第126話 まれびとの肉塊

「いや、知り合いっていうか、……んまあ、知り合いなのかな?」

 俺は金髪バンダナ男を見ながら言う。

 名前も知らないから、知り合いってか、顔見知りかな?

「なにそれ、はっきりしないね?」

 アシルさんが首をかしげる。


「いや、それが……。」

「──うわっ!?

 背景かと思ってたら、何!?」

 突然アシルさんが叫んで立ち上がり、カールさんは戦闘態勢を取り出し、金髪バンダナ男はドンブリを抱えて麺をすすったまま店の後ろへと逃げて、ザシャハ料理の屋台の店長は、店をたたむボタンに指をのばした。


「離れて!!フェンリルだ!!」

 アシルさんが手に土魔法をためだす。

「あ。」

 当たり前のようにさっきまで一緒に戦ってた俺たちからすれば気にならないけど、そうじゃない人から見たらそうなるよな。

 デカ過ぎたことと、俺たちが普通にしてたことで、視界に入らなかったらしい。


 巨大なフェンリルのほうは、勝つ自信でもあるのか、まったく余裕な態度で、そんな人間たちの様子にも、まるで動じていない。

「いや、えと、俺たちを助けてくれたって言うか、だいじょうぶです、コイツは。」

「ウォン!!」

 ユニフェイも尻尾を振りながら、アシルさんを見て鳴いた。


「彼女が、君のそばに脅威があるのに、その態度なわけがないね……。君を傷付ける対象には、誰にだって牙をむくんだから。

 ……わかったよ。信じよう。」

 アシルさんがそう言って、再び席についたことで、カールさんも椅子に座り直し、それを見たザシャハ料理の屋台の店長さんは、ほんとにだいじょうぶか……?と訝しげに言いながら、ボタンから手を離した。


 まあ、ユニフェイは、普段仲良くしてるエンリツィオ相手ですら、俺に危害を加えるとなると、牙をむいてうなりだすからな。

 てか、俺の言葉よりもユニフェイの態度を信じんの!?アシルさんまで!!

「スゲーんだな、お前の犬。

 信用バチクソじゃん。」

 金髪バンダナ男が、立ったまま麺をすすって、そう言ってくる。


「あ、うん。ユニフェイは、俺を絶対に守ってくれるからさ。俺より信用されてんのかなあ?なんか納得いかねーけど……。」

「テイムしてんのか?」

「まあ。」

 立ったままの金髪バンダナ男、そして、俺とアダムさんとローマンさんの為に、ザシャハ料理の屋台の店長さんが、屋台の横に取り付けてあった椅子を外して出してくれた。


 俺が、屋台に取り付けられている長椅子の、カールさんの隣に。その隣に、まだ食べている最中だった金髪バンダナ男が。新しく出して貰った椅子に、アダムさんとローマンさんが座って、ザシャハ料理を注文する。

 ずっとダンジョンの中の迷路をさまよっていたから、すっかり腹ペコだ。

「──お前も食べるか?」


 巨大なフェンリルに聞くが、当然のように俺には返事をしやがらない。ユニフェイが巨大なフェンリルを見上げて、ウォン?と鳴くと、巨大なフェンリルが、小さくフォウ、と鳴いた。ユニフェイがうなずいて俺の方を見てくる。どうやらコイツも食べるらしい。

「すみません、5つください。」

 俺、ユニフェイ、アダムさん、ローマンさん、巨大なフェンリルの分を注文する。


 ザシャハ料理の屋台の店長が、魔物のユニフェイに気を遣って、ドンブリでなく深皿を出してくれたので、先にユニフェイの分を冷ます為に、地面に深皿を置いてやる。さっきも結局2杯平らげたし、今度は最初から1人前にしてやることにした。続いて巨大フェンリルの分の深皿を目の前に置いてやり、冷めるまで待てよ?と巨大フェンリルに言った。

 やはり返事はなかったが。こんにゃろう。


 ……しかし、それにしてもコイツどんだけ食うんだろうな?ユニフェイで1回の食事に500グラムの肉を食うんだが。そもそもユニフェイはもともとは人間だから、人間の食べ物を食べるけど、もともと魔物のコイツは人間の食べ物を食べるんだろうか?

