第98話 ネクロマンサーvs伝説のネクロマンサー
『こっち見てるね。』
『ああ。』
表情を変えないようにと思いながらも、目の前で起きた異常事態に、じっとりと変な汗をかきだした英祐。
殺人祭司はアスタロト王子と話しながら、明らかに英祐と恭司を値踏みするように見ている。とても気味が悪い目で。
『匡宏の仲間だってことは、知らなかったとしても、さっきの反応で気付かれた筈だよ。祭司が僕らの情報をどのくらい持ってるかだね……。魔王候補の僕と、神獣の恭司。
どっちも向こうからしたらオイシイ経験値の筈だ。』
『匡宏は一体どこに消えたんだ……?』
他心通に反応のない俺を訝しがる恭司。
『──通信はまだ切ってない。
なのに、反応がないってことは、届かない距離に連れてかれたってことだよ。
この魔法は口がなかったり、人型じゃない魔族が会話する為に存在するから、遠距離で使うものじゃないんだ。』
『せいぜい使えて内緒話ってことか。』
『そう。必要な場面も出てくるだろうってことで、2人でやり取り出来るようにしといたんだ。
アスタロト王子も言っていたけど、あれは人や物を好きな場所へ移動させる、テレポートって古代魔法だ。
テレポートも距離の制限があるから、そんなに遠くには連れてかれてないだろうけど、──問題は誰がそうしたのかってことだ。』
みんなが俺の消失に焦っている頃、俺は目の前の男にキョトンとしていた。
「えっと……。──ジャギ?」
「誰だ、そりゃ。」
俺の言葉に、相手も何を言ってるんだ、という表情になる。
知らないのか。そりゃそうか。どう見ても日本人じゃないもんな。
男のセリフから、俺は父ちゃんが子どもの頃から愛読している漫画のキャラクターを連想してしまったのだ。
ちなみに俺が中学の時に死んでしまった我が家の愛犬は、そのヒロインから名前をとってユリアと言う。
父親の幼馴染で新聞販売所をやっていた人は、リンとバットという犬を飼っていた。父親の世代で知らない人はいない漫画だ。
俺が産まれたと同時に犬を飼い始めたのだけど、俺の名前も父親が最初主人公と同じにしようとして、母親に大反対されて今の名前になったという経緯がある。
婚約者を奪われた男の復讐から話が始まるのだけれど、俺は現時点で江野沢を奪われた復讐をしている為、同じにされていたら正直ちょっと笑えない。
ちなみに我が家で父が持っている漫画は、他に、息子が主人公になって連載中のプロレス漫画と、義理の娘が主人公で連載中の殺し屋の漫画と、漢を極める目的の私塾のバトル漫画と、宇宙海賊の漫画と、主人公が1部ごとに変わる異能力バトル漫画と、変態と呼ばれる人が出てくる学園ギャグ漫画なのだが、子どもの頃、何故か母親の理想のタイプが、この学園ギャグ漫画の主人公だと聞かされた俺は、未だにそれが不思議でならない。
「あんたの名前がなんだってのさ?
そんなに有名人なのか?」
男はそれを聞いてふっと笑う。
「──さあな。
何せずっと閉じ込められてたもんでな。
だが、きっと後世に語り継がれる伝説になってるだろうぜ?
最強のネクロマンサー、ノア・ハイドの名前はな。」
……某バンドのボーカルしか浮かばねえんだけど。
こいつはネクロマンサーなのか。俺がここに無理やり連れてこられた時に、強いネクロマンサーを指定したと言っていた。
確かに持ってるスキルの数とステータスからすると、俺は強い方に入るのだろう。だけど、なんでわざわざ?
「俺になんの用事があって、無理やりこんなとこに連れて来たんだよ?」
「……お前、本当に俺のことを知らないらしいな。
俺が誰かを呼び出す理由はただひとつ。
──強い相手と戦うのが、どんなことより面白れえからさ!」
ノアの言葉とともに、ノアが乗っている魔物の周囲に、一気に見たことのない、たくさんの魔物が現れる。
「さあ、やろうぜ。
とびきりヒリつく戦いをよ!」
──冗談じゃねえ!
知らねえ奴に、遊びで殺し合いする為に呼び出されたってのか!あいつらに殺人祭司の魔の手が迫ってるっていうのに!
