第129話 奪われたスキル

 リンゼは暗い部屋の中、テーブルの上で、何本もの糸を操っていた。何かの研究室だったのか、薬師の居室であったのか、リンゼが腰掛けている椅子の前のテーブルの上や、後ろの台や棚の上に、所狭しと逆さまに吊るされた薬草らしきものや、それを加工する為の物と思われる器具たちが置かれている。

 既に加工されたものが入った瓶なども多数置かれていたが、リンゼはそれらに目もくれず、テーブルの端に乱暴に追いやっていて、その中に扉の開いた鳥籠があった。


 部屋の中央の床の上には、この部屋のあるじであったのだろう獣人の男性が、床に血溜まりを作ってうつ伏せに倒れており、既にこと切れている様子であった。窓もない部屋中に血の匂いが充満していたが、リンゼはそれをいい匂いだと感じていて、むしろ胸いっぱいに吸い込んでいた。この部屋の外の部屋にも死体が転がっており、リンゼはこの家の家主の妻、その子どもたちですらも、平等に殺して床に転がして放置していたのだった。


「うっ……。もう……。」

 リンゼの糸が、人形のように小さな全裸の少女の手足に結びつき、リンゼは少女にあられもない格好をさせて、操り人形のようにして遊んでいた。天井から吊り下げられたような格好で、両手両足を引っ張られた少女は、何も隠すことが出来ないまま、羞恥に顔を染め、容赦ないリンゼの視線が自身の開かされた股に注がれているのを感じながら、リンゼに1番恥ずかしい部分をさらしていた。


「……運命の絆を失うってことの意味、分かってなさ過ぎだよねぇ〜。お前を簡単に手放したアイツのようにさぁあ〜?ねえ?

 そうは思わない?──レイラ。」

 レイラと呼ばれた小人のように小さな少女は、今度は正面を向かされ、両手を横に引っ張られ、膝を曲げた格好で足を開かされ、顔を隠すことすら許されずに、目を閉じたまま全身を赤く染めて、ただ震えるばかりだ。リンゼの指が下から上に少女の体をなぞる。

「──!!あっ……!い、いや……。」

 

「嫌じゃないでしょお〜?ほら、なんて言うんだっけぇ?お前はもう僕の運命の絆なんだからねぇ?僕を喜ばせる為だけに生きている存在。僕を守る為に死ぬ命〜、でしょう?」

 リンゼが細い目を更に細めてそう言った。

 レイラは一瞬目を見開いて再び閉じると、

「うっ、ううっ……。もっとして下さい。私をもっと見て……。あなたのことが大好きなの。私はあなたのもの、あなただけのもの。

 だから捨てないで、お願い……。」


 泣いているレイラから、とめどなく溢れ出すトロリとした液体を指でなぞってすくい、指の腹でグチャグチャともてあそびながら、

「はい、よく出来ました。」

 と言って笑ったリンゼは、新たな糸を束のようにして操り、それをレイラの体中に這わせると、体内へと侵入させてゆく。レイラの悲鳴に似た声が漏れ、部屋の中に響いた。糸の束がレイラの体内に出入りする様子を、リンゼは目を細めて見つめていた。


「──君の絆の糸もぉ、早く切ってあげないとねぇ?楽しみだよねえ。君を失ったらぁ、あいつぅ、どんな顔するかなあ?せっかくの運命の絆を失ってぇ、どんな揺り戻しが来るのかなぁ。君もぉ、そう思わない〜?」

 リンゼはレイラの体をもてあそびながら、後ろを振り返らずにそう言って、細い目を閉じているように見えるくらいに目を細めた。

 リンゼのいる部屋の壁には、束ねた糸でグルグル巻きにされた状態で、気絶させられたままのマリィさんが、天井の隅から伸びた糸に吊り下げられ、目を閉じていたのだった。


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 マンドラゴラ・亜種

 5歳

 両性

 魔肉食植物族

 レベル 56

 HP 3657

 MP 4168

 攻撃力 523

 防御力 619

 俊敏性 671

 知力 238

 称号 〈多産〉

 魔法 

 スキル 火耐性強化 移動速度強化 再構成 暴食 悪食 神経毒 気絶無効


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 マンドラゴラ、またはマンドレイクとも呼ばれるコイツは、実際に存在する植物で、分類はナス目ナス科なんだそうだ。毒持ちだから食べられないけどな。紫の花が咲く植物で普通に鑑賞用として売られている。根っ子にトロパンアルカロイドの、ヒヨスチアミン、クスコヒグリンなど数種のアルカロイドを含む麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬、鎮静剤、瀉下薬(下剤みたいなもん)として使用されたが、毒性が強く、幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を伴い、場合によっては死に至る為、現代では薬用にされることはほとんどない。


