第104話 参謀の帰還
俺たちがアンナとバッジオさんを、ママさんの店に送り届けると、エンリツィオの指示で、暫くアンナの護衛の人数を増やすことになった。
貴族たちの捕縛騒ぎのどさくさで、一定人数のルドマス一家の人間が逃げたからだ。またアンナを人質に取ろうとしないとも限らない。その中にはランドルもいた。
「あちらさんは追い詰められてる。
なりふり構わず襲ってくんだろう。
護衛は付けるが気を付けろ。」
「──分かりました。」
「アニキなら大丈夫。アンナに手出し、させない。」
頷くアンナとバッジオさんを残し、俺たちはホテルへと戻ろうとした。
「……ついてきてるな。」
「はい、誘導しましょう。」
エンリツィオの言葉に、俺たちは広い場所へと移動した。
「出て来いよ。
ワザワザ場所を整えてやってんだ!」
エンリツィオの言葉に、ランドルと部下たちが姿を現す。
「ボスをやったくらいでいい気になるなよ。
実力だけなら、俺の方がボスよりも上だ。
それに──、」
「アシルさん!」
アシルさんがランドルたちの後ろに姿を現す。
「こっちの戦力は落ちちゃいねえ。」
ランドルは下卑た笑いを浮かべる。
「──なんの話?」
アシルさんが楽しそうにランドルを見ながら笑っている。
「ど、どういうことだ。」
「僕をルドマス一家の戦力に数えるのは、ここで終わりってことだよ。」
アシルさんは、スッとランドルと俺たちの間に立つ。
「う、裏切ったなてめえ!
女房子どもがどうなってもいいのか!」
焦ったようにアシルさんを見るランドル。
「裏切る?
違うね。
最初から僕は、お前らのとこに潜入目的で、僕をさらわせたのさ。
そのことは、うちのボスも了承済みだ。
大体、裏切るってんなら、君らの方じゃなくて、うちのボスの方でしょ?
いつから僕が仲間になったと勘違いしてたの?頭大丈夫?」
「言わせておけば……。」
ランドルは胸元から信号弾を取り出して打ち上げた。
「ざまあ見ろ!てめえの女房子どもの死体は、あとで直接届けてやるぜ!」
と、吠えた。
「──うちの奥さん?
うちの奥さんなら──」
空中から一斉に矢が降り注いで、ランドルの部下たちの体が痺れて動かなくなる。
「今、あの丘の上から、君たちを狙ってるよ。」
「パラライザー付与の矢だと……?」
「こんなのもあるよ?」
更に矢が天空から降り注ぐと、今度はエンリツィオの部下たちに当たった。
「バフ効果の……矢?」
ステータスを確認したらしい、アダムさんが言う。
「てめえの女房が、バフや状態異常を付与出来る、魔弾の使い手だってのか?
聞いてねえぞ、そんな話!」
「言ってないからね。」
アシルさんはしれっと言うと、
「──知能上昇。」
自分に対してスキルを発動させた。別に知能上昇は口に出さなくても使えるんだけど、恐らく相手にそれを分からせる為に言っているのだ。
これはニナンガ王国で、あの日エンリツィオに火の女神の加護を渡した時に、俺がアシルさんに渡したスキルの1つだ。
ダブって手に入ったけど、重ねがけ出来なかったから、アシルさんにあげたのだ。
アシルさんはそれを、今日までエンリツィオにも内緒にしていた。
「知能上昇!?嘘だ、てめえがそんなスキル持ってるなんて情報、どこにも……。」
アシルさんの思惑通り、ランドルは動揺していた。
「──言ってないからね。
エンリツィオにも、誰にも。
エンリツィオが僕について知らないことがあっても。
僕がエンリツィオについて知らないことはない。
それでもエンリツィオは僕を
──それが僕が、ナンバー2たるゆえん。
エンリツィオ一家ナンバー2を、気軽に使えると思うなよ?
