第97話 殺人祭司、再び
「いいな。あの店料理美味いんだよな。
ママさんも色っぽいしよ。」
恭司が同調する。
「へー、行ってみたいな!
アンナちゃんてどんな子なの?」
「ちょっと親に虐待されててな……。
今、ママさんに住み込み従業員てことで預かって貰ってんだ。」
「そうなんだ……。」
英祐が、可哀想、という表情になる。
「スゲーいい子で偏見ねえし、お前らもきっと気に入るぜ?
俺は男を見た目や立場で判断しない女の子に人生で初めて会ったぜ。」
恭司が明るくそう言ったことで、英祐も気持ちが楽になったようだ。
問題は女の子に興味のないアスタロト王子がどう判断するかだったが。
「お前らがそこまで言うんなら興味出たわ。俺も行く。」
俺たちは顔を見合わせて笑った。下で木に登れないで待っているユニフェイが、上を見上げながらクゥ〜ンと鳴く。
「あ、やっべ。寂しがってる。」
俺は慌てて木から降りると、ユニフェイにも実を与えながら頭を撫でた。
そんなわけで、俺たちは連れ立ってアンナの店に向かうことにした。
店は今日も盛況だった。まだ早い時間だというのに、酒を飲んでいる職人もいる。
「酒場なんだ?」
英祐が驚く。アンナの年齢を伝えていたので、それからすると俺たちの世界の人間には、まあ違和感だよな。
「親の自営業を手伝ってるみてーなもんだよ。ママさんはアンナを娘みたいに扱ってるからな。」
「ああ、なるほどね。」
英祐が頷きながら納得した。
「アンナ!」
恭司の呼びかけに、皿を洗っていたアンナが顔を上げる。
「お久しぶりです!」
嬉しそうに微笑んでくれる。
「ああ、あんたたちかい、今日はお友だちも一緒かい?」
ママさんも嬉しそうに微笑んでくれる。
「そこのテーブルがあいてるよ、さあ、座った座った。」
「え?でも、誰か寝て……。」
英祐が戸惑いながらそう言う。そこ、と言われたテーブルには、確かに誰かが突っ伏して寝ていた。
ママさんはテーブルに近付くと、寝ていた男性の頭をスパン!と叩いた。英祐が目を丸くする。
「イテッ!?なんだあ?」
「オッジさん、あんた昼間っから飲みすぎだよ!そろそろ帰んな!お客さんが来てるんだよ、商売の邪魔邪魔!」
「そうか、悪かったな、また来るぜ。」
「はいよ。またね。」
ママさんが手を振る男性に手を振り返す。
「……あれ、うちの親衛隊副隊長だぜ。」
アスタロト王子がボソッと言う。
「あれでも王宮勤めのお貴族様なんだってさ。うちじゃ貴族も平民もないってんで、気楽だからって飲みに来てくれるんだけどね。最近恋人と別れたらしくて、毎回くだ巻いてて見てられないったら。」
ママさんがヤレヤレ、という顔をする。
「未練タラタラだもんなオッジの旦那。」
「適当に遊べばいいのによ。真面目過ぎんのが玉にキズだよな。」
常連客たちがガハハ、と笑う。
「……自由なんだな、この店。」
「おうよ。王族も平民も、この店じゃ同格よ!」
「そうか。俺実は王子なんだぜ?」
アスタロト王子がニヤリと笑う。
「王子か!そりゃあいい!
王宮の贅沢な料理ばっか食ってねえで、たまにはこういう店の料理も食ってけよ!
素材は貧乏でも味は一級品だぜ?」
「素材が貧乏で悪かったね!」
ママさんが笑う。
「あんた、嫌いなもんは?」
ママさんがアスタロト王子に尋ねる。
「特には。」
「じゃあ、アンナの作った料理を味見してくれるかい?反応次第で店に出す予定なのさ。アタシも初めて見る料理だから、友だちのあんたらに、まずは出してみようかと思っててね。」
「マジかー!やったなアンナ!」
「料理店出すの夢だもんな!」
俺と恭司がアンナを囲んで喜びを分かち合う。アンナは照れくさそうに笑った。
「──はい、どうぞ。」
アンナがテーブルに料理を運んでくれる。
……ってコレ、ソーセージじゃね?
「これ、なんて料理だ?」
アスタロト王子は初めて見るのか。
「名前はまだなくて……。
昔お姉ちゃんが作ってくれた料理を、思い出して作ってみたんです。」
エリスさんが?
ママさんもアスタロト王子も知らないってことは、この世界の料理には存在しないものということになる。
エリスさんは勇者なんかじゃなく、普通の地元の子だとアシルさんは言っていたのに、どういうことなんだろうか?
俺と恭司と英祐が顔を見合わせる。
「これね、ソーセージって言って、俺たちの地元でもよく食べられてた料理だよ。」
英祐がアンナにそう教える。
「そうなんですか?
挽肉とかの腸詰めってことしか知らなくて。」
……完全にソーセージだな。
「アンナが塩漬けにした腸が欲しいって言った時はびっくりしたけどね。
そんなものないから、出入りの業者に頼んで作って貰ったのさ。」
やっぱり存在しないんだな。この世界に普通にあるなら、材料が流通してないとおかしいもんな。
「エリスさんはどこでそれを知ったんだ?勇者じゃなく地元の人の筈なのに。」
首を傾げる俺に、
「アシルさん、フランス人でしょ?
教えたんじゃない?フランスもハムやソーセージが有名だし。」
「そうなのか?」
「ソーセージといえばドイツだと思ってたぜ。」
俺と恭司が驚く。
「ダンスの世界大会でフランスに行った時に、僕も初めて知ったんだけどね。日本のチームも優勝何度かしてる大会なんだ。」
「お前も参加したのか?」
「ううん、僕は見に行っただけだよ。
……いつかは参加したいなとは、思ってたけど……。」
そこで英祐が声を落とす。
この世界に連れて来られたことで、英祐の世界大会参加の夢は、2度と叶わなくなってしまったのだ。
英祐、お前だけはこの世界に連れて来られて良かったんじゃねえかなんて、思ってごめんな。お前には、叶えたい夢があったんだもんな……。
「──いや、おかしくねえか?」
恭司が突然声を張り上げる。
「アンナがエリスさんと会ってたのは、記憶がないくらいの小さな頃だせ?
少なくとも10年は前だろ?
アシルさんたちがこの世界に連れて来られた頃と近いけど、その時はまだニナンガ王宮でアニキが魔法師団長をしてた頃だ。
アニキたちがこの国に来たのは、国を抜けて組織を作ってからだぜ?
……まだ2人は出会ってねえよ。」
そういえばそうだ。
じゃあ、いったいどこで?
エリスさんはなにでソーセージの存在を知ったのだろうか。
「あの……、冷めちゃいますよ?」
ソーセージに手を付けずに考え込む俺たちに、アンナが心配そうに声をかける。
「あ、ごめんごめん。」
慌ててソーセージを頬張ると、まだ熱々で口の中を火傷して、慌ててコップを掴んで水をあおった。
「ご、ごめんなさい!」
アンナが慌てて背中をさすってくれる。
「大丈夫。
ちょっと慌て過ぎただけだから……。
けど、マジうまいな、コレ!」
ソーセージのうまさにビックリする。
「食いづれえから切ってくれよ。」
恭司が俺を急かす。
「あ、じゃあ、切って来ましょうか?」
「頼むわ。」
アンナが恭司の分の皿を持ってカウンターの後ろに引っ込んだ。
俺は自分の皿からソーセージを切って、少しフウフウして冷ましてから、足元のユニフェイに与える。嬉しそうに食べると、前脚を俺の膝に乗せて顔を近付けておかわりを要求された。
……カワイイな、なんだそれ。
ユニフェイの可愛さに逆らえずに、再びソーセージを切って与える。時々、江野沢だってこと、本気で忘れるんだよなあ。
「アンナを嫁にすんのもいいかもな。」
アスタロト王子が急にそんなことを言い出したので俺は驚いた。
「え?」
「うちの母上みたく、金目当ての貴族の女より、ああいう方が、気楽に友だち夫婦出来っかも知んねえなって思ってよ。
いずれは誰かとしないといけねえけど、──父上と母上みたいのは嫌だからな。」
「お前でも女に興味持つんだな?」
「──恋愛感情抜きならな。
平民出身の女王ってのも、国民ウケ良さそうだ。」
なるほどな。そういうことか。
「けどよ、アンナが普通に男と恋愛して結婚したかったらどうすんだ?
そういう夫婦も、この国にだっているにはいるんだろ?」
「ああ、その可能性は考えてなかったな。
確かにいるぜ。
大半は友情結婚だけど、男女の恋愛結婚てのもよ。
金に興味のない女なら、王族との結婚よりそっちがしたいかもな。」
「俺はアンナに幸せになって欲しいからよ、ちゃんと異性として愛してくれるヤツと結婚させてやりてえぜ。」
「……お前の好きなヤツって、アンナか?」
「ちっげえよ!なんだよ、こないだっから!別にいいだろ、誰でも!」
「俺の好きなヤツは変わってねえぜ?
心配すんなよ。」
そう言ってすり寄って来るアスタロト王子を押し返す俺を見て、恭司と英祐がゲラゲラ笑う。2人のいないとこでは、こういうことして来ねえから、別にいいけどさ!
恭司の分を切って持って来たアンナが、
「仲いいんですね。」
と、微笑ましそうに俺たちを見ている。
だろ?と、ニヤつくアスタロト王子。可愛い女の子に勘違いされんなら話別だわ!
「ちげーから!俺たち何でもねえから!」
「否定すると、他人から見ると、よりそれっぽくなるよ?匡宏。」
英祐が残念そうに言ってくる。
「──なあ、あんた、王妃に興味ねえか?」
肘をついた腕に顎を乗せながら、アスタロト王子がニヤリと笑ってアンナに尋ねる。
コイツ、本気でアンナを嫁にする気か?
大事にはしてくれると思うけど……。
「王妃……ですか?
考えたこともないです。
ママさんと一緒にこの店で頑張って、いずれ自分の店を持つのが夢なので、今はそれしか考えてないですね。」
アンナはニッコリと微笑んだ。
「王妃になれば、自分の店くらい、すぐに持たせてやるぜ?」
「そうなんですか?
ああ、お客さん、王子なんでしたっけ。
うーん。でも、やっぱり自分の力で頑張りたいです。まだ、お店持てる程じゃないと思うので。
私なんかに声をかけて下さって、ありがとうございます。」
アンナは笑顔でそう言うと、またカウンターの奥に消えて行った。
「……いい子だな。」
「だろ。」
目を細めてアンナを見ているアスタロト王子に、恭司が同調する。
「あの子に何かした親父ってのは誰だ?
教えろ。──兵士向かわせて即逮捕してやっからよ。」
アスタロト王子が急にキレた時の恭司の顔になる。
「それが……分かんねんだ。
アンナも言わねえし。
分かったら、すぐ教えるよ。
俺たちも、2度とアンナに関わって欲しくねえから。」
恭司も英祐も俺の言葉に頷く。
「そうしてくれ。
あの笑顔がくもんのは、……俺も許せねえからよ。」
アスタロト王子にそこまで初対面で言わせるアンナは、きっとたくさんの人に愛されて幸せになれるだろう。ならなきゃおかしい。そう思った。
「席、空いてますか?」
「はい、どう──ぞ。」
そう言った瞬間、アンナが恐ろしいものを見たような目で表情を強張らせた。
まさか父親か?
一瞬そう思ったけど、そうじゃないことはすぐに気が付いた。ママさんまでもが、同じ顔で表情を強張らせていたのだ。
なんだ?誰が来たって言うんだ?
視線の先には、ガンギマリしたかのように見開かれた目の祭司が立っていた。
殺人祭司!?こんなところに!?
だけど、2人が見ていたのは、その後ろの穏やかな表情の男だった。
──うちの母親は人事部で面接担当をやっている。その母親が言っていた。
女は本能で、ヤバい人を見抜けるのよ?知り合いだとか、恩があるとか、そういうのに目をつぶって自分を誤魔化さない限り、誰でも犯罪を犯すタイプの人間を見抜くことが出来るのよ──と。
おそらく2人の本能が、思わず顔に出るほどに、アイツはヤバいと告げているのだ。
殺人祭司は……こっちか──!!
俺はテーブルの下で英祐の手首を握って、反対の手で英祐の手のひらに、“他心通”と書いた。
『つないだよ?どうしたの?』
『おお?なんだコレ?
