第124話 分裂、合体、再生するダンジョンボス

「助かりました……。申し訳ないです。

 はぐれた挙げ句に……。」

 正気を取り戻したローマンさんは、すっかり肩を落としてうなだれていた。

「しゃーないですよ。

 俺もあれがフェンリルじゃなくて、巨大な虫だったら、同じことしてましたもん。」

 と言うと、ローマンさんは、ハハハ……と眉を下げて力なく笑っていた。


「だが、気持ちは分かるが、お前は護衛の立場なんだ。目の前に匡宏さんがいても、お前は同じことをしたのか?次はないからな。」

 と、アダムさんからは手厳しいお叱りの小言を言われていた。

「ああ、もちろんだ。次はない。

 安心してくれ。俺もボスから匡宏さんを任された意味は分かっているつもりだ。」


 ローマンさんはそう言って、力強くうなずいた。周囲ではアンデッド・ナイトたちが、サクリファイスたちの落とした鍵を拾い集めてくれている。拾っては次々と渡しに来てはくれるものの、ランクの高い鍵が結構出てるのにも関わらず、なかなか無限の鍵のAランクが出て来ない。


 ちなみにFの鍵が銅色で、Eの鍵が鉄色をしていて、Dの鍵が銀色で持ち手の部分にマイナスのような線があり、Cの鍵が銀色で持ち手の部分にプラスのような線がある。Bの鍵は金色で持ち手の部分にマイナスのような線がある。Aの鍵が金色で持ち手の部分にプラスのような線があり、Sの鍵が白金色だ。


「やーっぱ激レア中の激レアなんすね、無限の鍵って……。もう1000個近く拾ってんですけど、1つも出て来ないですよ。B以下ですら出ねえって、なんなんだろ。」

「まあ、かなりの数のAランクの鍵も出ていますし、1つの目的はこれで達成出来ましたよ。良かったですね。」

 とローマンさんが微笑んでくれる。


「うーん……。でも、エンリツィオとアシルさんに言われたのは、Aランクの無限の鍵なんで……。なんで無限なんだろうなー。フツーのAランクだって、結構レアだろうに。」

 俺はあぐらをかいて地面に直接しゃがみながら、1つ、また1つと、アンデッド・ナイトから届けられた鍵を受け取っていた。


 Aランクの無限の鍵を探す為、金色以外はすぐアイテムボックスに入れ、金色だったら持ち手のところを確認する、という作業を延々と繰り返している。俺の前には、俺が鍵を確認して新たな鍵を受け取るのを待っている、アンデッド・ナイトの長蛇の列が出来ていた。単純な作業しか命令出来ないから、まとめて持ってこさせられないんだよな。


 無限の鍵は特徴があって、そのものがうっすらと発光しているのだと言う。

 だけどうっすらってのが、果たしてどの程度なのか分からないから、こうしていちいちじっくりと眺めているのだ。

 万が一にも、無限の鍵をアイテムボックスにしまってしまわないように、一応金色の鍵はアイテムボックスにはしまわずに、あぐらをかいてしゃがんだ横に置いている。


 アイテムボックスに入れた後で、無限の鍵と指定して取り出せれば良かったのだけど、俺がそうと認識していないものは、指定して取り出すことが出来ないことが分かった。

 試しにまとめて鍵をアイテムボックスに入れてBランクを取り出そうとしてみたら、なんにも出てこなくてめちゃめちゃ焦った。


 無限の鍵がそもそもないかもしれなかったから、単純にBランクの鍵!って指定しても駄目だった。アイテムボックスがおかしくなったのかと思ったけど、アダムさんにまとめて取り出してみてはどうですか、と言われて試してみたところ、サクリファイスの鍵!という指定でなら、取り出すことが出来た。


 なので今度はBランクの鍵を、そうと認識した状態で単独で入れて、続いてAランクの鍵を単独で入れ、Bランクの鍵!と指定したら、今度はきちんとBランクの鍵を指定して取り出すことが出来た。だからこうしてセコセコと、1つ1つ金色の鍵を確認しているわけだ。千里眼で検索してみたら、あまりに数が多くて、指定して拾わせるのを諦めた。


