第102話 助っ人の正体

「ここでルドマス一家は助っ人が参戦です。

 ライアー!

 そのスキルは遺伝子操作と激運と反射とのことです!

 この男に触れられたら最後、姿を奪われ死に至ります!」


 会場がシン……とする。

 バトルフィールドの端々で、水魔法使いが、カールさんの出した水を処理して、キレイにする姿だけが動いていた。


「あの野郎がルドマス一家に味方をしただと?やっぱりどこかで殺人祭司と繋がってやがんのか。」

 俺は親指の爪を噛んだ。

「じゃあ、こっちもそろそろ助っ人を呼ぶとするか。」

 恭司がそう言う。


「──助っ人?」

「「プレイスチェンジ!!」」

 恭司の声が重なって聞こえたかのように思った次の瞬間、恭司のいた場所に、突如としてアスタロト王子が現れる。


「誰だ!?外部から出入り禁止の結界をしいていた筈……。」

 ランドルが慌てたように言うが、現代魔法でアスタロト王子の古代魔法は防げない。ガードしたところでどこでも入り放題だ。


「これは……チムチ王国王位継承権第1位のアスタロト王子が、エンリツィオ一家側の助っ人として参戦だ〜!!

 対戦表によりますと、予めオーダーされていた参加者のようです!」


 俺はその言葉に慌ててエンリツィオを振り返る。

「まあ、そういうことだ。」

 エンリツィオがニヤリと笑う。ここに来ると決まっていた時点で、アスタロト王子と約束を取り付けていたらしい。


「そいつとは、俺がやるぜ。」

 アスタロト王子が前に出る。

「アンナがさらわれたのは、……俺のせいだしな。」

魔族の魔法をかけられず、事情を伝えられなかったのが原因だから、アスタロト王子のせいだけではないのだけど、そこに責任を感じているみたいだった。


「つまり……、アスタロト王子が負けた場合、ルドマス一家の要求通り、この国の王子の体が観客に差し出されることに……?」

 当然現れたアスタロト王子に、静まり返っていた観客席は、司会者のその言葉を聞いた途端、割れんばかりの歓声で盛り上がった。


 アスタロト王子はそれを聞いても、頭の後ろで腕を組みながら、やーだ、俺ってば大人気〜、と能天気にニヤニヤしている。

 アスタロト王子が女の子の場合、この国の王女たる美少女を好きに出来るチャンスが、急に降って湧いたようなものだ。


 有名な女優や歌手を抱いてみたいという感覚と変わらない。この国の場合、それがアスタロト王子になるのだろう。

 観客の興奮も無理はないが、親友に似た男を女体化して見るのは、さすがの俺でも無理だ。というか、問題はそこじゃない。


「おおおおおおお、お前!

 万が一負けたらどーすんだ!

 王子が国民に体を好き勝手されるとか、あっていいことじゃねーだろ!」


「だーいじょうぶだよ。

 お前からアイツのスキルの特性を聞いて思ったんだ。この場で戦うことを前提にした場合、アイツは俺に手も足も出ねえ。」

「この会場なら……?

 てか、なんで今登場したんだ?恭司とどうやって連絡とって入れ替わったんだよ?」


「──さっきまで、ちょっとやることがあってな。俺も念話使えんだぜ?

 俺に言ってくれりゃあ、複数の人間と喋れるのにさー。

 まあ、話せるのは俺とだけだけど。

 そいつで恭司と連絡を取ってたんだ。」


 アスタロト王子が一歩進むとともに、進む速度に従って、つま先からゆっくりと、体が光に包まれていく。

「まあ見てな。

 すぐに沈めてやるよ。」

 恭司はその頃、地下闘技場の外にいた。

「さて、俺は俺の仕事をするか。」

 そう言って暗闇の中を羽ばたいて行った。


「ここで賭けを締め切ります!

 なんと得票率はライアーが驚異の97%!

 これはアスタロト王子が負けることへの期待への表れでもあるでしょう!」

 未成年相手に気持ちわりーな!このクソジジイども!