 そう思っていたんだけど、普通にザシャハを美味そうに食べて、器用にスープまで飲み干していた。すっかり気に入ったらしい。

「魔物に食べて貰うのは初めてね。」


 と、ザシャハ料理の屋台の店長も嬉しそうに笑っている。さすが世界一のザシャハは、魔物にすら美味さが伝わるんだな、と、この店のファンである、金髪バンダナ男が言う。

 俺はユニフェイと巨大フェンリルの為に、ザシャハのおかわりを注文してやりながら、自分の分を食べ始めた。

「んん〜~!!やっぱ、うんめえ〜!」

 3食これでも食えるかも知れん。もともと好きなんだよなあ、ソーキそば。


「──あ!そうだった!!

 アイツが襲われて……。俺たち、アイツ1人を置いて、逃げて来ちゃったんです。

 今すぐ戻らねえと!!」

 俺はノンビリとザシャハをすすりながら、エンリツィオのことを思い出して、慌ててドンブリを置いて立ち上がる。エンリツィオの名前を出さないのは、金髪バンダナ男と、ザシャハ料理の屋台の店長さんがいるからだ。


 誰がどこでエンリツィオのことを知っているかも分からないから、外では一家の人間以外がいるところでは、名前を出さないようにと、予めアシルさんに言われているのだ。

「──え?どのくらい前?」

 アシルさんが少し眉を寄せる。カールさんも、じっと俺の顔を見つめてくる。

「夜中です。だからもう、結構時間経ってっけど、強そうな女が2人、寝込みを襲われた俺たちを、更に襲ってきて……。」


「……敵の2人、女なの?」

「はい、そりゃもう、すっげえスタイルのいい、とんでもない美人が2人もです。」

「ああ、じゃあもう、ほっといていいよ。」

 アシルさんが、はあ、とため息をついて、あきれたように言ってくる。さっきまでの心配そうな態度が嘘のようだ。


 カールさんも、もともといつも顔色を変えない人ではあるけど、さっきは少し反応を示したのに、すっかりアシルさんと同じ雰囲気になって、ザシャハをすすっている。

「え?」

 俺は2人のその態度に思わず困惑する。アシルさんは腰を上げるつもりがないと言うように、ザシャハのおかわりを注文しだした。


「女でしょ?しかもスタイルのいい美人だったんでしょ?なら負けないから問題ないよ。

 あいつはね、どんな世界に放り込まれようが、そこに女さえいれば、女を利用して生きていかれる奴だからね。おまけに美人でスタイルがいいっていうなら、今頃どうにかしてる頃じゃない?心配するだけ無駄無駄。」

 両手のひらを上に向けて肩をすくめるアシルさん。カールさんもうなずいている。


「はあ、でも……。」

 俺はまだ納得がいかなくて、目線を落として口を尖らせた。

 そんな俺の様子を見たアシルさんは、あのね、と、俺に昔話を始めだした。

「僕があいつと初めて会った時は、あいつ家出してて、色んな女の家を渡り歩いてたんだよ。そこで僕の上の姉さんのところに転がり込んでたんだ。あいつ2桁にもなってない年だったんだよ!?それで僕の姉さんをたらしこんで家に住み着くとかどんだけなのさ!」


「ええ……。」

「あいつは下半身が服を着て歩いてる男なんだよ!子犬のメスだって安心して預けられないような男なの!僕んちを出てって、しばらくして再会した時は、誰もいない教室で、女教師にしゃぶらせてたとこを目撃しちゃうわでさあ……。しかも3人だよ!?3回も教師にしゃぶらせてるところ目撃した僕の身にもなれってんだよ!そうすりゃ言う事聞くんだってさ!──だから僕はもう心配しない。」

