第128話 第3の神の力!!
「アシルさん、早く中に。」
カールさんは、ヴェルゼルのことに気を取られて、一瞬呆然としていた俺と違って、普段の態度とまったく変わらず、憎らしいくらいに、実に冷静でいつも通り無表情だった。
開いたままのアイテムボックスの中に、誰より早くアシルさんが逃げ込めるかどうかだけが、カールさんの興味の対象みたいだ。
「か、体がまた消えていく……!?」
フェニックスとして召喚した恭司の姿が消えていく。そのことに驚いている恭司。
「すまん!あとで説明するわ!」
俺は消えていく恭司に片手拝みで謝った。
魔法として召喚しているから、魔法を放ったあとは、出しっぱなしを選択しない限り、召喚魔法で召喚された魔物は、時間とともに元いた場所に戻ってしまう。一発魔法を放ったら終わりか、出しっぱなしにして攻撃させるのかを選択出来るのだ。神獣だけあって、恭司の召喚に必要なMPは高い。出しっぱなしはだいぶ割りに合わんのである。ただし戻る場所がまったく同じというわけでもない。
アプリティオで、ジルベスタに召喚された恭司が、同じアプリティオ国内とはいえ、ジルベスタのもとにそのまま残ったのも、王宮の場所と、ジルベスタがドメール王子を匿った場所が近かったからだ。ジルベスタは元の場所に戻る筈と思っていたけど、そうじゃなかった。巨大な地図からしたら殆ど変わらないんだろう。呼び出される側からすると、結構迷惑なスキルと言える。戻った恭司がフランツさんと、はぐれてなきゃいいけど……。
「逃さないわよ。行きなさい、アラクネ!」
ミカディアがアラクネに指示を飛ばす。
アラクネが、アシルさんだけを狙って一斉に襲いかかる。あいつ、再構成で出したものを、出すだけじゃなく使役出来んのか!?
だとしたら、最高でも2体までしかテイム出来ないテイマーよりも、火力の面ではよほど優秀なスキルだ。もちろんテイマーにしかない恩恵もあるけど。どちらかと言うと死霊を操る、俺のネクロマンサーとタメをはるスキルだ。だけどミカディアのMPは783。
そんなに数を出したり維持は出来ない筈。
そう、思ったのに。
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ミカディア
25歳
女
人間族
レベル 28
HP 985/985
MP 773/783
攻撃力 358
防御力 386
俊敏性 401
知力 757
称号 〈同族殺し〉〈同族喰らい〉
魔法
スキル 悪食 再構成 儀式
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この場に出ているアラクネは10体。そしてミカディアの減ったMPは、たったの10でしかなかった。テイマーは魔物を使役するのにMPを使わない。強いていうなら使役するタイミングの、自分のレベルとステータスが物を言う。自分よりも高レベルの魔物は、一度倒すか、相手が了承しないと使役出来ないのだと言う。俺はユニフェイも恭司も、相手が望んだから、自分よりも高ランクの魔物である2人を使役出来てるってわけだ。
対するネクロマンサーは、使役する魔物のランクで消費するMPの消費量が変わる。
一度に使役出来る数も、自身のランクで異なる。そして出しっぱなしだと、その分MPも消費しっぱなしになってしまう。俺がチムチで、国王の寵妃であるイエルさんから、MP回復のスキルを奪った理由がそれだ。
たくさんの魔物を出しっぱなしで戦わせる為には、魔物のランクが上がれば上がるほど高くなるMP消費を補う為だ。
それを、ランクに応じてんのか分かんねえけど、魔物一体につきMPが1しか消費しないのであれば、MP回復がなくとも、自然回復を待つだけで、下手すれば俺より魔物を出しっぱなしにもしていられるという寸法だ。
ミカディアがどの程度のランクの魔物を体内に取り込んで、使役することが出来るのかは分からないけど、アラクネは今の俺たちからすればランクが高い方の魔物だ。体内に巨大なものを取り込める、特殊な体をしているミカディアに特化したスキルというわけだ。
