第92話 チムチ王宮潜入
「そうですね、お酒は分かりませんけど、一度食べたことありますけど、美味しかったですよ。
……でも、残念ながら営業時間前みたいですね。」
俺は困ったような笑顔を、管轄祭司に向けた。
「おや、そうでしたか、では出直すとしましょう。」
そう言って管轄祭司たちは去って行った。
このまま中に入るわけにはいかない。
というか、ドアを引いたら実際鍵がかかってたんだけど。
俺たちは一度ホテルに戻ることにした。
後ろを振り返らずに、千里眼で管轄祭司の現在地を確認する。俺たちの向かう方向とは違う方向に歩いて行く。
とりあえずはひと安心として、俺は角を曲がって建物と建物の間に入り、誰にも見られていないことを確認すると、
「──いい加減出て来いよ。」
と恭司に声をかけた。
「こえー、なんだあれ。」
恭司は管轄祭司を見た瞬間、カールさんの服の裾に潜り込んで身を隠していた。
俺だったらくすぐったさに反応してしまったと思うから、表情を変えないカールさんの服の中に潜り込んだのは、正しい選択だったといえただろう。
まあ、フクロウを連れてる男なんて目立つし、以前ナルガラにいた時の出来事も、それでエンリツィオに俺がやったことだと特定されたわけだから、一緒にいるところを見られないで済んだのは、俺としても有り難かったが。
恭司とカールさんに、酒場のみんなに伝えに行くことを告げて空間転移した。
空間転移は便利なスキルだけど、自分のレベルに応じて移動距離の上限がある。
MPを使わない、ただのスキルだからだと思う。多分魔法なら逆に、俺の高いMPがあれば、現時点でも長距離移動可能なんだろうけど。
別に転移を繰り返したら長距離移動も可能だけど、使ってるところをあまり人に見られるのはよろしくない。
それと移動先に人がいた場合だ。転移前に千里眼で配置を確認はしているけど、向こうはこちらが来ることを知らないから、転移先で人が自由に動いているのだ。
万が一座標が重なった場合どうなるのか、それが分からないのが怖いから、あまり人のいる場所に向けてスキルを使いたくないというのもある。
けど、今回はそうも言ってられない。俺は酒場の中に空間転移した。
突如俺が現れたことでギュンターさんが驚いていたけど、事情を伝えたらもっと驚いていた。
当分この店には集まらない方がいいだろうということになった。
エンリツィオは店にいなかった。行き先も分からないけど、とりあえずアダムさんと一緒らしい。
俺はホテルに戻ると告げて、恭司とカールさんのいる場所に空間転移した。
酒場にエンリツィオがいなかったこと、殺人祭司が酒場の前まで来たことを伝えたことを、ホテルに戻る道すがら話した。
俺たちの部屋の前までカールさんが送ってくれた。管轄祭司の居場所はまだ離れたところのままだった。
教会は寝泊まりするところもあるし、多分そのままそこに泊まるんだろう。
俺はホテルの部屋に入ると、アイテムボックスから蓋付きの小箱を取り出して蓋をあけた。
蓋の中には魔法陣が書かれていて、しばらくすると、その上にホログラムのように篠原の上半身姿が現れた。
アプリティオで再開した時に、手紙だと時間がかかるから、これを使いなよ、と篠原が渡してくれたものだ。
相互通信可能で、向こうにもこちらの上半身が現れるらしい。俺には魔族の魔法陣は使えないから、篠原が職人さんに頼んで作っておいて貰ったのだそうだ。
「──久しぶり!元気だった?」
変わらない篠原の笑顔がそこにあって、俺は少しホッとした。
「おっ、英祐じゃねーか!
そっちも元気そうだな!」
恭司が俺の肩に羽ばたいて止まりながら篠原に声をかける。
「松岡君も元気そうだね!」
「──みずくせーな、俺が英祐って呼んでんだぜ?そっちも恭司でいいだろ。」
「え?
