第125話 魔法使い殺しとの戦い方

 合体した黒のサクリファイスが、ユニフェイの全身を覆い尽くすかのように広がっていく。直ぐさま魔法で攻撃したけど、反射を使って跳ね返された。アダムさんとローマンさんが、合成魔法で相殺してくれる。

「クソッ……!捕まっちまった……!!

 俺のアンデッド・ナイトじゃ、黒のサクリファイスは倒せねえ……!」


「魔法を使う魔物を大勢出して攻撃して、向こうが反射を放った瞬間攻撃しますか?」

 ローマンさんが聞いてくる。

「さっきより広いと言ってもこの狭さだ。反射で跳ね返される方向は決まっていない。

 正面からサクリファイスが受けてくれればこちらにこないが、跳弾みたいにおかしな方向に飛んでくることだってある。」

 とアダムさんが言った。


 反射は防御魔法みたくに平面で受けるわけじゃなく、横から見ると凸面鏡というか、コンタクトレンズみたいな形をしてる。

 その分自分を覆う面積が広いから、守る側からすると安心といえるけど、攻撃する側からするとかなりやっかいだ。

 おまけに反射で返された魔法は反射で返せないから、相殺するしか手段がない。


 魔法使い殺しの名前の所以である。

 だから正面から受けた筈の魔法が、足元だとか斜め横に飛ぶことだってあるのだ。

 しかも反射される場合は、跳弾が加速するかのごとく、自分が放った速度よりも早いスピードで魔法が跳ね返ってくるという面倒臭い仕様。予想外の角度で飛んでくる魔法を、うまく相殺出来るとも限らないのだ。


 しかも生体エネルギーをどんどん吸われていくから、こうしている間にもユニフェイは弱っていくのに、完全にサクリファイスと一体化している間は、アンデッド化しているから、下手に回復魔法もかけられない。アンデッドにとって、回復魔法は攻撃だからだ。

 チクショウ、俺に打撃や近接攻撃の魔物がいたら、そいつに攻撃させられるのに!


「けど、俺たちは魔法使いです。今はまだそうするしか方法がない。あまり魔物の数を出さずに、数体くらいとかにして、そいつらに攻撃させて、反射を使った瞬間に、攻撃と、こっちに飛んで来たのを相殺するか、魔物に盾になって貰うしかないでしょうね。魔物は連続して魔法を放てないから……。」

 俺の言葉に、アダムさんとローマンさんがコックリとうなずく。


 作戦は決まった。

 「──召喚!!」

 俺はネクロマンサー、玉藻前、アラクネ・フォビアを召喚した。アドゥムブラリも召喚しようかと思ったけど、アドゥムブラリの使う召喚魔法は基本全体魔法だ。おまけに現代魔法の全体魔法よりも広範囲が過ぎる。

 ここで戦うのには向いていない。


 近接攻撃の魔物であるオーディーンも、馬に乗っててデカ過ぎて、この狭い部屋でたくさんの魔物の中にいると動きが取りづらい。

 出すとしても今は壁にしかならない。壁としてはアンデッド・ナイトも出しておく。こいつらは人間サイズだから、たくさん出してもあまり邪魔にならないからな。


 石化を操る魔物の中で、玉藻前だけを出したのも同じ理由だ。熱線にも病にも反射はきかないから、石化のブレスのコカトリス、石化の病のバジリスク、石化の効果を持つ毒の熱線レーザーを目から放つカトブレパスの攻撃は、サクリファイスにかなり有効だけど、なんといってもこの場所が狭過ぎる。


 攻撃力こそ高いものの、この狭いスペースだと、こっちの逃げ場がなくなっちまうからな。コカトリスの石化のブレスはしばらくこの場に残るから、部屋全体を包んじまうし、バジリスクなんて特に病で石化させるから、こっちが感染せんとも限らんわけだし、そもそも一撃で倒すスキルじゃない。