 伝承も数おおく存在し、中世ヨーロッパの本の中にも、抜くときに悲鳴を上げる、人型の根をした植物としてしばしば登場する。犬に引っ張らせて抜かせるイラストなんかも見たことがあるな。複雑な根っ子が実際人型のようになるのもあり、非常に多く細かい根を張る事から、強引に抜く際にはかなりの力が必要で、根をちぎりながら抜くともの凄い音がするのだそう。この音がマンドラゴラの抜くときの叫び声の部分を、神経毒部分が抜くときに叫び声を聞いたら死ぬといった逸話の由来になっているとする説がある。


 ゲームでもよく魔物として登場する生き物だけど、その性質はゲームにより異なっている。ミカディアと同じ再構成があるけど、これは自分自身に使うものなんだろう。食肉植物だと書いてあるから、恐らく食べた生き物を体に取り込んで、自分の体の一部に出来るんだ。だからヴィクトルさんやナターシャさんを始めとする、人の顔を頭に持った姿になっているのだろう。人間だけじゃなく、獣人らしき顔や、馬みたいな動物の頭をしている奴もいた。生き物の頭を持つことが、こいつにとってなんのメリットがあるんだろうか?


 伝承や元のマンドラゴラに関係したスキルがわりかしついてると思うけど、気絶無効って、自分で自分の声に気絶しないようにってことか?だとしたらウケんだけど。それとも仲間の声で自分が気絶しないようにってことなのか?どちらにしろ、マンドラゴラ・亜種が声を発したら、俺たちが気絶させられる可能性があるってことだ。種族に根付いた能力は、ステータス一覧には表示されない。俺はステータス画面の検索機能でマンドラゴラ・亜種を検索する。すると、悲鳴を聞いた者が30%の確率で気絶する、と書かれていた。


 ──ズボッ、ズボッと、マンドラゴラ・亜種が、地面にその根っこを突き刺していく。

 無表情な人間の顔が、瞬きしないままこちらを見ながら、樹木の体を動かしているさまは実に不気味だ。おまけにそれが知り合いの顔ともなるとなおのことだ。

 いったい何をするつもりなんだ……?

 ユニフェイがうなりながら、警戒して俺の前に立ちふさがった。巨大なフェンリルは涼しい顔で座っている。大した事のない相手だとでも思ってるんだろうか。


 戦力に加えられたらいいんだけどな。フェンリルの成体は最低でもAランク以上なんだけど、多分あいつはSランクだと思うから。

 けど今の俺にはあいつをテイム出来るか分からない。一度倒すか、相手に認められないと、格上は使役出来ないのがテイムの決まりだ。けど、一度試してみる価値はある。だから召喚魔法で恭司を召喚して、その場に残すを選択してテイムを手放して、巨大なフェンリルのテイムを試してみようかと、さっきチラリと奴のステータスを覗いてみたけど。


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 パルドズ

 106歳

 オス

 魔獣族(フェンリルの成体)

 レベル 135

 HP 79314

 MP 82512

 攻撃力 10684

 防御力 12314

 俊敏性 18734

 知力 14586

 称号 〈天地を喰らう者〉

 魔法 風魔法レベル14

 スキル 移動速度強化 身体強化

 固有スキル ステータス成長 経験値2倍


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 ──ナニコレ!?無理だわ!!!!!

 成体のフェンリルって、こんな強いの!?

 ちなみにこの固有スキルってのは、俺のスキル強奪でも奪うことの出来ないものだ。

 アラクネの武器化の時も、それだけは奪うことが出来なかった。多分固有スキル強奪があれば奪えるのかも知れないけどな。恐らくは本人に根付いているのもので、固有スキルを持つ者にしか、発動出来ない代物なんだろう。こいつがこんなにもレベルが高いのも、異常なくらいステータスが高いのも、固有スキルのおかげと思っていいだろう。……そりゃあコイツが俺を見下すわけだよ。


 アダムさんはもう回復してたけど、あいつらと戦うのはスキル的に無理だ。早く安全地帯にアダムさんも移動させたいけど、やつらの出方を見るまでは、それは敵わない。カールさんもそれは分かっていて、アダムさんをかばうように前に立っていた。

 次の瞬間、一斉に長い木の枝のようなものが、大量に地面から吹き出したかと思うと、

「うわあっ!?」

「くっ……、この……!!

