第107話 本当の黒幕

「んあ……。」

 俺はホテルのベッドで目を覚ますと、なにか違和感があるのに気が付いた。

 どこかソワソワしている恭司。

 ニヤニヤを隠せないアスタロト王子。

 笑いをこらえた表情の英祐。

 恭司のこの態度は、イタズラをした時に他ならない。


「……てめえら、なんかしやがったな?」

「さあ?」

 恭司がしれっと言う。

「なんだ?」

 あたりを見回すも、何も変わった様子がない。俺は鏡で自分の姿を見てみた。


「あーっ!!」

 俺の顔にバッチリと落書き。

「誰だ!これやったの!」

 そう言いながらも俺は恭司に詰め寄る。

「オイオイ、俺が字を書けるとでも思ってんのか?見たことあるか?そんなとこ。」

 恭司が心外だ、という表情で言う。


「ん……まあ、そう言われてみゃそうだな。

 英祐!!

 ……は、断るだろうし、てことは……。

 お前かああああ!!」

 俺はアスタロト王子に詰めよった。

「え?いやいや、なんで俺だよ?」

「消去法でお前しかいねーんだよ!」


「違ったらどうすんだよ?

 俺傷付くわ〜、お前に疑われて。」

 アスタロト王子は眉を下げて寂しそうに言うが、──ちょっと顔笑ってんだよ!

「違ったらちゃんと謝らないとな?」

「ほんとにいいの?

 アスタロト王子が犯人ってことで。

 無実の人に罪をきせてるかもよ?」


「な、なんだよ。」

 恭司と英祐の言葉に、ちょっとタジタジになる。

「あー、もう!違ったら謝ってやるよ!

 お前が犯人だ!」

 俺はアスタロト王子を指さした。

 アスタロト王子がニヤリと笑う。


「匡宏……実はな。

 ──俺、字が書けるんだ。」

 見せられないよ!というキャラのポーズで、アスタロト王子がニヤニヤしながら差し出した木の板に、恭司が字を書いてみせる。

「てめーら黙ってた時点で全員同罪だ!」

 広くも狭くもないホテルの部屋の中を、俺に追いかけ回されて全員が逃げる。もうシッチャカメッチャカだ。


「──城に戻ったら、部屋にお前ら誰もいねーんだもん。ベッド4つもあんのに、寂しいったらよ。」

 アスタロト王子が逃げながらそう言う。

 そういやアシルさんに声をかけられて、そのままアスタロト王子に何も言わずに、ホテルに戻って来てしまったのだ。


「だから落書きしたってか!」

「ちょっとした冗談だろ〜?

 そんな怒んなって。」

「怒るわ!」

「──あ、オイ、英祐、アニキに頼み事しにいくんだろ?そろそろ時間だぜ?」


「あ、そうだね、遅れちゃまずいよ!」

「あ、俺も捕縛した貴族たちの扱いを決める為に、いったん城に戻らねーとだわ。チムチを出る時は見送りに行くからよ!」

 そう言って3人は、俺を置いて部屋を出て行ってしまう。


「あっ!おい待て!

 それ、俺も呼ばれてんだよ!

 俺まだ顔洗ってねえ!待てって!

 ぜってーやり返してやっかんな!

 ──何で今書いたんだよ!クソッ!」

 足元でユニフェイだけが心配そうに見上げる中、俺は慌てて洗面所で顔を洗った。


「──どうした、そのツラ。」

「……なんでもねえ。」

 俺は恭司と英祐とユニフェイとで、エンリツィオの部屋にいた。英祐がエルフの国の手前の、獣人の国に向かう俺たちの船に同行したいと言ったので、それをエンリツィオに頼む為だ。