 メドゥーサの石化スキルは魔法の力で、魔法で相殺も出来るし、当然反射で返せるから一番論外。だから玉藻前しか選択肢がない。

 玉藻前は逆に石化を自身のガードに使い、攻撃は毒を放ったり、体当たりした敵の上で石化して、重みで潰したりするから、俺たちに石化の攻撃は飛んで来ない。


 ネクロマンサーとアラクネ・フォビアは、以前俺からスキルを全部奪われたけど、1度死んで、俺のネクロマンサースキルに召喚されると、ちゃんとスキルがすべて、奪われる前のもとの状態で復活するのだ。

 アラクネ・フォビアに至っては、俺に奪われて進化時にレベルが上がらなかった筈の土魔法まで、レベル9になって復活している。


 死ぬ前の本来の状態が活かされるものらしい。ただしもともとなかった魔法は、俺のスキル強奪で付け替え出来るけど、復活する代わりにもともと持ってたスキルは奪えない。

 取れるもんなら欲しいけどな、土魔法レベル9。それが出来るもんなら、魔法スキルを取って、消して、また出してを繰り返すだけで、簡単に高レベルの魔法スキルが手に入るんだけど、そう簡単にはいかないらしい。


 俺は赤のサクリファイスの時みたく、完全にユニフェイが包まれる前に、回復魔法で体力を回復して、乗っ取られるのを防ごうとしたけど、ダンジョンボスである黒のサクリファイスの覆うスピードは尋常じゃなかった。

 たかだかBランクの魔物のくせに、生き物の生命エネルギーを吸うことに特化しているだけあって、あっという間にユニフェイの体が、サクリファイスに覆い尽くされていく。


 ユニフェイの体が半透明な黒に覆われて、まるでもともと黒いフェンリルだったかのように変わったかと思うと、俺たちに向けて唸り声を発した。こうなるともう、アンデッド化しちまって、回復魔法はきかない。

「ユニフェイ……。」

 ローマンさんの時のように、体が紫色になっているのかどうかは、銀色の体毛に覆われていてよく分からないけど、白目をむいた顔でヨダレをたらしてまではいない。


 まだサクリファイスも、完全には乗っ取りきれていないのかも知れない。

 ユニフェイが地面を蹴って飛び上がり、アダムさんに噛み付こうと飛びかかる。

 あれは本当は江野沢綾那という、まだ16歳の少女。そして、俺の大好きな女の子。

 それが分かっているアダムさんは、一瞬攻撃をためらってしまった。


「ぐっ、あああああっ!!」

「アダム!」

「アダムさん!!アサルトクロウ!回復!」

 ユニフェイが容赦なくアダムさんの喉笛に噛みつき血しぶきが飛び散る。ローマンさんも一瞬攻撃をためらってしまう。俺はアダムさんを巻き込まないように、右手でアサルトクロウを、左手で回復魔法を放った。


 アサルトクロウは漆黒の鳥で攻撃する単体闇魔法だ。範囲が狭いから正確に標的を狙う必要があるけれど、揉み合っている仲間に当てないように攻撃するには最適な魔法だ。

「──ギャンッ!?」

 アサルトクロウの衝撃に、ユニフェイがアダムさんに噛みついていた牙を離す。


 そしてすぐさま俺に向き直り、飛びかかろうとして、

「グ……、グウウ、ガアッ!!」

 前足で顔をこすりながら嫌がっている。

 ユニフェイを操るサクリファイスと、俺を攻撃したくない江野沢の意識が、こんな状態になってもなお、戦っているのだろう。


「江野沢……。」

 なんかもう、泣きそうだ。そこに、

 ──ドーン!!!!!パラパラパラ……。

 閉じられたダンジョンボスの部屋の扉を、無理矢理やぶって、巨大なフェンリルが姿を表した。アイツ……、こんなところまで、ユニフェイを追って来やがったのか!!


