第96話 初めての友だち

 俺たちはアスタロト王子の部屋に食事とテーブルを運んで貰い、全員で遅い朝食をとっていた。

 俺と恭司が隣同士、俺の向かいにアスタロト王子、その隣が英祐、足元にユニフェイがいる。恭司が自分のツラ見ながら飯食いたくねえ、と言った為だ。

 まあ、俺も自分の顔が目の前にあったら、それは気持ち悪いから分かる。

 これもミッフィーさんが作ってくれているらしい。晩餐会の時も思ったけど、メチャクチャ美味いな。

「古代魔法ってどうやったら使えんだ?」

「勝手に使えてたから分かんねえよ。」

 口の中に料理を頬張ったまま、アスタロト王子が答える。


「ステータス見る限りスキルじゃねんだよなあ……。」

 俺は首を傾げた。

「勝手に俺のを覗いたのか?

 ──エッチ。」

 アスタロト王子が冗談めかして、上半身を両手で覆いながら言うと、恭司と英祐が爆笑する。思わず英祐が口の中の物を吹き出してしまって、あっ、ゴメンゴメンと慌てる。笑い過ぎだろ。

「エッチじゃねえよ!ステータスだ!」

「でも勝手に見たんだろ?

 マナー違反だぜ。見れるスキル持ってても、見ねえのが普通だからな。」

 チッチッと立てた人差し指を横に振りながらアスタロト王子が言う。


「そうなのか?」

 アスタロト王子に疑問を投げかける。

「フツーはな。」

 とアスタロト王子が答える。

「まあ、そうらしいね。

 鑑定師も許可取ってやってたでしょ?」

「「ああ〜〜」」

 英祐が答え、俺と恭司が同時に納得する。

「代わりに俺もお前のを勝手に見るからな。古代魔法使えば一発だ。」

 アスタロト王子がニヤリと笑う。

「古代魔法にはそんなのもあんのか。

 別にいいけどよ。俺のスキルなんて見て面白えか?」

 たくさんあることに驚きはするだろうが。そんな人間俺くらいだしな。


「いや、そっちじゃねえ。」

「……?」

「古代魔法はな、──なんと透視が出来る魔法があるんだぜ。」

「へー、凄えな。

 ──って、何見る気だ!どっちがエッチだ!散々風呂でも見てたろうが!」

 ジロジロ見ながらにじり寄ってくるアスタロト王子に俺がドン引く様を、昨日散々恭司と英祐にからかわれていたのである。

「そっちの方が興奮するからな。」

 しれっと悪気なく言われる。まあ、俺も恭司も、好きな女の子の裸が覗けるスキルなんて持ってたら、使う自信しかねーけど。

「……なあ、俺にも古代魔法覚えられっかな?」

 言ってるそばから恭司の目が血眼になる。


「(透視)する気だろ。」

「(あっ)たりめえよ。」

 恭司はこれだから女子に引かれるのである。カッコ可愛い系で顔はいいのに。

 姿を奪う男が言っていたように、恭司はなかなかのイケメンなのだ。元々ハーフみたいな顔立ちで、学校のミスターコンくらいなら余裕で優勝出来る顔だ。

 モデルだかダンスグループだかに似た顔の奴がいて、中学と高校入学当初はかなり女子に騒がれていた。

 にも関わらず、同学年なんかの、恭司をよく知る子ほど、松岡恭司?ないわー、と言わせてしまう程、女子から彼氏の対象として外されてしまう。


 女子と本気で取っ組み合いの喧嘩をするし、言動がアレなので、男からは面白がられているが、女子は一律引いて見ている。

 侠気のあるイイヤツなのだが、あまりそこを彼氏には求めてないんだろうなあ。

 まだ俺のほうがモテるくらいだ。いかに恭司が日頃女子に引かれようとも、好きなように生きているのかがお分かりいただけると思う。

「俺生まれた時から使えたし、どうすりゃ使えるようになんのかまでは分かんねーんだよな。」

 頭の後ろで指を組んだ体勢で、椅子の前脚を浮かしてふんぞり返りながらアスタロト王子が言う。


「契約は血に受け継がれるって言うからね。祖先が神か精霊と契約したんだと思うよ?

 妖精はみんな生まれつき古代魔法が使えるんだ。」

 独自の魔法文化の発展をとげてるんだな。人間は魔法使える人が限られてるのに。

「妖精女王に会いに行くんでしょ?