 アダム!!」

「キャイン!」


 それが俺たちの体にまとわりつき、俺たちは身動きを封じられてしまった。

 俺の体にまとわりついている木の枝に次々と蕾がついて、それがゆっくりとふくらんでいき、やがてナターシャさんの顔になると、花が開くように頭がパカッと割れて、ギザギザの尖った歯のようなものが、俺の体に噛み付いてきた。アダムさんにも、カールさんにも、ユニフェイにも、同じようにまとわりついている。巨大なフェンリル、パルドズとキャロエはうまく枝から逃げおおせたようだ。


「カ、ラダが、動かねえ……!?」

 痺れたように力が入らず、わずかにしか反応しない指先にすら、思うように力を入れることが出来ない。やられた!神経毒だ!!

 身動き出来ない無防備な俺の肩に噛み付いた、ナターシャさん顔をした花の口元から、何かをすすっているような嫌な音がする。

 ナターシャさんの顔に噛み付かれた肩にジワジワと血が滲み出した。……まさかこいつら、俺の血を吸い出して飲んでやがる!?

 マンドラゴラ・亜種は吸血植物なのか!


「くっ……!そお!離せ……!!」

 力じゃまったく振り解くことが出来ない。

 聖魔法でも回復魔法でも、失われた血を取り戻すことは出来ないから、このまま血を失い続ければ、やがてやられてしまうだろう。

 まだ地面に倒れて目を閉じて気絶したままだったアダムさんの体を、顔だけ残してまとわりつくように、マンドラゴラ・亜種の枝が覆っていき、空中へと高々と差し上げる。目を閉じたアダムさんは、身動きひとつ取ろうとしないまま、されるがままになっていた。


 そして枝から咲いた虎の獣人の顔をした花たちが、その頭をパカッと開いて、体中に噛み付いた。その痛みにアダムさんが目を覚まし、振り解こうと僅かにもがくか、既に微動だに出来ないほど枝がまとわりついていた。

「クソッ……!!アダ……ム……!!」

 カールさんが抜け出そうともがいているけど、マンドラゴラ・亜種の枝はびくともしない。マンドラゴラ・亜種の神経毒は長い時間は効かないのか、少しずつ感覚が戻ってはきたものの、既に振り解くのは不可能だった。


 俺たちがマンドラゴラ・亜種を振り解こうともがく後ろで、何やらドーン!ドーンという音がして、ビリビリと地面が揺れだした。

「うわわわ……!!じ、地面が、何かが地面を叩いて揺さぶられてる……!!これ、この魔法陣、本当に破られないんだろうな!?」

 怯えたローマンさんの声がする。恐らくはマンドラゴラ・亜種が、地面の下から魔法陣を突き破ろうとしているのだろう。だがそれを防いではいるものの、地面を何度も攻撃されて、揺さぶられているようだった。


 魔法陣の外側から来ようとするマンドラゴラ・亜種の枝も、魔法陣の見えない壁によって、侵入自体が防がれてるみたいだけど、それでも襲ってくるのが目に見えるから、ザシャハ屋台の店長、カシナさんは、その都度、ヒイイッ!?って怯えて、それをチギラさんが抱きしめてかばってる。ゴーレムがそんなマンドラゴラ・亜種の枝をものともせずに、掴んではブチブチと引きちぎっていた。

 あっちはだいじょうぶそうだな。


「──我に従いし、とこしえの風よ、敵を討ち滅ぼす刃となれ。その身をとどめ、彼の者に見せつけよ。キャベリク、ギャベリク、ノウ、アスラ、ハン、──フェリーカ!!」

 キャロエが呪文を唱えると、俺たちの足元に魔法陣が展開されてゆく。そしてそこから風の刃が飛び出して、スパスパスパッ!と、マンドラゴラ・亜種の木の枝を一瞬で切り刻んでしまった。だけど血が失われたことで、ちょっとだけクラクラしてしまう。


 自動で攻撃するように命令をくだされているのか、それとも元からそういう種族であるのか、再びマンドラゴラ・亜種がその枝を伸ばして、俺たちにまとわりつこうとしたけれど、キャロエの魔法陣が再び発動して、今度は地面からの攻撃を防ぎ、魔法陣の周囲からかじろうて生えてきた枝さえも切り裂いた。

 魔族の魔法すげえ!2つのことを同時に出来んのか!英祐がそのうち俺と恭司に教えてくれるって言ってたよな。絶対覚えてえ!