「レアと言ってもこれだけの数が出ていますから、妖精女王のところに向かうショートカットダンジョンの鍵としては、簡単に手に入っては困るからではないですかね。

 それに、ボスから必須だと言われたのはSランクの鍵ですから問題ないのでは。

 無限の鍵のAランクは、あれば試しに使ってみたいという程度ですし。」

 と、アダムさんが言う。


 そう。サクリファイス討伐での、俺たちの目的は2つ。サクリファイスの鍵でしか入れない、特殊なSランクダンジョンの中でしか手に入らないアイテム。

 それと、妖精女王のところにたどり着く為の扉が2つあって、どちらもダンジョンに通じてるんだけど、そのうちの1つが、無限のAランクの鍵でしか入れない扉の向こうに存在する、ショートカットダンジョンなのだ。


 以前エンリツィオとアシルさんが、エンリツィオの恋人を伴って、妖精女王の鎮守の森に米の種を作って貰いに向かった際に、最後の道が2つに別れていたというのだ。

 どちらも観音開きの扉になっていて、そのうちの片方が、無限の鍵Aランクを必要とするダンジョンだったのだという。


 片方の前に立った時、無限の鍵Aランクで開けることが可能です、と表示され、鍵穴もないのに鍵がかかっていた。もう片方は鍵はかけられてなかったけれど、気が遠くなるくらいの、長い長いダンジョンだったそうだ。俺は少しでも早くたどり着きたいから、その無限の鍵Aランクを手に入れたかったのだ。


 その場にいた全員が、異世界転生した元勇者だったから、無限の鍵Aランクを、サクリファイスがドロップするということは、ステータス画面の検索履歴によって分かったけれど、サクリファイスのわく場所は、ステータス画面の検索では出て来ない。当然誰も聞いたこともなかった。


 まあ、サクリファイスは生きている動くダンジョン、中の迷路も入口も移動する、特殊なダンジョンの中に住んでいたから、探そうとしても探せなかっただろうけどな。

 だから鍵の手に入れ方が分からずに、ここまで来ているのだからと、鍵のかかっていないほうの扉に進んだとのことだった。


「ショートカットとは言っても、結局はダンジョンですし、短い分メチャクチャ強い敵が出て来ないとも限りませんよ?

 それに全員が中に入れるわけじゃないんです。前回俺たちも護衛で同行しましたけど、何度入ってもダンジョンの入口に戻されて、結局中に入れたのは、ボスとアシルさんと、ボスの恋人だけでしたからね。」


「もしも妖精女王が認めてくれなきゃ、そもそも無限の鍵Aランクがあっても、ダンジョンの入口まで戻されちまう可能性だってありますよ?妖精女王のところに向かうダンジョンは、それくらい特殊ですからね。」

 と、アダムさんとローマンさんが言う。

 妖精女王の力はとても強くて、ダンジョンの入口の外にまで及ぶらしい。


 だから、ダンジョンの入口までたどり着けても、俺が許可するにあたわず、と判断されれば、ダンジョンの中に入れない可能性だってあるのだ。それは分かってるけど……。

「あー、駄目だ、見つからねー!!

 俺には激運があるってのに!!」

 そう。俺にはチムチで出会った、遺伝子操作で他人の顔を奪う男、ライアーから奪った激運があるのだ。


 幸運のスキルは段階がある。幸運、強運、豪運、盛運、そして最上級の激運だ。

 幸運で2倍、強運で3倍、豪運で5倍、盛運10倍。で、なんと激運で30倍。

 Sランクの鍵を3%しかドロップしない黒のサクリファイスからでも、9割の確率でSランクの鍵をドロップ出来る。


 Aランクの鍵を5パーセントの確率でドロップする赤のサクリファイスは、当然Aランクの鍵ばっかりドロップすることになる計算なのだ。だけどその中から更に数%の確率で無限の鍵をドロップするのであれば、当然その確率は更に低くなる。それでも100体以上の赤のサクリファイスを倒しているのだ。


