第121話 ダンジョンの動く迷路
バンダナ姿の金髪の男が、入口からつたっている植物を掴んで、登って去って行くと、「──ここ、生きているダンジョン。」
店主が突然そんなことを言い出してきた。
「道が動いて難しい迷路。お店に来てくれた人たち入って行った。でもまだ誰も戻って来てない。今日はもう店じまい。お前たちも戻るなら今。命はひとつ。大切にしろ。」
そう言って片付けを始めだした。
俺たちはそれを聞いて思わず顔を見合わせる。生きているダンジョン……?道が動いてて迷路になってるだって?
「……どうしましょう?」
アダムさんがそう言って俺にお伺いを立ててくる。サクリファイスがここにいるのが確定なら、行かないという選択肢はないけど、何がいるのかまだ分からないしな……。とりあえず千里眼で見てみるとしてだ。
「俺は千里眼とステータス画面が連動してるから、別に地図は勝手に作られて見れるもんで、道が動いてようが迷路で迷うってことはないんですけど、問題はダンジョンクリアしたあとに出口がなくなるってことなんですよね……。道が動いてる迷路なら、出口もなくなっちゃう可能性があるし……。」
俺が心配なのはそこだった。
「──え?ダンジョンは確かにラスボスの部屋は行き止まりですけど、クリアすると自動的に出口に帰還出来る、帰還石が出るものですよ?出口なんてもとからありませんよ?」
とローマンさんが言ってきた。
「え?そうなんですか?でも、俺、最初に入ったダンジョンで、ダンジョンボス倒してもそんなもの出ませんでしたけど……。」
だから出口が出来るまで中に閉じ込められて、ニナンガからナルガラまで移動しちまったわけだしな。あんときは怖かったぜ。
「──それって中ボスだったんじゃないですか?ダンジョンにはよくあることですよ。」
「中ボス?でも、ラスボスだなんてそんなものいませんでしたよ。あの時千里眼で検索したから間違いないです。出口も他の敵もいなかったですよ。でも出られませんでした。」
「まれに中ボスでも帰還石が出るダンジョンもありますが、ラスボスを倒さないと出ないことがほとんどです。その場合、中ボスを倒した先に別の入口があるんですよ。千里眼とステータス画面が連動して地図が出来るってことですけど、それって歩いていないところまで表示されるものなんですか?」
アダムさんがたずねてくる。
「いえ……。1度歩かないと地図の上に刻まれないです。ダンジョン以外なら、自分の周囲の地図が広範囲で表示されますけど、ダンジョンだけは別で……。てことは、俺が歩いてないところがまだあったってことですか?でもなあ、うーん……。出口探すんで歩き回ったわけだし、そんなことあるかなあ?」
俺は納得がいかなくて首をひねった。
「そのダンジョンのボスを倒した周囲に、何か入口らしきものはなかったんですか?ダンジョンボスにつながる扉は基本派手で豪華になってますから、かなり目立つ筈ですよ。隠し扉なんてのもありますが、中ボスを倒すことが鍵になっていて、倒すとすぐに扉が開きます。ちなみに地下のこともありますね。」
「奥の階段には別に扉はなんてものはなかったしなあ……。──あ!!!」
俺が思わず大きな声を出すと、2人がビクッとして俺を見る。
「……──祭壇……、そうだ祭壇だ!!」
「祭壇?」
「はい、ネクロマンサーを倒した時に、後ろに豪華な祭壇があって。でも倒しても何も変わらなくて、宝箱があるだとか、特に意味がなかったから、なんとなく、派手な祭壇あんなあって思って終わったんですけど……。」
「十中八九それでしょうね。」
アダムさんの言葉に、俺もそう思います、とローマンさんもうなずく。
「てことは、あの祭壇のどこかに、地下か奥に行かれる扉があって、ネクロマンサーを倒すことで扉が開いていたのに、俺が気が付かなかっただけってことなのかな……?」
祭壇の上に登ってはみなかった。確かに。
そして祭壇を取り囲むように、ポッカリと地図に抜けがあった。早く逃げたくて、見るからに道なんてなかったから無視したのだ。
「まじかー!てか、千里眼なしで探索してたら、間違いなくそこにも登ってみて調べてたじゃん……。んで入口に気付いたじゃん。仮に登ってたら地図に入口が表示されて、ダンジョンの奥まで進んでたかもだよ。あの頃ネクロマンサーでも苦労させられてたのに、そんなところのダンジョンボスなんかと対峙してたら、俺間違いなく死んでんよ……。あぶねー!!気付かなくて良かったあ……。」