 やっぱそういう子ども時代だったのか。


 確かにピウラのメスにも懐かれてたし、機械族であるアーディカすらも落としてやがったな。女相手なら最強無敵ってか。

「今頃その敵の女たちも、あいつの餌食になってる頃じゃない?体で言うこと聞くようにしつけられて。なんなら新しく愛人増やして戻ってくるよ。僕が愛人少しは減らせって言ったら、減らしに行った筈なのに、倍に増やして戻ってきやがったくらいだからね。」

 ──どこの2丁拳銃だよ。


「……とりあえず、だいじょうぶなのは分かりました……。──てゆうか、火の女神の加護のスキルの効果って、俺知らなかったんですけど、書いてある以外の効果があったんですね。やんなきゃ良かったって今更ながらに思いました。他人の魔法を操れるなんて。」

 それを聞いて、一瞬俺以外が、よく見てないと分からない程度にピクリと反応する。

 ……?


「ああ、知らなかったの?だからあんな凄いやつ、簡単にくれたんだ。」

 と、何事もなかったかのように、アシルさんが、アハハと笑った。

「そういや、共闘の意思を示す為に、俺が火の女神の加護をやった時、あいつ最強だー、とかなんとか言ってたなって。」

 ニナンガ王宮での出来事を思い出しながら言う。火力2倍だからなのかと思ってた。


「うん、ずっと欲しがってたよ。3つ目のスキルが本人的には微妙だったから、そういうスキルがあるの知ってから、そっちが欲しかったって、ずっと言ってたからね。」

 そういやエンリツィオの3つ目のスキルって見たことねえな?3つあるとしか聞いてねえけど、そんなに使えないスキルなのかな。

 少なくとも戦闘用でないのは確かだ。


「あいつの3つ目のスキルって……。」

「──そういや、ここ店の店長さん、この森で弟さんを探してるんだって。君たちは見かけなかった?真っ黒なナガミミ族を。」

 アシルさんが話題を変えるように、別の話をしだす。人前で話すなってことか。

「ナガミミ族?」

「ワタシ、ナガミミ族ね。」

 そう言って店長さんが帽子を脱いだ。


 帽子に隠れていた耳の部分が、ウサギのように長い。エルフは尖った耳だけど、それが長くなったみたいな感じだ。日本じゃそれがエルフの特徴みたいに思われてるけど、エルフの耳って尖ってる以外は、実際普通の人間の耳なんだよな。店長さんの耳は、毛が生えていなくて、普通の人間の耳が、みょ~んと横に伸びている感じだった。だけど、色だけはウサギみたくに白かった。


「……ナガミミ族はね。“まれびと”なのさ。

 魔族、精霊、妖精、エルフ、獣人、人間、すべての血を引いている、すごく特殊な一族なんだ。一見普通の人間に見えるけど、すべての種族の能力が使える。」

「“まれびと”……。

 ──それって最強じゃないですか!!」

 ジルベスタの召喚魔法と合成が出来るように、すべての種族の魔法が使えて合成出来るとしたら、それが最も強い筈だ。


「そうだね。交わりだした、はじめの頃はそうだったみたい。だけど、たくさん交わってきたことで、すべての種族の能力が使える代わりに寿命が短くてね。能力が高い人ほど、病を抱えて産まれてくるのさ。」