じゃ、じゃあ……恭司、君?」
「思い切って恭司って呼べよ!ほれ!」
「きょ、恭司……。
……な、なんか照れるね。」
篠原は頭の後ろに手をやってはにかんだ。
「俺のことも、匡宏でいいよ。
──俺も英祐って呼ぶからさ。」
「わ、分かった。……匡宏。」
英祐はニッコリと微笑んだ。
「なあ、英祐、ちょっと頼みがあって呼んだんだ。」
俺の呼びかける言葉に、篠原は嬉しそうだった。
「うん、何?」
「前にニナンガ王国で、あいつらを育てる為にさ、魔法陣から魔物を呼び出してたろ?」
「うん、そうだね。」
「俺たち今チムチにいるんだけど、あれ、頼めないかな?
エンリツィオのスキルレベル7の部下たちを、全員レベルアップさせて最低レベル8のスキルまで上げてえんだ。
けど、今エンリツィオのとこと、敵対してる組織と抗争中で、ダンジョンに潜ったりして、長いこと持ち場を離れるっていうのが、全員難しくてさ……。
──頼む!!」
俺は両手を合わせて拝むポーズをする。
「ぜんぜんいーよ?」
英祐はあっさりと了承してくれた。
「僕1人行くだけなら、自爆転送と再生を繰り返せばすぐだし。」
俺の空間転移みたいなもんか。
「じゃあ、こっち来たらついでに遊ぼうぜ!アプリティオじゃ、殆ど何も出来なかったしな。」
「……まあ、時間があったとしても、彼女らがいると、必ずついてくるから、3人で遊ぶとかは絶対に無理だったと思うよ?」
そうか、ハーレム6人衆がいたのだ。常に篠原にべったりだもんなあ、あいつら。
「逆に置いてきて、後でとっちめられねえのか?」
恭司が英祐を心配する。
「……毎朝起きると、全員が全裸でベッドに潜り込んで来てて、シンドイから、僕もたまには1人になりたいっていうか……。」
「あっ、そう……。」
俺と恭司は、贅沢な悩みに困った表情を浮かべている英祐をジト目で睨んだのだった。
英祐は明日には遅くとも到着出来ると思うよ?と言ってくれた。あとはエンリツィオに報告してどこでみんなのレベル上げをするかだけだ。
その時部屋の扉がノックされる。
「カールです。」
さっきの今で何だろうか?
「ボスが部屋に戻られました。
匡宏さんをお呼びです。」
俺と恭司はエンリツィオの部屋に行き、英祐が遅くても明日にはチムチに来ること、管轄祭司がいつもの酒場の前までやって来たこと、カールさんのスキルをアンナに移してやりたいこと、アンナとアシルさんの奥さんの名前が、森鴎外の舞姫に関連してることなどを伝えた。
「……その本なら、俺も読んだことがあります。ドイツ語翻訳版が出てましたから……。ただ、さすがにモデルとされている人物の名前までは、知りませんでしたが。」
と部屋にいたアダムさんが言った。
「──俺たちの世界で、意味や関連を持つ名前が影響してるかも知れねえってのは面白い話だな。
俺も1つ疑問ではあったんだ。
生物が住んでいて、俺たちよりも高度な文明を持ってる奴らがいる星がたくさん存在するって説は、昔からどの国でも言われてることだ。
UFOなんかが代表的なそれだな。
だがあれは魔法なんかじゃなく、どう考えても科学だ。牛や人間がさらわれたエピソードはあるが、目撃情報を本当だとするならばだが、この世界みてえに魔法で転送してるわけじゃなく、直接さらったり、UFOに吸い上げてるって話だ。
やり方がまったく違う。
この世界はとても科学文明が発達してるとは思えねえ環境だし、空を飛ぶ乗り物なんかもねえ。
てことは、UFOを操ってる奴らとは全くの別の存在ってことになるわけだが、だったら何でその他の星の人間じゃなく、俺らの星ばかりから攫われるんだとな。
──だが何かしらで俺らの星と相互干渉してるってんなら、理屈が通らないわけでもねえな。」
考えたこともなかった。
確かに、もし他にも似たような人類のいる星があるなら、なんで地球限定なんだ?ってことになる。勇者召喚には、まだ王家も知らない秘密があるんだろうか?