ああ、もう言っても無駄かな。君たち、死ぬし。」
「な、」
ドゴドゴドカン!!と言う音と共に、ランドルの後ろの部下たちに、一斉に巨大隕石が降り注いだ。
「──メテオストライク。」
ランドルは脂汗を流しながら、グシャグシャに潰れて血溜まりに沈む部下たちを、瞬きもせずに見ていた。
何が起きたのか分からないのか、しばらく呆然としている。
ハッとしたランドルが、移動速度強化でアシルさんに切りかかろうとした瞬間、アシルさんの奥さんの放った、パラライザー付与の矢が当たり、体が痺れて、剣を掴んで走ろうとしているポーズのまま止まる。
「アースシェイカー。」
ランドルの足元が割れ、声も出せないまま、ランドルは裂け目に飲み込まれて行くと、そのまま何事もなかったかのように、地面に開いた口が閉じた。
「さあ、次は君の番だ。君をあぶり出す為に、こんなにも時間をかけたけど、ようやくたどり着いたよ。
──裏切り者のトラウゴット。」
アシルさんの冷たい目線に引きずられるように、みんなの視線がトラウゴットさんに注がれた。
俺たちはエンリツィオ一家の拷問部屋に来ていた。トラウゴットさんは後ろ手に椅子に縛られて、ガタガタと震えていた。
拷問部屋には、エンリツィオや他の幹部をはじめ、たくさんのチムチにいる部下たちが集まっていた。
「君の言い分はじゅうぶん聞かせて貰ったけどね、トラウゴット。
上は下を気にするべきだとか、1人1人に寄り添うべきだとか。
そんなのは戦争してない奴らが言える言葉だよ。
僕らは慈善事業や、会社として君たちを助けたわけでも、雇ってるわけでもない。
一緒に戦う対等な仲間が欲しくてやってるんだ。
組織が国くらいデカくて、余裕があって、弱者に目を向けられるなら、僕たちだってそうするけど。
僕らは1人1人が自分の命を守るので精一杯だ。
無敵に見えるボスだって、周りの助けがなきゃ、死にかけることだってあるよ。
まだ10代の女の子のマリィに、組織に入ったばっかでいきなりそれが出来て、なんでいい年した君にそれが出来ないのさ?
ボスは君よりも8つも年下だ。
だったら君が守ってやるくらいの気持ちでいなきゃいけなかったんじゃないの?
僕はいざという時、──ボスの為に死ぬと、奥さんにも伝えた上で結婚してる。
その覚悟がないなら、始めから復讐の船出に同乗すべきじゃなかった。
……裏切りには制裁を。
これはたった1つの組織のルールだ。」
アシルさんは、泣いているトラウゴットさんの頭に、袋を被せさせた。
「さよならトラウゴット。
今度はお互い、こんな世界に連れて来られず、幸せに暮らしたいね。」
アシルさんの土魔法が、トラウゴットさんの体をグシャグシャに潰して、床に血溜まりが出来た。飛んできた血しぶきが、俺にもアシルさんにも、みんなの頬に飛んだ。
「──終わりました、ボス。」
アシルさんは冷静にエンリツィオにそれを告げる。
「……ナサスの丘に埋めてやれ。
あいつはあそこから見える景色が、一番好きだった。」
エンリツィオはそれだけ言うと、拷問部屋をあとにした。
残った幹部の人たちが、トラウゴットさんの遺体を片付けている脇で、ワイワイと騒いでいる。
「まったく、なんの為にルドマスの娘に護衛と監視をつけてたんだか分かりゃしねえぜ。
あっさりルドマス一家の奴らにやられやがって。」
エンリツィオはルドマスの娘だと、予め知ってて、監視と護衛をつけてたのか。
考えてみりゃ、そうでもなきゃ、ただの従業員に護衛なんてつけないよな。
普通幹部は護衛も監視も直接はしないものだと思うけど、これもトラウゴットさんをあぶり出す作戦の1つだったのだろうか。
「“アプリティオの魔女”じゃあるまいし、俺は後ろに目なんてついてねえんだ。
分かるかよ。」
アプリティオの魔女?
「お前、前からマリィをそう呼ぶよな。
どういう意味だ?」
「まあ、確かに、後ろに目でもついてるみたいな反射神経してるわな。」
「──そういうんじゃねえよ。
お前らだって見ただろ?
初めてあの女が組織に連れて来られた時のこと。」
「ああ、まあ、幹部候補として育てたいってんで、今幹部をやってる奴らは全員引き合わされたが。」
「めちゃくちゃいい女だったから、俺はずっと反応を見てたのさ。
あとからボスが遅れてやって来ただろ?
あの女、後ろに立ってただけの、まだ声も発してないボスに、その場で一目惚れしやがったんだ。
普通分かるか?後ろにいる人間がどんな奴が。
あんなの後ろに目がついてんだろ。
俺は思わずゾッとしたね。」
「真っ赤になって急に恥ずかしそうに震えだしたあれか?