 まさに前門のサクリファイス、後門のフェンリルだ。巨大なフェンリルは、チラリとサクリファイスに取りつかれたユニフェイを見ると、突然ユニフェイに飛びかかり、──その体にガブリと噛みついて持ち上げた。

「ギャン!!?」

「江野沢!!!」


 巨大なフェンリルの牙が食い込み、痛みに悶えて前足と後ろ足を、ジタバタと動かすことしか出来ないユニフェイ。

「アサルトクロウ!!」

 ユニフェイを巻き込まないように、巨大なフェンリルの顔に攻撃すると、ジロリと巨大なフェンリルが、俺を睨み下げてくる。


 アサルトクロウは大した効果を与えず、バキバキッと音をさせながら、巨大なフェンリルが、ユニフェイの体を噛み砕いていく。

「ギャイン!!キャン!キュ……。」

 ユニフェイの声がだんだんと小さくなる。

 だけど乗っ取られてアンデッド化してるユニフェイは、回復魔法で回復出来ない。


 アンデッドにとって、回復魔法は攻撃と同じだ。回復するとユニフェイごと、サクリファイスを倒すことになっちまうだけだ。

 クソッ!!どうしたらいい!!

「ギャビッ!!!」

 それと同時に変な声がした。

 突然ユニフェイが膨らんだかと思うと、巨大なフェンリルがユニフェイを取り落とす。


 地面に落下し、動かなくなってしまったユニフェイ。黒のサクリファイスが、弱ったユニフェイから体を離し、再生した右腕と左腕を本体から分裂させ、三方に飛び散った。

「回復!!再生!!」

 俺はすかさずユニフェイに回復魔法と再生をかけた。巨大なフェンリルは心配そうに地面に横たわるユニフェイの毛を舐めていた。


 そうか!あれはユニフェイごと、サクリファイスに攻撃をしていたのか!!

 黒のサクリファイスに有効な攻撃は、スキルにない打撃、斬撃、魔法以外。つまり弓とか、魔物の独自スキルや、牙などの攻撃だ。

 最低でもSランク相当のAランクと言われる、個体によってはSランクの、成体のフェンリルの牙だ。Bランクのサクリファイスにしたら、ひとたまりもなかっただろう。


 けど、かなりの一か八かだったぞ!?

「先にユニフェイが死んだらどーすんだ!!

 あぶねーことすんな!!」

 俺が文句を言っても知らんぷり。

 この野郎……。

 恋敵の言うことは聞かねえってか!!

 ユニフェイが目を覚まし、巨大なフェンリルが鼻をすりよせて好意を示す。


 だがユニフェイはすぐに俺に気が付いて、巨大なフェンリルなど元からいなかったかのように、あっさり俺のところに駆けてきて、心配そうにすり寄ってきた。いつだって自分よりも俺が第一位優先なのだ。スキルのおかげで傷ひとつなく、とても元気そうだ。俺はユニフェイの首を抱きしめた。


 ザマーミロ!!これは俺んだ!!

 イーッと歯をむいて、こちらをじっと見ている巨大なフェンリルを挑発してやる。

「あのフェンリルが助けてくれたんですよ。

 助かって良かったです。」

 アダムさんがユニフェイにそう言うと、俺とユニフェイの代わりにお礼を言った。


 ユニフェイも初めて巨大フェンリルに助けられたことが分かったらしく、お礼を言っているようだった。──俺の横に座ったまま。

 まあ……、結果として助けてくれたわけだしな。噛み砕かれるかと思ってヒヤヒヤしたけど、そこはお礼を言わなくちゃだよな。

「せっかく助けてくれたのに、礼も言わなくて悪かったな!さっきはあんがとよ!」


 横目でサクリファイスの動向から目を離さないようにしながら、巨大なフェンリルの方を向いてお礼を言った。

 だけど巨大なフェンリルは、ユニフェイのほうばかりをじっと見て、俺の方はガッツリとガン無視ときたよ。コノヤロー!!


