第122話 番外編・引き継がれた花嫁衣装

 最初に組織の傘下に入れって言われた時には、ついにうちにも来たかって思ったよ。

 元々この国を裏からおさめてた組織の敵対組織が、どうやらこの国を本拠地に定めたらしいと噂で聞いて、抗争が激化することは火を見るより明らかだったからね。


 今までは無理に参加に入れられるなんてことはなかったけど、どっちかの組織の下につくことを、これからは選ばなくちゃならなくなったと、みんな戦々恐々としたもんさ。

 元々この国をおさめてた組織の、敵対組織の下に入らないと、向こうから嫌がらせをされるとさ。それじゃ商売上がったりだ。


 だったらせめて、もしも組織の下につかなくとも、嫌がらせをして来ないと聞いていた方につこうと思ったのさ。

 だけどせめて、一矢報いてやりたかった。

 だから言ってやったのさ。売上の一部を渡すんだ。その分稼がなくちゃならない。だったらせめて人手を寄越しなとね。


 そうしたら、本当に人手を連れてきた。それも希望通りの、住み込み希望の若い娘っ子をだよ?昨日の今日でどうなってんだい。

 おまけにその子が本当にいい子で、本人も将来食べ物屋がやりたくて、勉強出来る店でずっと働きたかったんだとさ。


 その子が、母親が死んでから父親に虐待されてるとかで、住み込みで働けるところを、こちらも探しておりましてと、妙に男前のあんちゃんが言ってきたんだけど、本当にその子を心配している風なんだよねえ。裏社会の人間だろう?普通そんなことあるかね?


 そのあと、その子の友達らしい男の子が店にやって来て、あたしのどうしょうもない元旦那を、常連と一緒に追っ払ってくれた。

 こんな友達のいる子なら、いい子に決まってるさ。しかしこの男の子も、なんだって裏社会の人間と関わってるかね?