そうか。そういうことか。今考えたら分かる。あん時はこの世界の人たちの戦力が分からないから、ダンジョンスタンピードによるダンジョンブレイクを警戒して、ダンジョンの周囲に聖水のお堀をあらかじめ作っておくだなんて、スタンピードが起きそうって言われてるのに、ほったらかしのニナンガ王宮とと比べたら、ナルガラはちゃんとしてんな、なんて思った程度だったけど。
……あん時ナルガラで恭司が言ってたじゃねえか。「万が一ダンジョンブレイクが起きても、あの中の魔物で空を飛べるのはネクロマンサーだけだからな。安全ってわけさ。ネクロマンサーが外に出て来ても、王宮から兵士がすぐに飛んで来れる距離だしな。」と。
ダンジョンの目の前は城下町。つまり、ナルガラの王宮の兵士たちは、ネクロマンサーはものの数ではないと思っていたわけだ。
一般人にはアンデットでも脅威だから、念の為お堀をしいて聖水で満たしてるんだろうと思ってた。だけどそういうわけじゃない。
ネクロマンサーが一番の脅威なら、何よりもネクロマンサー対策をする筈だ。なのにネクロマンサーは放置ときたもんだ。警戒したいのは本当の脅威。──あのダンジョンのダンジョンボス。ダンジョンボスは飛べない。だから聖水で満たしたお堀があれば、それでじゅうぶんだってことなのか!!
「ダンジョンボスを倒さないで、帰還石もない状態で、出口がなくて閉じ込められて、どうやって戻ってらしたんですか?」
アダムさんが目を丸くしている。
「俺、そんとき既にアイテムボックスレベル5を持ってたんで、1か月はもつだけの食料をあらかじめ持ち込んであったんですよね。
だから入口出来るの待ってました。それでも中に2週間い続けは怖かったですけど。」
俺の言葉にローマンさんも目を丸くする。
「用意周到なのは凄いことですが……。
ひょっとして、それでまた中ボスがわくのを、中で待ってたってことですか?ボスがわいたタイミングでダンジョンが出るから?」
「はい。そのまさかです。中ボスとは思ってなかったし、帰還石だとか、そういうものがあるのも知らなかったんで……。」
かなり特殊なことしてたんだな、俺。
2人とも相当呆れていた。知識なしでダンジョンなんて入るもんじゃないなホントに。
「それで、どうします?千里眼があれば迷路は大丈夫なのであれば、とりあえず入ってみますか?俺たちはどちらでも構いません。」
「そうだな……。ちょっとサクリファイスを検索してみますね。それでいたらお目当てのダンジョンなんで、中に入りましょうか。先を急ぐ旅なんだし、いないのにわざわざ入っても、時間を無駄にするだけなんで。」
「分かりました。」
俺たちがそう話していた時だった。
……ドーン!!……ドーン!!と頭上から一定周期で立て続けに物凄い音がして、何やらパラパラ……と木くずが降ってくる。なんだろう?と思って一斉に天井を見上げると、
「うわあああああ!なんだコイツ!!」
さっきの金髪のバンダナ男の悲鳴が聞こえた。それと同時に。
──バキバキバキバキィッ!!
破壊音とともに天井から巨大な何かが降ってきて、スタッと地面に着地した。
「まずいね、なんでこんなのがいるか。ワタシ逃げるね。お前たちも早く逃げる。」
そう言って店主が店の脇のボタンのようなものを押すと、急にバタバタと店が折りたたまれたかと思うと、コックピットのある乗り物に変形した。──すっげええ!!
天井から落ちて来た巨大な何かは、やはりというか、あの小山のようなフェンリルだった。こいつ、ユニフェイを追いかけて、入口を破壊して入って来やがったのか!!
店主はコックピットのある乗り物に乗り込むと、それはウサギのようにぴょ~ん、ぴょ~ん、と地面を跳ねながら、そのまま器用に壁をも登って行き、あっという間に店主はダンジョンの上のほうまで逃げてしまった。
入口まではここからじゃ見えないが、あれから声がしないところを見ると、金髪のバンダナ男も外に逃げたらしい。
小山のような巨大なフェンリルが、のしりと一歩俺たちの前に歩みを進める。
「た、匡宏さん、……まずいです。」
ローマンさんは再び汗をかいて声を震わせ体も震えだしていた。
「──奥に行きましょう!ダンジョンの道は狭いから、あいつのデカさなら簡単には追って来られない筈です!!」
「はい!!」
「うわああぁあ!!」
ローマンさんは自らしんがりをつとめて、小山のようなフェンリルに、いつでも魔法を放てるように構えながら、器用に後ろ走りで俺たちのあとを追いかけて来た。はやっ!!
ダンジョンの中に入った俺たちを、無理やり体で道を広げて追いかけようとしてくるフェンリル。しっつけえなあ!もう!
「ローマンさん!気を付けて下さい、そこ足元に段差が……って、──え!?」
俺が段差だと思ったものが、突如として目の前で伸びて壁になり、俺たちとローマンさんを分断してしまった。動く生きたダンジョン、ってのは、こういうことか!!
道が狭いのに天井だけはやたらと高い理由は、こうして地面がのびて壁になるからなのだ。のびた壁は天井につくほどじゃなくて上があいているから、俺の空中浮遊なら乗り越えられられなくもないと思うけど、仮にもダンジョンの壁だ。どんな罠や仕掛けがあるかも分からない。そう思うと安易に乗り越えるのはためらわれる。
「お、俺は、ど、どうしたら……。」
俺とアダムさんが少し押してみたものの、壁はピクリともしない。ローマンさんが壁の向こうから問いかける。千里眼は自動的に地図を作るとはいえ、ダンジョンの中だと歩いた範囲にしか地図を作らないから、ダンジョンに入ったばかりの今は、ローマンさんのいる場所につながる道の存在が分からない。
「まだあんまり歩いてないから、地図が出来てないんで誘導出来ません!そっちに向かえる道を探すんで、ちょっと待ってて下さい!すぐにたどり着きますから!!」
「は、はい、でも急いで下さいね、フェ、フェンリルがすぐ近くまで……。
う、うわああぁああ!!来るなあ〜!?」
「ローマンさん!?」
尻もちをつくような音のあとに、走り出すような足音と、ローマンさんの声が遠ざかって行く。フェンリルに怯えに怯えていたローマンさんは、おそらくフェンリルが近付いて来たのか、どうやら逃げてしまったらしい。
ありゃりゃ。
「壁がありますから、フェンリルは簡単にはこちらに来られないとは思いますが、参りましたね……。護衛があんなことでは……。」
アダムさんは冷静にローマンさんの行動に顔をしかめていた。まあ、怖いもんは怖いから、しゃーないわな。俺もフェンリルじゃなくてデッカイ虫なら同じことしてるもん。
「とりあえず、千里眼でローマンさんを探しましょうか。動く迷路の中でバラバラになったら、ダンジョンボスを倒せても、俺たちの近くにいないローマンさんだけ、ダンジョンの中に閉じ込められてしまいますし。」
「そうですね、お願いします。」
俺たちは、まずはローマンさんと合流することにした。ダンジョンの中は入口にあったのと同じ、モフモフとした緑色と黄色に交互に光る苔のおかげて、割と明るかった。
ユニフェイが先頭を歩いて前に進む。俺とアダムさんが危ないからと後ろに下がらせようとするも、ユニフェイがガンとしてそこは譲らなかった。仕方がないのでそのまま歩いた。その間も時折壁が動いて、俺たちは分断されないようにヒヤヒヤしながら進んだ。
「……なかなか近付けないですね。」
道が変わるたびイチから地図を作り直す人たちからしたら、ここは戻ることもかなわない地獄だと思う。俺も千里眼がその仕様だったら、かなり入るのをためらったと思う。
だって千里眼が自動的に地図を作ったとしても、動いた壁のぶんの地図が消えるのだ。
ただでさえ元が迷路だってのに、そんなのストレスと恐怖以外の何かじゃない。
ダンジョンの中は色々と外のルールが通じないところがあるから余計にだっただろう。
でも俺は千里眼のおかげで、1度歩いたところは地図が変わっても表示されるのだけれど、迷路というだけあって、地図上に指し示されるローマンさんにつながる道に、なかなかたどり着けないでいた。オマケにしばらくじっとしてた筈のローマンさんは、急にどんどんと動き出してしまったのだ。
千里眼でフェンリルの位置を確認すると、ローマンさんの近くにはいなかったから、単に落ち着かなくて、ローマンさんもこちらに通じる道を探しているのかも知れなかった。
「そうだ、サクリファイスを探さねーと。」
俺はダンジョンに来た目的を思い出して、千里眼で検索をかけた。
別にサクリファイスがいないのなら、こんなところに長居する必要はない。ダンジョンなんてあとからいくらでも入れるし、今は妖精女王のところにたどり着くのが、俺にとっては何よりも最優先なのだから。
だけどノアいわく、サクリファイスのダンジョンはランダムわきで、遭遇することは非常にまれなのだという。