 たとえAランクの鍵の中から1%の確率でドロップするんだとしたって、計算上1本は無限が混じってないとおかしいのに。

 無限の鍵のドロップ率は、サクリファイスの項目には書かれていない。Aランクの鍵の項目にも同様だ。無限の鍵の項目には、黒のサクリファイスからドロップする。また、赤のサクリファイスからもまれにドロップするものとしか書かれていない。


 俺はステータス画面で、千里眼を使ってAランクの鍵を検索してみる。ダンジョンの地図上に、まだ拾い漏れたAランクの鍵がいくつか●で表示されて、そいつをすべて拾ってみたものの、やはりそのすべてが消耗品タイプだった。俺はガックリと肩を落とした。

「駄目だ……。なかった……。」


「仕方がないですよ。気を取り直してダンジョンボスを攻略しましょう。ノアさんから攻略方法も伺ったんですよね?本来の目的はSランクなんですから、Sランクの鍵を手に入れて、妖精女王の元へと急ぎましょう。

 彼女さんが待ってますよ?」

 アダムさんがそう言って慰めてくれる。


 俺のかたわらにちょこんと座って、可愛いらしい顔でこちらを見ているユニフェイ。

「そうだな、早く江野沢を、人間に戻してやらねーと!」

 俺はすべての鍵をアイテムボックスにしまうと、アンデッド・ナイトを消して立ち上った。アダムさんとローマンさんが、俺を見てコクッとうなずいてくれる。


 ダンジョンの奥に再び進んで行く。だいぶ千里眼上に歩いた範囲の地図が完成してきたけど、常時その位置を変えているのが、千里眼上で見えるわけなので、しょっちゅう見てると、なんだか気持ちが悪くなってくる。

 だけど見ないと迷路が動いて、急に変な道につながったりもするから、あんまり目を離すわけにもいかなかった。目的の方向に向かう途中で、先の道が変わりまくるのだから。


「このダンジョン……、千里眼なしで抜けんの不可能だろ……。ノアは連れてた奴の能力でなんとか攻略したって言ってたけど、どうやったんだ……?」

 俺は何度も変わる道にいい加減イラつきながらそう呟いた。詳しいことは教えてくれなかったので、迷路の攻略法は分からない。


「お連れの方が、千里眼をお持ちだったのではないんですか?」

 アダムさんが聞いてくる。

「いや、千里眼じゃないらしいです。

 詳しくは教えてくんなかったけど……。」

「壁をすり抜けるとか、もしくは物体操作のスキルでも持ってたんじゃないですか?」

 とローマンさんが言う。


「──物体操作?」

「はい、物体操作は土でも水でも、生き物以外はすべて操れるじゃないですか。

 動く壁ったって土壁ですからね、壁そのものを操って動かしてしまえば、自分の好きなように道が作れるじゃないですか。」

 ローマンさんは人差し指を立てて、いいことを思いついた、という笑顔で言った。


 俺はローマンさんの言葉に思わず驚愕し、口をポカンと開けて、目を見開いて、しばらくローマンさんの顔をじっと眺めていた。

「ま、マジかあぁあ!!

 カールさんにやっちまった……。」

 俺は頭を抱えて思わず叫んだ。

 だって!!土壁が動くダンジョンになんて入る予定なかったんだもん!!