「──させないよ。スキル合成、物体操作、猛毒。……対象指定。」
カールさんが、俺が渡したばかりの猛毒のスキルと、以前渡した物体操作を合成させると、うす気味が悪いキメラがこぼす、血の涙のような真っ赤な花びらが、突然ザーッと流水のようなひとつの流れとなって、集まりながらうねりだし、こちらに向かって来たかと思うと、ミカディアが出したアラクネたちを取り囲み、グルグルと周囲を旋回しだした。
「捕縛、打破。」
カールさんの言葉と共に、旋回していた真っ赤な花びらが、キュッと一瞬で縮まったかと思うと、アラクネたちの全身が見えなくなる程にまとわりついて、その動きを封じる。
「ピギャエ!!」
アラクネたちの体にまとわりついた、キメラの血の花びらが、まるで窒息させようとするみたいに全身を覆っていく。すると花びらの隙間から、本物の血が流れ出し、アラクネたちが一斉に苦しみだしたではないか。
「……その花びらは、猛毒を持つ花に変化させた。触れるものすべてが、猛毒におかされてゆくよ。死にたくなければ、触れないほうがいい。アラクネはもう、手遅れだけどね。
君たちも動かないほうがいいよ。」
カールさんの操る真っ赤な花びらが、ミカディアたちの周囲も旋回しだす。
「俺の役目は、エリスさんとアリスちゃんのもとに、無事にアシルさんを帰すこと。
──その邪魔は、決してさせない。」
ミカディアたちを睨むカールさんは、アシルさんと、自身の周囲も守るように、真っ赤な花びらを旋回させていた。真っ赤な花びらをまとわせて、冷たく見据えているカールさんの姿は、なんだか妖しいくらいに美しい。
これがカールさんの作戦だったのか!
近距離攻撃しか出来ない猛毒を、どうやって使うのかと思っていたけど、凄え!!
「……こんな程度で、私たちの動きを封じられると思うなんて、随分と甘いわね。
戻りなさい、アラクネ!!」
ミカディアがアラクネを呼ぶと、死にかけたアラクネたちが、ボタボタと全身から血を流し、ヨロヨロとしながらもゆっくりとミカディアの前に近付いていき、ミカディアがビスチェの下の方をガバっと開いた。
ボリボリギョクン!という嫌な音と共に、アラクネたちの体が、真っ赤な花びらごと、まるで自殺するみたいにゆっくりと、次々にミカディアの腹の中に飲み込まれていく。
ウオェ……。
「やられたのならもう一度食べるまでだわ。
取り込めば何度でも再生する。──この花びらが猛毒ですって?残念だけど、私に猛毒なんてきかないわよ?」
ミカディアがそう言って笑った。
悪食のスキルの効果だろう。ミカディアは猛毒におかされた花びらごと、なんなくアラクネたちを再び体内へとおさめてしまった。
「──お前はそうだとして、お前の仲間はどうだろうな。猛毒に耐えられるのか?」
カールさんが余裕の表情でそう言った。
「ブボアァっ!?」
「ゴフッ……。」
「え!?ちょ、ちょっと、なんなのよ!?」
スライとヴェルゼルが、突然口から大量の血を吐き出し、俺もミカディアも驚愕する。
体からもジワジワと血が吹き出してゆき、顔色が悪くなってゆく。明らかに猛毒にやられているのが分かる。でも、なんで……。
「スライ!ヴェルゼル!どういうことなの、花びらに触れてもいないのに……!!」
「──それは目眩ましだ。」
カールさんが冷たく言い放つ。
「俺がお前たちのそばで操っていたのは、猛毒の花びらだけじゃなかった。その影で、お前たちの周囲の空気中に含まれる水分を、すべて猛毒におかして操ってやったのさ。
誰でも呼吸はしなくちゃならない。
呼吸をすれば、空気を取り込む。たとえそれが猛毒におかされているものだとしても。
……花びらに気を取られて、随分と猛毒を吸い込んだようだな。」
空気中の水分!?物体操作は流動体をも操れるとはいえ、そんな原子レベルのもんを操ってたってことなのか!?
