第105話 100年前の勇者

 部屋に戻ると英祐が心配してベッドから立ち上がり駆け寄って来た。

「大丈夫だった!?」

「ああ、なんてことなかったよ。

 それより、1つ頼みがあんだけどさ、通信用の道具、もう1つ作ってくれねーか?

 急ぎで渡したい相手が出来てさ。」


「構わないけど……、僕は作れないから、少し時間がかかるよ?」

「ああ、そういやそうだっけか。

 どうしよっかな。チムチを離れる前に渡してえんだよなあ。」

 俺は腕組みしながら首をひねった。


「魔族の国と通信したいって訳じゃないんだったら、この国の魔道具師に作って貰えばいいんじゃないかな?

 僕のは特別製だから、魔族の国とも交信出来るけど。普通の魔道具は魔族の国の結界に遮断されちゃうからね。」


「……そっか。そういや俺、魔道具師のスキル手に入れたわ。

 こないだ魔石はいくつか手に入れたし、それで作っちまえばいいんだ!」

 俺はそのことに気付くと、以前ジルベスタに貰った通信具を参考に、新しく俺としか通信出来ない、腕輪型の魔道具を作製した。


 それを持って、ノアと別れた場所まで空間転移でやってくる。

「おーい、いるか?」

「おう、早かったじゃねえか。」

 ノアが木の葉の間から顔を出す。


「そんなとこで寝てたのか?」

「木と木の間に、魔物が作ってくれたハンモックがあるんだ。地面から遠いと涼しいし、結構快適だぜ?」

 なるほどな。確かに気持ちよさそうかも。


「持って来たぜ?通信具。ほらよ。」

 俺はノアに通信具を手渡した。

「長いこと閉じ込められてる間に、随分と小さく薄くなったもんだな。

 ましてや持ち運べるとは。」

 スマホみたいに、魔道具も進化してんのかな?


「そういやノアって、何でフルネーム名乗るんだ?この世界の人たちはみんな名前だけで生活してるのに。」

 俺は、ふと疑問をぶつけてみた。

「そりゃ、他の奴らは呪術師を恐れてやがるのさ。」

「──呪術師?」


「呪術師は魔法を使うが、その大元は呪いの力だ。フルネームや生年月日が知られると、術が張り付いて逃れらんなくなるのさ。

 俺の元の世界でも、中国っていう国の奴らは、本当の名前や生年月日を言うのを恐れる人間が多いからな。」


「元の世界……。

 ──中国って、お前、元は勇者なのか?」

「だーいぶ昔にな。

 この世界の王族に、魔族の国に送り込まれてな、そこでこいつらを手に入れたのさ。

 こっちじゃ滅多にわかない奴らばかりだ。

 強えーぜ?」


「それは身を持って知った……。」

 俺の言葉にノアは楽しそうに笑った。

「中国を知ってるってことは、お前も勇者なのか?」

 ノアが俺に聞いてくる。

「ああ。俺も連れて来られたんだ。」

「ふうん?珍しいな、黒い目の奴が召喚されるなんて。」

 ノアは珍しいものを見た、といった表情で言った。


「珍しい?そうか?」

「少なくも、俺がいた時代に呼び出されることはなかった筈だぜ。

 この世界にも黒髪の奴はたくさんいるが、黒い目の奴はいねえ。いたらすぐにどっかから話が広まる筈だからな。」


 エンリツィオの恋人は日本人で、学年単位の100人規模で呼び出されている。

 ……けど、それよりも前は?

 それまではアジア人は呼び出されなくて、ある一定の時期から召喚対象になったのだとしたら、──その違いはなんなのか。


 修学旅行がいつから始まったのか分からないけど、それがなくても勇者は召喚され続けていた。ノアの時代以降も延々と。

 最初は最大4人までしか呼べなかった。だから繰り返し呼び出していた。だけどその中に1人もアジア人が入らないなんて、確率的に起こりうるのだろうか?


「俺はこのあと、妖精の国にいくけど、その後助けたい奴らがいてさ。

 その為に、力をつけてえんだ。」

「ほー?

 敵はどんな奴だ。」

「──国だ。」


「ハッ!おもしれえ!

 国に殴り込むのか!

 いいぜ!何なら力も貸してやるよ。

 なんたって、お前は俺の、初めての弟子だからな!」


「ホントか?スゲー助かるぜ!」

 ノアの予想もしない提案に、俺はテンションが上がった。

「ああ。お前といると、退屈しねえで済みそうだ。」

 ノアはニッカと笑った。


「じゃあ、用事を済ませて、チムチに戻ったら連絡するか──」

「──チムチ?」

 初めて聞いた言葉のように、ノアは首を傾げる。


「この国の名前だぜ?」

「この国はラカハーンだ。」

「──?

