第91話 殺人祭司との遭遇
アシルさんが元から裏切り者だったということを、俺からエンリツィオに話すことが出来なかった。ユニフェイをホテルの部屋に置いて、恭司と共に呼び出された酒場のVIPルームに俺たちはいた。
アシルさんにランドルの部下を奪われたこと。ウッツさんたち全員がやられたこと。ローマンさんがそれを説明しているのを聞きながら、俺は黙ってじっとうつむいていた。
チムチの幹部4人もそこにいて、全員動揺しているようだった。その場にいた全員が、複雑な表情をしていたと思う。
「──ウッツいわく、アシルさんの魔法スキルはレベル8になっていたようです。
奥さんとお子さんに会いにいくと言って、足繁くこの国に通っていたのも、ランクの高い魔物のわくこの国で、レベルアップすることと、ルドマス一家と何度も打ち合わせを重ねるのが目的だったのでしょう。」
ローマンさんも、説明しながら苦しそうだった。アダムさんとカールさんも同席してたけど、2人の表情は相変わらず殆ど変わらなくて、ギュンターさんはどうしていいか分からないようだった。
「アシルの奴をやりましょう!
……裏切りには制裁を。
これはたった1つの組織のルールだ。」
トラウゴットさんが言う。
シュテファンさん、エックハルトさん、ジークヴァルトさんもそれにうなずく。
「──アイツを襲ったとしてどうする。
土魔法の弱点属性である、レベル7の火魔法使いのウッツが、杖を持ったアイツに為す術もなかったんだぜ?
……今のアイツに勝てるのは、俺かコイツくれえだろう。」
エンリツィオは、足を開いて腕組みしながら、俺のことを顎でしゃくった。
「ましてや、昨日のランドルとの一戦で、レベル7スキル持ち4人と、そこのコイツの連れてる魔物までいて、それでもランドル1人に負けたってんだ。
……まあ、どっちも結果相打ちってとこだが、その内の2人は、火力5割マシのスキル持ちだ。それで相打ちにしかなれねえ相手に、なんで挑もうと思える。
アイツとの戦いにランドルが出て来たら、──お前ら勝てんのか。」
その場にいた全員が、シン……とした。
「……俺、ダンジョンに潜ります。」
ウッツさんが、強い決意を秘めた目で言った。
「──俺も潜ります!
俺たちは自身のレベルが30で上げ止まってるってだけで、この国でなら、すぐに全員魔法スキルレベル8になれる筈だ!」
ローマンさんも言う。
その場にいた魔法スキルレベル7組が一斉にエンリツィオを見つめた。
「……俺たちゃ冒険者じゃねえ。
ダンジョンに潜るには、冒険者ギルドの登録と許可がいる。
エンリツィオ一家がゾロゾロと冒険者に混ざって、コソコソレベル上げするってか?
そんな笑い話、すぐにルドマス一家に伝わるだろうぜ。
火力を上げてもランドルにゃあ勝てねえ。
やんのは構わねえが、知られた途端、確実に毎回ランドルが出てくるこったろう。
それに対抗出来る手段がねえなら、レベル上げしてることを向こうに知られるのは得策じゃねえ。」
みんなお互いの顔を見合わせる。
「それに冒険者ギルドに登録せずに、コッソリダンジョンに侵入するとして、ダンジョンは時間制限付きだ。
時間が来ると入り口が閉じて出られなくなる。
ダンジョンボスを倒さすとも、時間が来りゃあ閉じる。
倒したらその瞬間から一定時間で閉じる。
この国のダンジョンがどの程度の時間で開いて閉じんのか、ダンジョンボスを倒してから、どの程度で閉じんのか、お前らの内、誰か1人でも知ってんのか?
その為に、あえてボスの手前で引き返すダンジョンだってあるくれえだ。」
「……そこは調べれば、すぐに分かります。
だから……。」
ウッツさんが食い下がる。
「──お前らが一斉にダンジョンに潜ったとして、仮にそれがこの内の半分だとしても、そん時にルドマス一家が攻めて来たらどうする?