「──エアロマニピュレイト。
物体操作のスキル開放で使えるスキルだ。
俺を魔法しか使えないと侮ったな。」
「スキル開放ですって!?
そんな筈はないわ!
噂にしか聞いたことがない、特殊な条件が揃わないと起こらないというそれを、あんたごときがいったいどうやって……!!」
ミカディアも驚愕している。悪食のおかげか、ミカディアは猛毒におかされていないみたいだけど、スキルのないスライとヴェルゼルは、呼吸とともに猛毒を吸い込んで、いつの間にか猛毒にやられてしまっていた。
「スキル開放!?お前、どうやって……。」
カールさんの横にいたアダムさんも、驚いてカールさんにたずねている。
……俺も聞いてないぞ。俺のやったスキルなのに。こんなに使えるスキルだとは。やっぱやらなきゃ良かっただろうか。
組織のボスであるエンリツィオに、火力2倍、消費MP半分の、火の女神の加護を。ナンバー2であるアシルさんに、俺と同じ知能上昇をやったことは問題ない。
だって2人とも組織のトップだからな。
ただでさえ、水魔法熟練をやっていることで、カールさんの魔法の火力は5割ましだ。
スキルを与える時は、他の奴らとのバランスを考えろって、エンリツィオに言われてたってのに……。まさかこんなにスゲー隠し技が使えるようになるとは思わねえじゃん?
そんなカールさんを見て、アシルさんはシレッとしている。……どうやらアシルさんはカールさんから事前に聞いてたみたいだな。
一緒にいるうちに、心酔しているアシルさんに、影響受けてきてないか?カールさん。
アシルさんは聞かれないことを話さない主義だから、聞いてみたら実は前からこうだった、なんてことも多いんだ。聞かれても話さないこともあるから、余計になんだけど。
でもアシルさんには話してるわけだし、信頼度と心酔度の差かなあ、やっぱり。
俺の心眼も、スキル開放がなされれば、今見てるものより、たくさんの情報が見られるようになるっていうのは知ってる。なぜならエンリツィオの恋人が、スキル開放により、それを見ることの出来る人だったから。
だけどスキル開放の条件は誰にも分からないままだ。エンリツィオの死んだ恋人にも、魔法やスキルについて書かれた書物にも。
スキル合成の専門家である、マガの王弟殿下ジルベスタにも分からないことだった。分かれば俺だって、スキル開放したいのに!
けど、アシルさんがそれを組織に、特に俺に伝えないということは、カールさんも開放条件が分かってるわけじゃないんだろうな。
分かれば教えたほうが組織が強くなる。
特に膨大な数のスキル持ちである俺が、スキル開放の方法が分かっているのに、しないメリットがない。……ひょっとしたらデメリットはあるのかも知んないけど。
だけど偶然の産物とはいえ、カールさんが空気や気流を操れるようになったという事実はデカかった。
「くそっ……!来い!!!!!」
ヴェルゼルが両手を前に差し出して、何かを掴むような仕草をすると、手の中が急に青く光り始め、その光りが縦に伸びると共に、その光りが青く光る錫杖へと姿を変えた。
こいつ、棒術使いのスキル持ちでもないくせして、なんで錫杖なんか出したんだ?
それに今までなかった場所に、武器を召喚出来るスキルなんて聞いたことがない。
ヴェルゼルが持っていたスキルの中でいうと、恐らく三つ目族の秘術なのだろう。
ヴェルゼルは錫杖を掴んだまま、右手の指を左手の指の上にして組み、掌の中で指を交差させ、その状態で左右の人差し指を立てて合わせ、親指で薬指の方向へ押す、印契(いんげい)を結ぶと、
「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ!!」
真言(マントラ)!?