 そこで神か精霊との契約方法を聞いてみたら?女王なら何か知ってるかも。

 それで契約出来たら、匡宏も恭司も古代魔法使えるんじゃないかな。

 恭司は特に神獣だし、神に近い存在でしょ?可能性はあるよね。」

「……なるほど。」


 古代魔法を操る神獣。確かに違和感はねえな。むしろ覚えてくれた方がこの姿のままで使える魔法が増えて俺も助かる。

「いいな、お前に付き合うだけのつもりでいたけど、楽しみが出来たわ。」

 恭司の鼻息が荒くなる。

 ……こんな邪な理由で契約してくれる神とか精霊なんていんのかな。

 そう考えると、鳥だからかも知れねえけど、恭司は好きなようにしてんのに、引かなかったサンディは凄いよなあ。

 毎日オッパイまさぐられて、怒るどころか笑ってたし、挙句の果てには、……あげてもいいなあ、とか言い出すし。

 ──鳥だぞ?百歩譲って神獣だとしても魔物だぞ?本気か?と当時思ったものだ。


 ただでさえ、セクシーな体の女の子がタイプの恭司からすると、サンディはドストライクなのだ。恭司が夢中になって壊れるのも無理ないんである。

 恭司の行動に引かないんなら、恭司は見た目はカッコいいわけだし、人間の姿なら、きっと今頃普通に付き合ってただろうに、ホントに戻らなくてもいいのかよ……なんて考えてしまうのだ。

 アスタロト王子を死なせたくもないし、恭司がいいというものを、無理にどうこう出来る訳でもないけど、人間の女の子にしか興味のない恭司が、この先誰かと結ばれるなんてことはないわけで。

 童貞のまま死にたい男なんていないだろ?

 ……俺だって江野沢が元に戻れなきゃそうなるわけで。他人ごとではないんである。


 この頃の俺たちは、恭司が童貞を失う日が来るなんてことも、そのことが原因で戦う羽目になるなんてことも、夢にも思っていなかった。

「──飯食ったらみんなで聖樹の実を食いにいかねーか?美味いんだぜ。」

 アスタロト王子がワクワクが止まらない表情で言う。

「そういや、こないだ食いそこなって気になってたんだよな。」

 俺がそれに同意すると、

「聖樹の実のこと、知ってんのか?」

 アスタロト王子が驚いた表情で俺に聞く。

「復活前のお前と一度食いに行ったんだ。

 けど、そこで襲われて、お前は死んだんだよ。……そう考えると危なくねえか?」


 腕組みしながら、うーん、と唸る俺に、

「別に平気じゃね?

 今度は俺らもいるんだしよ。」

 恭司がこともなげに言う。

「そうだね、触れられたら奪われるけど、隙をつかれなきゃいいわけでしょ?

 そんなに危ない相手でもないと思うな。

 なんならこの部屋に強制転送魔法陣の出口を敷いておけば、僕が逃せるしね。」

 なるほど、そうすれば俺たちは別に安全かも知れないな。俺もスキル奪う時は毎回苦労してたしな。

「けどよ、お前の姿に変わられて死なれでもしたら、記憶が飛ぶって問題はあんだろ?それはいいのか?」

 俺はそこが引っかかった。


「すぐ父上に復活して貰えば大した時間消える訳じゃねえし、消えたところで、今もそんな困ってねえしな。

 せっかくお前らと遊べんのに、ずっと部屋にこもってる方が冗談じゃねえっつの。」

「……まあ、お前がそれでいいなら、別にいいか。」

 と、俺は納得した。

「けどよ、城の中には魔法禁止の魔道具がたくさんあんだぜ?

