠した。スライが自分の脱いだ服を渡してやっても、操られたままのミカディアは、それでもその服を脱ごうとしていたからだ。あーあ、チェッ。もうちょっと見たかったのに。
ようやく痺れが取れたらしく、ミカディアがスライの渡した服でその身を隠している。
「ヴェルゼル、頼むわ。」
スライが一歩前に出ると、突然骨のドリルの右腕で、自分の右足の太ももを貫いた!?
「──ぐああっ!?」
「ローマン!?」
「どうしたんだ!」
アシルさんとアダムさんが驚いてローマンさんを振り返る。そこにはまるで、スライが貫いた右足と同じ、右足の太ももを押さえて苦しんでいるローマンさんの姿があった。
「ヴェルゼル、早くしてくれよ。
痛くはねえけど、血がやべえ。」
「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ!!」
スライの言葉に、ヴェルゼルがマントラを唱え、スライの傷を治していく。だが右足の太ももをえぐるスライの動きは止まらない。治すはしから再びえぐり続け、そのたびにローマンさんが悲鳴を上げてのたうち回った。
「なに!?なにが起きてるの!?」
「ローマン、しっかりしろ!」
「だ、だいじょうぶね……?」
「これはいったい……。」
アシルさん、アダムさんだけでなく、尋常じゃないローマンさんの様子に、怯えるザシャハ料理店の店長さんと、心配そうなチギラさん。それを見たスライがニヤリと笑う。
「まあ、普通のやつなら痛いよなあ?俺はなーんも感じないから、わかんないんだけどさー?それは怪我じゃないから、たぶん治せねえぜ?痛みを与え続けると、人間は発狂するっていうけど、どこまで耐えられるかな?」
と言った。俺から奪った、感覚共有か!!
感覚共有は、相手の感じたものを感じ取ったり、自分の感じたものを相手に感じさせることの出来るスキルだ。
自分の痛みを相手に感じ取らせて、相手を怯ませて攻撃させないようにする、自身も痛みを伴う防御の方法だと思って、手に入れはしたけど、積極的に使ったことはなかった。
だけどまさか、自分で自分を攻撃して、その痛みを味わわせるだなんて!
武器化のスキルに特殊な付加効果はないから、普通の人間がスライみたいなやり方で使おうと思ったら、英祐の自爆みたく、その内出血多量で死ぬだけのハズレスキルだ。
確かにそもそも痛覚無効のスキルでもなきゃ、自分の体を貫いて骨を出すなんて芸当、普通の人間に出来るわけもない。
だけどスライはそんなスキル持ってないから、もとからそういう体質かなんかなんだろう。体内から骨が飛び出して来る時も、痛みを感じてないみたいだし。だからスライは自分の体を傷付けることに抵抗がないのか。
スライの称号〈命を弄ぶもの〉ってのは、他人だけじゃなく、自分の命もってことか!
感覚共有は相手の感じてることを、そのまま感じ取るスキルだと思っていたけど、たぶん、実際体は痛がってるけど、スライの脳には、それが痛みとして届いてないんだ。
ペインクリニックの鎮痛薬や神経ブロック注射みたいなもんだ。実際痛みの原因がそこにあっても、筋肉・骨・関節などの痛みを対象として、コントロールすることが出来る。
スライには痛みとして届かなくても、俺たちには痛みとして届くはずと、ヴェルゼルは考えたんだ。だから感覚共有をやったのか!
ヴェルゼルのマントラと、スライの無痛症があるからこそ、初めて出来るやり方だ。
カールさんに物体操作で周囲の酸素を消された時も、大して動揺してなかったのも、痛みがないから、恐怖を感じにくいんだろう。
外からの攻撃が通るのはわかったけど、1番やっかいな奴にスキルが渡っちまった!!
「くっ……!
──生命を司りし者の祝福!!」
俺は出しっぱなしだった、成体のフェニックスの姿のままの恭司に、回復魔法を放たせる。だけど「ぐああぁあっ!?」スライの言った通り、怪我じゃないから治せなかった。
怪我をしているのはスライのほうだ。ローマンさんの体にはなんの異常もない。だから生命を司りし者の祝福ですら治せないんだ。
「──範囲拡大。」
スライがニヤリと笑う。
「……!?」
「うああっ!!」
「がっ……!?」
「ぐうっ……!」
「ギャイン!!」
「グルルル……ガアッ!!」
「い、痛いね……!これはなにか!」
「ね、姉さん!しっかり……!ウウッ!」
「なんだってんだ、チキショー!!」
「うわあああー!!」
「……ど、どうしたってんだよ!?」
俺たちが一斉に叫びだして、戸惑った恭司が叫ぶ。スライは対象範囲を拡大して、俺たちをも痛みで苦しめだした。痛い痛い痛い痛い!!無事なのは俺に召喚されて、仮初めの肉体を得ている、魔法概念の恭司だけだ。
「んーと、人間が1番痛いのって、虫歯だっけえ?歯って痛いらしいよねっ、と。」
スライが人差し指の先を、骨のドリル状態にして、自らの奥歯を抉り出した。
「あー、結構血が出るわー。」
「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ!!」
スライは怪我するはしから、ヴェルゼルに治して貰えるけど、怪我をしていない俺たちは誰にも治せない。だから痛みも消えない。
「やめろぉ!やめてくれえ!」
「やーらよー。」
叫ぶローマンさんに、スライが口の中に骨のドリルの指を入れて、まともに喋れない状態で、トボけた表情でそう言った。
「こ、殺せ……!!もう殺してくれ……!」
「んー、どーしよっかなー。
まだ遊びたいしなー。」
ぐしゃぐしゃに泣いて懇願するローマンさんに、スライが首を傾げた。すると、
「──!?ぶふぇっくしゅ!」
突然スライが大きなクシャミをしたかと思うと、感覚共有でそれが伝わり、俺たちも鼻が痛くなって、盛大にクシャミを始める。
「い、痛ってえ!!な、なんだこれ!?」
スライが両目をこすって泣き出した。続いて俺たちも痛みに涙が出る。同じく目をこするが、何もないのでどうにもすることが出来ない。涙でよく見えない、薄ぼやけた視界の中で、膝をついたカールさんが何かに手をのばして、操ろうとしているのが見える。
カールさんの手の先に、なんかあるぞ?あの位置は……。そうだ!ザシャハ料理店の店長さんの、ふっ飛ばされた屋台の場所だ!!
「て、てめえ……!いったいなにを……!!
ベックシュン!!」
「死なばもろとも。ただでは死なない。
お前のことも最大限苦しめてやる。」
カールさんは涙を流しながら、自分も同じ攻撃を食らってるようなものなのに、何かを操る手を止めようとはしない。
そうか!ザシャハ料理店の調味料だ!物体操作で、調味料を操って攻撃してるんだ!
「ちょ……、やめ……、ベックシュン!」
スライは目の痛みと鼻のむず痒さに気を取られて、奥歯をえぐることも、太ももをえぐることも忘れて、目をこすりながらクシャミをしている。奥歯や右足の太ももをえぐっている時は、なんの痛みも感じてない風だったのに、今度はスライが痛みにのたうち回っていた。無痛症の筈なのにどうしたんだ……?
──そうか!目の粘膜に骨はないからだ!
骨を操る都合上、骨の刃が出て来る部分は痛みを感じにくい体でも、粘膜はそうじゃないってことか!日頃痛みを感じずに生きてきてるからこそ、粘膜への痛み攻撃は、スライにとってかなり有効みたいだ。
偶然なのか、頭のいいカールさんのことだから、そのことを予想してたのか。
たぶん、後者なんだろうな。だって粘膜を刺激するだけなら、砂とかだっていい筈だ。
物体操作なら、どっちも操れるんだから。
だけど塩のほうが絶対に痛い。体に痛みは感じなくとも、少なくとも呼吸が出来ないことには苦しんでいたから、まったく何も感じない体ってわけじゃないと思ったんだろう。
さすがエンリツィオ一家ナンバー2の、専属補佐なだけのことはあるぜ!
「「アァアアィアアェエアアアァア!!」」
気味が悪いキメラが、突然合唱を始めながら、膝をついて涙を流しているカールさんに向けて突進を始めた。──ミカディア!!
気味が悪いキメラに手をのばして、ミカディアがキメラを操っていた。調味料攻撃にやられて、誰も動くことが出来ないでいる。
「カールさん!逃げて!!
──パラライザー!!」
俺は気味が悪いキメラに向けて、恭司にパラライザーを放たせたが、デカ過ぎるのか、動きを止めきることが叶わなかった。
気味が悪いキメラがカールさんの体の上でその巨体を折り曲げ、ヒマワリのように放射状の腕が生えた頭の中央が、ガバッと開いて巨大な口が現れ、カールさんを飲み込もうと迫った。カールさんは慌てて立ち上がって逃げようとするも、とても間に合わない。
「……鳥に唄、花に清香、月に陰、心に炎、無下に刃。浪浪の身にして虚無。故に想う。
白刃無心にして頂きを招く。
──心眼無光明斬。」
真っ黒い日本刀がキラリと光って、次の瞬間、目を閉じて涙を流したまま刀を鞘におさめる、褐色の侍。ザシャハ料理店店長の弟、チギラさんが、気味が悪いキメラの体をバラバラに斬り裂いて地面に着地した。
「……仲間がそんなで、俺の体を手に入れるだと?その前に、俺がお前たちを斬り裂いてやる。仲間のカタキは取らせて貰うぞ。」
怒りに染まる真っ赤な目は、まるで血の涙を流してるみたいだった。
「さすがに分が悪いな。お前の相手はまた今度してやるよ。必ず会いに来る。オーム、クシプラ、プラサーダーヤ、ナマハ!」
「待て!!」
ヴェルゼルがマントラを唱えると、ヴェルゼル、スライ、ミカディア、そして、バラバラになった筈の気味が悪いキメラの体までもが、その場から消えてしまったのだった。
「くそっ!仲間の体を取り戻せなかった!」
悔しがるチギラさんに、
「もうやめるよ!無理はしないで欲しいね!
私と一緒に魔族の国に行くよ、チギラ!」
ザシャハ料理店の店長さんが、チギラさんの体を揺さぶって泣いていた。スライがいなくなったことで、感覚共有が切れたのか、もう目も鼻も痛くなかったから、店長さんは悲しくて泣いてるんだろう。多分、チギラさんが言うことを聞く気がないのが分かるから。
「……すまない、カシナ姉さん……。
俺は奴らを追うよ。」
「チギラ!!」
そう言ってチギラさんは、素早くその場から姿を消してしまったのだった。
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月イチ更新自己ノルマ達成です。
ミカディアの変化の理由はのちのち分かります。
なぜ、主人公はスキルが奪えなくて、敵だけが奪えたのか、その理由も。
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