ヴェルゼルがマントラを唱えると、錫杖から発した光がいったん上空へとたちのぼり、地上へと飛散して周囲へと散ってゆき、ヴェルゼルとスライの頭の上から降り注ぐ。
頭の上からサーッと降り注いだ青い光が、ヴェルゼルとスライの体にまとわりつき、毒におかされて顔色の悪かった2人の顔が、だんだんと元に戻ってゆく。
体についた血こそ消えなかったけど、もう体からも血を流してはいないようだ。
そして、それを見ていたカールさんが、ほんの少しだけ、ピクッと眉を動かした。
「体内と空気中の毒を消した……?」
「ひとつの呪文で体内と空気中、双方の毒を消せるってのか!?どんなことわりだよ!」
カールさんの言葉に、ローマンさんが驚いて思わず声を上げる。確かに、そんなやり方聞いたことがない。もしも俺や他の人間が毒を消すとしたら、体内の毒は聖魔法の状態異常解除で消すもんだし、毒攻撃は他の攻撃魔法で相殺するやり方しか、俺たちは知らないし、そもそもやることが出来ないのに。まるで周囲のすべてが浄化されたみたいに、一度にすべてが消せるだなんて。これが三つ目族の秘術ってやつなのか?ヴェルゼルは思った以上に、厄介な奴なのかも知れないな。
真言ってのは仏教の言葉なんだけど、人民救済の為のもので、仏教の言葉だけが真実、みたいなものだったかな、確か。
日本じゃ真言宗ってのを信仰してる人以外はあんまり唱えない言葉だったと思う。
俺も仏教のつもりでいるけど、別に我が家では唱えないからな。というか、あるんだろうけど、仏壇とか墓の前で手を合わせるくらい?で、そもそも唱える言葉を知らない。
ひょっとしたら、ヴェルゼル自身が三つ目なこととも、何か関わりがあるんだろうか?
──だって仏教の神様って、実は三つ目が多いんだ。
密教に多いとも聞くけど、実際そうでもない。第三の目を持つ仏像は、日本にもたくさんあるんだよな。普通に観光名所に置かれてるし、県のホームページにも載ってるし。
仏像の額についてる白毫も、呼び方が国によって違うだけで、第三の目、上丹田、第六チャクラ、アジュナチャクラ、白毫は、全部同じ効果を持つものとする説もある。ようは人知を超えた力を持つものに存在するもの。
真言には天狗の神様なんてのもいて、天狗の額についてる飾りの下には、三つ目があると描かれている絵や、仏像なんかも多い。
この世界に仏教が存在していて、三つ目族がその使徒だってんなら、この世界の神は、魔族にとっての悪魔と、人間や精霊や妖精にとっての神と、その2つしかいないってことだけど、3つ目が存在するってことになる。
力を借りる神によってことわりは異なる。
ヴェルゼルの魔法があの巨大な魔導具によって封印されないのも、それが理由だろう。
現代魔法は神の力を借りず、大気中の成分を集めて使う魔法だから、そもそも、どの神の力を借りて使う魔法とも異なるものだ。
神を信じなくなり、神に見捨てられた人の子は、神の力を借りられなくなったのだ。
あの魔導具は現代魔法しか封じられないから、神の力を借りて使う精霊魔法にも、悪魔の力を借りて使う魔族の魔法にも、影響を与えることが出来ないものだからな。
……欲しいぜ、ヴェルゼルのスキルが。
第三の神の力!この俺が貰う!!
「……やってくれんじゃねえの。
今度はこっちの番だぜ。ヴェルゼル!!」
「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ!」
スライの言葉に、ヴェルゼルがまた別のマントラを唱える。それと同時にスライが素早く飛び出すと、一気にその速度が加速する。
俊敏性と攻撃力バフ!!
奴らのステータスが一気に上昇する。
その動きに虚を突かれたのか、カールさんの反応が遅れた。カールさんの前にアダムさんが立ちふさがり、スライの攻撃を受け止める──と同時に、ボタボタと血が流れた。
「ぐっ……!!」
「よーく受け止めたじゃあーん?
けど、防御がなってないねえ。
人間の体で、刃物が防げると思ってる?」
スライの腕から無数の骨が飛び出し、まるでシャーペンの中で、芯を掴む部分みたいになって、アダムさんの腕に食い込んでいる。
「ほーら、えぐっちゃうよぉ?」
「うわああああ!!!!!」
「アダム!!」
「アダムさん!!」
アダムさんの腕に食い込んだスライの骨たちが、まるでドリルのように回転し、アダムさんの腕をえぐった。アダムさんの腕が、まるで一瞬で溶かされた鉄のように、変な形にグニャリと曲がってしまい、そのままアダムさんの腕を貫いたスライの骨が、アダムさんの胸をも貫通し、カールさんの前にスライの腕が突き出した。飛び散る血しぶきがカールさんの全身に頭から浴びせかかり、カールさんは呆然と目を見開いて立ち尽くしていた。
アダムさんの体が滑り落ちてゆく。
くにゃりと地面に崩れ落ちたアダムさんの前に立っていたスライの手の中に、アダムさんの心臓らしきものが乗っかっていた。俺は何が起こったのか、一瞬分からないでいた。
な、なんだ……?今、何がおきて……。
「んー。やっぱサーイコー。
何度触っても気持ちイー。この感触。」
スライは目を細めて、アダムさんの心臓をもてあそんでいた。こいつ、アダムさんの心臓を……!遺体をもてあそぶために、わざわざそんな殺し方をしたってのか!!
そんなスライを見て、真っ先に我にかえったのはカールさんだった。
「貴様……!!」
カールさんが、静かな怒りに燃えていた。
「アダム!」
「アダムさん!」
前に出ようとしたローマンさんを、アシルさんが素早く手で制した。アシルさんも嫌な汗をかいて、倒れ込んだアダムさんの体を見つめている。アダムさんの体から、どんどんと血が流れて地面に広がって行った。
カールさんは無表情に、苦悶の表情で目を見開いたままのアダムさんを見下ろした。そっとしゃがんで、その目を閉じさせると、再びすっと立ち上がり、スライを見据えた。
「──お前だけは、殺す。
エアロマニピュレイト。バキューム。」
カールさんが右手を前に突き出して、スライの顔の前でスキルを発動させる。瞬きもせずに睨みながら、決意を秘めた眼差しで。
「カール!駄目だ!それはまだ……!!」
アシルさんが慌てたような声を出した。
「へ?何……。──!?」
スライは突然口をパクパクとさせながら、苦しそうに喉を掻きむしりだした。
「やめろカール!
それはお前にも、両刃の剣だ!」
アシルさんが叫ぶが、なによりアシルさんの命令を、アシルさん自身を優先するカールさんが、この時ばかりは命令を無視した。
「なに……?何をしてるの?
とめて!ハーピィ!!」
ミカディアが腹からハーピィを出した。
移動速度の早いハーピィが4体、カールさんにめがけて襲いかかる。
「──召喚!!オーディーン!」
俺の突き上げた拳に光が広がって一瞬で集まると、1つの巨大な魔物の姿を形どる。3つ股の角を持ち、黒いマントをひるがえし、金と白の肩当てと胸当ての付いた甲冑を身にまとい、巨大な剣を手にした漆黒の悪魔のような姿。同じデザインの甲冑を付けさせた黒い巨大な馬と共にあらわれると、地面へと降り立って、オーディーンはその巨大な体躯の重量に見合った、重たい足音を響かせた。
オーディーンはスライの前に立ちふさがると、カールさんにたどり着く前に、一瞬でオーディーンに切り捨てられて地上に落ちる。
「くっ……!」
ミカディアは悔しそうに眉根を寄せた。
その間もカールさんは攻撃をやめようとしない。スライに右手を伸ばすカールさんも、どんどん顔色が悪くなって、自ら喉を掻きむしりだした。なのに、右手を伸ばすことだけはやめようとしない。これってまさか……。右手の周囲の酸素を消しているのか!?