 昔は名前違ったのかな。」

 俺たちの世界でも、国の名前が変わるなんてことはよくある。


「その後、ナルガラに寄るつもりだから、ひょっとしたら訓練はそこでつけてもらうかも知れねえけど。」

「ナルガラ?それも国の名前か?」

「ああ、そうだよ。」


「なんてこった、戦争でもおっ始めちまったのか、国が別れるなんて。

 俺のいた頃は、……国は1つきりだったんだがな。」

「そうなのか?」

 初めて聞く話だ。


「ああ、ほら見てみろ。

 俺がいた頃の地図だ。

 チムチってのは、どこにある?」

 ノアがそう言って地図を見せてくれる。

「この地図……おかしいぜ。」

 俺はそれを見て驚愕する。


「何がだ。」

「地面が全部つながってやがる。」

「そりゃ地面だからな。」

「そうじゃねえよ。」

 俺は酒場で貰った地図を広げた。表面がチムチ王国の地図、裏が世界地図だ。


「ほら、これ見てみろよ。

 今の世界地図と、ノアの世界地図。

 ……今の7つの国の大体の位置と、ノアの地図の全体図が一致する。

 地震で急激にプレートが離れたのかな。

 プレートテクトニクスで離れたにしては急すぎるし……。」


「プレートテクトニクス?」

「地球表面の地殻が柔らかい層のマントルの上に載って動いているってアレだよ。」

「知らん。」

「お前いつの時代の人間だ?

 西暦何年の生まれだよ?」

「さあな、とじこめられ過ぎてて忘れちまったぜ。」


 地球が球体だと学会が認めたのが確か500年くらい前。プレートテクトニクスに至っては、もっと後になって提唱された筈だ。

 確か、100年くらい前。

 それより前の時代の人間ってことか?

 それか、単にノアが勉強苦手なだけかも知れないけど。


「チムチ王国は、ノアの地図でいう、……ここだな。」

「聖樹はどれだ?」

「えーと……、このあたりだな。」

「ふうん、俺が閉じ込められてたのがここで、お前と会ったのがここで……。

 なるほど、大体の位置は把握したぜ。」


「閉じ込められてた?聖樹に?」

「正確には、聖樹の中に、封印の魔石に入れられた状態で、だな。」

「マジかよ、あれ、閉じ込めることが出来るの、魔物だけじゃねえのか……。

 何したんだ、お前。」


「さーな。強過ぎたんじゃねえのか?

 覚えてないんでわからん。

 この時代について、ちょっと知りてえんだが、本屋に案内してくれねえか?

 とじこめられてた間と、何が違ってんのかなんて、本を見れば分かるだろうからな。」


「いいぜ。

 けど、お前、金持ってんのか?」

「いーや、スッカラカンだ。」

「飯とかどうしてんだよ……。」

「こいつらが取ってきてくれるからな。」

 こともなげにノアが言う。


「マジか……。

 少し渡すよ。

 色々教えて貰うわけだし、授業料ってことでいいか?」

「そいつは助かる。」

「じゃあ、とりあえず、本屋行こうぜ。」

 俺たちは連れ立って、城下町の本屋へと向かうことにした。


「欲しい本は決まったのか?

 ──熱心に何見てんだ?絵本?」

 俺は本屋の中を眺めて回りながら、ノアが欲しい本を選ぶのを待っていたのだが、ノアは何故か熱心に絵本を眺めていた。


「……“勇者とやさしいまものの子”?

 それ、買うのか?」

 俺に声をかけられて、ハッとすると、ノアは慌てて本を本棚に戻した。そんなに慌てなくとも良さそうなもんだが。


「いや、妙に気になっちまってよ、こんなん見てても、俺が閉じ込められてた間の出来事が分かるわけじゃねえしな。」

 そう言って、普通に歴史の本や魔術史の本を購入した。


 会計に向かうノアについていこうとして、俺はふと、“勇者とやさしいまものの子”の絵本を手に取った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『勇者とやさしいまものの子』


