第101話 カールの戦略

「オーダーを伝えて来てくれ。」

 エンリツィオがなにがしか書いた紙をギュンターさんに手渡し、ギュンターさんがそれを持って運営に駆け寄って行った。


「──まずは俺がいく。

 勝ち抜きだってんなら、俺1人で決着をつけてやるぜ。」

 エンリツィオが、準備運動のように、右手でおさえた左肩を回し、ニヤリと笑いながら先陣を切って前に進んだ。


「この男が再び地下闘技場に参戦だ!

 大剣使いの剣騎士のような体躯ながら、なぜか闇と火のニ重属性の魔法使い!

 その魔法スキルは神獣レベル!

 過去の対戦記録は全戦無敗!

 エンリツィオ一家ボス、エンリツィオが、いきなりの登場だ!」


「……あいつ、前にもここで戦ったことがあるんですか?」

「はい、ここで勝利するということは、この国の貴族たちに叶えられることであれば、どんなことでも叶えて貰えるということです。

 まだエンリツィオ一家の人数が少なかった頃、ボスは単身乗り込んで優勝し、当時チムチ城に囚われていた俺たちを、救う手助けを貴族たちにさせたのです。

 そのおかげで俺たちは今ここにいます。」


 なるほど、国相手ともなると、さすがにあいつ1人でどうこう出来る問題じゃない。

 ここで戦力を増やしたってことなのか。観客にもファンが多いらしく、ヤラセろコール以外にも、純粋に応援する声も聞こえる。


「対するはルドマス一家からイースラー!

 魔道具師のスキル持ちの為、自らが作った魔道具に搭乗しての参戦です!

 ご覧下さい、未だかつてこのような大きさの魔道具を動かせる魔道具師など、見たことがありますでしょうか!

 力を誇示する為に今、角材を……へし折った!!」


 結構な太さの、持つだけでも大人3人は必要な大きさの角材を、真っ二つに折ってみせるパフォーマンスに、会場のボルテージが上がる。


 ……オイオイ、あんなのどう見てもロボットだろ。確かにむき出しの人が上に乗ってるけどさ。

「ずっちくねーか?」

 恭司も憤慨している。


「武器、スキルの使用は自由ですから。

 ましてや、あれが彼のスキルによるものならば、許可しない理由はありません。」

 無表情にカールさんが言った。


 どう見てもエンリツィオの1.5倍はあろうかという高さに、3倍はあろうかという横幅。エンリツィオは余裕そうに笑っているけど、どう考えても不利だ。


「魔道具は古代魔法で作られたものを参考にして作られたものが殆どですが、あんな形のものは見たことがありません、

 イースラーのオリジナルでしょうか?

 果たしてどのような機能が備わっているのでしょう!

 今、試合開始です!」


「──魔法禁止発動!」

 ロボットの正面の腹のあたりが光り、魔法禁止の魔道具が発動する。


「イースラー、いきなりの魔法禁止発動だ!これでは素手で戦うしかない!

 ほぼ王宮と教会にしか存在しない、神獣クラスの魔法使いをおさえこめる、高位の魔道具を体内に所持していた!

 なんとこのサイズで私の魔法スキルまで、この距離で抑えられています!

 魔石の力を増幅する機能を組み込んでいるのでしょうか、これは凄い!

 魔道具を防げても、イースラー自身が身体強化のスキルを持っています!

 果たして賭けにどう影響するのでしょうか?」


 ロボットの両腕がエンリツィオに襲いかかり、片腕をエンリツィオが掴んで動きを止めるが、立て続けにもう片方の腕が襲いかかり、それも止めたことで、両手で組み合った状態の、完全な力比べが始まった。


「エンリツィオ……!」

 ぐるぐると2人の位置がまわる。

 いくらなんでも、あんな奴と力比べをして勝てるわけがない。俺と恭司が焦る中、何故かアダムさんたちは涼しい表情だ。


「魔法使いなんざ、魔法を奪っちまえばこっちのもんだ。

 大人しく貴族のヒヒジジイたちの慰めモンになりな、エンリツィオ。

 全財産投げ売ってでも、お前を買いたいって依頼が多いんだ。

 その様子をしっかり映像記録魔道具に記録して、全世界に発信してやるよ。」

 そんなことを闇組織のボスがされたら、いい笑い者だ。


「ここで賭けが締め切られました!

 投票率はエンリツィオが87%!