「常駐発動魔法陣かよ!ありがてえ!」

「へへへ。まーな。」

 キャロエが嬉しそうに照れながら、鼻の下を人差し指でこすっている。

 けど、このままじゃ、血を失い過ぎてマズい。回復魔法は傷しか治せない。となると。

「召喚!フェニックス!!

 ──生命を司りし者の祝福!!」

 俺がなんとか突き上げた拳の先端が光る。

「フランツさん、すんません、俺また……、──お前、いい加減にしろぉおお〜!!」


 恭司の文句を無視して、フェニックスの姿で召喚すると、俺は生命を司りし者の祝福を使って回復を試みた。死んでない者を回復させるフェニックスの力。これにかける!そこにすかさずヴェルゼルがマントラを唱える。

「──そう何度もさせるか!!ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」

 ヴェルゼルのマントラが、青い光となって恭司を襲う。「──ガウッ!!」「何!?」


 それをどこからともなく飛んできた巨大な風魔法が、ヴェルゼルのマントラが召喚魔法の力でフェニックスに変身した恭司に当たる前に、マントラに当たり相殺してしまった。

 巨大なフェンリルがドヤ顔で──狼の表情とか分からんけど、そうとしか思えない顔で──ヴェルゼルを見下ろしていた。

 ユニフェイを回復する邪魔をさせたくなかったのだろう。マンドラゴラ・亜種に血を吸われて倒れているユニフェイを、心配そうに匂いを嗅ぐように鼻を近付ける。


「なぜ……?魔法は封印されている筈よ?」

 ミカディアが驚愕した声をあげる。

 奴らがルドマス一家のアジトから盗み出した巨大な魔道具は、間違いなく腹の部分が光って発動しっぱなしのままだったからな。

 それを見たカールさんが、試しに水魔法を使ってみようとしたけど反応しなくて、やっぱり無理ですね、と俺を振り返って言った。魔道具は確かに発動してるのに、なんでだ?

「魔道具よりも力が強いんじゃないか?あいつの魔法。こいつでおさえきれてないのかもな。魔法スキルそのものを禁止って言うよりも、威力を抑え込む仕様なんじゃないの?」


 スライがミカディアにそう答えている。つまりはジャマーみたいなものってことか?

 あ、ジャマーってのは、邪魔をすることを冗談ぽく言ってるってわけじゃなくて、妨害物や、邪魔者をさす、ちゃんとした英単語なんだ。日本人からすると、ダジャレみたいだけどな。妨害電波発信機のこともそう呼ぶ。

 携帯なんかにも使われる、現代にもある機械のことだ。つまり魔法スキル封印の魔道具だとばかり思ってたけど、妨害出来る威力に上限があるってことか。まあ確かに普通の人間なら、それでじゅうぶんなんだろうな。


 無事に生命を司りし者の祝福が発動し、俺たちを一斉に回復した。──思った通りだ。

 さっきかなりの血を流していたアダムさんが、まるで何事もなかったかのように復活してたのを見て、フェニックスの回復なら、血も戻せるんじゃないかと思ったのだ。

 さっきまで目の前がクラクラして、気持ちが悪くて仕方がなかったのが、すっかり回復していた。MP消費がちと痛いから、連発は厳しいけど、かなり使えるぜ、フェニックスの回復!!MP回復も発動させておこう。

 

「ユニフェイ!!アダムさんをゴーレムの魔法陣に移動させるのを手伝ってくれ!