 紹介して貰った娘は、とてもよく働いた。

 よく気のつく子で、勉強熱心で。親に虐待されてるなんてとても思えないくらい、笑顔の可愛い優しい女の子だった。

 当然すぐにうちの常連たちの人気者になったさ。あたしもすっかり気に入っちまった。

 ──そして、あたしを母と慕ってくれた。


 子どもが欲しかったけど、ずっと出来なくて、それを言い訳に元旦那に浮気されても責めることが出来なかったあたしは、こんな可愛い娘が急に出来て、本当に嬉しかったよ。

 まるではじめからそうだったかのように、あたしらは仲のいい親子になったのさ。


 組織の傘下に入ったことで、店の売上は2割も取られるけど、おかしな話で、前よりも儲けが出るようになったのさ。

 まとめて仕入れれば安いからと、組織の傘下に加わった店に必要なものを、組織でまとめて購入して、決まった時間におさめてくれるようになったんだ。


 どうしても自分の目で見て選びたいものをのぞいて、仕入れに行く時間も回数も大幅に減ったし、何より仕入れ値が安かった。

 おまけに傘下に加わってる店の従業員が来てくれるようになって、2割引かれる前よりも売り上げ自体も上がったのさ。


 必要なものを前日に書き出しておいて、今日の分をおさめてくれる人に渡す。そうすれば、明日またそいつをおさめてくれる。

 支払いも月に一度だから、ツケのたまった客の回収が終わってからゆっくり払えて、手元にいつも現金が残るようにもなった。


 なんならツケを踏み倒そうとする客がいれば、組織のほうでつめてくれる。おかげでとりっぱぐれも殆どなくなったのさ。

 むしろいいことづくめで、あたしゃなんだか拍子抜けしたよ。こんなことなら、もっと早くに加わっておけばよかったと思ったね。


 そのうちに、敵対組織が潰れたとかで、敵対組織に加わってた店も傘下に加わって、ますます客は増えていった。

 行方不明だったお姉さんが見つかって、店に子どもを連れて遊びにも来てくれた。

 なんでも組織の幹部をやっている旦那さんが、ずっと探してくれていたそうだよ。


 お姉さんが娘に、もしよかったら一緒に暮らさない?夫もぜひにと言ってくれているのだけど。と聞いてきたんだけど、娘は笑顔でチラリとあたしを見ながらこう言ったのさ。

 ──ごめんなさいお姉ちゃん。私はこの店から、お嫁に行きたいんです、って。こんなに嬉しいことはないじゃないか。もちろんだよ、とあたしゃ笑いながら言ったね。


 お姉さんも納得してくれて、うちの娘は正式にあたしの娘として、この店で嫁に行くまで暮らすことになったのさ。

 ちょうどその頃だ。──敵対組織の一員だったって男を、うちで雇ってくれないかと組織に頼まれたのは。


 まあ、ちょうど人手がまた欲しかったとこだったし、男手はありがたいけど、元敵対組織の一員ってのがどうもね……。心配になるだろう?うちの娘もいることだしさ。

 でも、まったく問題はなかった。むしろ、うちの娘を助けてくれた恩人だってんだからね。娘はもちろん凄く喜んださ。


 うちの娘が、そもそも敵対組織のボスの元娘だと聞かされた時はたまげたよ。

 それを知ってて、匿ってたらしい。うちの方のボスは、どうにも変わったお人だよ。

 その元敵対組織の男は、ボスや組織の人間を、昔助けてくれた恩人でもあるんだとさ。


 まあそういうことならね。うちの娘も懐いてるみたいだし。心配ないだろう。

 そんな程度の気持ちだったんだけど。その元敵対組織の一員だった男が、本当に、なんで今までそんな仕事についてたんだろうねってくらい、優しいのにびっくりしたもんさ。


 ちょっと目ン玉が飛び出しかけてるみたいな顔と、話し方が変わってるから、まともな仕事につけなかったんだとさ。

 確かにはじめはうちの常連たちもびっくりしてたけど、酔っぱらいは酔うと大抵のことが気にならなくなるからね。すぐに可愛がられるようになったよ。


 その元敵対組織の一員だった男は、このあたり一帯の用心棒も兼ねていて、揉め事があるたびに飛んでいくんだけど、そこで新たな常連さんを掴んで来てくれるんだよね。

 人に差別されて生きてきたのに、決して人を差別しない。なかなか出来ることじゃないさ。本当に優しい子なんだろうね。


「体を売る仕事している人間、何をしてもいいわけ違う。乱暴よくない。

 お金出せばいい、違う。

 ──やれること、やれないこと、ちゃんとある。

 嫌なこと、嬉しいこと、ちゃんとある。

 嫌がってる。だからよくない。」


 そうやって売春宿につとめてる子たちと、客の揉め事をおさめるたんびに、売春宿につとめてる子たちが、客を連れて店に遊びに来てくれるようになったのさ。

 最近はあたしや娘が愚痴を聞いたりして、男ばっかが客の店だったけど、男女仲良よく酒を飲む店になっていった。


 そうしたら、どうにも最近、娘の様子がおかしくてね。店に来てくれる女性客と、元敵対組織の男が話してるのを見るたびに、ちょっと不安そうな顔をするようになったのさ。

 どうしたんだい?と尋ねても、言葉を濁すばかりでね。どうにもはっきりしない。


 ある時、言いたいことがあるなら、本人にちゃんとお言い、と、元敵対組織の一員の男と、娘を交えて話をすることにしたのさ。

 娘はモジモジしながら、実は元敵対組織の男の事が大好きで、将来お嫁に貰って欲しいのだ、だから他の人と仲良くしているとこを見ると、気になって落ち着かないと言った。


 男はそりゃあ、びっくりしていた。あたしゃそんなこったろうと思ったけどね。

 伊達に長年女をしてないよ。

 元敵対組織の男は、娘のことを生涯守ってやりたいのだと思っていた、だけどそんな風に見たことがない、女の人と付きあったこともないから、よく分からないと答えた。


「分かるようになったら。私がもう少し大人になったら。お嫁さんにしてくれますか?」

 男は長い間逡巡したあとで、分かったと言った。娘はそりゃあもう、飛び上がるようにして喜んだね。あたしゃそれを見て、前から考えていたことを実行することにしたのさ。

「なら、あんたにこれをあげようかね。」


 あたしは、自分が結婚した時に着た、花嫁衣装を引っ張り出してきた。いつか自分の娘が出来たら着せてやりたい。──そう思いながら、決してかなわない筈だった夢。

「ほら、ごらん、とてもきれいだよ。」

 衣装をあてがった娘を、満足しながら眺める。娘は嬉しそうに恥ずかしそうに頬を染めながら、花嫁衣装を見つめて微笑んだ。


「いつかこれを着せて、この店から、あんたをお嫁に出してあげようね。」

「お母さん……。嬉しい……。」

 涙ぐむ娘を見て、男が顔を真っ赤にする。

「アンナ……。キレイ……。とても……。」

 ああ。そうか、そうなのかい。

 今、両思いになったんだね。あんたたち。


 しばらくすると、長いこと空き家だった隣の店が、トンテンカンテン工事をはじめた。

 あいてるのをいいことに、入り切らないお客を、テーブルだけ出して座って貰ってたから、スペースがなくなるのは困っちまうね。

 まあ、勝手に使ってたんだから、仕方がないけど。この先どうしようかねと思ってた。


 そう思っていたら、どっから聞きつけたのか、実はうちのボスが、娘さんの結婚祝いに贈るための店を作ってくれているんですよ、と、組織の人間がうちの店に来て言った。

 娘の長年の夢だった、お菓子と料理の店になる予定らしい。ちなみに2階は住居にするつもりで、入れたい家具を教えていただければ、こちらで用意させていただきます、とも言ったのさ。


「ええ?……ってこたあ、あんたを嫁に出しても、お隣さんのままってことかい?」

「──そうみたいですね。」

 娘が嬉しそうに、クスリと微笑む。遠くに行っちまうもんだと思って、寂しく思ってたってのに。まったく拍子抜けさね。


「これからも、末永くよろしくおねがいしますね、お母さん。今度は、旦那様と、──未来の孫も一緒に。」

 あたしの大切な娘が、そう言ってニッコリと笑う。来年あたしの娘は嫁にいく。だけどこの先もずっと、あたしたちは一緒なのさ。

 こんなに嬉しいことはないじゃないか。

 もちろんだよ、とあたしゃ泣き笑いしながら言ったね。


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 本編更新にちょっと時間かかっておりますので、3部の終わりに入れようとして、書くのが間に合わなかった番外編を入れました。

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