「カールがいれば良かったですね……。

 俺たちで申し訳ないです。」

 アダムさんが心の底から申し訳なさそうに言ってくる。

「いや、カールさんにあげるって決めたのは俺なんで、気にしないで下さい。」

 俺は頭を下げるアダムさんに、慌ててそう言って、頭を上げて貰った。


 更にそこから30分ほど歩いた頃、ようやくダンジョンボスである、黒のサクリファイスのいる小部屋の前の扉へとたどり着いた。

「ダンジョンボスの部屋は、一度中に入ると扉が閉まり、ボスを倒すまでは出ることが叶いません。──準備はよろしいですか?」

 アダムさんが観音開きの扉に手をかけて、最後の確認の為に俺を振り返って言う。


「確認します。左腕が打撃無効。右腕が斬撃無効。本体が反射。そして更にHPドレインはすべての個体が使ってきます。

 左手、右手、本体、全体、の順番でHPドレインをして来ます。捕まると倒すまで回復魔法がかけられません。全体が一番厄介で、ほとんど一瞬で吸い付くされるそうです。」

 ローマンさんが、ゴクリとツバを飲む。


「取りつかれた人がアンデッド化するから回復魔法も使えない。全体だけには捕まらないように。いいですね?

 本体から離れてバラバラに襲って来たり、合体して攻撃して来たりするから、体がバラける前に、まずは左手と右手を、出来るだけ同じくらい削って下さい。」

 アダムさんとローマンさんがうなずく。


「HPが一定以上減ると、本体から左手と右手が離れて飛んで来ます。そんで一定時間が経つとまた合体する。バラけると、左手、右手、本体それぞれにHPとMPが発生して、一見面倒に思えるけど、だけど左手と右手を同時に倒さないと、時間が経てば再生する、それは本体から離れてる時にしかおこなえないってノアは言ってました。」


「合体した時に叩いた方が効率がいいが、バラけている時に倒した方が、無限の鍵の確率が上がる……でしたよね?ノアさんという方は、どこでそれを知ったんでしょうね?」

 アダムさんが聞いてくる。

「魔族から聞いたらしいです。俺たち人間の知らない知識があるんだとか。魔王の影響で魔物が誕生するから、人間よりも魔物が現れた歴史が深いんだそうです。」


「確かに、人間の国に魔物が頻繁に発生するようになったのは、割と最近の出来事で、それまでは魔石目当てに魔族の国を攻めだしたのが始まりですからね。

 人間が魔法を使えるようになったの自体も最近で、それも何千年と生きてる魔王の影響と言われているんですよね。

 それなら魔物に対する知識は、当然人間の国より多いでしょうね。」

 とローマンさんが言う。


 これはアプリティオでジルベスタが教えてくれた話だ。魔物と魔法使いの誕生の歴史。今はエンリツィオ一家の全員が知っている。

 もともと人が魔力を持ったのだって、長い歳月の間に、魔王の魔力の影響を受け続けたからだと言われているのにね。

 大昔の文献によると、魔法を使える人間は稀有な存在で、それこそ魔族や魔物扱いをされた異端者だったわ。と。


「残りHPは俺が心眼で確認するので、削り過ぎないようにして下さい。」

「分かりました。」

「了解です。」

「ウォン!」

 ユニフェイも俺を見上げながら吠えて返事をする。


「……開けますよ。」

 重々しい黒い金属で出来た扉を、アダムさんとローマンさんが、ゆっくりと力で押し開けた。音もなく扉が開き、部屋の奥の、石を積み上げただけの無骨な壁の前に、黒のサクリファイスがいた。両サイドに、何かの紋章が金糸で描かれた真っ赤な垂れ幕があり、その裾が金色の房で彩られている。まるで簡易な王の玉座のようだ。


 黒のサクリファイスは部屋の奥で目を閉じて寝ているかのようだった。敵がいなくて安全だからか、姿は消えておらず、ダンジョンを攻略しにくる人間を、悠然と待ち構えている王様みたいだった。

 ネクロマンサーの時にも祭壇があったし、ダンジョンボスの部屋は、まるで人の手で作られたかのような不思議な光景だと思った。

 ネクロマンサーは中ボスだったけど。


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 サクリファイス(黒)

 27歳

 無性

 魔粘菌族

 レベル 40

 HP 2750/2750

 MP 2716/2716

 攻撃力 625

 防御力 667

 俊敏性 600

 知力 41

 称号

 魔法 

 スキル 反射 打撃無効 斬撃無効 HPドレイン


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「ユニフェイ、アストラルウェイブだ!!