 アダムさん!ユニフェイに護衛させますから、早くキャロエの魔法陣の中に!」

「わかりました、すみません。」

 マンドラゴラ・亜種の枝から開放され、地面に降り立って立ち上がったアダムさんが、俺たちに背中を向けて、俺の背後を抜けて魔法陣へと走って行く。そんなアダムさんを狙って、マンドラゴラ・亜種の枝が、地面から次々と物凄いスピードで生えてきて、アダムさんの背後に列をなすように迫っていた。


「──させないよ。」

 カールさんが、俺から少し離れたキャロエの魔法陣の上で、アダムさんに向けて手を伸ばすと、マンドラゴラ・亜種の周囲の土が生き物のようにうごめいたかと思うと、盛り上がって壁のようになり、マンドラゴラ・亜種が伸びる方向を無理やり捻じ曲げた。

 ──そうか!マンドラゴラ・亜種は植物の魔物だ。土の中しか移動することが出来ないから、マンドラゴラ・亜種の通り道である地面の方を歪めてしまえば、奴らは思った通りの方向に進むことが出来なくなるんだ!


 土魔法みたいに火力のある攻撃までは出来ないみたいだけど、動かして固くするくらいなら出来るみたいだ。思った以上に使えんじゃねえか、物体操作!それを逃れてなおアダムさんを追いかける枝を、ユニフェイが噛みちぎって防ぎ、アダムさんが駆け抜ける。

「させるか!ヴェルゼル!!」

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」

 ヴェルゼルが俊敏性と攻撃力バフのマントラを唱えると同時に、スライが素早く飛び出すと、一気にその速度が加速し、逃げるアダムさんに襲いかかった。


「──物体操作。」

「うわっ!?」

「スライ!!」

 カールさんが冷静に、マンドラゴラ・亜種が根をはっている地面の土を操ると、マンドラゴラ・亜種がその向きを変え、主人の仲間であるはずのスライに襲いかかって巻き付くと、スライの体を高々と持ち上げてしまう。

 巻き付いて来た枝についた巨大な蕾が、ポンポンと花を咲かせ、スライに噛み付こうとした瞬間、体中から出した骨を刃に変えて、事もなげに切り裂いて地面に降り立った。


 その隙にアダムさんは、無事にアシルさんたちと魔法陣の中で合流出来たのだった。

「ミカディア〜!頭のねえやつを操る時は、考えろっていつも言ってんだろー!」

 スライがミカディアに文句を言う。

「なによ、そのくらい、襲われる前に自分でなんとかしなさいよね。」

 ミカディアが呆れたようにかえした。

「……やっぱり、あの時カールがいれば、迷路の土壁も操れたんだな……。」

 サクリファイスの地下ダンジョンで、土壁の迷路に苦しめられたローマンさんが、それを見てポツリと呟いた。それな……。


 ヴェルゼルとミカディアが、スライに気を取られて、俺たちから視線を外した。

 ──今だ!!空間転移!!

 俺は空間転移でミカディアの背後に移動すると、ミカディアの体に右手で触れる。

 奪う!奪う!奪う!奪う!奪う!奪う!

 焦って何度も奪うと念じてしまう。

 ──だけど、何故か右手は光らなかった。

「……なあに?それでなにをするつもり?」

 ミカディアが余裕たっぷりに、俺を振り返って見つめて笑う。


 ──スキルが奪えない!?これも奴らの特殊なスキルのひとつなのか?

 動揺している俺の右腕を、ヴェルゼルの右手がガシッと掴んだ。「──スキル複写。」

 ──しまった!!

「へえ?こいつはいいものを手に入れたな。

 お返しだ。──スキル強奪。」

「なに!?」

 ヴェルゼルの右手が光る。スキル複写は、相手のスキルをコピーするスキルか!

「くそっ!スキル強奪!!」


 俺のスキル強奪自体が奪われたわけじゃない。あくまでもヴェルゼルはスキルをコピーをしたってだけのことだ。俺は力ずくで無理やり右手をひねって、俺の腕を掴んでいる、ヴェルゼルの右手の手首を掴み返して、頭の中で奪う!奪う!奪う!奪う!と念じた。

 だが俺の右手はやはり光らなかった。その間にも、ヴェルゼルの右手が光り続けているってのに。これ以上スキルを奪われてたまるか!俺は慌てて空間転移で逃げ出した。

「クソッ……なんでだ……?」


 嫌な汗が流れる。

 空間転移は、俺が一緒に連れて行くと決めた相手以外を移動させることが出来ない。逆に言えば、もしも俺を誰かが捕まえていたとしても、そこから抜け出すことが出来る。

 人間に体を掴まれてるくらいなら、難なくそこから脱出出来るんだ。ただし物体はすり抜けられない。鉱物とか植物とかの、生き物以外はすり抜けることが出来ないんだ。だからマンドラゴラ・亜種が体に食い込んだ状態からは、脱出出来ないってわけだ。


 ヴェルゼルはスキル強奪を初めて使う筈だけど、似たようなスキル複写を持っているから、使い方がなんとなく分かったんだろう。

 多分、やり方は同じだと思う。

 ヴェルゼルのスキルも奪うチャンスだったってのに、なんで俺の方だけ反応しなかったんだ?スキルを封印する魔法や道具を使ってるってわけじゃない。空間転移も召喚魔法だって使うことが出来たのに、スキル強奪だけが発動しないなんてこと、──あるか?改めてヴェルゼルのステータスを確認すると。


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 ヴェルゼル

 21歳

 男

 三つ目族

 レベル 25

 HP 1306/1306

 MP 1103/1103

 攻撃力 627

 防御力 565

 俊敏性 519

 知力 826

 称号 〈秘術を極めし者〉〈受け継ぎし者〉

 魔法 土魔法レベル6 水魔法レベル5

 スキル 三つ目族の秘術 スキル複写 増幅 スキル強奪 聖職者 感覚共有 アイテムボックスレベル5 洗脳 武器鑑定 火耐性強化 採取 水魔法熟練 反射 誘惑 


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「やっべえな……。随分と取られてやがる。

 くっそ……。あっちにだけ持ってかれるとはな。スキル強奪だけは、コピーされただけで、なくなったわけじゃねえけど……。」

 以前にもスキルが奪えないことはあった。

 ダンジョンでネクロマンサーと戦った時のことだ。あん時はネクロマンサーがダンジョン中ボスだったことで、HPが一定割合まで減らないと奪えないって制約があったけど、こいつらはただの人間だ。そんな制約、あるはずもない。なんだ?なにをすれば奪えて、なにが出来てないから奪えねえんだ?


「なにがあったの!?」

 様子のおかしい俺に、アシルさんが魔法陣の中から声を張り上げる。ほんと、こういうことにはすぐ気が付いちゃうんだよなあ、この人は。さすがのナンバー2だわ。ユニフェイも心配そうに俺を見上げていた。

「──奪えませんでした。スキル。なんでかわかんねえけど。……そんで、俺のスキル強奪をコピーされて、ヴェルゼルに結構な数のスキルを奪われました。すいません……。」


「向こうは奪えて、こっちは奪えないってこと?そいつはやばいね……。」

 アシルさんが眉間にシワを寄せて考え込んだ。原因を考えてくれているのか、作戦を考えてくれているのか、アシルさんはそのままうつむいて顎に手を当てて黙ってしまった。

「スライ、いいものが手に入った。

 お前にやるからちょっと来い。」

「んー?なになにー?いいもの?」

 そう言って無邪気にヴェルゼルに近付くスライ。ヴェルゼルはスライの左腕を掴むと、恐らくスキルをスライに移動させた。


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 スライ

 27歳

 男

 人間族

 レベル 29

 HP 1052/1052

 MP 598/598

 攻撃力 572

 防御力 428

 俊敏性 356

 知力 287

 称号 〈同族殺し〉〈命を弄ぶもの〉

 魔法 

 スキル 身体強化 身体操作 武器化 感覚共有 反射


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 確認してみたらこんな感じだった。

 スライが前衛だから、俺の召喚魔法に対抗する為にスライに反射をやったんだろう。

 確かにフェニックスは、生命を司りし者の祝福や、パラライザーなんかは、現代魔法と異なることわりの、フェニックスの存在自体に根付いた魔法だけど、レベル7火魔法と、レベル7雷魔法は現代魔法だからな。

 つまりこの世界の人間たちは、精霊魔法が使えなくなった代わりに、魔物しか使わなかった魔法が使えるようになった存在なんだ。


 魔王の力の影響で、人間の世界に魔物がたくさん湧くようになった頃から、それに比例して、現代魔法を使えるようになった人間たちが生まれるようになってきたのだそう。

「──もともと人が魔力を持ったのだって、長い歳月の間に、魔王の魔力の影響を受け続けたからだと言われているのにね。

 大昔の文献によると、魔法を使える人間は稀有な存在で、それこそ魔族や魔物扱いをされた異端者だったわ。」


 と、合成魔法の専門家である、マガの王弟殿下、ジルベスタが、アプリティオにいた時に俺たちに教えてくれた。獣人は、元は人間と同じ姿だった人たちの中で、魔族の国に近い国の人たちが、動物のような姿になった人たちと、動物が人間のような姿になった生き物が先祖だと言われている存在だ。獣人たちが姿を変えたように、人間たちもその遺伝子を変えつつあり、魔物の魔法が使えるようになったんじゃないだろうか。

 そう考えると、王族の企みが実現して魔王を人間の国に連れてこられた場合、将来的に純粋な人間がいなくなっちまうのかもな。


 だから反射のスキルも、召喚魔法で出せる魔物の中で、現代魔法を使う魔物には意味はあるんだけど……。そもそも奴らの魔道具で封印されているから、なくてもよくないか?

 と、俺の頭はハテナでいっぱいだったんだが、さっき巨大なフェンリル、パルドズのレベル14風魔法の攻撃を、魔道具で抑えきれなかったからか、ということに思い至った。

 反射は現代魔法のような、使ったあとで水やら土やらが残るような魔法にしか効果を発揮しないから、キャロエの魔族の魔法なんかは、別の魔法やスキルで相殺するしかない。


「ミカディア、お前もだ。」

「なによ、変なものじゃないでしょうね?」

 自分に向けて右手を伸ばされ、ミカディアが眉をひそめてヴェルゼルを見る。

「あいつから奪ったスキルをやるよ。」

「……へえ?手に入れたのね。例のアレ。

 凄いじゃない。」

 ミカディアがそう言って笑う。

 ヴェルゼルがミカディアの左腕に触れて、やはりスキルを移したみたいだった。


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 ミカディア

 25歳

 女

 人間族

 レベル 28

 HP 985/985

 MP 783/783

 攻撃力 358

 防御力 386

 俊敏性 401

 知力 757

 称号 〈同族殺し〉〈同族喰らい〉

 魔法 

 スキル 悪食 再構成 儀式 誘惑 洗脳


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 ミカディアのステータスを確認している最中、俺はステータス画面の右下に、赤くアラートが光っているのに気が付いた。

 それは用語解説の項目で、通知を確認すると書かれた部分をタップすると、スキル複写に赤い丸が付けられている状態で表示されたのでタップした。さっき確認した時にはなかった、スキル複写の詳細が追記されているではないか。つまりヴェルゼルがスキル複写を使ったことで、説明が追記されたのか。


 スキル複写・相手のスキルや魔法を複写して使用することが可能。固有スキルもその限りではない。複写の際は相手がスキルや魔法を発動している必要がある。一度に複写出来るのは最大3つまで。他のスキルや魔法を複写した場合、先に複写したものから使用可能一覧より失われる。ただし複写元の対象者が死亡した場合も使用権利を失う。

 俺のスキル強奪は、固有スキルまでは奪えないから、その点ではスキル複写のほうが強くて便利だとも言える。


 ……つまり、奪える数に上限なし、一度奪えば相手が死んでも永久に使える、ただし奪う時はスキルや魔法を選ぶことが出来ずランダム、という条件のあるスキル強奪と違い、複写出来るのは3つまで、永久に相手のスキルや魔法を使うことは出来ないが、相手がスキルや魔法を発動させていれば、欲しいスキルや魔法を確実に複写出来るってことか!

 スキル強奪と非常に相性のいいスキルだ。スキル強奪で奪えない固有スキルは、スキル複写でコピーしちまえばいい。それが相手の手に2つ、揃っちまうとはな……。


 俺は奪えないのに向こうは奪える。これじゃ近付くことも、奴らのスキルを奪うどころか、取り戻すことすら出来ねえじゃねえか!

「さあ、どうした?もう来ないのか?

 もっと寄越せよ、──お前のすべてを。」

 ヴェルゼルが錫杖を構えて戦闘態勢を取りながらそう言い、ヴェルゼルの左横に立っていたミカディアが、徴発するように横目で俺を見つめながら微笑んで、ヴェルゼルの右横に立っていたスライも、楽しげにニヤついた表情で、俺を見て笑っていた。

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