タイミング最悪だ。こうなったら最短で倒すしかない。俺はアンデッドたちを出すと、知能上昇を使った。
「合成魔法、インフェルノシュート!」
俺の魔法とアンデッドたちの放つ魔法が、一斉にノアと魔物たちに襲いかかる。だが。
「……なんだあ?その単純な攻撃は。
つまらねえったらねえぜ。
──マジック・リフレクション。」
ノアがそう言うと、ドロドロに溶けかけたような緑色の目のない魔物が、口から魔法を放ち、それに俺たちの魔法がすべて跳ね返される。
「──くっ!!」
再度魔法を放って相殺する。なんだ?どこかで聞いたことのある魔法だ。──そうだ!アスタロト王子の使っていた、古代魔法の1つだ!
この魔物、古代魔法を操れるのか?そんな魔物聞いたことない。けど、事実目の前で使われたのだ、認めざるをえない。
ノアの使う魔物は古代魔法を操る。そして、魔物は全種類違っていた。
……つまり、そのすべてが違う能力なり、魔法なりスキルなりを、持っている可能性がある……ということになる。
「単純過ぎんだよ、お前の攻撃。
──今まで力押ししかしたことねえんだろう?
ネクロマンサーの真髄は、魔物の力を自分のものに出来るところにあんのさ。
テイマーも魔物の力を借りるが、ありゃ魔物に代わりに戦わせて、自分は戦わねえ。
だが、ネクロマンサーの戦い方はそうじゃねえ。そうだろう?」
確かに、同じなようで違う。テイマーは使役者が寝てる時でも、勝手に魔物が使役者を守ったりしてくれるけど、ネクロマンサーは指示しなければ魔物が動くことはない。
だから俺は複数の相手に対応する時は、魔法を管理する為にメモリーオーブを使う。じゃないと指示が出し辛いからだ。
「死霊たちを操って、そいつらの力を自分の能力として、自らが戦う。
魔物のスキルや能力によって、戦い方は無限大だ。なのにお前のそれはなんだ?全部同じアンデッド、攻撃魔法のみ。
せっかくネクロマンサーなんて面白い職業スキルを手に入れたってのに、つまんねえ魔物を選びやがって。
そんなんじゃ、俺の攻撃は防げねえぜ?」
「──うっ!?」
いつの間にか、俺の背後に忍び寄っていた、真っ赤な触手のような魔物が、俺の体を掴んで動きを止める。
「こんなことも出来るんだぜ?
──溶解。」
魔物の触手の接触面から、何かが染み出して来たが、対魔服のおかげか溶かされることはなかった。
「ほー?いい服着てんな。
だが、そんなもんじゃ防ぎ切れねえぜ?」
俺の左目に。頭に。服の中に。触手がまとわりついたかと思うと、粘液が染み出してきて、俺の肌を溶かして焼いた。
「うああああああ!?」
感じたことのない熱い痛みが全身に広がって、俺は声を上げて少しでも痛みを逃がすことしか出来なかった。
髪の毛と皮膚の焦げるような嫌な匂い。俺の目の前で、皮膚のついた髪の毛が、ポトリと足元に落ちた。
俺は熱い痛みの中で血の気が引いた。あれ……俺の……。
「くっ!ううっ!」
知能上昇を使ったまま、回復魔法をフルマックスでかける。既にまぶたはあかない。このままじゃ目を潰される。
回復と溶解。力が拮抗しているのか、治すそばから溶かされて、また治すの繰り返し。魔物の捕縛から逃れることが出来ないまま、俺はこのまま魔力が尽きた瞬間死ぬんじゃないかと思った。
こんな……こんな攻撃、どうやって戦ったらいいってんだ……!
その頃、残された3人も、危険な状況に巻き込まれていた。
『──!!
……やられた。』
『どうした?』
『ママさんとアンナの肩のところを見て。
首筋よりのところ。』
『……虫?』
小さくて気味の悪い見た目の、蝶や蛾の幼虫のような段々になった体と、ナメクジのようにヌメッとした体液を出す虫が、アンナとママさんの肩に張り付いて、首筋を目指すかのように蠢いている。
『あれがなんだってんだ?