 その隙にも、三方に散ってこちらの様子をうかがっていたサクリファイスたちが、フォンフォンと音を立てながら、俺たちに襲いかかってきた!ネクロマンサー、アラクネ・フォビアがそれぞれ魔法攻撃を繰り出し、玉藻前が毒攻撃を放ち、反射で返したサクリファイスが、再び天井近くまで逃げる。


 反射で返された魔法を、ローマンさんがネクロマンサーの氷柱を、俺がアラクネ・フォビアの火魔法を相殺する。

 アラクネ・フォビアはレベル9の火魔法とレベル9の土魔法を使うから、知能上昇を使った俺にしか相殺以上のことは出来ない。


 玉藻前の毒攻撃が反射で返されたのを、アダムさんが相殺する。玉藻前はそのままサクリファイスの本体に体当たりをして、天井近くから叩き落したあと、自らの体を石化させて、サクリファイスを自身の重みで潰そうとし、本体のピンチに集まったサクリファイスの右腕と左腕に噛みつかれた。


 石化した玉藻前の本体に、噛みつき攻撃はきかない。だけどHPドレインは有効みたいで、どんどんと玉藻前の体を、サクリファイスの右腕と左腕が包み込もうとし、玉藻前は石化をといて元の美女の姿に戻ると、9尾の尻尾でビタンビタンと、うるさそうに右腕と左腕を薙ぎ払うと、こちらに戻って来た。


 その間巨大なフェンリルは微動だにせず。

 チクショー、こいつ邪魔したりしねえだろうな?ユニフェイを守るつもりはあんだろうけど、俺たちの目的は、あくまでも右腕と左腕を同時に倒して、無限の鍵を手に入れることなのだ。勝手に攻撃されてはかなわない。

 俺は巨大なフェンリルに忠告した。


「おい、お前!!俺たちは同時にあいつの右腕と左腕を倒さなくちゃなんねーんだから、ぜってー邪魔すんじゃねえぞ!!

 あとユニフェイは俺んだからな!」

 俺は話せないだけで、言葉は通じている筈の巨大なフェンリルに、ビシッと人差し指を突きつけて宣言した。


 神獣じゃなくとも、高位の魔物は話せないだけで、知能が高くて人間の話す言葉を理解するものもいるという。最低でも限りなくSランクに近いAランクの魔物、個体によってはSランクであり、神獣に最も近い存在とされるフェンリルの成体なら、俺の言葉が分かっていないとおかしいのだ。分かった上で無視してやがんのだ、こいつは!


 ユニフェイがチラリと俺を見上げると、突然トコトコと巨大フェンリルの方に歩いて行ってしまう。え、江野沢……?

 巨大なフェンリルの横にチョコンと座ると、俺に向かってウォン!と吠えた。

 それを見た巨大フェンリルが、フフン、って顔で──狼の癖に本当にそんな顔で──俺のことを見下してきやがった!!!


「え……、ちょ……、なんで……?」

 動揺してしまう俺。ユニフェイが何を言ってるのかは分からないが、あっちで巨大なフェンリルと一緒に戦うことにしたようだ。

「匡宏さん、それどころじゃありませんよ!

 ──来ます!!」

 天井に逃げていたサクリファイスが動く。


 ユニフェイがいないので、俺1人で合成魔法を放つことになる。火力をアダムさんたちと合わせないといけないんだけど、力の調節ムズいんだよなー!1人だと!

「合成魔法、エアリアルピラー!!」

 分散した鋭い氷の柱が下から突上げ、それが小さな竜巻のように切り刻む、風魔法と水魔法の合成魔法だ。俺はそれをサクリファイスの右腕めがけて放った。


 死角から襲ったつもりなのに、体を傾けたサクリファイスに、当然のように反射で返される。アダムさんたちの合成魔法も、同様にサクリファイスの左腕に跳ね返されていた。

 俺の魔法をアラクネ・フォビアが、アダムさんたちの魔法をネクロマンサーが相殺しようとしたが、ネクロマンサーは俺が知能上昇を使っていないので、レベル5の水魔法とレベル5の闇魔法のまま。レベル8になったアダムさんたちの魔法は当然相殺しきれない。


 少し小さくなったアダムさんたちの合成魔法を、ユニフェイが聖魔法で相殺した。

 次の瞬間、巨大なフェンリルが飛んだ。

 サクリファイスの左腕にガブリと噛みつくと、深々と牙をたてる。サクリファイスの左腕も、巨大なフェンリルにHPドレインをしかけようとするが、巨大なフェンリルのほうが強いせいで、体を覆えないでいる。


 その時、サクリファイスの左腕に噛みついたままの巨大なフェンリルが、ちらりと俺と目を合わせた。ユニフェイが、ウォン!と俺を見て吠える。──そうか!!!