あるところに勇者と 仲間のまものの子どもがおりました


まものの子どもは たいへんつよく

勇者もまた たいへんりっぱだったため 

たくさんのてがらをたてました


勇者はまものの子どもにいいました


「ぼくはそろそろ ふるさとに かえろうかと思う」


「これだけてがらを たてたんだもの」


「きっとみんな おおろよろこびさ」


「そこでおまえと いつまでもしあわせに くらそうと思うんだ」


まものの子どもはいいました


「勇者さま それはとてもすばらしいです」


「ぜひおともさせてください」


勇者はまものの子どもをつれて ふるさとにかえることにしたのでした


ふるさとでは たくさんのひとびとと 3人の王さまたちが 勇者とまものの子どもを でむかえてくれました


「よくやった勇者よ ほめてつかわそう

して それはなにか」


「これはまものの子どもにございます 3人の王さま」


まものの子どもをみた 3人の王さまたちの目がひかりました


「まものの子どもは まものをよびよせる

ものども まものの子どもをとらえよ」


「なぜですか 王さま これはわたしのたいせつな なかまです」


「さからうのであれば おまえもころしてしまおう ものども 勇者をとらえよ」


あれよあれよというまに 勇者はへいしたちにとらえられ 3人の王さまたちに ころされてしまいました


「3人の王さま なぜわたしをころさないのですか」


ろうやにとじこめられた まものの子どもがききました


「おまえには みらいえいごう まものをよびよせてもらう

さあなけ ないてなかまをよぶんだ」


まものの子どもは 勇者をしたってなきました


勇者がとうに ころされていたことを まものの子どもは しりませんでした


まもののからだは おかねになります


「勇者がとおくにいかなくても これからは たくさんのまものをよびよせて たくさんおかねをかせぐことができる」


これは3人の王さまたちの たくらみでした


「おまえたち さいきんまものが あつまらない まものの子どもはないているか」


「いいえ 3人の王さま ないておりません」


「まものの子どもを なんとしても なかせるのだ これはめいれいだ」


へいしたちは まものの子どものところへ いきました


「へいしさま 3人の王さまたちに あわせてください 勇者さまはどこですか」


まものの子どもはたずねました


「なんにもしらずに かわいそうに

 勇者なんて とっくのむかしに しんでいるよ

 3人の王さまたちに ころされたんだ」


「かなしいだろう さあなくんだ ないてなかまをよびよせろ」


まものの子どもは言いました


「おまえはこどもができぬよう」


「おまえはくるってしまえ」


「おまえの子どもはまものにしてやる」


まものの子どもは 3人の王さまたちに それぞれ のろいをかけました


「みんな みんな しんでしまえ」


まものの子どもはなきました


かなしむ まものの子どもに かみさまがちからをかしました


3人の王さまたちと 勇者のふるさとのひとびとには てんばつがくだり まもののからだを うってかせいだおかねも いえも かぞくも なにもかもをうしないました


ひとびとは ないてあやまりました


ですが まものの子どもは なきやみませんでした


「かみさま おねがいです

いつかまた 勇者と まものの子どもが

ふたたびあえるように してください」


かみさまは いいました


「おまえたちも 3人の王さまたちと おなじのろいを うけるのだ」


「まものの子どもの かなしみをしりなさい」


「そうすれば いつかふたりを ふたたびあわせてやろう」


「まものの子どもが 勇者にあえたとき

おまえたちの つみをゆるそう」


ひとびとはそれを うけいれました

聖なる木に 勇者をまつり ねがいをこめていのりました


「さあ おやすみ しあわせなゆめをごらん

 勇者にあえる そのひまで」


かみさまは やさしく まものの子どもに  いいました


勇者とすごした たのしい しあわせな日びを ゆめにみながら


まものの子どもは いまもどこかで 勇者がむかえにくるのを まちながら ねむっているのです


つぎにめがさめたとき それがしあわせなゆめでなく ほんとうになっていることを まものの子どもは しることでしょう


おしまい


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お前、何読んでんだ?」

 ホテルの部屋で恭司が聞いてくる。

「ちょっとな。」

 俺はノアが、本屋で妙に気にしていた絵本を読んでいた。少なくとも閉じ込められる前にはなかったらしい。


 なんで絵本について詳しいんだと、不思議に思ってノアに尋ねると、こっちの世界に来てから魔族の国に送り込まれるまでの間に、養護院でよく読んでやってたからな、という返事がかえってきた。


 これの何がそんなにひっかかるのかは、ノアにも分からないようだったが、魔物の子どもを泣かせることで魔物を呼び寄せ、儲けようとしているのが、勇者召喚で儲けようとしている、この世界と似ている。


 だけど、どの国の国民も、魔物の体や魔石が売り物になることは知ってても、勇者召喚を金儲けの為にやっている事実を知らない。

 何かを暗喩しているかのような物語。

 一体誰が書いたのだろうか。


 俺は少なくとも、聖なる木と、3人の王さまたちのくだりが引っかかった。

 チムチに存在する聖樹。そこに閉じ込められていたノア。

 勇者をまつった聖なる木が、チムチの聖樹なのだとしたら。


 この物語に出てくる勇者は、ノアの可能性がある。

 だとすれば、勇者を殺して呪われた3人の王さまたちは、実際にこの世界の王族の先祖であるということだ。


 ノアが知らないということは、国が7つに分かれた後に書かれた物語。

 ノアは死なないと言っていた。だから3人の王さまたちは、ノアを封印の魔石に閉じ込めたんじゃないだろうか。


この7つの国のいずれかに、ノアを閉じ込めた王族の子孫がいる。

 そしてその内の1つが、ここ、チムチなんじゃないか。

 俺にはそんな風に思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る