確かに気味の悪い虫だけどよ……。』
恭司が不思議そうに英祐に尋ねる。
『あれはチュラブル。
森の中によくいる吸血タイプの寄生虫さ。あれ自体は珍しくもない普通の虫だけど、どっちも二人の首の動脈近くにいる。
そんなことあると思う?普段町にいない虫が、2人揃って首の動脈近くにくっついてるだなんて。
チュラブルは血管から侵入して、脳を侵食して宿主を操り、子どもにとって安全な場所に移動させて、体内に卵を産むんだ。そして寄生した生き物の体を食い破って子どもが産まれてくる。
……多分、脳に最短で直接チュラブルを送り込む気なんだ。──この近くに、蟲使いのスキル持ちがいるよ。』
英祐は出来るだけ動揺を隠しながら言った。
『どいつか分かんのか?』
『僕はステータスを見られる魔法を持ってない。見られるのは心眼持ちの匡宏か、古代魔法の使えるアスタロト王子だけ。
だけど、妖精の血を引くアスタロト王子に、魔族の紋は付けられない。
敵に知られずに、アスタロト王子に伝える手段がない。
チクショウ、なんてこった。
──人質を取られた……!!』
『マジかよ……。
けど、ただの虫だろ?あんなん、とっちまえば別に……。』
『この中で一番動きの早い恭司が虫を取ろうとしても、アンナかママさん、どっちかの体内には確実に侵入されて操られる。
そうなったら、僕らじゃ取り出せない。』
『それに。』
心の中で会話をしながらも、英祐は声を潜めるように恭司に話しかけた。
『分かる?──囲まれてる。
これは魔法で知ったんじゃない、純粋な敵意と悪意だ。注意して周囲の気配を気にしてみれば、恭司にも分かると思うよ。
……アスタロト王子は、もう気付いたみたいだ。』
『マジだ。……いつの間にか、囲まれてやがる。10人はいるぜ。』
『殺人祭司の手のものか、ルドマス一家の配下なのかは分からないけど……。
──ねえ、恭司は、魔族が恐れる人間って、どんなものか分かる?』
突然英祐にそんなことを聞かれて、恭司は意図が分からないまま首をひねった。
『……魔族が恐れる人間……?
勇者たちは毎回魔王に到達する前に殺されてんだろ?なら、基本魔族の方が、人間よりも強えーってことじゃねえか。
魔族が人間を恐れることなんて……そもそもあんのか?想像も出来ねえ……。』
『勇者たちは、人間を基準に考えてるから敵じゃないんだよ。
ただの剣士や弓使いや魔法使いが幾ら来たって、対策方法が分かってるから、怖くもなんともないんだ。
人間同士だって、この属性魔法にはこれ、って、対策して戦うでしょ?』
『そうだな?』
『対策方法が広く知られてるってことは、簡単に対策出来る相手ってことだ。
あとはレベル差やステータスの差で決着がつくことになる。魔法使い同士の戦いなんかは、基本特にそうだよね。』
『だからアニキも魔法関連のスキルを集めてるし、匡宏がニナンガ王宮に攻め込んだ時もそうだったぜ?
レベルの高い魔法を使われたら、レベル差で火力が増して勝てないんだろ?』
『それはとても単純な力押しに過ぎないんだ。現代魔法対現代魔法を想定した、ね。
だけど、どれだけステータスやレベルの差があろうとも、魔族にはどうしようも出来ないものを、人間は稀に持っている。
──それがスキルなんだ。』
『スキル……?魔法以外の、ってことか?』
『そうさ。対人類なら、レベルの高い魔法スキルを集めることは有効だし、最も確実な方法と言えるね。
だけど、魔族には存在しない、魔法以外のスキルこそが、魔族にとって本当の驚異なんだ。魔族と戦う気なら、そういうスキル持ちこそ集めるべきなんだよ。
隠密は、どんな魔法にも、魔道具にも、スキルにも、サーチも解除もされない特殊スキルだよね。こと姿を隠すってだけにおいては最強と言っていい。
そういう、魔法じゃどうしようもない、特殊なスキルってものを、稀に持っている人類こそ、魔族にとっての驚異なんだ。』
『だから今までどんだけ勇者を送り込んでも、魔族に勝てなかったのか……。』
『もちろん、現代魔法が通じにくい、アスタロト王子の古代魔法も脅威だけど、それは現代魔法しか操れない、人類にとっても同じことだ。
だけど、生まれつき高いステータスを持ってる魔族にも、特殊なスキルの存在はどうしようもない。スキル以外の対抗手段がほぼほぼ存在しないのに、魔族には、僕以外にスキル持ちがいないから。
──魔王候補は、ステータスの高さで決まるんだ。僕は今、魔族の国で、魔王の次にステータスが高い。
魔力の高さは他の生き物の繁殖や進化に影響を及ぼす。逆にそれがないと、魔族は子どもを作ろうとはしない。