スライが手に持っていたアダムさんの心臓を取り落として、グラリと倒れ込んだ。
「オーディーン消去!召喚!フェニックス!
──生命を司りし者の祝福!!」
俺はオーディーンを消して恭司──フェニックス──の力を使って、アダムさんとカールさんを回復させる。フェニックスの回復は死んでない者にだけ有効だ。脳が生きていれば臓器がなくとも人間はすぐには死なない。
そしてフェニックスの回復は、死なない限りすべてを回復する強力なものだ。
現代だって仮に心臓が止まっても、AEDなんかで心臓が動くようになれば、生き延びられることだってじゅうぶんにあるんだ。
だけど脳に血がいかなければ、酸素が供給されずに、いずれ脳も死ぬ。生き延びられても障害が残ることだってある。
なんで俺はオーディーンよりも先に、フェニックスを召喚しなかったんだ!いや、それよりも呆然としていた時間が口惜しい。もっと早く俺が正気に戻っていれば……!!
間に合え!頼む、間に合ってくれ!
カールさんがハーピィにやられても、フェニックスで治せば済むだけのことかも知れなかった。それより何より、最優先でアダムさんを治すべきだったかも知れない。アダムさんは今心臓がないのだ。既に死んでいてもおかしくないのだ。それなのに、とっさに防御を優先してしまったことが悔やまれる。
フェニックスの生命を司りし者の祝福を使っても、アダムさんはすぐに起きては来なかった。死んでいれば魔法に反応はない筈。反応があるということは、まだ生きている証拠の筈だけど、俺は終始気が気じゃなかった。
スライが地面に取り落としたアダムさんの心臓が、目の前でスッと消えたかと思うと、きちんとアダムさんの体におさまって、アダムさんは眠るように目を閉じていた。カールさんはそれに気が付いていないのか、まだ倒れ込んだスライへと右手を伸ばしている。
「カールさん!落ち着いて下さい!アダムさんは元に戻しましたから!」
俺に後ろから抱きつかれて、ようやくハッとしたカールさんは、地面に横になっているアダムさんを見て、ホッとした顔になった。
「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ!!」
ヴェルゼルが真言を唱えると、スライがふっと目を覚まして起き上がった。ヴェルゼルが唱えるマントラも、フェニックスみたいな強力な回復の力を持つものなんだろうか。
しばらく呼吸が止まっていた筈のスライがスッと立ち上がり、あー、死ぬかと思った、と冗談めかした口調で言って笑った。
つうか、ユニフェイは俺を守るのを最優先してるし、巨大なフェンリルは戦力に数えてないからいいとして、キャロエは一向に戦闘に加わらねえけど、さっきから何してんだ?
俺はふと、キャロエの姿を探してあたりをキョロキョロした。すると、少し離れたところで花を千切っては、好き……、嫌い……、と花占いなんかしてるではないか。
魔族の国にも花占いってあんのか?それとも英祐にでも教わったんだろうか。
「おい、キャロエ!お前何してんだよ!」
「エイスケでもないのに、勝手に名前呼び捨てにすんな!ちゃんと戦ってんだろーが!」
「どこがだよ!」
俺はキャロエが地面に縦横無尽に散らかした花たちの残骸を見ながら叫んだ。
「守る戦いは性に合わねえけどな。エイスケに頼まれちまったから仕方がねえ。そろそろいいか。──呪われし愛し子よ。逆巻く、逆巻け、大地を揺らせ。その目を2つ、その身を1つ、ラキャベリ、アズ、マイス、ヒューザー、エニス、ライ。──フェリーカ。」
キャロエは地面に広げた花びらの上に手をかざし、何やら呪文を唱えだした。詠唱が終わった瞬間。地面に広がった花びらたちが、黄色く発光する魔法陣へと変わってく。
花びらで魔法陣をえがいてたのか!!