「病……?」

「ワタシの弟がそうだったね。魔族をも凌ぐステータスを持つ代わりに、常に発作をおこす体ね。薬が必要。なのに、戻ってこない。

 とっくに薬が切れてる筈よ。」


「弟さんはなんでまた……。家出ですか?」

 俺は心配そうな店長さんにたずねた。

「……──復讐ね。」

「復讐!?」

「また随分と穏やかじゃありませんね。」

 アダムさんが言う。

 店長さんは、おかわりを待っていたユニフェイの足元に、ザシャハの深皿を置く。  

 ユニフェイの前にしゃがんで、こちらに背中を向けたまま話し出す。


「ワタシの村、何者かに襲われたね。……家族、友達、たくさん、たくさん死んだ。ナガミミ族の体、魔法の強い媒体になるね。

 特に発作をおこすほど強い魔力ステータスを持つ者は、発作の最中に目玉抜き取られると、その目玉、強い、強い、触媒になる。

 目玉抜き取られた体もそう。発作をおこすほどのステータスを持つ者の中で、殺されなかったの弟だけね。ワタシの弟強い。だから仲間のかたきと、仲間の体を追ってるね。」


「……店長さんも復讐を……?」

 ローマンさんか言う。

「ナガミミ族、争いを好まないね。

 だからどんな種族も受け入れて婚姻してきたね。その結果が争いの火種になるなんて、先祖の誰も思っていなかったね。」

「店長さん……。」

 戦えばきっと魔族にも勝てるんだろうに、ひっそりと暮らしてきたんだろうな。


「せっかく助かった命よ。復讐なんてやめて戻ってきて欲しいね。もう誰にも見つからないように、ひっそりと暮らせるよう、魔族の国の国王が、ワタシたちに住むところをくれたね。ワタシたちを狙うのは人間だけね。

 人間、魔族には勝てない。魔族の国に行けば、弟も安全ね。だから早く戻ってきて欲しいね。それで探してるよ。……ワタシ弟に死んで欲しくないね。だからこんなところに店出して、情報集めてるね。」


「ひとつ疑問があるんすけど……。

 発作がおきるくらいの人ほど、魔族を凌ぐ高いステータスを持っていて、なおかつすべての種族の能力が使えるんですよね?ナガミミ族は。なのに、誰に襲われたんですか?」

 俺はそれが不思議だった。少数部族とはいえ、魔族を凌ぐステータス、かつ、すべての能力が使えるのであれば、簡単に負ける筈がないのだ。いくら争いを好まないとは言っても、殺されそうなら戦うだろうし。


「──変な体をした人間ね。王族に雇われたと言っていたね。特殊なスキル持ちよ。」

 ──アスワンダムか!!

「ワタシたち、全種族の魔法が使えるね。

 発作持ちでなくとも、簡単には負けない。

 ……それなのに、手も足も出なかったね。

 弟がワタシたちを遠くに逃がすのがやっとだったよ。……悔しいね。」

 店長さんは強く拳を握りしめた。

「全種族の魔法が使える特殊な一族を、たかだか人間がどうやって倒したんですか?」


「奴ら、人間の魔法を封じる、巨大な魔道具を持っていたね。それに、特殊なスキルを使って、仲間をとらえたり操ったりしてたね。

 糸を操る奴、他人の体を小さく出来る奴、いろいろいたね。体小さくなると、出せる魔法も小さくなたね。そんなスキル初めてよ。

 糸で仲間を操って、ワタシたちを攻撃してくるし、触られると小さくなるから逃げるしか出来なかたね。あの糸をどうにか出来なければ、弟がどんなに強くても勝てないね。」

 チムチの地下闘技場で、エンリツィオが使われた奴か?奴らそれを盗んだのか!


 話しながら店長さんはザシャハを作り、巨大なフェンリルの前に置いてくれるよう、俺に深皿を渡して頼んで来た。巨大なフェンリルのことは、まだちょっと怖いらしい。

 俺がかわりに巨大フェンリルの前にザシャハを置いてやる。果たしてあとどのくらい食べるんだろうな?とりあえず追加でおかわりをすぐに注文する。まあ、コイツにユニフェイを助けては貰ったわけだしな、一応。

 巨大フェンリルは、ザシャハが冷めるのを深皿を見つめながら大人しく待っていた。


 全種族の魔法が使えるナガミミ族が簡単に負けるくらいだ。敵地に単身乗り込んだエンリツィオをとらえるくらいは、わけがなかったのだろう。それでも普段手出しをしてこないのは、当然闇社会のボスである存在の居場所を、簡単には掴めないからに過ぎない。

 あいつらのスキルを調べないと、これだけ大量のスキルを持っていても、俺も負けるかも知れない。そのことに気が付いてゾッとする。きっといつかは、奴らが王家に味方する限り、対決する日が来る。あいつらのスキルに対抗出来るスキルを手に入れなくちゃだ。


「でも、どうしてこの森で弟さんを探しているんですか?敵の居場所に心当たりでも?」

 とカールさんがたずねた。

「どうやら奴ら、まだこのあたりにいるらしいね。エルフの国で探してるものがある、言てたのを仲間が聞いたよ。ワタシたちの村、エルフの国と獣人の国の境い目にあたね。ワタシたちの村、奴らにとってついでだたね。

 エルフの国行くついでに、私たちの村見つけて、ツイてたぜと言てた。──ワタシたちの村、……ほんのついでで滅ぼされたね。」


 店長さんが涙を浮かべたその時だった。

「あーっ!!ようやく見つけたぜ!

 おい、お前!エイスケはどこだよ!」

 気の強そうな犬歯の長い赤髪の、ウルフヘアみたいな癖っ毛ショートヘアに、ほぼ紐みたいなチューブトップの巨乳に、サスペンダーのみのホットパンツ姿にロングブーツ。

 ほぼオッパイ丸出しみたいな格好の女が、俺に目を留めて、物凄い勢いでこちらにやって来る。その姿に、カールさんが嫌そうに眉をひそめ、ローマンさんがデレッとした。


「あなたは!ワタシの仲間たち、無事に魔族の国についたか?みんなだいじょうぶか?」

 店長さんが顔見知りだったらしく、ほぼオッパイ丸出し女に仲間の行方を聞いていた。

「ああん?──ってああ、あんた、あの時の奴か。強制転送魔法陣を使ってやったんだ。たぶんついてんだろ。その先はあたしは知らねえよ。ちゃんと父ちゃんに頼んでおいたから、だいじょうぶだって。父ちゃんから魔王さまに、あんたらが魔族の国に住んでもいいかって聞いて、許可まで取ってんだしさ。」

 と、興味なさげにため息をついた。


「あたしの父ちゃんは、魔族の貴族のトップ中のトップだぜ?その父ちゃんが任せろって言ったんだから、だいじょうぶだよ。」

「良かた、良かたよ……。ほんとに、ほんとにありがと。あの時あそこであなたに会えなかたら、ワタシたち、みんな死んでたね。」

 ナガミミ族の命の恩人ってことなのかな?

 その割に本人だーいぶ興味なさげだけど。

「勘違いすんなよ。人間にやられてたから助けたってだけだ。エイスケが、悪いことする人間に苦しめられてる奴らを、全員助けたいって言うから、助けたってだけだからな。」


 エイスケって……。──あ!こいつ、確か英祐のハーレム6人衆の1人じゃねえか!

「それより、おい、お前!エイスケはどこだよ!お前に会いに行ったのは分かってんだかんな!さっさとエイスケを出しやがれ!」

 ほぼオッパイ丸出しみたいな女が、前かがみになって怒りながら俺に顔を近付ける。近い近い近い!てか、オッパイちょっと揺れたし!ちっきしょー、こんな下品な女嫌いなのに、ついニヤケちまったじゃねえか!


「英祐なら、獣人の国に入る前で、とっくに魔族の国に帰ったぜ?リシャってお前らの仲間とさ。入れ違いになったんじゃねえの?」

 と言ったら、

「はあああぁあ〜!?帰った!?

 嘘つけよ!リシャがエイスケに呼ばれたの知って、すぐに追いかけて来たんだぜ!?」

「知らねえよ。実際帰ったもん。リシャには船の上で俺たちに料理作って貰うのだけが目的だったし。何しにあいつを追いかけて来たんだよ?別に呼ばれてねえだろ、お前。」


 そう言うと、ほぼオッパイ丸出し女が、悔しそうに歯噛みして顔を真っ赤にする。

「なんだよ!ちょっと料理が出来るってくらいで!どうせあたしは料理下手だっての!」

 ほぼオッパイ丸出し女が、キーッ!って感じで叫ぶ。ようは何か?こいつだけが気が付いたのか、他の奴らも気が付いてたのかは知んねえけど、料理上手なことで特にライバル視してるリシャが、1人だけ呼ばれたのが気に入らなくて、ここまで来たってことか。


