第94話 殺人祭司の手先と将軍の魔の手
「お前!!この国の王子になんてことしやがる!!」
俺は崩折れたアスタロト王子を抱きかかえながら男を睨んだ。知能上昇を使って全力で回復魔法を使うも、アスタロト王子は俺の腕の中で体温を失っていった。
クソッタレ!!どっかの臓器が回復出来ない程に全損してやがんのか!
「王子?そいつ王子だったのか。
ラッキー、王族は経験値高いから、褒めて貰えるぜ。」
男は無邪気に笑った。俺は急いでアスタロト王子をアイテムボックスの中にしまう。
「経験値……?
まさか、お前、」
「とある方に頼まれて、お前の姿を奪いに来たのさ。
そいつはついでだ。
可愛い顔してたからな。
気に入っちまったんだ。悪いな。」
やっぱり殺人祭司の手の者だったのか。アスタロト王子の姿をしていた男は、元の死体になった男の姿へと変わった。
「まさか、その姿も奪ったのか?」
「そーだよ?
キレイだろう?気に入ってんだ。
さて、次はお前の番だ。
どっちがこの世界に選ばれるかな?
まあ、俺はこの勝負に負けたことはないけどな。」
俺は男のステータスを見た。
遺伝子操作、激運、反射。
幸運のスキルは段階がある。幸運、強運、豪運、盛運、そして最上級の激運だ。
遺伝子操作は相手の遺伝子情報を奪い自由に扱うことの出来るスキル、そして同じ姿になった時に、激運がコイツを生かすことになる。
戦いに不向きなスキルだけど、こと殺人においては、同じ姿が存在出来ないこの世界のルールにおいては最強の組み合わせだ。
反射があるから下手に魔法攻撃も出来ない。俺にとって戦い辛い相手だと言えた。
俺はスキルを奪う。
コイツは姿を奪う。
どちらも体に触れる必要があるから、俺がコイツのスキルを奪おうとした時に、コイツに姿を奪われる危険があるのだ。
あの日あんなところで血を流して倒れていた男は、魔物や盗賊に襲われたわけじゃなく、コイツに姿を奪われて死んだのだ。
コイツには姿を奪われ、俺にはスキルを奪われ。挙げ句の果てに命まで落とした。
なんて踏んだり蹴ったりな人生だろうか。その死に加担したわけじゃないけど、俺は何だか申し訳なくなった。
「お前と勝負なんてしねえよ。
近付かなきゃいいだけだ。」
「へえ?どうするんだ?」
「──空間転移!!」
俺は空間転移で男の目の前から逃げた。
向かった先は──王宮だ。
突如チムチの王様の前に現れた俺を見て、兵士たちがざわつき駆け寄って来る。
王様も目を丸くして俺を見ている。
「お願いします!
俺の友達を、……あなたの息子を助けて下さい!!」
俺がアイテムボックスから血まみれのアスタロト王子を取り出すと、王様は椅子から立ち上がって駆け寄って来た。
「さっき変な男に襲われて……。
俺をかばってアスタロト王子が……。
王子から、あなたは復活のスキルを持っていると伺いました。
まだ攻撃されて間もない状態でアイテムボックスに入れて運んで来ました。
どうか──!!」
王様が俺に抱きかかえられたままのアスタロト王子に触れると、その手が光る。
「……復活のスキルは、死んでから時間が経てば経つほど、死ぬ前の記憶を失う。
それだけは避けられない。
だが死んですぐなら、そこまで失われてはいないだろう。
ありがとう。君がアイテムボックスに入れて連れて来てくれたおかげだ。」
アスタロト王子がうっすらと目を開ける。俺は目に涙が溜まって泣きそうになった。
「お前……なんで泣いてんだ?」
「……泣いてねえよ。」
完全に涙をこぼしながら俺は強がった。
「うわっ!?なんじゃこりゃ!
俺の服が血まみれじゃねえか!」
「お前は襲われて1度死んだのだよ。
彼がここに連れて来てくれて、私が復活させた。記憶の混乱は復活したせいだ。
感謝しなさい、彼のおかげだ。」
「そうだったのか……。
……あんがとな。助けてくれて。」
そう言うなり、いきなり俺を抱き寄せて強引にキスをしてきた。
「〜〜〜〜!?????」
「──なんと。
そういうことか。
それなら話が早い。
皆の者。」
「──え?」
王様に声をかけられた従者たちが、俺たちを風呂に運んで体を洗い、バスローブのような新しい服を着せる。
「──え?」
そのままどこかの部屋に2人して運ばれる。訳がわからないまま、だが大勢の大人の力に抗うことが出来ず、気付けば俺はアスタロト王子と2人、ベッドの上に座らされていた。
「──え?」
アスタロト王子は頬を染めて嬉しそうに俺を見つめてにじり寄って来る。
「お前が泣くほど俺のことを心配してくれるなんてな。
やっぱり、お前も俺のことを好きだったんだな。」
「な、なに言ってんだ!
さっき他に好きな子がいるって言っただろうが!」
「……?
さっき?何の話だ?
俺は今日お前に会ってねえぜ?」
復活のスキルのせいか!
俺と過ごした時間のことが、スッポリとアスタロト王子の記憶から消えていた。
「ここまで来たら、もう覚悟を決めろよ。
ここには俺とお前の2人きり。
……王子の部屋には、誰も邪魔しになんてこれねーぜ?」
だあああああ!
そうだ、ここには恭司もユニフェイもいない。
敵陣真っ只中。単独で潜入している俺を助けてくれる人間なんていない。
「空間転──」
「誘惑。」
空間転移しようとした俺に、アスタロト王子が誘惑を使って阻止してくる。俺の体は一気に熱を帯び、殆どのスキルが使えなくなってしまった。
「最初は誰でも緊張するよな。
……素直になれよ。」
身動きのとれない俺のバスローブの紐を、アスタロト王子が解いて服をはだける。当然その下は素っ裸だ。
アスタロト王子もバスローブを脱いだ。
俺の体を愛おしげに撫でてくる。
「や、やだ……。嫌だ……。」
「安心しろよ、すぐによくなる。」
その言葉通り、触れられたところを気持ちよく感じてしまう。
俺は思わず泣いた。
「嫌だよ……。
お前を嫌いになりたくねえよ……。」
精一杯、そう、声を絞り出した。その言葉にアスタロト王子がビクッとする。
「……他に好きな奴がいるってのは、マジなのか?」
俺はコックリとうなずいた。
俺をじっと見つめるアスタロト王子。だが強引に唇を奪ってくる。俺は殆ど動かない体で抵抗するが、振りほどくことが出来なかった。
俺の頬に温かな雫が、落ちてすぐに冷えて俺の頬を伝った。アスタロト王子は目を閉じて俺にキスしたまま泣いていた。
ふっと、体の熱が消える。ステータスを見ると、誘惑が解除されたことが分かった。アスタロト王子がといてくれたのだ。
「──見んなよ。」
アスタロト王子は俺に覆いかぶさったままで、俺の顔の脇の枕に顔を埋めて、声を殺しながら泣いていた。
「運命だと、思ったんだ……。」
俺は2度もアスタロト王子を振ることになってしまった。もう払いのけることは出来たけど、俺はそうは出来ずに、俺を抱き締めて泣いているアスタロト王子に、されるがままじっとしていた。
「──カッコわり。」
アスタロト王子は俺の上から起き上がると、鼻をすすってそっぽを向いた。
「刺激がつえーわ。」
と、はだけられた俺の服を直す。
「着替えて遊びに行こうぜ?
城の中を探検しねーか?
宝物庫、案内してやるよ。
興味あんだろ?王族の宝物だぜ?」
そう言って、ニヤリと笑う。
仲直りしようってことなのだろう。
俺はコックリと頷いた。
アスタロト王子が外の従者に声をかけて、俺の服を持って来させる。さっきまで着ていた服は血まみれになってしまったから、この国の腰に紐を巻くタイプの服が用意された。
服を着替えると、アスタロト王子の合図で警備の兵士を避けながら、城の中を宝物庫に向かって進んでいく。
ワクワクが止まらない表情を浮かべたアスタロト王子を見て、コイツとも、ちゃんと友達になれたらいいのになあ、と思った。
宝物庫の中は、普段から手入れをされているのか、ホコリもかぶっておらずキレイなものだった。
アスタロト王子が壁の魔道具に触れると明かりがついた。
「うわー、すげえな。」
金で加工されたたくさんの美術品のようなものが並び、その中に半透明の石のようなものがたくさんあるのが気になった。
「これ、なんだ?」
「見たことねーのか?
これが魔石さ。
魔物や魔族から取れるんだ。
突然取れなくなったりしたら、みんなの生活がたち行かなくなるからな。
一定量国で買い取って、有事の時の為に保管してあんだ。」
「へー。」
ちゃんと国民のことを考えてる国なんだなあ。
「なんか欲しいものがあったら、何でもやるぜ?お詫びがわりだ。」
さっきの行為を言ってるのだろう。
俺が欲しいのはイエルさんのスキル──とは言えなかった。
「これなんか便利だと思うぜ?
持ってるだけで石化を防ぐって護符だ。」
「いっぱいあんだな。」
「昔石化を操る魔物がたくさん湧いた時期があったらしくてな。
結構な人数分揃えたみてーだ。」
「なら、これ、たくさん貰ってってもかまわねーか?」
石化を操る魔物はレベルが高いから、英祐にソイツを呼び出して貰って経験値を上げる時に、みんなに渡せたら安全に戦えるだろうな、と思った。
「いいぜ?バカみてーに数あるしよ。」
そう言ってくれたので、俺は石化を防ぐ護符をみんなの人数分アイテムボックスにしまった。
「サンキューな。助かるわ。」
「どうってことねえぜ。」
俺はその後で真剣な表情になった。
「つかさ、大事な話があんだけどよ。」
「──うん?」
「お前、死んだ時のこと、覚えてねーんだろ?」
「ああ、まあそうだな。」
「お前は、姿を奪われて死んだんだ。」
「姿を……?」
アスタロト王子は不思議そうな表情を浮かべた。
「厳密には、遺伝子情報を、だ。
遺伝子操作ってスキルを持ってる奴が、お前の遺伝子情報を奪ってお前の姿になったんだ。
この世界は同じ姿をしてる人間の存在が許されない。どちらかが死ぬことになる。
けど、そいつは幸運スキルの最上位互換スキルの激運を持ってて、常に運命に選ばれることになる。
遺伝子情報は保管出来るみてえだから、そいつが何かの気まぐれでお前の遺伝子情報を呼び出して、お前の姿になりでもしたら、また死んじまう。
そのことを国王に話して、常に国王のそばにいた方がいい。そいつが死ぬか、捕まるまでは、お前が危険だ。
襟足の長い茶色っぽい金髪の、キレイな男の姿を気に入って、それにいつもなってるみてーだから、そいつを見つけたら捕まえるようにも言ってくれ。」
「……分かったよ。
おめーが言うなら、多分そうなんだろうからな。」
アスタロト王子は頷いてくれた。
俺は、帰るよ、とアスタロト王子に告げて別れると、再び王子宮に隠密と消音行動で忍び込んだ。今度こそイエルさんのスキルを奪う為だ。
俺は窓から部屋を覗き込んで、ベッドの上を見た瞬間ギョッとした。イエルさんの隣には、裸の肩が覗いている国王が寝ていた。
また女王陛下が部屋にでもやって来たのだろうか。復活したとはいえ息子が1度死んだばかりだと言うのに、よくこんなことをする気になるものだ。俺はそっと窓をあけて部屋に侵入した。
寝ているイエルさんに触れる。
──奪う、奪う、奪う。
──与える、与える、与える。
イエルさんは目を覚まさなかった。
俺がホテルに戻り、エンリツィオの部屋を尋ねると、英祐が先に部屋に来ていた。アダムさん、カールさん、恭司もいる。
「──久しぶり!元気だった?」
嬉しそうに微笑む英祐に、俺もほっとして笑顔を浮かべる。
「首尾はどうだ。」
「奪って来たぜ、寵妃のスキル。」
俺にそう聞くエンリツィオに、頷いてそう答えると、俺はここまでの経緯を話した。
「姿を奪う男か……。やっかいだな。
分かった。全員に通達しておく。」
エンリツィオが真剣な表情でそう答えた。
「それとこれ。
王宮でアスタロト王子に貰ったんだ。
石化を防ぐ護符だってさ。
コイツを持って、英祐に石化を操る魔物を呼び出して貰おうと思うんだ。
石化が使える魔物は、一律レベルが高いだろ?経験値もうまいし、石化が防げるなら安全度も高いしな。
英祐、魔物の指定は出来るんだろ?」
「レベルとか、ある程度はね。
石化に限定して呼び出すくらいなら可能だよ。」