──こ、こいつ、頭の中に直接……!!』
『遊ぶな恭司。気持ちは分かるけど。』
『これは魔族の魔法だよ。
魔族同士は相手の許可さえあれば、心の中で直接会話が出来るんだ。
それか、紋を付けた相手とね。
匡宏に頼まれて、紋をつけといたんだよ。
恭司は匡宏の使役してる使い魔だから、匡宏が許可すれば聞こえるんだ。
アスタロト王子は妖精だから、ちょっと紋つけるのは無理だと思うけど。』
恭司が眉根をひそめる。
『マジかよ……仲間外れはよくねえぞ?』
『しょうがねえよ、魔族の魔法だしよ。』
『それで?急にどうしたの?』
『声出さねえように気を付けてくれ。
……殺人祭司が来てる。』
『ええっ!?』
『言われて見れば、こないだのガンギマリのヤツじゃねえか!』
『いや、多分そっちじゃねえ。
これから心眼で見てみるけど、ママさんとアンナが、後ろの男にマジでビビってた。
……そっちが本命だ。』
『マジかよ……。普通のヤツにしか見えねえぜ……。』
手前のヤツにビビって逃げた恭司が驚く。
『女の本能舐めたらいかんと、うちの母ちゃんが言ってたんだ。
女は本能で犯罪犯すヤツが分かるらしい。2人がああまでビビってるんだ。
十中八九間違いねえよ。』
『……気付かれないよう、気をつけてね?』
『……分かってる。』
俺はステータス画面を開くと、千里眼で祭司を検索した。縦に並んで2人。後ろの祭司を選択して心眼でステータスを見る。
『……やっぱりだ。
後ろのヤツが殺人祭司だ。
エンリツィオが言ってたよ。
まるでレアボス倒す感覚で殺しに来られたのは初めてだって。
そう言われてみると、ゲーム感覚で人殺しするなら、前より後ろって感じしねえか?』
『……確かに。
前の人がやるなら、なんかもっと変態的なこと楽しみそうな気がするよね。』
『けど、どうすんだよ?
逃げるのは簡単だけどよ、アンナとママさんを置いてくことになるぜ?』
『目的が分からねえから、しばらく様子見しようぜ。それからでも遅くねえ。』
『……分かった。』
『いいぜ。』
俺たちはすぐには逃げ出さずに、殺人祭司の出方を伺うことにした。
「この店の料理は美味しいとすすめていただきましてねえ。とても楽しみです。
オススメをいただけませんか?」
前の祭司がママさんに声をかける。
「あ、ああ、はい、お酒は何を?」
「ああ、私たち、祭司ですのでお酒はいただけません。
お料理だけでお願いします。」
「祭司さんでしたか。
でしたら、果実を使った飲み物はいかがです?お酒は入ってませんし、この店の名物なんですよ。」
アンナが笑顔を作る。
「それはいいですね。
あなたもそれでいいですか?」
「──ええ。では、同じものを。」
地の底から響いてくるような声だった。
音に悪意があるなら、これは悪意を音色にしたような声だ。この声を聞いて、初めてコイツは人殺しなのだと実感した。
「王子に祭司に、今日は変わった客がきやがんなあ。」
「──王子?」
客の言葉に殺人祭司が反応する。どこか喜びを含んだような声。
──王族は経験値が高いんだ。
姿を奪う男が言っていた言葉を思い出す。
コイツ、またアスタロト王子を──!!
「王子というのは、どなたですか?」
「──俺だぜ。」
なんにも知らないアスタロト王子が、殺人祭司に探されて返事をしてしまう。チクショウ、顔を覚えられた──!!
「はじめまして。
チムチの王子殿下。
我々は管轄祭司です。今はこの国の教会に指導に回っているところです。」
「へえ?そうなのか。
まあ、よろしくな。」
興味はなくとも、王族の次に力を持つ教会の管轄祭司ともなると、無下には出来ない。アスタロト王子がそう返事をした。
「お連れの方はどなたですかな?」
「ああ、コイツらは──」
「“テレポート”。」
瞬間、俺の姿がみんなの前から消える。
消える瞬間、アスタロト王子の、古代魔法!?という声が聞こえた気がした。
俺は突然地面に放り出された。
「──イテッ!!」
「ほう?お前か。
強いネクロマンサーで指定して召喚したんだが、随分と子どもが来たもんだな。」
見たことのない魔物の上に、立てた膝に腕を乗せた男が座っていた。燃えるような赤い髪。精悍な顔立ち。少なくともアジア系じゃない。──誰だ?
「──俺の名前を言ってみろ。」
見知らぬ男は笑いながらそう言った。
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