「お前……この間の奴か。

 俺に姿を奪われて死んだ癖に、余程また同じ目に合わされたいらしいな?」

 ライアーはニヤニヤしていた。


 アスタロト王子の体は、既に薄い羽のようなものに包まれて、髪の毛が逆立ち、目の色が金に変わっている。

「──10秒だ。

 10秒立ってたら褒めてやるよ。

 レビテーション。」

 アスタロト王子は笑いながら宙に浮いた。


「抜かせ!

 お前を倒したら、次はあいつの姿をいただく!

 ……エンリツィオ一家はキレイなのばっか揃ってるって言うから、協力に了承したんだが……期待以上だせ。」


 そう言ってライアーが見たのは、俺ではなくカールさんだった。キレイな男の見た目を集めているコイツからすると、カールさんは最も欲しい見た目の1つだろう。

 カールさんが、気持ちが悪そうに、ウッという表情でたじろいだ。


「ああ……でも、お前もいいなあ。」

 ライアーが舐めるようにギュンターさんを見る。オスっぽいエンリツィオやアダムさんより、女性的な見た目の方が好みらしい。

「今から楽しみで仕方がねえが、まずはお前を潰さねえとな。」


 男の姿がアスタロト王子へと変わる。

「さて、運命はどっちを選ぶかな?」

 妖精の姿のアスタロト王子と、人間の時のアスタロト王子の姿のライアーは、互いにニヤリと笑った。


 ──だが、どれだけ時間が経っても、アスタロト王子も、ライアーも死ななかった。

「……どういうことだ!?」

ライアーが初めての経験に驚愕する。


「神とも精霊とも契約してないお前は、この姿にゃなれねえ。こいつは遺伝子じゃなく、魂と交わされた契約だからな。

 だから俺は死なない。

 ──お前さあ。姿は変えられても、変えた相手のスキルや能力が使えねーんだろ。

 ……それか、使えたとしても、使うわけにはいかねーかの、どっちかだ。

 俺が姿を奪われた時、お前のスキルは姿を変える前と同じ、遺伝子操作、激運、反射のままだった。それは匡宏が確認してる。

 スキルまでそいつと同じになっちまったら、元の姿にも、他の姿にもなれねえもんな?

 俺のスキルをお前は使えない。 

 姿を変えることしか出来ねえのに、どうやって俺に勝つんだ?

 オマケに試合中だから、どっちかがやられるまで、逃げらんねーぜ?

 他の奴らにも触れらんねえ。

 俺がこの中に入る前に攻撃をしかけらんねえ以上、先に姿を変えちまえば、俺が变化するより先に俺の姿になられることもねえ。

 そして俺の古代魔法は反射じゃ防げねえ。

 俺が先にこの姿になった時点で、お前は詰んでんだよ。」


「なら、既に触れておいた、お前の仲間の誰かに変わってやるよ。そいつが死ぬことになるんだ。それでもいいんだな?」

「なれるもんならなってみな。

 他にも誰かが死ぬんじゃねえかって思って、俺は攻撃をやめるしかなくなるな?」


 だがライアーはアスタロト王子を下から悔しそうに睨んだまま、誰の姿にも変わらなかった。

「ノコノコ出て来てごくろーさん。

 ──あばよ。

 ライトニング・ボルト!」


「ゴハッ……!!」

 ライアーがアスタロト王子の姿のまま、膝をついて地面に崩れ落ちる。

「ちなみに俺も、姿変えられるんだぜ?

 シェイプ・チェンジ!」

 アスタロト王子の姿が、ライアーの姿に変わる。


「自由に解除出来るし、人以外にもなれるぜ?お前と同じ能力も使える。激運勝負だったら、どっちが勝ってたかな?

 喋り過ぎたせいで10秒経っちまったか。

 よく持ったな、偉い偉い。」

 ライアーはそれを聞いて、圧倒的な力の差を思い知り、地面に倒れ込んだ。

 アスタロト王子の余裕勝ちだった。


「既にこの時点で3勝を決めましたので、エンリツィオ一家の勝利が確定しました!