キャロエのキャラクターとは、随分と異なる、可愛らしい(?)魔法の使い方だ。
「あいつらが邪魔すっから、マジックボックスの中に逃げらんねんだろ?
この魔法陣の中に逃げな、人間ごときに、この魔法陣はやぶれねえからよ。」
「すまん、キャロエ!助かる!
店長さん!チギラさん!アシルさんとローマンさんも、早くこの魔法陣の中に!」
「分かったね!」
「助かるよ!」
チギラさんが店長さんを、ローマンさんがアシルさんを奴らの視界から遮るようにしながら、全員が魔法陣の中へと走る。
「──ノウマク、サンマンダ、バサラダン、センダンマカロシャダ、ソハタヤ、ウンタラタ、カンマン!!」
ヴェルゼルのマントラが、魔法陣の中に逃げ込んだ4人を襲った。だけど、バシィッ!という音と共に、魔法陣に防がれてしまう。
そして。魔法陣の中から、花びらと土で出来た、ゴーレムが生まれて立ち上がった。
魔法陣の中にいたみんなは、慌てて魔法陣の端っこに寄って避ける。ゴーレムは魔法陣をかばうように外に出て立ちふさがった。
「──異教の神の力か。」
ヴェルゼルがキャロエを睨む。
「こいつは攻撃されると防御プラス、ゴーレムが攻撃を仕掛ける魔法陣さ。人間の魔法でなんか、打ち砕くのは無理ってもんだぜ?」
「……信仰を忘れ、神に見捨てられた人の子の魔法と同じに思うなよ?」
「へえ?それでどうしてお前は、その人間の味方なんかしてんの?」
ニヤつくキャロエと、ヴェルゼルが睨み合う。確かになんでだ?アスワンダムは、マガの“なりそこない”として、捨てられた奴らが結成した犯罪集団だ。おかしな体をしてるのは、恐らく先祖の特殊な呪いによるものだけど、ヴェルゼルは三つ目族。別に目が多いのは、単なる生まれつきなのに。なんでこいつはアスワンダムの中にいるんだろう。
「ちょっと面倒なのが出てきたわね。それならこっちも味方を増やさないとね?」
ミカディアが笑ってビスチェを開いた。
「再構成。マンドラゴラ・亜種!!」
ミカディアの腹の開いた口から、新たな魔物が飛び出した。植物の体に、頭部が人間の顔をしたそれは、頭の部分が、蕾が開いた花のように、パックリと割れた、悪趣味で異質な姿をしていた。ミカディアは元からいた生き物を食べて、そのままの姿で出せるだけじゃなく、別の生き物と合成することも可能なのだろう。つまりあのナガミミ族のキメラを作り出したのがミカディアなのだ。そして、そのマンドラゴラ・亜種の顔の中には……。
「ヴィクトルさん、ナターシャさん……。」
アラクネを倒した後で、俺たちと別れたはぐれ勇者の2人、ヴィクトルさんとナターシャさんの顔があった。また再会出来る日を楽しみに、味方になってくれることを期待して別れたのに。あのあとミカディアたちに襲われていたなんて。開いた顔がキュッと閉じて元の顔になると、ヴィクトルさんとナターシャさんは、目を見開いたままこちらを向いて俺と目が合った──気がしただけで、その目はまったく俺の目を見てはいなかった。
────────────────────
月イチ自己ノルマようやく達成です。
休み4日使いました……。
バトルシーンは書くのにどうしても時間がかかりますね。
普通の会話とかなら、もう少しサッと書けるんですが。本編に差し込もうと思っていた、エンリツィオ一家の商売の話を、番外編ででも書こうかな……?
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