 ──くらえ!合成魔法、クリムゾンウェイブ!!」

 クリムゾンノートは青い超光熱の炎で相手を焼き尽くす単体火魔法。

 アストラルウェイブは青白い衝撃波を対象に向けて放つ、単体魔法ながら範囲の広い聖魔法。

 それらが合成されて、青い超光熱の炎の衝撃波が黒のサクリファイスの右手を襲う。


 アダムさんたちと削る量を合わせる為に、知能上昇はあえて使っていない。

「ファイヤープリズン!」

「合成魔法、プリズンギガバースト!」

 アダムさんの火魔法、ファイヤープリズンに、ローマンさんが雷魔法ギガバーストを合成する。


 ファイヤープリズンは、広範囲に炎が広がり、檻のように相手を閉じ込めて、瞬間狭まる単体火魔法。

 ギガバーストは、重ねがけ出来る特殊な雷魔法で、単体相手ながら最大5回分の威力が乗っかる雷の一撃。

 それが合成されることにより、広域魔法へと変化して、黒のサクリファイスの左手を閉じ込めて、執拗に攻撃を繰り返す。


「──どうですか!?」

 ローマンさんが俺に聞いてくる。

「いい感じです!

 現状残りHP70%ってとこです!」

「動くぞ……、分裂します!!」

 アダムさんの声の直後に、グネグネウネウネと震えた黒のサクリファイスの両手が、パッと離れて空中を飛び回りだす。


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 サクリファイス(左腕)

 27歳

 無性

 魔粘菌族

 レベル 36

 HP 1980/2475

 MP 2444/2444

 攻撃力 562

 防御力 600

 俊敏性 540

 知力 37

 称号

 魔法 

 スキル 打撃無効 HPドレイン


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 分裂したことで実際の両手それぞれの残りHPが見えるようになる。

「左手は残りHP8割ってところです!

 俺たちで左手を叩くので、アダムさんとローマンさんは、同じ攻撃を右手にお願いします!それを繰り返せば、右手と左手が、同じくらい削れていくはずです!」


「分かりました!ファイヤープリズン!」

「合成魔法、プリズンギガバースト!」

 知能上昇を使ってないんだけど、2人よりもレベルの低い俺のほうが、基礎ステータス値が高い関係で、どうしても魔力を絞っても俺のほうが削れてしまう。だけど両方を同じくらい削ることだけを考えれば、俺たちが交互に右手と左手を攻撃してゆけばいいのだ。


 まったく同じ魔法なら使用する魔力を下げない限りは同じくらいの攻撃になる。問題は俺のほうが魔力を下げる必要があるから、ちょっとバラツキが出るってことだけど。

 俺とユニフェイが攻撃したほうの右手は、残りHP60%まで一撃で削れていた。


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 サクリファイス(右腕)

 27歳

 無性

 魔粘菌族

 レベル 36

 HP 1485/2475

 MP 2444/2444

 攻撃力 562

 防御力 600

 俊敏性 540

 知力 37

 称号

 魔法 

 スキル 斬撃無効 HPドレイン


────────────────────


「ユニフェイ、アストラルウェイブ!!

 ──合成魔法、クリムゾンウェイブ!!」

 俺とユニフェイの合成魔法も、左手に当たって、これで双方残りHP40%となった。

「あとは同時に倒すだけなので、アダムさんとローマンさんで、両方の手をそれぞれ一回ずつ叩いて下さい!そしたら、全員で同時に両方の手を攻撃します!」


「任せて下さい!」

 次の瞬間、まるでくるくると回転し交差する、台の上のスポーツ用のバトルコマのような不規則な動きで、サクリファイスの左手、右手、本体が、次々と噛みつこうと俺たちに襲いかかった。すんでのところでユニフェイが俺たちを体当たりで突き飛ばし、噛みつかれるのを避けることが出来た。


「危ねえ!!」

「本体の方が早いな……!!」

「助かりました、ありがとうございます。」

 本体のレベルは、分裂前と同じなので、バラけた両手よりも強くて少しだけ早いのだ。

 俺たちの動けるスピードよりも当然早いから、魔法で攻撃出来ないと逃げられない。

 今のはちょっとビビッたぜ……!!