だからステータスの高い魔王の存在が、魔族には不可欠なんだけと……。』
英祐はいつの間にか嫌な汗をかいていた。
『だけど、そんな僕でも、能力の分からないスキルには、対抗する手段がないんだ。
匡宏がいれば相手のステータスから、スキルの詳細が見られるし、対抗出来るであろうスキルもたくさん持ってる。
だからそこも問題ないと考えてたけど、匡宏が連れ去られるなんて考えてなかった。
……僕が甘かったんだ。
どうしよう。……相手のスキル次第じゃ、みんなを守れないかも知れない。』
英祐はブルブルと震える両手を、ぐっとテーブルの下で握りしめながら、必死に自分の恐怖をごまかしていた。
『落ち着けって。まだ俺たちもアンナも、攻撃されたってわけでもねーだろ。』
恭司が思わず心配して英祐を見てしまう。
『なんで奴らが攻撃して来ないのかが分からない……。分からないから凄く怖いよ。
蟲使いのスキルはたまたま知ってたから少しは分かるけど、他のスキルと組み合わせた時に、どんな効果を生み出すかまでは、僕には分からないんだ。
僕の知らない能力だったらと思うと……。
さっきから変な汗が止まらないんだ。
アンナとママさんを置いて逃げる訳にはいけないし、姿を奪う男のこともあるし、アスタロト王子を1人にも出来ないから、すぐには匡宏を追っていけない。
どうしたらいいんだ……。
無事でいてくれ……匡宏……。』
普段の学校にいた時の、臆病な英祐が顔を出し、祈るように俺の身を案じた。
「くっ……!空間転移!」
俺は触手の拘束から、空間転移で抜け出した。目はなんとかまぶたを修復して両目を開けることが出来、俺は肩で息をした。
だけど、剥がれ落ちた頭の皮膚は、あそこに落ちてるのを拾わないと修復出来ない。
頭皮の一部が剥がれた俺の見た目は、今とても酷いことになっているのだろう。
「ほーお?面白いスキル持ってんだな。
楽しくなってきやがったぜ。」
ノアはあくまでも戦いが楽しくて仕方がないらしく、ボロボロの俺を見ながら、目を見開いて嬉しそうに笑っていた。
クソッ!何が面白いってんだ!
「お前の持ってる力をすべて出せよ。
そうしなきゃ、お前、ここで死ぬぜ?」
ノアの言う通りだろう。古代魔法を操る魔物がいる限り、俺と俺のアンデッドの魔法攻撃は、ノアとノアの魔物に一切通らない。
それなのに、ノアの操る魔物は、まだたったの2体しか、その能力を見せてはいないのだ。俺1人じゃ、戦うのにも守るのにも限界があった。
まだ使ったことねえから、うまく操れるか分からねえけど、やるしかねえ……!!
レベルアップしたことにより、同時に召喚出来る魔物の数も上がっている。
俺はメモリーオーブを本の形で呼び出してめくった。そこに書かれているのは、俺が呼び出せる、過去に倒した魔物たち。
俺はそれらを同時にすべて呼び出した。
「──召喚!!!」
呼び出したのは、ネクロマンサー、セイレーン、コカトリス、バジリスク、メドゥーサ、カトブレパス、玉藻前。セイレーンは呼び出せるだけ呼び出した。
そして、──俺が殺した、強盗をやっていた男。この近隣で死んだ強い魔物も、俺が存在を知っていれば呼び出せるけど、俺が認識してる死体がこれだけなのだ。
「セイレーン!混乱で触手を一斉攻撃!
その間にお前は足元に落ちてるアレを拾ってこい!
他の奴らは俺のガードと、触手からアレを取り戻すまで、強盗の男のサポート!」
「ほーお?やりゃあ出来んじゃねえか。」
ノアが嬉しそうに笑う。攻撃してくるのを待っているのか、頭皮を拾う間、ノアは一切攻撃してこなかった。
魔物には通りにくい混乱だけど、流石にセイレーンの数がいたから、触手の動きを封じることに成功した。
強盗の男が拾って来た俺の頭皮を、回復魔法でくっつける。良かった……!なんとかくっついて元通りになる。
「ようやく戦いらしい戦いが出来そうで嬉しいぜ。ネクロマンサー同士の戦いは、こうでなくっちゃな。」
ノアはあくまでも余裕の表情だった。
「簡単にやられると思うなよ。
お前の魔物とスキル、この俺がいただいてやるぜ。」
「……出来るもんならやってみな。
俺は産まれてこの方、負けってもんを知らねえのさ。
一度知ってみたいと思ってたぜ。
敗者の気持ちってやつをよ。」
「すぐに教えてやらあ!!
かかってこいよ!
戦闘狂のクソッタレ野郎!」
魔物を従えた俺とノアは、互いに睨み合い、互いに魔物に指示を与えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます