第106話 新たな敵の情報

 次の日、俺はエンリツィオに連れられて、アシルさんの家にいた。エリスさんが、俺たちに会いたいと言ったらしい。

 アシルさんは別の仕事があってついて来なかったけど、俺もアンナのことを話しておきたかったから、同行を了承した。


 エリスさんは、化粧を一切施していない、素朴な感じのショートカットのキレイな女の人だった。

 大きくも小さくもないオッパイに、子持ちとは思えないスレンダーなナイスバディを、活動的なパンツルックに包んでいる。


 そこに人妻の色気と、手の届きそうな親しみやすさと、よく見ると手が届かなそうな透明感のある美しさ。

 上品さと親しみやすさが同居してる雰囲気は、何というか女子アナっぽい。なるほど、アシルさんはこういう感じが好きなのか。


「久しぶりね、ボス。元気そうで何よりだわ。」

「お前もな。」

 エンリツィオが優しい顔でエリスさんを見つめている。コイツこんな顔もするんだな。


「匡宏君……でいいかしら?

 君ははじめましてね。

 アシルの妻のエリスです。

 これは娘のアリス。よろしくね?」

「あ、はい、よろしくお願いします。」


 アシルさんの娘は、今年2歳になるという、とても可愛い女の子だった。2人のいいとこをとった感じで、将来は美人になるな、と思った。

 エンリツィオの足元で、キャッキャッと笑いながら遊んでいる。エンリツィオも何だかんだ相手をしてあやしているようだった。


「エリスさん、エンリツィオと仲いいんですね?

 コイツが女性と仲いいの、意外です。」

「別に女とみりゃ、誰でもそういう目で見るワケじゃねえよ。」

 エンリツィオが不満げに言う。


「私はあなたに興味のない、数少ない女性だものね。」

 エリスさんがニッコリと微笑む。

「エリスさんは、アンナのお姉さんなんですよね?血の繋がらない……。

 アンナが今どういう状態かは、──ご存知ですか?」


「……彼から聞いたわ。

 父親に酷い目に合わされていたと。

 ずっと離れて暮らしていたし、そんなことになってるなんて思いもしなかった。

 ──母があの子の父親に殺されていたことも、……あの子が目の前でそれを見せられていたことも。

 死んだとだけ、聞かされていたから。」

 そうだったのか。


「いずれ保護したいと彼に伝えたのだけれど、先にあなたが保護してくれたんですってね、匡宏君。

 血の繋がりがないと言っても、あの子は大切な妹なの。ありがとう、心からお礼を言わせて貰うわ。」

 エリスさんは泣きそうになっているのを堪えているかのように、目を揺らしながら俺に微笑んだ。俺は照れ臭くなった。


「保護って言うか、まあ……。

 アンナは将来自分の店を持つのが夢だって言うから、それに役立つスキルをあげたってだけです。

 アンナの住む場所と働くところを用意してくれたのは、エンリツィオだから。

 実質保護してくれたのはエンリツィオですよ。」

 むず痒そうな表情でソッポを向くエンリツィオ。それを見たエリスさんが、相変わらずね、と笑った。


「ルドマスを殺した矢……。

 エリスさんですよね?

 アンナに、父親を殺させない為に。」

「……私には他人だけど、あれでも一応あの子の実の父親だもの。

 父親殺しを、あの子に背負わせたくはなかったの。」


「それと、ユニフェイを貫いた矢の先端を抜けやすくしてくれたのも。

 他の矢は1本に繋がってたのに、アシルさんの言うとおり外しやすくなってました。

 矢は普通抜けにくくするものです。

 致命傷になる場所からもズレてたし、命取る気なんてなかったんじゃないですか?」


「……もちろんそのつもりだったけど、ルドマス一家に彼の裏切りを本気と思わせないといけなかったから、どうしても攻撃せざるをえなかったの。

 ごめんなさいね、辛い思いをさせて。」

 エリスさんは眉を下げた。


「いえ……、俺は大丈夫です。

 それより、エリスさんたちも一緒にさらわれたんですよね?大丈夫でしたか?