「玉藻前!!サクリファイスの右腕を叩け!その上で石化して潰しちまえ!!」

 玉藻前がサクリファイスの右腕に体当たりをし、墜落したサクリファイスの右腕の上で石化をし、重みで押し潰そうとする。

 ──だが、重さが足りない。


「ユニフェイ!!」

「ウォン!!」

「くらえ!グラビティ・グラビティ!!」

 俺とユニフェイの合成魔法が、玉藻前の重さを増して、サクリファイスの右腕を押し潰していく。玉藻前にかけたグラビティ・グラビティは、サクリファイスにかけた魔法じゃないから、反射で跳ね返すことが出来ない。

 バキバキッ!!ビキビキッ!!

「ギャビッ!!!」


 ──パリーン……。

 サクリファイスの右腕と左腕が砕け散り、薄っすらと光る金色の鍵をドロップした。

 ──やった!!無限のAランクの鍵だ!!

「やるじゃねえか!お前!!」

 俺は巨大なフェンリルの左隣に立って構える。巨大なフェンリルは返事をしなかったけど、鼻で笑いもしなけりゃ、見下しもして来なかったから、一応邪魔する気はないみたいだ。それどころか、協力してくれた。


「お前のことは気にいんねえけど、ここは共闘しようぜ。狙いはサクリファイス本体。

 ここまで来たら反射は気にしなくていい。

 全員俺の顔の位置に魔法攻撃をしかけろ!

 ──いくぜ!!反射!!」

 俺は反射を発動させる。巨大なフェンリルを含む全員が一斉に俺に魔法攻撃を放った。


 ダブってたから、以前アプリティオでギュンターさんにあげたけど、実はニナンガの時点で元々結構手に入れてたんだよな。エンリツィオが入ってた刑務所を襲った時に。今回サクリファイスからも戦闘のついでにかなり奪ったし、みんなに配れるくらいあるかも。

 魔法使いが多い分、人間の中にも魔法使い殺しの反射持ちも、一定以上いるんだろう。


 俺はやみくもに反射で返されるのが分かってて、サクリファイスに魔法攻撃をしかける戦法を取ってたわけじゃない。跳ね返された魔法が、どこに飛ぶのか分からない反射。

 だけど一定の法則はある筈。コンタクトレンズみたいな凸面鏡の形は皆同じ。ならば特定の場所に攻撃した場合、必ず同じ方向に跳ね返る筈。それを探っていたのだ。


 攻撃をした俺たちに跳ね返らず、別方向に飛ぶ角度。天井近くにいるサクリファイスに向けて上に魔法が飛ぶ角度。それが凸面鏡の真ん中と一番上の切れ端との間。つまり、俺のちょうど顔面のあるところ。──って分かってるけど、怖えええぇえええ!!!

 思わず目をつぶった瞬間、怯える俺の表情を、風魔法を放った巨大なフェンリルが鼻で笑った。──あんのヤロー!!!