 ──魔族の魔法、使えるのか?」

 アスタロト王子が疑問を投げかけた。

「あっ、そっか。さすがに無理かな。

 それ、一時的に外せる?」

 英祐がアスタロト王子を振り返る。


「いいぜ、この部屋の中だけなら、文句言わせねーしな。」

 アスタロト王子がニヤリと笑い、急いで残りの食事を口に頬張ると、部屋の中に仕掛けられた、魔法禁止の魔道具を停止した。

「さすがに魔法陣でも敷いてなきゃ、城の結界に阻まれて、この部屋に直接来れる存在はないからね、安心していいよ。」

 そう言うと、英祐が強制転送魔法陣の出口を部屋に展開させる。

「いいなー、魔法陣カッコいいぜ。

 俺も使いてえなあ。」

 アスタロト王子がワクワクした顔で言う。確かに。魔法陣とか杖って、魔法使ってますー!って感じするよな、分かる。


「教えてもいいけど、妖精が魔族の魔法覚えたら、古代魔法使えなくなったりしないのかな?しないなら教えるけど……。

 人が覚えるのと、妖精が覚えるのとじゃ、違う気がするんだけど。」

 英祐が心配そうに言う。

「真逆の存在だもんな……。

 確かにそれはあるかも知んねえな。」

 恭司が同調する。

「てことは、俺らは覚えられんのか?」

 魔族の魔法に、古代魔法、全部覚えたら無敵だろ!

「いけるんじゃない?過去の文献だと、古代魔法と、魔族の魔法と、現代魔法を操る人間の話も出てくるよ?」

 英祐が太鼓判を押してくれる。


「恭司も神獣だけど魔物カテゴリーだし、いけるんじゃないかな?」

「マジか、じゃあ、教えてくれ!」

「う、うん、分かった………。」

 俺と恭司の迫る勢いに英祐がタジタジになりながら言う。

「えー!?お前らだけずっちーなー!

 俺も魔族の魔法使いてえよ!」

 アスタロト王子が不満げに言う。

「じゃあさ、こうしたらどう?

 古代魔法が契約出来るか、妖精女王に聞くときに、ついでに妖精が魔族の魔法を使っても大丈夫か聞いてみたら?

 それで問題ないようなら、全員に一緒に教える。駄目なら諦めて貰うしかないけど。

 どう?」


「……まあ、それでもいいか。」

「そうだな、みんな一緒のが、覚えんのも楽しいだろうしな。妖精女王に会ってからにしようぜ、英祐に教えて貰うのはよ。」

 俺と恭司がそれに同意した。

 それを聞いたアスタロト王子が、

「お前らサイコーだ!!」

 と、満面の笑みで、前から俺たち2人に飛びついて来て、受け止めきれずに俺と恭司の椅子が傾き後ろにひっくり返る。

 恭司はテーブルに乗っていたのに、倒れた椅子に巻き込まれそうになり、慌てて羽ばたいた。

「──あっ、悪りぃ。」

 倒れた俺を慌ててアスタロト王子が助け起こす。俺はしたたかに背中をうった。


「痛ってー!」

「お前!ちょっとは体重差考えろ!」

 俺と恭司がそれぞれ不満を漏らす。それを見た英祐がクスクス笑う。俺は念の為、対魔法効果のある服を着ていく事にした。

 俺たちは門番に門を開けてもらい、ユニフェイを従えてアスタロト王子の先導で聖樹に向かった。

 誰となく小走りになり、ワクワクと木に近付くと、前と同じく、美味そうな実がなっているのが見える。だが、次第に違和感に気が付いた。

「──あれ?」

「なんだ?この穴……。──なあ、これって、昨日来た時にもあったのか?」

 昨日の記憶がないアスタロト王子が俺に尋ねてくる。


「いや。昨日はこんなものなかったぜ。

 なんだろう……気味が悪いな。」

 俺は嫌な予感がした。

「チムチの聖樹ってさ、確か、伝説の何かを封印してるとかって話だよね?」

 英祐がアスタロト王子に尋ねる。

「あー、なんか父上がそんなこと言ってた気がすっけど。覚えてねえな。」

 アスタロト王子が首をひねる。

「なんだよ、頼りになんねえな。

 お前の国のことだろ?」

 恭司がアスタロト王子に文句を言う。

「近付くなとは言われてたけど、別に毎年木に登ったってなんもなかったし、そんなんいちいち俺が気にするわけねーだろ?」

 アスタロト王子が不満をたれる。


 ……まあ、恭司も同じことするだろうし、気にしないだろうな。

 神罰なんて胡散臭いもの、俺も元の世界じゃ気にもしちゃいなかったけど、ここは神も魔法も存在する世界なのだ。何があってもおかしくはない。

 少なくともアスタロト王子は、俺たちよりは気にすべきだと思うぞ?剣と魔法の世界の住人なんだから。

「まあ、何かの封印がとけたにしたって、ここでグダグダ気にしてても始まらねえだろ?出た時に考えりゃいいんだよ。

 それより早く実を食おーぜ。」

「──それもそうだな。考えても仕方ねえことは考えんのやめようぜ。

 そん時考えればいいこった。」


 後先考えない、快楽優先主義のアスタロト王子と恭司が、いつの間にか我先にと聖樹に登り始めながらそう言ってくる。

 それを見た俺が一瞬ポカンとする。

 こういう時考えの似た人間がいると、味方が多くて便利でいいな!お前ら!