「魔族が明日にでも来ることは分かった。
魔物を呼び出す場所はこちらで準備する。
管轄祭司の件も了承した。
で、あの娘にスキルを移す件だが……。」
俺は唾を飲み込んだ。
「別に構わねえよ。好きにしてくれ。
オマエが移してやりてえっていうカールのスキルは、あってないようなモンだからな。
代わりに何かしらやりてえってんなら、あんまり他の奴らとバランスがおかしくならねえようにだけしてやってくれ。
ただでさえ、今、1人だけ火力5割増しなんてことになってんだからよ。」
「分かった。カールさんとも相談するよ。
それで、スキルを手に入れたあとで、アンナが働ける場所を、もし用意出来たら、紹介して欲しいんだけど……。」
俺は恐る恐る聞いた。
「──それだ。」
「え?」
「さっき行ってきたんだが、アダムがこの国にいた頃の行きつけの店が、女の住み込みの従業員を欲しがっててな。
店主は女ひとり、子どももいねえ。
旦那と先ごろ離婚したばかりらしい。
酒は出すが、客は地元の職人らばかりで明るい店だ。
うちの傘下に加わるのを条件に、従業員を紹介してやることにした。
その娘、ちょうどいいんじゃねえか?」
鶏が先か。卵が先か。
シノギを増やす為に行った店が、たまたま住み込みの従業員を募集してたのか、それともアンナの為にそういう店を探してくれたのか。
どちらか聞いても、きっとエンリツィオは答えないだろうけど、俺は知っていた。
アシルさんが言ってたみたく、こいつは俺と似てるところがある。どこか悪人になりきれない部分があるのだと。
カールさんがエンリツィオの護衛につくことになり、俺はアダムさんと恭司を伴って再びアンナの宿を訪ねた。
住み込みの働き口が見つかったことを告げると、アンナは驚きとともに、少し不安げな表情をしていた。
知らない人たちの中にいきなり行くことになり、生活環境が大きく変わるのだから、それもそうだろう。
「向こうがまずは気に入ってくれるかってこともあるし、一度会ってみない?
その前に、カールさんから預かってるスキルを渡して、アンナのスキルを貰うね?
踊り子は職業スキルだから、持ってると踊り子にしかなれなくなっちゃうからさ?」
普通に生活しようと思うと、この世界の宗教の経典がそれを許してくれない。
俺らみたいのには関係ないけど。
俺はアンナから踊り子のスキルを奪って、調理、菓子作成のスキルを渡した。
「これで、最初からある程度、仕事が理解しやすくなると思うよ?」
アンナはそれを聞いて嬉しそうに笑った。
アダムさんの案内についていく形で、俺と恭司とアンナは、ゾロゾロとアンナの勤め先になるかも知れない店に向かった。
店は既に営業中だったのだが、何やら店の前が騒がしい。フライパンを構えている女性の足元に、地面に転がり上半身を起こして、殴るな!とでも言いたげに右腕を伸ばして制止しようとしている男性の姿が見える。
「俺はちょっとトキメキが欲しかっただけなんだって言ってんじゃねえか!
浮気はしたよ、ああ、確かにしたけどさ!
ただの過ちだろ?いつもみたくお前が許してくれれば、俺たち別れずに済んだだろ!」
どうやらあれが最近離婚したという元旦那らしい。
「あんたも離婚には了承したろうが。
だったらいつまでも店に顔だしてんじゃないよ!」
「あれは……そう言えば、お前から謝ってくるかと思って……。
──俺はお前にチャンスを与えてやったんだぞ?
なのにアッサリ離婚しやがって!」
「はあ!?」
奥さんは眉間にシワを寄せて、呆れたように元旦那を睨んだ。
「──ねえ、何言ってんの?
ちょっと意味分かんないんだけど。」
「匡宏さん?」
会話に突如加わった俺を、アダムさんが不思議そうに見る。
「誠心誠意謝って、許して欲しいって言ってるなら分かるけど、なんであんたを許さないこの人が悪いみたいになってんの?
──物盗もうが、人殺そうが、それを許してくれなかった人が悪いんじゃないよね。
なんで浮気だけは、許さない相手が悪いと思えるの?