時間でわくダンジョンと違う、レアなドロップ中心の魔物がわくダンジョンに入れる鍵を落とすのだ。サクリファイスの鍵だけでも高値で取引されるらしい。
だから見つけた時は最優先で攻略しようということになっていた。
「──マジか。」
「どうしました?」
突如立ち止まって、口元をおさえている俺を、アダムさんとユニフェイが振り返る。
「アダムさん、ここ……。
──サクリファイスの巣です。」
千里眼で調べたダンジョンの地図上に、俺たちの視界にはまるでうつっていない、無数のサクリファイスたちが、まるでダンジョン全体を覆い尽くすかのように、縮小された地図上に隙間なく●で表示されていた。
「……います。ここにも。俺たちには見えないってだけで。たぶん、壁とか、天井とか、同化してるのか擬態してるのかは分かりませんけど、確かにすぐ近くにいるんです。」
「本当ですか!?」
アダムさんも警戒しながら天井や壁をぐるりと見渡したが、俺たちにはそれらしき姿を視認することが出来なかった。
サクリファイスは姿を消せるとノアから事前に聞いてはいたけど、こんなにも常時消しっぱなしで、ダンジョンの中に潜んでいるとは思っていなかった。せいぜい時々姿を消すくらいのものだと思っていたのだ。攻撃時は姿を現すけどな、とノアが言ってたから、姿を現した時に攻撃すれば別に余裕だろうと。
でもこんなにもずっと姿を消されてたんじゃ、こちらからの先制攻撃が一切通らない。
ノアいわく、サクリファイスは色で能力が違う。そしてドロップアイテムである鍵のランクも違う。つまり色がサクリファイスのランクを表しているのだ。色は全部で5種類。
白はFランク。特性は反射。Fランクはニナンガにもいたレッドグリーフと同じレベルだから、近接職なら別に怖くない相手だ。ドロップするのはDの鍵が11パーセント、Eの鍵が28パーセント、残りがFの鍵。
青はEランク。特性は打撃無効。殴り職や鈍器使いが勝てないだけで、剣士や魔法使いが余裕で勝てる相手。Eランクはニナンガにもいた、ブルーレリーフと同じくらいだ。ドロップするのはCの鍵が9パーセント、Dの鍵が24パーセント、残りがEの鍵。ちなみにこの数字はステータス画面でサクリファイスを検索すると、勇者なら誰でも見られる。
黄はDランク。特性は斬撃無効。剣士以外なら自身のレベル20以上で普通に勝てる相手。初心者は人数がいても辛い。Dランクは俺がメインで使ってるアンデットと同じだ。ドロップするのはBの鍵が7パーセント、Cの鍵が20パーセント、残りがDの鍵。
赤はCランク。特性はHPドレイン。これが地味にやっかいで、ただ単純にHPを吸うのではなく、相手に取り付いて自由を奪い、取りついた相手の体を操ってくるのだ。
取りついている時はアンデットと同じになり、聖魔法と回復魔法がきくが、やっかいなのは取りつかれた仲間にも、それがきいてしまうということで、加減が難しくなるのだ。
すぐに倒さないと仲間が死ぬ。──倒しても下手するとサクリファイスと一緒に死ぬ。
Cランクはネクロマンサーと同じだ。ドロップするのはAの鍵が5パーセント、Bの鍵が16パーセント、残りがCの鍵。
黒はBランク。特性は、反射、打撃無効、斬撃無効、HPドレイン。つまり弓使いやテイマーがいないとキツイ相手。だから日頃は扱いの悪いレベルの低いテイマーでも、この時ばかりは多少人気があるのだ。ちなみに反射は常時使ってくるわけではないので、使わない時に攻撃すれば魔法使いも戦力になる。ドロップするのはSの鍵が3パーセント、Aの鍵が12パーセント、残りがBの鍵。
ちなみにコイツがダンジョンボスで、ボスは両腕と体が別々に動く別個体なのだ。左腕が打撃無効。右腕が斬撃無効。本体が反射。
そして更にHPドレインはすべての個体が使ってくる。本体から離れてバラバラに襲って来たり、合体して攻撃して来たりする。
更に大半が1回限りで消える鍵で、ずっと使える鍵はかなりのレアドロップである。
俺たちのお目当てはその消えないSランクとAランクの鍵だ。もちろん消える奴でもじゅうぶん有り難いが。サクリファイスの鍵でしか行かれないダンジョンの中で手に入るもの。それがエンリツィオ一家の目的なのだ。
そう考えると、最低でもAランク以上だという成体のフェンリルが、いかに強いかお分かりいただけると思う。ローマンさんが単にビビリなだけという話でもないのだ。