 俺はストレートにエルフの国に行くものだと思っていたけれど、手前の獣人の国を通らないと、エルフの国に行かれないらしい。

 俺の半分落書きの残った顔を見て、エンリツィオが聞いてくる。後ろでクスクスしている恭司と英祐を見て、アシルさんは事情を察したようだった。


 魔族の国と人間の国を行き来するには、本来ならポータルという、決まった時間に動く転送魔法陣を使用して、近くの国まで移動するのだという。

 タイミングが合わないと、かなり待つことになるので、急な呼び出しに応じてくれた英祐は、ポータルを使わずに来てくれたのだ。


 獣人の国まで行けば、そのポータルがあるのだと言う。理由を告げて同行させて欲しいという英祐に、エンリツィオは構わんぜ、と答えた。

「魔王候補を長いこと引き止めて悪かったな。だがおかげで助かった。」

 とエンリツィオが礼を言った。


「いやあ、魔王候補って言っても、暫定的なものですし。

 王女が帰ってくれば、その子が継ぐわけなんで、僕としては、早く帰って来て貰って肩の荷をおろしたいっていうか。」


「魔王に娘がいんのか?」

 俺は英祐に尋ねた。

「今ちょっと、家出してるらしくてさ。」

「マジかよ、反抗期か?」

 恭司が言う。


「反抗期かは分かんないけど、前からしょっちゅう家出してたらしくて。

 魔王様としては、娘が戻って来てくれるのを待ちたいんだけど、引退もしたいからってんで、候補をたてたってワケ。

 僕が仮についだとしても、その子が帰ってきたら、また引き継げばいいしね。

 僕としてはそのつもり。」


 目立ちたがらない英祐らしいな。

 俺がルドマス一家から新しく手に入れた、身体強化のスキルを渡したいと告げると、英祐は酷く喜んでくれた。

 人として使えるスキルは初めてだもんな。

 アプリティオでの戦闘スタイルを見て、今後の為にもそっちのスキルを渡していきたいとエンリツィオに告げると、いいんじゃねえか、とエンリツィオも言った。


「船旅楽しみだね、僕友だちと旅行なんて初めてだよ。」

 英祐は無邪気に笑った。

「あー、船旅はいいんだけどなあ、飯がなあ……。」

「またあれを食うのか……。」

 俺と恭司が遠い目をする。

「ご飯?」

 英祐が首を傾げる。


「料理長は日本料理を知らないからさ、日本人向きの料理がさっぱり出てこねえんで、ウマいけど段々と胃にくるっつーか、飽きるっつーか……。」

「じゃあ、リシャを呼ぼうか?

 彼女、料理得意だよ?

 ──イメージを伝えれば、その通り再現してくれるし。」


「リシャ?」

「白い羽の生えた子がいたでしょ?」

「ああ、ハーレム6人衆の……。

 てか、今から呼んで間に合うのか?」

「彼女1番飛ぶのが早いし、ポータルに乗ればすぐだからね。

 最悪船が出た後でも、僕の位置を追って追い付けるよ?」


「じゃあ、呼んで貰ってもいいか?

 迷惑じゃなければ。」

「うん……。自分だけ呼ばれたとなると、むしろ張り切るんじゃないかな……。」

 ああ、お前のことが大好きなんだもんな。

 俺と恭司は、ちょっとジト目で、英祐に嫉妬の目線を向けた。


「しかしこの、異界の門てスキル、謎なんだよなあ……。ルドマス一家のボスから奪ったんだけど……。」

「──異界の門?」

 初めて聞くスキルだと英祐が言う。


「スキルはさ、使ってみないと分からねえ部分も確かに多いんだけど、まったくなんの説明もないスキルは初めてなんだよ。

 普通はステータス見りゃ、多少はなんか書いてあるもんなのに……」


「使ってみるしかねえだろ。」

 と恭司が言った。

「まあ、そうだな。

 エンリツィオ、ちょっと広い場所貸してくんねーか?なんかあってもいいようにさ。」


「アダム。」

「はい。」

 アダムさんが護衛兼、場所案内を兼ねてついてきてくれることになった。面白そうだからと恭司と、英祐がついてくることになり、せっかくなのでユニフェイも連れて行くことにした。もちろん俺は顔を洗って。


 広場のように家も何もない場所に案内して貰うと、俺はステータス画面の異界の門に触れてみた。なんの反応もしない。

「使い方が分からねえ……。」

 いきなりつんでしまった。


「合言葉とかいるんじゃない?

 開かない扉、魔法、ってなると、なんかそんなイメージあるよね。」

 英祐が言う。


「開けゴマってか?」

 恭司が言う。

「試しに言ってみるか……。

 ──開けゴマ!」

 やはりなんの反応もない。


「日本の合言葉じゃないのかもね?