 ただし試合も賭けも続行、次の対戦で負けた方が、体を差し出すルールも継続されています!気を抜けない戦いが続きます!」

司会者の言葉に観客が再びわいた。


「……知ってたのか?

 助っ人がライアーだってこと。」

 俺はエンリツィオに尋ねた。そうじゃなきゃ、ライアーに合わせてアスタロト王子のオーダーは組めない。他の人間ならライアーのスキルに殺されていた筈だ。


「向こうがこっちにスパイを入れているように、こっちも入れてる。

 それだけのことだ。」

 エンリツィオはこともなげに言った。


 その時、VIP席と思われる出っ張った場所に、1人の男の姿が現れ、その横に立っていたのは……。

「アンナ……!?」

 助けを求めるように、俺たちを見下ろしているアンナだった。


「あれがルドマス一家のボス、ルドマスです。姿を現すとは思いませんでしたね。」

 アダムさんが言う。

 あれがボスなのか……!

 アンナは恐れたように震えている。


「ようやくお前が帰って来てくれて嬉しいよ、アンナ。」

 ルドマスは、アンナの肩に手を置きながら、反対の手で髪の毛に触れて口付けた。

 そのいやらしい手付き、気持ちの悪い行動に、俺は鳥肌がたった。


「お父さんがお前の為を思って心配してやったことが、どうしてお前に分からないんだ?

 お父さんはお前の為に、たくさんの時間もお金も使ってやった。

 アンナはそれに対して何も返してくれないのかい?

 誰かに愛されたいなら、ちゃんと見返りを渡すのが人というものだよ?」


「お、お父さん……、私……。」

「ルドマス一家のボスが、アンナの父親だってのか……!?」

「──アイツ!!」

 俺と恭司がルドマスを睨む。アンナが俺たちに何も言えなかった筈だ。エンリツィオ一家に保護されてる身で、敵対組織のボスの娘であるなどと。


「ん?どうしたね?アンナ。」

「わ、私もう、自分で生きていきます。

 だから、もう私のことは放っておいて下さい。

 お父さんの言うことは聞きたくない……!」

 アンナは震える声で、それでも勇気を出してそう言った。


「悪い子だね、アンナは。

 子どもは親の言うことに従うものだよ?

 少しお仕置きが必要みたいだね?」

「お、お父さん、嫌……。」

 アンナは手首を捕まれながらも身をよじるが、ルドマスに抱き寄せられてしまう。


 ルドマスが手を上げると、アンナの肩にいたチュラブルが、アンナの首筋の肌を溶かして、血管の内側へと素早く潜り込んだ。

「アンナ〜〜!!!!!」

 アンナは一瞬、ウッ!という表情をした。


 暫くすると、アンナは呆然としたような目になり、その動きも表情も止めた。

「私の可愛いアンナ。

 お父さんの言うことが聞けるね?」

「……はい、お父さん。」


「ああ、いい子だね、アンナ。

 さあ、よく見ておくんだ。

 お前に近付いた男がどうなるか。

 私からお前を奪おうとする男が、2度とマトモな世界に戻れなくなる姿をね。」

 ルドマスがアンナの体を撫で始めても、アンナは抵抗しなかった。


 そういうことか。

 元々俺が目的だったのだ。アンナの近くにやたらと現れる俺が、気に入らなかったルドマスが、俺を排除するのが目的の戦い。

 大勢の前で、無抵抗の俺を痛めつけた挙げ句、体を辱めるという二段構え。


 シノギの権利を譲ったところで、闇組織同士の話だ、後でまた奪い返せば済むだけのこと。

 逆らえない俺を、苦しむ俺を、この先されることに対する恐怖に怯える俺を、高いところから見て楽しむ為。


「続いての対戦は、エンリツィオ一家から匡宏!ルドマス一家から双剣使いのランドルです!」

 ルドマスの手がアンナの服の中に潜り込んだ瞬間から、俺の耳には司会者の声も観客の声も、一切届かなかった。

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