「こういう色のがうめーんだぜ。」

「どれどれ……。おっ、ホントだ、マジうめーなこれ!冷やして食いてえ!」

「ちょっとは危ないかもとか思わねえのか、おめーら!!」

 既に実にかぶりつきながら、アスタロト王子が俺を振り返る。

「だーいじょぶだって、ホラ、お前らも登って来いよ。」

「大丈夫そうだぜ、匡宏、英祐!」


「……まったく。」

 呆れる俺の隣で英祐がクスクス笑う。

「登れるか?英祐。」

「うーん、……木に登るの初めてだし、ちょっと怖いかも?」

「無理そうなら魔法使えよ?それか、取ってやるし。」

「うん。でも、何とか登りたいかな。

 みんなと一緒の景色が見たいし。」

 俺と英祐も聖樹に登り始める。先にたどり着いた俺とアスタロト王子で、途中でつっかえていた英祐を引っ張り上げる。

「──いけるか?」

「足踏ん張れよ!」

「う、うん!しょっと!

 ……わあ……。」


 太い木の枝に腰掛けた英祐が、その景色の雄大さに驚く。俺も何だか懐かしくて物悲しい気持ちになった。

「ちょっと怖いけど、みんなと見れて良かったな。」

 英祐は嬉しそうだった。時がゆっくりと流れてゆく。それを見ながら、へへ……と俺たちは顔を見合わせて笑う。結果的に登って正解だったな、と俺は思った。

 アスタロト王子が俺と英祐に、こうなってるのが美味いんだと言いながら実を差し出してくる。俺と英祐は服の表面でちょっと実を拭いてから、ガブリと齧りついた。

「……!美味しい!」

「──ウッマ!

 こんなん食ったことねえ!」


「へへ。だろ。ダチが出来たらぜってえ食わせてえと思ってたんだよな。」

「いねーのか?友達。」

 嬉しそうに笑うアスタロト王子に、恭司が不思議そうに首を傾げる。

「……俺は気にしねえんだけどよ。

 向こうにしたら、俺は王子だからな。

 やっぱ、対等ってのは難しいみてーだ。」

 アスタロト王子は遠い目をしながら、少し寂しそうにそう言った。

 俺たちはこの世界の人間じゃないから気にしないけど、俺も皇室の人ですって紹介されたら、ちょっと分かんないかもなあ。

 恭司はSPついてようが完全に気にしないだろうけど。俺は見えないところにいてくれない限りは、多分近付かないと思う。


 ジルベスタもアスタロト王子も、生きてる世界が違う気がしないから気にならないだけだ。ちょっと友達の家が大金持ちってだけの感覚に近い。

 小学校の時にも、駅の周辺全部そいつのばあちゃんの土地で、小学校の時からそいつがつぐのが決まってて、敷地の中にそいつ専用の家があったり、銀行の支店長がすれ違いざまに頭を下げるようなのがいたけど、それで遊ぶのをやめたりはしなかった。

 そいつはそいつだから、そいつが嫌いじゃなければ遊ぶし、そうじゃなければ遊ばないってだけだ。

 俺とは学区が違ったことと、中学入ってからは恭司とばかり遊んでたから、自然と遊ばなくはなったけど。


 王族の力が強いこの世界に生まれてたら、感覚も違ったのかな。貴族ですら王族よりもかなり下の序列で、まだ教会のトップの方が序列が上らしい。

 この世界で王族の子どもが友達を作るのは難しいのかもなあ。ジルベスタも友達の話なんてして来なかったし、ひょっとしたらいないのかも知れない。

 アスタロト王子は、俺にセクハラすることさえ除けば、恭司に似たイイヤツだから、普通の家に生まれてたら、絶対友達がたくさん出来る奴なのにな。

「……なあ、久々にアンナの店に行かねえか?アンナの様子も気になるしよ。」

 アンナは見た目や立場で人を判断しない子だ。女の子だけど、アスタロト王子とも友達になれるかも知れないと思った。

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