「知らねえよ。リシャに負けたくねえなら、料理練習すりゃいいじゃん。好みに合うメシ作れなくてもいいけど、食えねえもん作る奴と一緒に暮らしたかねえだろ、英祐も。」

 そう言うと、ウッて感じに怯んでいる。こいつアレか。ひょっとしてダークマター屋さんなのか。多分よっぽど壊滅的に下手なんだろうな、料理。練習しても何しても、うまくならないタイプの人種なのかも知れん。


「ウォーウ!!!!!」

 その時、突然巨大なフェンリルが、遠くを見上げて大声で鳴いた。

「な、なに……?」

 アシルさんが巨大なフェンリルを見上げたあとで、巨大なフェンリルの見上げている方向を見やる。俺たちも一斉にそちらを向いたが、何も見えないし音も聞こえない。だけど異常な事態であることを察して、次々と立ち上がると、それぞれ戦闘態勢を取り出した。


 ザシャハ料理店の店長さんは、慌てて店をたたみだした。みんな一言も声を発さずに、巨大なフェンリルの睨んでいる方向を見つめている。森はシーンと静まりかえっていたけど、妙な緊張感に耐えられずに、俺は思わず生唾を飲み込んだ。地面に座っていたユニフェイが、バッと立ち上がって俺の前に立ちはだかるようにして唸り声をあげだした。だけどそれでもなんの音も聞こえない。


 ──パキッ。

 今、遠くの方で、小さくなんか聞こえた気がした。パキッ。パチッ。パキッ。バキッ。バキバキッ。バキバキバキバキッ!

 木の折れる音とともに、次第に何かがこちらに近付いてくるような音がする。

 黒い鳥のような魔物が、何かの頭上を旋回しながらこちらに近付いて来る。明らかにその下にある何かを狙っているかのように、時折攻撃を繰り返している。それが姿を表した時、俺たちはその異様な姿に戦慄を覚えた。


 目ん玉がくり抜かれ、苦悶の表情を浮かべた、ポッカリとあいた空洞から、血が滴るようにこぼれ続ける真っ赤な花びらたちが、まるで止まらない血の涙のようにも見えた。

 ウサギのように長い耳を持つ人間の体が、絡み合ってもつれているかのような太い肉の柱。その頭は、垂れ下がるヒマワリの花びらみたく、放射状に人間の腕が生えている。たくさんの人間の足がモゾモゾとうごめいて、ゆっくりとその巨体をこちらに運んでいた。


 黒い鳥のような魔物は、こいつを狙っていたのだ。死肉をついばむカラスのように、腐臭を放つそれが、大した攻撃をし返してこないのをいいことに、肉をくらおうと何度もつついては、顔から生えた腕を千切って持っていこうとしたり、胴体になってしまった顔にあいた目の穴から、肉をえぐり出そうとその穴をつついていた。たぶんとっくに死んでいる筈なのに、そのたびに、まだ痛みでも感じるのか、顔が気味が悪い悲鳴を上げていた。


「な、なんだ、あの気持ちが悪いの……。」

 ローマンさんがポツリと言った。

「「アァアアィアアェエアアアァア!!」」

 大勢の声が叫んでそれぞれが何かを喚いていたけど、合唱みたいに重なり合って、何を言っているのか分からなかった。それを見たザシャハ料理店の店長さんの体が震えだす。

「アヴィエ!ウーリュカ!クロリナ!ミウナド!父さん!母さん!嫌っ!嫌あぁっ!!」

 店長さんは顔を覆って泣き叫んだ。


「ひょっとしなくてもあれが、店長さんがさっき言っていた仲間の体ということか?」

「多分ね。目の玉が全員分抜かれてる。」

 アダムさんとカールさんが言う。

「最悪だ……、なんてことしやがる……!」

 恐らくアスワンダムの仕業なのだろう。俺たちを襲わせる為に、わざわざあんな化け物を生み出したのだ。くり抜いた目玉を何に使用するつもりかは分からないが、不要な体をも俺たちに差し向けたということは、目玉も俺たちに使うつもりなのかも知れなかった。