ダンジョンは下層に行かなきゃ、強い敵がいねえ。
1番弱い魔物の出るダンジョンですら、往復で最低でも3時間。中に連絡を取る手段もねえときた。
……ここいらのシノギをごっそり奪われるだろうぜ。
そこまで考えて発言してんのか?」
「2〜3人ずつなら……。」
ローマンさんが言う。
「じゃあそれで、全員がレベル8になるのはいつだ?
それまでこの国に留まんのか?
もっと別の方法を考えろ。
ここを出るまでに全員のレベルは引き上げる。それは俺も考えてることだが、お前らのやり方じゃ、今の状況にゃあ相応しくねえ。
俺たちゃ真っ当な仕事をしてるわけじゃねえ。ましてや相手もそうなら、そいつをどうにかする手段を先に考えろ。」
誰も何も言えなくなった。
「あの……さ。ちょっといいかな。」
俺が手をあげる。
全員の視線が一斉に俺に集まってちょっとビクッとする。
「前にニナンガにいた時に、篠原が俺たちの元クラスメートたちをレベルアップさせる為に、転送魔法陣を使って、魔物を呼び寄せてたんだよね。
ここは魔族の国に最も近い国だろ?ニナンガに来るよりも時間はかからない筈だ。
強い魔物をダンジョン以外の場所に、呼び寄せて貰ったらどうかな?
そうすれば、短時間しか持ち場を離れなくてもいいし、人のいない場所で、そう各自の持ち場から遠くない場所なんて、みんなたくさん知ってるだろ?」
「──確かに、魔族と協定を組んだわけですし、もしそれで彼らに協力して貰えるのであれば……。」
シュテファンさんが言う。
「やりましょう、ボス!それなら戻るまでの時間もかからないし、何かあってもすぐに集まれる!」
エックハルトさんが同調する。
「ルドマス一家を倒すのにも、協力して貰えば……。」
ジークヴァルトさんが興奮して、両の拳を重ね合わせて握りながら言った。
「魔物を呼び出させるのはいい。
だがルドマス一家の抗争に、魔族を巻き込むのは駄目だ。
──あいつらは王族を倒す為だけに、共闘してるわけだからな。
それに現時点で、魔族の力を借りてることを王族たちに知られるわけにもいかねえ。
ましてや万が一協力してくれたとしてだ。他の敵対組織にそんなことが知られてみろ。俺たちだけじゃ勝てねえんだと、いいもの笑いのタネだぜ。
ルドマス一家をやんのに、魔族の力を借りんのは諦めろ。
それは各自別の方法を考えるんだ。」
エンリツィオがそう言って、みんなが了承した。
「──奴らはいつ頃来れる?」
エンリツィオが俺を見る。
「確認してみるよ。返事が来たら知らせる。
……それと、管轄祭司が乗った船が、もうすぐこの国につくよ。」
「それまでに、チムチの寵妃の居場所と警備内容の特定を急げ。
──俺たちが以前ランドルと、ことを構えてから、うちがそうなように、向こうの戦力も大幅に変わっている筈だ。
ルドマス一家の現状を詳しくさぐれ。
他にも似たようなスキルを持ってる奴がいたら面倒くせえ。」
これでこの日は解散になった。
残っているのは、俺と恭司と護衛のアダムさんとカールさんだけ。
「……オマエ、こないだの娘、匿ってるらしいな。」
俺はギクッとした。
結局家にかえすことも、保護して貰える人間を見つけることも出来なかった俺は、さすがに俺たちと同じランクのホテルじゃお金が続かなくなるから、もっと安い宿にアンナを泊まらせていた。
「この先、オマエがずっと面倒みるわけにゃいかねえぜ?
いずれオマエのオンナを元に戻す為に、俺たちゃこの国を出る。
一時的に救ってやったところで、ただの自己満足だ。
……むしろ今救ってやってることで、家に戻る日がより辛くなるかも知んねえぞ。
──分かってると思うが、俺たちゃ慈善事業をしてるわけじゃねえんだ。
この世界は女が働ける仕事は少ねえ。
ましてや未成年じゃ、やれることは限られてくる。その女が娼館で働くってんなら、守ってやらなくもねえが、そうじゃなきゃ組織としては何もしてやるつもりはねえぞ。」
「分かってる……。けど……。」
俺はうつむくことしか出来なかった。
「その子のスキルは何なんですかね?