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 サクリファイス(胴体)

 27歳

 無性

 魔粘菌族

 レベル 40

 HP 2750/2750

 MP 2716/2716

 攻撃力 625

 防御力 667

 俊敏性 600

 知力 41

 称号

 魔法 

 スキル 反射 HPドレイン


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 アダムさんとローマンさんは、体制を立て直してすぐに、右手と左手をそれぞれ合成魔法で削ってくれた。あとは同時に両手を倒すだけだ。顔を見合わせて同時に魔法を放つ。

 ──だがそれは失敗した。

 俺とユニフェイの放った合成魔法は、無事右手を倒したのだが、アダムさんとローマンさんが合成魔法を放とうとした瞬間、


「ファイヤープリズン!」

「合成魔法、プリズンギガバース──うわあっ!?」

 サクリファイスの本体が、攻撃される左手を庇うようにして、アダムさんたちと左手の間に素早く割り込んで、反射を使ってくる。予想外の動きに、2人が一瞬固まった。


「合成魔法、クリムゾンウェイブ!!」

 俺は1人で合成魔法を放ち、すぐさま斜め横から魔法を相殺する。反射で戻ってきた魔法は、魔法で相殺するしか消す方法がない。

「すみません、助かりました!」

「左手が……。」

 残った左手が本体へと戻ってゆき、ウネウネグネグネと動いたかと思うと、サクリファイスは再び合体してしまった。


「クソッ!やり直しか!

 もっかい右手が再生してからじゃねえと、あいつら分裂しやがらねえ!」

 右手が再生すれば、かなり削られているから、すぐにでも分裂する筈だ。それまで時間を稼ぐ他ない。ユニフェイもそうだが、魔物は攻撃直後に連続してスキルを使えない。


 誰かが魔法を放ち、本体が反射を使って来たところで、横から別の魔法で削る。反射を相殺する為に、オトリの攻撃役、反射を相殺する役、横から攻撃する火力担当、と、3人以上の魔法使いが必要だ。魔法使いの黒のサクリファイスの倒し方は、他の職業を揃えている時よりも時間がかかる面倒な方法だ。


 無限の鍵の為にも、万が一にも本体を攻撃することで、分裂前の左手を倒すわけにはいかない。ここからは、襲いかかられた時の為に、1人が攻撃して怯ませ、反射で戻ってきた魔法を相殺して、時間を稼ぐよりない。

 俺たちは黒のサクリファイスの動きを見逃すまいと、瞬きもせずに見据えた。


 合体した黒のサクリファイスが、カーッと巨大な口を開いて、またコマのような動きで素早くアダムさんたちに襲いかかったかと思うと急にカクッと軌道修正して、俺に飛びかかって来た。

「匡宏さん!!」

「くっ……。

 合成魔法、クリムゾンウェイブ!!」


 すかさず反射で返されるが、黒のサクリファイスは怯んで少し後ろに下がった。

 すぐさま反射で俺の放ったクリムゾンウェイブが跳ね返される。ユニフェイが風魔法を放つも相殺しきれず、ユニフェイは俺を突き飛ばして、そのまま地面を蹴って、黒のサクリファイスに襲いかかった。


「ギャン!!!!!」

「──ユニフェイ!!」

 ユニフェイは俺を庇おうと、黒のサクリファイスに飛びかかって噛み付いたあと、そのまま噛み付き返されて、グネグネウネウネと口ごと体の範囲を広げていくサクリファイスに、取りつかれてしまったのだった。

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