 特にアリスちゃん……。

 怖い思いをしたんじゃ……。」


「私たちもさらわれるかも知れないことについては、彼から事前に申し訳ないと謝られたわ。

 私たちが先に姿を隠したら、彼が疑われて危険な目にあうもの。

 この子はスキルで寝かせておいたし、私がちょっと乱暴に運ばれたってだけ。

 心配しなくても大丈夫だったわ。」


「そうですか……なら良かったです。」

「バッジオさんは分かるわよね?」

「はい、アンナを助けるのに、手を貸してくれました。」

「彼……、本当に優しい人でね。

以前、ボスやみんなの腕がルドマスに切られた時に、指示が分からないフリをして、腕を捨てないでおいてくれたのが彼なのよ。」


「そうなんですか?」

「回復魔法使いが元に戻せるかも知れないからって思ったらしいわ。

 彼、それを聞いて、バッジオさんにアンナの事情を話して、抱き込むことにしたの。

 さらわれた先で、バッジオさんが私たちの面倒を見ることになっていたから、それで私は自由に動けたの。」


 なるほど。バッジオさんが、アンナがルドマスにされたことを知ってたのはそれでか。

「──なあ、これ、……どうにかしてくんねえか。」

 脚を広げて腕組みしたままエンリツィオがエリスさんに言う。


 見ると娘のアリスちゃんが、いつの間にかエンリツィオの顔面にまでよじ登って、エンリツィオの顔全体を覆っている。

 子犬が大好きな人にまとわりついてるみたいで、なんか微笑ましくてすっげー笑える。


「あら、ごめんなさい?すっかり懐いちゃったみたい。相変わらず、子どもと動物に好かれるのね。」

 微笑ましそうに笑いながら、エリスさんはアリスちゃんを抱き上げた。


「知りあった頃には、アシルさんは既に組織の人間だったんですよね?

 こんな目に合うかも知れないのに、どうして結婚したんですか?」

 俺はそれが不思議だった。


「私が彼を、好きで好きでどうしようもなかったから。ただそれだけよ。

 ボスは私たちのキューピッドですものね。

 ボスのアドバイスで、私がスピリアの花の生け垣の前で彼に告白したの。

 一気に真っ赤に染まって広がってゆくスピリアを見て、彼が私の気持ちが本物だと信じてくれたのよ。」


「疑り深い奴には、目の前で証拠を見せるのが1番だからな。」

「アシルさんがアプリティオで言ってた、スピリアの花が一斉に真っ赤になった瞬間を見たことがあるっての、……奥さんとのエピソードだったのか。」

俺はアプリティオでアシルさんが言っていた言葉を思い出していた。


「彼が話したの?なんて言ってた?」

「たしか、あんなもの見せられたら、さすがに心が動くよねって……、そんな風に言ってましたね。」

「……そう。」

 エリスさんが幸せそうに目を細める。


 それに心が動いたと言ってたってことは、エンリツィオのアドバイス通りに告白して、正解だったと言うことだ。

 普通に告白しても、アシルさんはなかなか信用しないのを、エンリツィオは分かっていて、動かぬ証拠を用意させたのか。ふーん、いいとこあんじゃん。


「私に家族がいなくて、1人で大変だろうからって、出産前から彼に3ヶ月もお休みをくれたのよ?

 彼、家事も育児も殆どやってくれたし、おかげで回復も早かったの。

 彼の帰った後も、カールさんに時々様子を見に行くよう、指示してくれてたみたいで、特に過不足なく過ごさせて貰ってるわ。

 ボスには本当に、感謝してもしたりないわね。」


 エリスさんの言葉に、むず痒そうになるエンリツィオ。随分ホワイトなブラック業種だな。

「組織にいない間、どうしてた?アイツ。

 どうせ悪口言ってたんだろ?俺の。」

 エンリツィオがすぐに話題を変える。


「確かに最近は愚痴が多かったわね。

 あなたをはじめとして、彼の周りは素敵な男性が多いから、どうしても女性を入れにくいらしくて。

 男女間のもつれだとか、女同士のマウントなんかを、職場に持ち込まれるから、嫌だと言っていたわ。」

女って自分の感情優先だもんな。


「あなたの9番目の……、アプリティオの踊り子さん?歌手だったかしら。

 彼女をあなたが切った時にも、それを17番目の人のせいって逆恨みして、彼女は17人のうちの1人だって、彼女の職場の人に言いふらしたみたいで……。」

 マリィさんの噂の出どころ、それか。


「彼女、職場でも、組織の中でも、目立ってたみたいね。

 あなた以外の素敵な方たちの間でも、9番目より17番目の人気のほうが高くて、それで嫉妬されたって、彼言ってたわ。

 あなたが恋人を口説く前だったし、切られたのは、単に本人の問題だと思うけど。」

全員を1度に切ったんだと思ってたけど、何したんだ?その人。


「……彼女とは、どうなったの?」

 その言葉に、エンリツィオが真顔になる。彼女とは、マリィさんのことだろう。

「言ったろ、だいぶ前に、別れた。」

エンリツィオは表情を動かさずに言った。


「その後に、また、再会したって手紙で言ってたけど、その後どうなったのかまでは、彼、教えてくれなくて。

 彼女がいなくなったせいで、あんまり帰れなくなったって言ってたわ。

 職場にプライベートを持ち込まない唯一の女性で、幹部にしたかったのにって。

 そこは私も、ちょっとあなたを恨んでるわよ?」


 エリスさんが、クスリと笑う。エンリツィオが苦々しそうな表情で、そっぽを向きながら、

「悪かった……。」

 と言った。謝ったよ、こいつが。


「彼女には、私も、色々お世話になったのよ?

 チムチにいてくれた間に、色々彼の故郷の料理を教わったり、子どもの面倒をみてくれたおかげで、2人きりでデートもしたわ。

 あーあ、がっかり。

 ……あなたの傷を癒せるのは、彼女だけだと思ってたから。」

 エリスさんは肩をすくめた。


「あなたの恋人も言ってたのよ?