俺の国じゃ、昔は浮気したらその場で配偶者に殺されても、殺した配偶者は罪にならなかったんだよ?
その場で殺されなくても、浮気したら必ず浮気相手もろとも死罪だったんだ。
今は捕まる犯罪じゃないってだけで、罪は罪だよ?
魔が差すことは、人間だからもちろんあるとは思うけどさ。
全然悪いと思ってなくて、被害者の側ばかりを責めるような人間を、俺なら少しも許す気、しないけど。」
俺は心底首をかしげて、その男性を見下ろした。
「ガ、ガキが生意気言ってんじゃねえよ!
うわっ!?ちょっ、なんだ?」
店の客たちから、次々に元旦那に、皿やコップが飛んでくる。
「そうだそうだ!」
「その兄ちゃんの言うとおりだぜ!」
「働きもしねえクソヒモ野郎が。
どうせまた金なくなってタカリに来ただけだろうが!」
「俺たちのママに、2度と近付くんじゃねえよ!」
男性は憎々しげに起き上がると、
「ちくしょう、お前ら、覚えとけよ!」
と捨て台詞を残して去って行った。
「すまねえな、ママ、皿とか割っちまって。弁償するからよ。」
「いいんだよ。
……みんな、ありがとうね。」
ママは涙ぐんでいた。
「離婚記念さ!
みんな、パーッと飲んどくれ!今日は安くしとくよ!」
店の客たちも、周囲で見守ってた人たちも一斉に盛り上がる。
店の中に入りきらずに、道路に置いたテーブルで飲んだり、立呑みしてる人までいた。
一瞬役人らしき人が見回りに来たけど、お客の1人が目配せしたら、そのままうなずいて去って行った。
「兄ちゃんよく言ってくれだぜ、まあ飲みな飲みな。」
「いや、俺、未成年なんで……。」
「かたいこと言うなって!」
「あ、あの、俺、この店のママさんに用事があって来たんです!」
「あたしに用事?」
ママはキョトンとしながら俺を見た。
「住み込みの女性従業員を探してるって聞いて……。紹介で来ました。」
俺の横のアダムさんを見て、ああ、という表情をした後で、横にいたアンナを見て微笑んだ。
「──あんたがそうかい?
……おかしなとこ見られちまったね。
あんたの連れの、この子の紹介なら大歓迎さ。
こんな店だけど、良かったら働いてくれるかい?
あたしゃ娘が欲しかったんだけどね。
……子どもが出来なくて。
だから浮気する旦那にも、あんまり強く言えなくてね。……情けない話だけど。
聞くところによると、あんたも母親がいないんだろ?
良かったら、母親みたいに思っとくれ。
これから一緒に住むんだしね。」
「──!!
……はい!」
アンナはママにニッコリと微笑んだ。
俺たちはアンナをママにたくして、店をあとにした。荷物は何もなかったから、宿はチェックアウトして大丈夫だとアンナに言われたので、宿をチェックアウトしてからホテルへと戻った。
部屋に入ろうとすると、ちようどカールさんが訪ねて来て、エンリツィオの部屋に来るように言われた。
「──来たか。
分かったぜ、寵妃の居場所が。」
カールさんが王宮内の全体の図面を広げて見せてくれる。
「大分昔に作られた城だからな、図面を手に入れるのに手間取っちまった。
だが、王宮おかかえの建築士の倉庫にこいつが眠ってたぜ。」
そして、もう1つ、別の図面と、時間割表のようなものがテーブルに広げられる。
「こっちは魔法感知と魔法禁止の魔道具の配置図だ。国王と女王のいるエリアのものは手に入らなかったが、まあ現時点では関係ねえから問題ないだろう。
それと、これは警備担当の巡回時間だ。
姿を消してりゃ問題ねえだろうが、もしも寵妃に騒がれた時に、ここと、ここから、警備担当が集まってくる。
──万が一にも、姿を見られるなよ。
そんで、寵妃の居場所が、ここだ。」
エンリツィオが指をさした、王宮の全体図のその建物部分には、“王子宮”の文字が踊っていた。
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