俺はてっきり、緊張でトイレでも我慢してんのかと思ってたぜ。」
「いや、それはねえな。なぜなら俺はずっとその後マリィと一緒だったからな。
1人になる瞬間を狙って声をかけようとしたんだが、トイレになんて一度も行かなかったぜ。」
「何チェックしてんだよ、気持ち悪りいな……。」
マリィさんなら有り得そうな話だし、出来たとしても不思議ではないけど、確かにちょっと、人間離れしてておっかないかも知れない。
初対面からして普通じゃなかったんだな、あの2人の関係って。
けど、これはそんな簡単な話じゃなかった。それは俺にも恭司にもアシルさんにも、深い関わりのある話だった。
なぜマリィさんにそんなことが出来たのかを、やがて俺たちは知ることになる。
そして、──それが江野沢を縛り付けていたのだということを。
「僕らも帰ろう。
いい加減マトモなとこで寝たいよ。」
疲れた表情でため息をつくアシルさんに肩を叩かれ、俺は頷いた。
俺たちはエンリツィオのホテルの部屋で、今までの経緯をアシルさんから聞いていた。
「僕が酒を一気に飲み干して、グラスを叩き付けながら、コイツに説教するってのが、敵対組織に潜る、の合図なんだよ。」
「……それ、やめねえか?
俺が気分悪リィんだが。」
「──説教したいのは事実だからね。」
苦虫を噛み潰したような表情のエンリツィオに、アシルさんはしれっと言った。
「でも……なんでアシルさんが?
直接乗り込まなくても、潜入させるだけなら、他の人でも良かったんじゃないかって思うんですけど。
俺たち、凄い心配したんですよ?」
「前から接触して来てたからね。
この国に本拠地を移したのも、僕を抱き込む為さ。
いつでも奥さんと子どもを人質に取れる。この国は僕にとって安全じゃないという、無言のアピールの為だ。
逆に言えば、そこまで僕に価値を感じてるということだけど。
実質組織全体の流れを取り仕切っているのは僕だ。エンリツィオの右腕をもげば、おのずと組織は内側から瓦解する。目の付け所は悪くないよ。
──無意味だったけどね。」
そう言ってアシルさんは穏やかに笑った。
部屋まで俺たちの護衛を、というアダムさんに、アシルさんは、僕がついていくからいいよ、と断った。
部屋に行く道すがら、アシルさんは組織を作った頃の話をしてくれた。
「ボスよりも冷静に、冷酷に。
集まった仲間の誰よりも年下の彼を担ぐと決めた時に、僕が自分で自分に課したルールさ。
エンリツィオは凄い奴だけど、飛び級したせいで僕らの中で最年少だった。今よりずっと背も低くて、幼い体つきをしていたよ。
組織の中でも外でも、舐められないようにする為には、彼に継ぐ実力のある持ち主である僕が、彼に従うさまを見せる必要があったんだ。」
その為に奥さんにすら、エンリツィオを優先すると言ったアシルさんは、やっぱり最後までエンリツィオを裏切らない人だった。
「けどよ、お前、本気でアシルさんが裏切ったと思ってなかったろ。
信じきれてねーのが、見ててバレバレだったからな。」
恭司が笑いながら言う。
「そうなの?」
「まあ……はい。」
「話してもいいか?」
「いいぜ。アシルさんなら。」
俺に承諾を求める恭司に頷いてみせる。
「……匡宏は、ちょっと感覚過敏ってヤツを持ってんすよ。
特殊能力とかじゃなくて、脳の一部障害ってヤツで、声に悪意や恐怖なんかが含まれてる場合、その音に殴られてるように感じちまう。
だから、アシルさんがどんだけ嫌味で攻撃的な物言いしても、そこに悪意が含まれてねーことに気付けちまうんすよ。
だから裏切ったって言われても、納得してなかったってワケです。
ニナンガでアニキの執務室で話した時に、匡宏が最初からアシルさんを信じれて気に入ったのも、そういう理由からスね。」
「まあ、アシルさんが、サイコパスかソシオパスなら、また話違うんですけどね。
あいつら悪意ゼロでヤベエこと平気で言うから……。」
俺に分かるのは悪意の有無なので、自分の嘘を本気で信じてる人間も見抜けないが。
「なるほどね……。
君はただのお人好しってだけじゃ、なかったわけだ。
──僕の見る目と演技力も、まだまだ甘いなあ。」
そう言うと、アシルさんは肩をすくめて楽しそうに笑った。
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