 死ぬ少し前に訪ねて来てくれてね。

 先にアプリティオに行ったと言ってたわ。

 ……予感がしてたのね。

 自分が死んだら、あなたを頼むと、彼女にお願いしたと言っていたわ。

 彼女、なかなかうんと言わなかったみたいだけど、最後にあなたに連絡を取ると言ってくれたって。それで再会したんだとばかり思ってたわ。」


 エンリツィオは、初耳だという表情をした。

「彼女自身は、どうしてあなたの恋人が、自分に頼むのか、不思議そうにしてたみたいだけどね。

 彼女は、あなたのことなら何でも分かるのに、自分のことだけが分かっていない、素直になれない人だって。

 ……そう、言ってた。」

 エリスさんは目線を落とした。


「まあ、あいつは確かに素直じゃねえよ。

 俺に抱かれてても、いっつも何でもないフリしやがって。

 何でか聞いたら、感じてる顔を見せるのが恥ずかしいんだと。

 ──なんの為に俺とこんなことしてんだって、イイポイントを全部言わせてやったけどよ。」

「オイ、それ、言ってもいいのか。

 てゆうか、俺が聞いてていいのか。」

 俺は思わず慌てる。


「あらっ。

 それは当たり前よ?

 好きだから恥ずかしいし、素直になれないのよ。だから男性から聞いて欲しいの。

 どこがいい?とか、痛くない?とか。

 焦らして貰わないとたかぶれないし、ほんとはして欲しいことがあっても、好きな相手だと、言えないことも多いものよ?

 彼女は特に、好きな人に抱かれてることが嬉しいってことを、知られることすら恥ずかしがる人だから、特にそうでしょうね。」

 いけるクチっすね、エリスさん。さすがこう見えても人妻。


「相性確かめてからじゃねえと、愛人になんてしねえし、他の女はそんなことなかったんだよ。」

 エンリツィオは眉間にシワを寄せて言う。

 外国人はそういうカップルが多いっていうよなあ。


 日本人だと付き合ってからじゃないとそういうことしない奴が多いから、結果好きだけど、行為自体は不満って奴も多いしなあ。

 マリィさんは控え目で恥ずかしがり屋だから、どっちかって言うと日本人寄りの感覚の人なんだよな。


「あなたの他の愛人がそれをあなたに言えるのなら、単純に行為そのものが、あなた自身よりも好きってだけでしょう?

 あなたの恋人だって、なかなか言えないけど、あなたが聞いてくれるから、なんとかなってるんだって言ってたわよ?」

 エンリツィオが、うっ、という表情になる。そんなことまで話されているとは思ってなかったらしい。何でも知ってるなあ、エリスさん。


「てことは、そっちもなんか、ダンナに不満でもあんのか?」

 話そらしたよ。

 エリスさんはニッコリと微笑み、

「ないわ。

 彼はいつだって、私が今日はどうしたいのか、どこがいいのか、確認してくれるもの。

 私がよくなることが、最優先なの。

 ……大事にされてるんだって、いつも感じさせてくれるもの。」


 幸せそうに目を細めるエリスさん。

「そうか……。」

 エンリツィオも目を細める。

 エリスさんが幸せそうなのが、こいつにとっても嬉しいらしい。


「……あなたはキレイになったわ。

 彼も、最後に会った時、そうだった。

 人って悲しい恋を覚えると、どうしてキレイになるのかしら。

 皮肉なものね。」

 エリスさんは寂しそうに笑った。


「……こんな世界に生きていても、幸せになってもいいのだと、──私の夫に教えたのはあなたよ?

 相手が誰でもいいわ。

 あなたも幸せになってね?

 それが彼の、最後の望みなんだから。」

 エンリツィオは、エリスさんの言葉に答えなかった。エリスさんも、答えが返ってくるとは、思っていないようだった。


 帰りの馬車の中で、ふと、俺はエンリツィオに聞いた。

「けど、ルドマス一家が消えたんだ、お前の恋人を殺した奴らへの意趣返し、半分は済んだんじゃねえか?」


「……いや、あいつらは関係ねえ。

 ルドマス一家は人身売買を中心とした、後ろ暗いシノギで稼いでる組織だ。

 ドメール王子が言ってただろう?

 敵対組織はもう1つある。

 ──アスワンダム。

 奴らの生業は主に暗殺業。

 それが俺のオンナを殺した実行犯さ。」

 エンリツィオの目がギラリと光る。


「俺たちが魔法使い中心、ルドマス一家が近接職中心なら、アスワンダムは特殊なスキル持ち中心だ。

 ルドマス一家は商売がうまかった。その点でうちの敵だったが、こと戦力で言うなら、1人1人のスキルが分からねえアスワンダムの方が、よっぽどやっかいな敵だ。」


 使われるまで何を持ってるか分からないのは魔法も同じだけど、組み合わせ次第で効果が変わるのがスキルだ。

 俺の心眼をもってしても、ステータスだけでは見えない部分が確かに存在するのだ。


「お前も気を付けろ。──あいつらは、殺人祭司とつながってる。

 あいつらが情報を流したから、奴自ら出張って来たんだからな。

 お前に刺客が放たれたのも、恐らく奴らから情報が流れたからだ。」

 その言葉に、俺は背筋が寒くなった。

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