 観客の圧倒的な期待を背負っています!」

 観客席もアダムさんたちと同じ考えのようだ。勝てる確信があるのか、それとも単にコイツの強さに期待してるのか。


「──今までに、お前と同じことを考えたヤツがいないとでも思ってんのか?

 だが俺はここで無敗を誇っている。

 それがどういうことか分かるか?」

 エンリツィオはそう言うと、笑いながらググググッと両腕に力をこめる。筋肉が盛り上がり、今にも服がはち切れんばかりだ。


「──俺は魔法なんかに頼らなくとも、そんじょそこらのヤツには負けねえんだよ!!」

 エンリツィオの部下たちだけでなく、会場の観客からもエンリツィオに声援が飛ぶ。純粋な力対力の勝負に、観客のボルテージは最高潮だ。


 悪い笑顔で嬉しそうにロボットを押し戻している。なんでお前肉弾戦のが楽しそうなんだ。貰うスキル絶対間違ってんだろ。

 ロボットから、ミシミシミシッ!という音が聞こえ、イースラーが焦りだす。


「ちゃっちいオモチャだ……なァ!?」

 エンリツィオが腕を前に交差すると同時に、バキィッ!!!という音と共に、ロボットの腕が外れて、ズンッ!と地面に落ちる。

 魔道具は電気を使わないからか、断面から火花が散ったりしないのが不思議だった。


「あーっとイースラー、巨体の魔道具の両腕を、エンリツィオにへし折られました!

 これでは戦えない!」

「──終わりだ。」

 エンリツィオが地面を飛び上がると、

「や、やめろ……!身体強──」


 イースラーが言い終わる前に、エンリツィオはドロップキックでロボットの搭乗席から、俺たちのところまでイースラーを派手にふっ飛ばして、スタッと地面に着地した。オカダ・カズ●カかよ!!

 てか、オカダより飛んでんじゃねえ!


「あーあ、スキルあっても、戦いなれてねえ奴を前線に出すから、とっさの対応が出来なくて、すーぐ終わっちまったぜ。

 相手じゃなさ過ぎたよな。アニキの活躍、もっと見たかったのによぉ。」

 恭司が独り言を言う。


「マリィさんとタッグ組ませて、WWEで戦わせてえなこいつ。」

「あ、それ分かるわ。」

 俺の言葉に恭司が同意する。


「俺を金で買いたいなら、国家予算を持ってきな。デートくらいしてやるぜ。」

 ニヤリと笑いながらそう言うと、さっさとこちらに戻って来る。俺は目の前のイースラーに触れると、こっそりとスキルを奪った。身体強化、ちょうど欲しかったんだよな。


「イースラー、完全に気絶しています。

 この戦い、エンリツィオの勝利だ!!」

 観客席と俺たちが湧いている最中、恭司は1人、儲かったぜ、さすがアニキ!とホクホク顔だった。賭けとったんかい!


「次の対戦は、ルドマス一家からミルバ、エンリツィオ一家よりカールの登場だ!」

 俺を始めとする会場がざわつきだす。勝ち抜き戦じゃなかったのか?


「……し、失礼しました!

 今回の対戦は勝ち抜き戦ではなく、1人1回の対戦となります!

 賭けに参加される方は、ミルバかカール、どちらかにお賭け下さい!」


「……ルールを捻じ曲げてきましたね。」

「運営はあちら側の味方ということですか。」

 なんだって!?

 アダムさんとギュンターさんは涼し気な表情でそう言ったが、俺と恭司は司会者を睨んだ。


「まあ、想定の範囲内だ。

 いけるな?カール。」

「──はい。」

 エンリツィオが、それを見ながらそう言い、カールさんが力強く頷いた。


「カールさん……。」

 予定外の参戦にも関わらず、やっぱりカールさんの表情には、焦りとか恐怖とかの感情が表れなかった。


「大丈夫です。

 匡宏さんから新しくいただいたスキルで勝ってきますよ。」

 心配する俺に、カールさんはそう言ってバトルフィールドへと足を踏み入れた。


「エンリツィオ一家ナンバーワンの呼び声も高い、超絶美形カールの登場だ!

 この戦いは、敗者が観客に体を差し出すことになっていますが、エンリツィオと1、2を争う人気を誇るのがこの男!

 その美しさ、最早人にあらず!

 水魔法使いカール!」


 ……なんか俺らの方だけ、紹介に気合入ってねーか?これ、俺の時にもされんのか?