今の俺たちだけでは容易に勝てない相手ということだ。恭司のフェニックスのように、神獣でないというだけで、それくらいフェンリルは希少で特殊な魔物だといえる。
幼体のユニフェイでもCランク相当ではあると思う。だからレッドグリーフをいきなり倒せたり、捕獲はBランクのブルーレリーフを、傷ひとつ付けずに倒せたわけだ。俺と一緒にダンジョンに潜ったときにも、普通にネクロマンサーと戦っていたわけだしな。
「……さっきまで通って来た道にも、普通にいたみたいです。なんで襲って来ないのかが分からないけど、このまま通り抜けられるのなら、さっさと奥にすすんでローマンさんをさがして、ボスのところまで行きましょう。
少なくとも、ここにいる奴らの落とす鍵のランクは、俺たちにとっては用事のないものですし。相手しないほうがいいです。」
「そうですね。刺激をしなければ襲ってこないんでしょう。このままそーっと抜けましょう。早くローマンとも合流したいですしね。
そのほうがいいと俺も思います。動く迷路のダンジョンの中では、戦闘中でも壁が動き続けるわけですから、いつまた誰と分断されて、はぐれないとも限りません。それなら無用な戦いは避けたいですし。」
俺たちは見えないサクリファイスを無視してダンジョンを進むことにした。こちらが何か刺激しなければ、どうやら襲っては来ないらしかった。ダンジョンには、積極的に襲ってくるゴブリンみたいなのもいれば、昼間平地に住んでる魔物みたいに、単にこの洞窟に住んでるってだけで、襲われなければ襲って来ないタイプの魔物もいる。サクリファイスは後者なんだろう。
夜活動するタイプの魔物は自ら狩りをするから、人間だろうがなんだろうが、肉になる生き物は襲って食らう。ゴブリンは夜活動するものの人肉は食べないけど、人から金品を奪う為に襲って来る。昼間活動してるタイプの魔物は肉食ではないので襲っては来ない。
となると、サクリファイスは何を食べて生きてんのかな?この場所にあんのは光る苔だけだから、苔を食べて生きてんのかな?
HPドレインなんてするっていうから、てっきり生き物の生命力を吸って暮らしてんのかと思ったけど、ぶっちゃけこんだけの数いたら、他の生き物の姿も見えないのに、食べるものの奪い合いになって、とっくに数が減ってるよな。HPドレインをするのはCランク以上だから、Cランク以上がどれだけダンジョンに生息してるのかにもよるけど。
少なくともこれだけの数がダンジョンにいるのなら、Cランクだけが数体ということはありえないだろう。だったらそいつらが生きていけるだけのエネルギー源になる、生き物なり魔物なりがダンジョンの中にいないとおかしい。サクリファイス目当てでダンジョンに来る人間の数だけじゃ、絶対に食べるものが足りないはずだ。
「──あ!この道、このまま行けば、ローマンさんまでつながってそうですよ!」
「良かった、急ぎましょう。一定間隔で壁が動いているから、ノンビリしてるとすぐまた分断されてしまうかも知れませんからね。」
俺たちは足元に気を付けながら小走りに走った。おそらくは動く壁の元なのだろう、地面のあちこちに小さな出っ張りがあって、気を抜くと足を取られて転びそうになるのだ。
「ローマン!!」
「ローマンさん!」
見ると目の前にローマンさんがフラフラと歩いている。揺らめくように歩くその姿は、なんだか妙に顔色が悪い。──というか、真っ青を通り越して真紫って感じだ。
突然立ち止まったアダムさんが、サッと腕をのばして俺が前に行くのを静止してくる。
「……匡宏さん、少し待ちましょう。
──なんだか様子がおかしいです。」
ローマンさんが、ゆらりとこちらを振り向いた。白目をむいた顔でヨダレをたらし、明らかに正常な状態じゃない。
「まさか……。」
ローマンさんの紫色の体を、薄い赤い半透明な何かが覆っているのが見える。
「オオオオオオオォオオォオオ!!!」
どこから出しているのかと思うような、耳をつんざくような気味が悪い声をローマンさんがあげる。その途端、さっきまでなりを潜めていたサクリファイスたちが、一斉に壁や天井に姿を現した。──攻撃スイッチは大声か!フェンリルがダンジョンを破壊した大きな音には反応しなかったのだから、おそらくそうなのだろう。俺たちは一気にサクリファイスに取り囲まれてしまったのだった。
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