「いいだろう。──オイ。」
コイツを全員に配れ、と言われて、アダムさんが護符を受け取ると部屋を出て行った。
「よし、じゃあ、魔物を出したい場所に案内してよ。
早速魔法陣を作るからさ。」
英祐がそう言って、俺たちはエンリツィオ一家が管理している広い土地に向かった。伝聞が届いた部下の人たちも、ゾロゾロとどこかかから十何人が集まってくる。
1度に全員が持ち場を離れる訳にはいかないから、ここにいるのはチムチにいるエンリツィオの部下の3分の1らしい。
英祐が手をかざすと、空中に線が円を描き出し、巨大な魔法陣が広がっていく。それがビタッと地面に張り付いた途端、バチバチバチっという音と共に、たくさんの魔物が姿を現した。
「ちょっ、これ、いくらなんでも、種類多くないか?」
俺は魔物の姿を見て驚愕する。
そこに現れたのは、コカトリス、バジリスク、メドゥーサ、カトブレパス、玉藻前みたいな狐尾の美女の姿をした魔物5体だった。
「石化でレベルを限定して召喚したら、なんかこうなっちゃったみたい……。」
英祐がへへっと困ったように笑う。
「いくら石化を防ぐ護符があると言っても、この数は……。
俺たちのレベルじゃ、1〜2体がやっとですよ。」
アダムさんが言う。
「何体か戻せないんですか?」
カールさんが聞く。
「強制転送魔法陣は一方通行だから、あっちに出口の魔法陣を敷いて来てないし無理かなあ……。」
「倒すしかねーだろ。
いいじゃねえか、1人1回ずつ、全部の魔物に攻撃を当てろ。
──最悪俺が倒してやるよ。」
「ボス!」
後からやって来たエンリツィオが不敵に笑う。みんな安心したように、一体ずつに攻撃を当ててゆく。
「──?
なんだ?」
俺は空中に新たな魔法陣が展開されてゆくのに気が付いた。
「英祐、あれ、お前か?」
「ううん、僕は何も──」
それは5つの強制転送魔法陣へと変わり、地面にビタッと張り付くと、魔物たちと、その近くにいたエンリツィオの部下たちを吸い込んでゆく。
「うわっ!?」
「なんだ!?」
悲鳴とともに部下たちと魔物がどこかに消えていく。
「──やれやれ。
魔王候補殿が、人間に加担してるという噂は本当だったか。」
「ランドルス将軍……!!
何故あなたがここに?」
英祐の知り合いなのか?驚いた表情で英祐は目の前の魔族を見ている。真っ赤な肌に裂けた口元から牙が覗いて、いかにも強そうでおっかない見た目だ。
「魔王候補殿がいなくなれば、次の有力候補はこの俺だ。
そういうことだよ、分かるだろう?
6人衆を従えずにこんなところまで来たのは浅はかだったな。」
……英祐を狙ってるってことなのか?
「──俺の部下たちをどこへやった。」
エンリツィオがランドルス将軍を睨む。
「邪魔だから、ちょっと遠くに行って貰っただけだ。別に死んじゃいない。
まあ、あの人数で、魔物に打ち勝てずに死ぬかも知れないがな。」
ランドルス将軍がクックックと笑う。
「──追えるか。」
「ああ、バラバラに散ってるけど、この国の中だ。」
エンリツィオに言われるまでもなく、俺はみんなの位置を千里眼で検索していた。今のところ全員無事だ。
「あいつをぶっ倒して、すぐにアイツらのあとを追っかけるぞ。」
「僕も手伝います!」
「──そう簡単にいくかな?」
「あっ!!」
どこからともなく飛んできた矢が英祐の腕に刺さる。ランドルス将軍に攻撃を仕掛けようとしたエンリツィオと英祐を嘲笑うかのように、微笑みながらアシルさんが現れた。
「……アシルさんが、この魔族を呼んだんですか?」
「追わせないよ。」
俺の問いかけに、アシルさんは答えずにただ微笑んでいた。
ランドルス将軍、アシルさん、姿の見えない弓の使い手。
手傷を負わされた英祐、エンリツィオ、──そして俺。
戦いは避けられそうにもなかった。
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