 みんなの魔法は見事に天井に向けて跳ね返り、サクリファイスの本体にぶち当たる。

 反射で跳ね返した魔法は、反射では防げない。そして、もともとの魔法よりも速度が上がる。一斉にたくさんの魔法に襲いかかられたサクリファイスの本体は、少しでも逃げればチャンスがあったかも知れないのに、悲しいかな、魔物の本能で、いつもの反射をいつものように、その場で放ってしまった。


 もろにすべての魔法をくらったサクリファイスは、ギャビッ!!!と変な鳴き声を残して、ピキピキ!パリーン!と崩れ落ち、その場に薄っすらと光る白金色の鍵を落とした。

「や、やった……。」

 アンデッド・ナイトに拾わせた、Aランクの鍵とSランクの鍵は、しっかりと薄っすら光っていて、今まで拾ったものとは違うと、見た目から告げてくれた。


「これが……、AランクとSランクの、サクリファイスの無限の鍵……!ついに……!」

「Aランクは2つも手に入りましたね!」

「凄いです!ボスは確率が高いとはいえ。」

 ローマンさんとアダムさんも、俺のもとに駆け寄って喜んでくれる。

 別のアンデッド・ナイトが、何やら紋章の刻まれた、竜血石みたいな石を持ってくる。


 竜血石って言っても、ゲームアイテムとかじゃなくて、もともとある鉱石の名前だ。

 昔は戦場に行く人のお守りにもされてたっていう石らしい。子どもの頃鉱石が好きで、温泉地に家族旅行に行った際に、お土産に買って貰った標本の中の1つにあったものだ。

 つまり、お安くてフツーに手に入る石だ。


「なんだ……?これ。」

「ああ、それが帰還石ですよ。地面に叩きつけて割って使います。もう目的はありませんから帰りましょう。このまま中にいると、またダンジョンボスがわくまで、閉じ込められてしまうかも知れませんよ?」

 俺が1度ダンジョンに閉じ込められたことを知っているアダムさんがそう言ってくる。


「そっすね。帰りましょうか。」

 俺は出していた魔物たちをすべて消した。

「近くにいないと帰還石の効果対象になりませんから、みなさん集まって下さい。」

 ローマンさんがそう教えてくれる。

 俺たちは1箇所に集まった。だが巨大なフェンリルがこちらに来ようとしない。


「おい、お前も来いよ!

 中に閉じ込められてちまうだろーが!」

 そう声をかけるが動こうとしないので、

「仕方がないですね、こっちが行きましょうか。──って、え?」

 近付いたローマンさんから、スルッと逃げる巨大なフェンリル。


「何やってんだよ!ほんとに帰れねーぞ!」

 文句を言うが知らんぷり。

「ンニャロ……。置いてってやろうか。」

 腕組みしながら巨大なフェンリルを睨んでいると、ユニフェイがトコトコと巨大なフェンリルに近付いて行き、ウォン?と小首をかしげて見上げながら吠えた。


 すると素直にこちらにやってくる。

 アンニャロ、重ね重ね……。ユニフェイの言うことは聞くんかーい!!

「行くぜ!離れんなよ!」

 俺は地面に帰還石を叩きつけた。

 一瞬光る煙に包まれたように視界が塞がれたかと思うと、目の前に屋台があった。ツユのいい匂いが漂ってきて、思わず腹が減る。

「あんたたち、生きてたか。よかたね。」


 ザシャハ屋台の店主が、細い目を更に細くして、俺たちの帰還を喜んでくれる。

 外に出れたんだ!ダンジョンに入る時とは違う場所に出たようだ。木の種類が違う。

「おう、ほんとにダンジョンの帰りに食いにくるたあな。先に食ってるぜ?」

 そう言って、金髪バンダナ男が振り返り、ザシャハをすすりながら笑って言う。

「好きだな!お前も!」


 俺は嬉しくなって男の隣りに駆け寄った。

 3回目ともなると、もう顔見知りって感じだ。金髪バンダナ男が、ニカッと人懐っこい笑顔で、ヒヒヒと歯を見せて笑ってくれた。

「──あれ?君たち知り合い?」

 そう言って、金髪バンダナ男の隣の席の男の、更に隣の席に座った男が振り返る。

 金髪バンダナ男の隣の男がカールさんで、声をかけてきたのはアシルさんだった。


────────────────────


なんとか月イチ更新の自己ノルマ達成しましたが、前回が月初だったので、2ヶ月近くあいてしまいましたね……。

バトルシーン多めの展開なので、悩みながら書いております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る