 ここの魔法って、英語寄りじゃない?」

「確かに、そうかもんしんねえな。」

 英祐の言葉に恭司がうなずく。俺はそれを試してみることにした。


「ん〜〜。

 オープンゲート!!」

 目の前が突然光に包まれたかと思うと、巨大な扉が突如として目の間に現れ、音もなく扉が開く。


 扉の中はぐるぐると渦巻いた亜空間のようなイメージで、近付くと中に吸い込まれそうで怖い。

「な……なんだこりゃ?」

「なんか……禍々しいね。」

 恭司と英祐が後ずさる。


『欲しいものを頭に思い浮かべて、代わりに差し出すものを投げ入れなさい。』

「なんだ?この声?」

 突如きれいな声が扉から聞こえた。キョロキョロと辺りを見回すが、人の姿はない。


「えっ、声?

 何にも聞こえないけど……。

 聞こえる?恭司、アダムさん。」

「いえ、俺は何も……。」

「俺もだ。お前の頭ん中にだけ響いてんじゃねーのか?なんて言ってんだ?」


「欲しいものを思い浮かべて、代わりに差し出すものを投げ入れろって……。」

「物々交換ってこと?」

「等価交換ってやつか?」

 英祐と恭司が俺を見てくる。

「同じものを入れろとは言われてねーけど、お前ら、何が欲しい?」


「って急に言われても……。」

「大体のモンは、アニキかアシルさんがくれるしな……。

 どうせ試すなら、この世界で手に入らないモンにしようぜ。漫画とかよ。」

 恭司が笑いながら言う。


「出たらいーけど、はは、ありえねー。」

 俺は頭に漫画を思い浮かべた。

 扉の中が光る。

「何かを差し出せったって……。なんだ?」

 俺は腕組みしながら首を傾げる。


「とりあえず、お金を入れてみましょうか。

 金貨なら、元の世界と同じく、金に価値がありますし。」

 そう言って、アダムさんが財布を取り出すと、扉の中に金貨を投げ入れた。


 扉の中のぐるぐるが、うねるように光って中央に集まると、それが光の塊を吐き出す。

 光が霧散した瞬間、

「マ……漫画!?」

 それは確かに、俺が思い浮かべた、元の世界で読んでいた漫画だった。それも現時点で出てるシリーズ全部。


 しかも、続いて出てきた小さな光の塊が霧散すると、

「えと、これ、お釣りってこと?」

 英祐の言葉通り、地面にお金が散らばって落ちていた。


「ス、スゲー!

 あっちの物が手に入るじゃねーか!

 これ、今まで貰ったどんなスキルより便利だろ、匡宏!」

 俺たちが素直に喜んでいる頃、それを遠くで見ている集団がいた。


「あのスキル、あの子どもに渡ったのね。」

 黒くてゆったりした服を着た、銀髪の美女が言う。

「この世界に存在しない、作られたスキルだってことには、さすがにまだ気付いてねえみたいだな。」

 オデコにヘアバンドをつけた、金髪の目つきの悪い男が言う。


「それに気付いたら、奪いに来るんじゃないか?あいつがそうなんだろう?