「……これ以上仲間の死体を辱めさせたりしないよ。仲間の体、──返して貰うね!!」

 店長さんはさっきたたんだ店のボタンを押して、コックピットのある乗り物に変形した屋台に乗り込んだかと思うと、ウサギのようにぴょ~ん、ぴょ〜んと飛び跳ねる屋台が、止める間もなくナガミミ族の肉塊の上へと飛び上がって行ってしまう。

「店長さん!駄目だ!戻れ!戻ってくれ!」

 金髪バンダナ男が悲痛な声で叫んだ。


「くらうね!ジェノサイドボム!!」

 店長さんがボタンを押すと、屋台の底が抜けて、そこからバラバラとドンブリがこぼれ落ち、ナガミミ族の肉塊に当たって次々と爆発する。ナガミミ族の肉塊が気味が悪い悲鳴をあげながら身をよじらせた。

「「アァアアィアアェエアアアァア!!」」

 あれ、爆弾仕込んであったんかい!なんちゅーもんで人に飯食わすんじゃ!!

 金髪バンダナ男も、思わず手に持ったままのドンブリを見つめていた。


「サークレットアシッドレイン!!」

 続いてボタンを押すと、まるで巨大な王冠が落ちるように、ミルククラウンが逆の形で作られたかのような、水の塊が屋台の底から落ちて来て、それが強烈な雨粒のように、ナガミミ族の肉塊の上に降り注いで、当たったところからその体を溶かしてゆく。ナガミミ族の肉塊がもんどり打って、頭をムチのようにしならせると、頭上の屋台ごと、店長さんをぶち抜いて弾き飛ばした。


「──店長さん!!!!!」

 かなり頑丈な作りだったのか、木で出来ているように見えた屋台は、バラバラにこそならなかったが、一部破損した挙げ句、乗っていた店長さんが屋台から放り出されてしまった。スローモーションのように、高いところから店長さんが落ちてくる。俺は思わず空間転移で店長さんを受け止めようと移動した。


 店長さんを受け止めようとした俺の真下から、黒くて素早く動く何かが、木々の間を高速で移動しながら、俺よりも先に店長さんの体を受け止めた。ゆるやかな着物のような真っ黒い服。赤い房と赤い鍔の付いた、日本刀のような真っ黒い剣を2本腰に携え、パーマでもかかっているかのようなウェービーな黒い癖っ毛に、褐色の肌と、怒りに染まる真っ赤な目。そして、──真っ黒な長い耳。


「だいじょうぶか、カシナ姉さん。」

 吹っ飛ばされた衝撃で、軽く意識を失っていた店長さんは、店長さんを抱いたまま地面に着地した、黒いナガミミ族の腕の中でふっと目を覚まし、目に涙をためてガバッとそのまま、黒いナガミミ族の首に抱きついた。

「チギラ!探したね……!今まで……、どこ行ってたか!こんなに心配かけて……!!」

 泣いている店長さんを、申し訳なさそうな表情で見下ろしている黒いナガミミ族の男。


「すまない。こいつらを追ってたんだ。」

 店長さんにチギラと呼ばれた男は、ナガミミ族の肉塊の横を睨みながら言った。

「あーら、ようやく出て来てくれたのね。

 探したわあ?あんたの体を手に入れるまで戻って来るなって言われちゃったのよねえ。

 ──悪いけど、ここで死んでね?」

 金髪の美女が、地下闘技場でエンリツィオが使われた、人間の魔法を封印する巨大な魔道具に乗った仲間と共に姿をあらわした。


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月イチ更新自己ノルマ、ようやく達成です。

きりのいいところまでと思いましたところ、だいぶ長くなってしまいました。

お楽しみいただけたら幸いです。

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