 ナンバーワンってツラの話だよな絶対に。

 普段表情を変えないアダムさんとカールさんが、嫌な汗をかいていた。うん、その紹介のされ方、なんかキツイよな。


「対するは大剣使いのランティス!反射のスキル持ちとの情報が入っております!

 魔法使い殺しと言われる反射のスキル持ちを相手に、一体どのような戦いを見せてくれるのでしょうか!」

 カールさん、スキルうまく使いこなせりゃいいけど……。


「さあ、戦いが始まりました!

 両者にらみ合います!」

「どうした?お得意の魔法をうってこいよ。」

ランティスがニヤニヤと下卑た笑いを浮かべてカールさんを見下ろす。

カールさんだって大分背が高いのに、体格の差もあってかなりデカく感じる。


「言われなくとも。

 水魔法熟練、フラッシュフラッド!」

 フラッシュフラッドは巨大な鉄砲水を対象に浴びせかける、高レベル単体魔法だ。

「反射!!」


 カールさんは連続で火力を上げた水魔法を放つも、次々とランティスに反射で跳ね返されてしまう。

 それを再び放った魔法で相殺するしかないという、防戦一方の戦いが始まった。


「ここで賭けを締め切らせていただきました!得票率はランティスが73%!

 やはり魔法使い殺しである、反射のスキルが有利と見られた模様です!」


 既にバトルフィールド全体が、カールさんの放った魔法で大きな水溜りのように、足首まで水浸しだった。


 現代魔法は大気中の成分や、その場にあるものを使うから、土魔法は土が残るし、水魔法は水が残る。


 俺がアプリティオのホテルで、特殊錠に魔法を試す時、ホテルの部屋でやらなかった理由がこれだ。何度も魔法を放つと、その場に出現させたものが残ってしまう。


「まったく歯が立たねえじゃねえか。

 それとも足元を水浸しにすることで、少しでも俺の動きを鈍くしようって魂胆か?

 剣士は踏ん張れねえと攻撃力が落ちるからな。」

 ランティスがニヤニヤと笑う。


「いや。

 ……ところでお前、素潜りは得意か?」

「なんだと?」

 無表情なカールさんの言葉にランティスが首を傾げる。


「当たらないのに、何度も攻撃し続けたのはこの為だ。

 ──物体操作。」


 カールさんが手をかざすと、水溜りの水が、ミルククラウンのように、先端の丸い柱となって立ち上がり、ザワザワと押し寄せて、一気にランティスを取り囲む。


 それはランティスの背丈を遥かに追い越す巨大なものとなった。その威圧感と異様な光景に、観客席がどよめく。

 俺が貰ったスキルと引き換えに新しく授けたスキルの1つだ。物体を操ることの出来るスキル。──それが流動体であっても。


 ただし古代魔法のテレキネシスと違って、あくまでも生物以外しか操れない。この力で相手の動きを止めたりは出来ない。

 だけど魔法攻撃の結果生み出された産物との相性は抜群だ。ランティスは慌てたように周囲を見渡すも、時すでに遅しだ。


「何分耐えれるだろうな。」

「や、やめろ……!」

「もう遅い。」

 水柱が一斉にランティスに襲いかかると、巨大な1本の水柱となってランティスを包み込んだ。


「ゴボッ……!!」

 ランティスは水柱を切って抜け出そうとするも、当然その動きは鈍かった。

「動かない方がいい。

 その分長く生きられる。」

 無表情に攻撃を続けるカールさん。


 やがてランティスが白目を向いて水柱の中に漂った。カールさんが水柱をとくと、ドサッとランティスが地面に横たわる。

「普通に剣で来られてたら、お前が俺を先に切ってただろうにな。

 スキルに溺れすぎだ。」

 カールさんは冷たく言い放った。


「……ランティス、動きませーん!

 この戦い、カールの勝利だ!」

 ワアアアア!という叫びとともに、チクショー、負けたー!という声が聞こえる。

 見ると恭司が賭けの対象を印した木札を放り投げて頭を抱えていた。お前どっちを応援してんだ!


「俺に賭けててくれなかったんですか?」

「そ、そんなワケないじゃないですか。」

 戦いを終えて戻って来たカールさんに覗き込まれて、恭司が大慌てでオロオロする。恭司、顔に出過ぎだ。


「──3人目は俺だ。

 俺の対戦相手はどいつだ?」

 そう言って姿を現したのは、アスタロト王子の姿を奪って殺した、殺人祭司の手下のあの男だった。

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