 スキルを生み出すスキルの対極をなす唯一のスキル、スキル強奪を持つ男ってのは。」

 髭面の熊みたいな男が言う。


「どっちにしろ、いずれ戦うことになるさ。なにせ今度の依頼は、どんな手を使ってでも殺せって言われてるんだからな。

 ──エンリツィオ一家のボスを。」

 この暑いのに長袖を着た、涼しげな顔の水色の髪の男が言う。


「恋人を殺しただけじゃ飽き足らず、今度は本人とか。とことん嫌われたものね。」

 可哀想に、という表情で、赤髪のショートカットの美女が言う。


「王族にケンカ売って、全部ぶっ潰そうってんだ、あちらさんも本気になるよねえ。

 当時はうちの組織も、あいつに大分やられたしな〜。

 前回の時は奴の恋人を囮に、奴を捕まえるのが依頼だったから、手出し出来なかったけどぉ、今度は僕たちが相手だしぃ?奴もこれで最後〜って感じだね。」

 ひょろ長く飄々とした、目の細い男が笑いながら言う。


「ルドマスはまあまあ役に立ったわね、ボスがノコノコと戦いの場に現れたもの。」

 黒髪ストレートロングの美女が言う。

「ねー、あの喋る鳥ちゃん欲しい!」

 ボサボサピンク髪の美少女が言う。


「エンリツィオを殺したら、ついでに奪ってあげる。

 ああいう男をいたぶるのって、最高に楽しみだわ。

 前回は直接やれなくて、残念で仕方がなかったもの。」

 体のラインが出る服を着た、金髪の美女が目を光らせて言う。


「──傀儡は?」

「これで最後の1人だよ〜。

 可哀想にね。頑張って部下のレベル上げをしたってのに、帰ってきたら裸の王様だなんて。」

 飄々とした男の後ろには、おびただしい血が流れ、人の山が積み上がっていた。


「まずはエモノを手に入れる。奴らが妖精の国に渡って力をつけたとしても、絶望の中で死ねるようにな。

 それさえあれば、奴らがこっちに戻って来るまでに仕留められずとも、必ず最後に命を落とす、死の秒読みが始まる。

 ──いいな。」

 緑髪の男の言葉に、「「「「「「「「「了解。」」」」」」」」」と、全員が一斉に頷いた。


 俺たちは許可を得て獣人の国に向かうことになった。港についたが、アシルさんの奥さんと娘さんの姿が見えない。

「見送りに来ないんですか?

 エリスさんたち。」

「会うと離れるのが嫌になっちゃうもん。

 家で別れて来たよ。」

 なるほど、ラブラブだなあ。


「コイツときたら、チムチにくると、初日を除いて、酒に誘おうが飯に誘おうが、頑なに家に帰りやがるからな。」

 普段はアシルさんとばかり食事をしているエンリツィオの言葉に、


「家で可愛い奥さんと美味しいご飯が待ってるのに、なんで男同士で寂しく飲まなきゃなんないのさ。

 君も早く結婚すればいいじゃない。

 気持ちが分かるから。」

 とアシルさんが言った。


 こいつが結婚……ねえ。

 まあ、一夫多妻制ならあるかもな。

「そんなに奥さんのこと大好きなら、知り合ってから結構早めに仲良くなれたんですね?アシルさんのことだから、相手を調べ尽くすまで信用しないかと思ってました。」


 俺の言葉にアシルさんは、

「そうでもないよ?

 エリスと知り合った瞬間から、エリスの好き好きアピールが始まったせいで、僕、これはハニートラップだと、信じて疑わなかったからね。

 だってありうる?

 いきなり目の前に現れた理想の女性に、初対面で好かれるなんてこと。

 エンリツィオならともかく、僕だよ?」


「……気持ち分かります、それ。」

 だから俺は江野沢の好意を信じて受け止めきれずに、本当に好きなのは俺1人だと思いこんで、傷付くのが怖くて、江野沢から逃げ回ってたわけだし。


「僕の好みなんて、エンリツィオですらよく知らない筈なのに、こんなにドンピシャな相手を送り込んで来るなんて、どれだけ情報収集にたけた組織なんだ、って、相手を調べるのにやっきになってたからね。

 ……そんな敵いなかったんだけどさ。」

 アシルさんの1人相撲だったわけだ。


「今思うと、ホント恥ずかしいけど、それくらい、エリスは僕にとって理想中の理想だったんだ。

 エリスのことを信用してからは、誰かに取られるんじゃないかって不安になって、結婚式もあげて、後は一緒に暮らすだけの状態だったのに、子どもまで作っちゃってさあ。

 ──この僕がだよ?

 本気で好きになると、こんなにも女性を孕ませたくなるものだなんて、……思ってもみなかったよ。

 今は結婚出来て、幸せだよ。」


 ──破顔。

 いつもからかうような笑顔や、本心を見せない為の笑顔のアシルさんが、心から幸せそうに笑っている。

 エリスさん、ちゃんと幸せそうです、アシルさん。

 この時俺はまだ、エリスさんとあんなに深く関わることになるとは。

 関わらざるをえなくなるとは。

 まったく思っていなかった。

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