スキル次第では、冒険者にならせてみてもいいんじゃないですか?
この世界じゃ小さい子でも、12歳から始めるものですし。」
アダムさんが俺に聞いてくる。
「スキル……。考えた事もなかったな。」
俺は俺の元いた世界の感覚で、小中学生が働くなんて考えてもみなかったし、保護されるべきものだと考えていたけれど、この世界は12歳から働き始める子もいるのだ。
保護者がいないなら、自活していけるように手助けする方法を考えた方が、アンナの為になるかも知れなかった。
「俺、ちょっとアンナと話してくるよ。」
俺は恭司とともに、アンナの宿に行くことにした。
今日はウッツさんとローマンさんは別の用事があるとのことで、カールさんが護衛についてきてくれることになったのだけど、こないだアンナのお姉さん──アシルさんの奥さんであるエリスさんの家を探す時も、大分目立ってたんだよなあ、と思いながらも、ランドルに狙われてる俺としては、1人でも味方が多い方がありがたいので了承した。
宿の部屋を訪ねて、俺と恭司の顔を見た瞬間、アンナはホッとしたように微笑んだ。
1人で部屋に閉じこもってて不安だったのだろう。
──けど、前の時も思ったけど、アンナって、何でカールさんの顔に反応しないんだろうな?
夜中見るとマネキンが動いてるみたいで怖いけど、女の子から見たらメチャクチャかっこいい王子様顔だと思うんだけど。
まるで俺とカールさんが、同じ生き物かのようかに扱ってくる。こんな目線でカールさんを見る女性なんて、マリィさんくらいだと思ってたのに。
マリィさんはエンリツィオ以外に興味のない人だから分かるんだけど、アンナも誰か好きな人でもいるんだろうか?
俺は思わずそれをアンナに聞いてみた。
「アンナってさ、誰か好きな人でもいるの?」
「えっ?」
急な話し過ぎて、アンナは俺の意図が掴めず戸惑っているようだった。
「いや……。
カールさんを前にしたらさ。
普通はどんな人でも、っていうか、特に女性は絶対に振り返るし、頬を赤らめるものっていうか……。
──アンナは全然そうじゃないからさ?」
と俺は首をかしげた。
アンナは不思議そうに、
「え……、でも、どんな人なのか、全然知らないし……。」
と言った。
ようするに、外見で人を好きになったことがないらしかった。
「──メチャクチャいい子だな。」
と、恭司がポソリと言った。
こんないい子に無理やり性的虐待をする父親に、余計に腹がたった。
「今日はさ、アンナのスキルを教えて欲しくて来たんだ。
何か仕事に使えるスキルがあったら、自立することも可能性だろ?
いつまでも宿に閉じこもってても、アンナも辛いだろうし、仕事することを考えてみてもいいんじゃないか?」
と俺は言った。
「私……スキル、見て貰ったことないです。」
本来孤児でもなきゃ、たとえ貴族でなくても、10歳の洗礼時に教会でスキルを見て貰う筈だが、そういうのも、教育も、すべてアンナは親から放ったらかされていた。
こんなのネグレクトと変わらない。俺と恭司は露骨に怒りが表情に出てしまい、アンナをビクつかせてしまって、慌てて謝った。
「俺、スキルが見れるんだ。
アンナのスキル、見てもいいかな?」
アンナは真っ赤になって逡巡したあと、
「分かりました……。」
と言って突然上を脱ごうとしだした。
「え?ちょ、ちょっと待って?
なんにもしなくても、見れるよ?」
俺は慌ててそれを制した。
「そ、そうなんですか……。」
アンナは申し訳無さそうに、恥しそうに服をただした。
「……ひょっとして、それもお父さんが?」
カールさんが無表情にアンナに聞く。
「はい、お前の体調を見る為だよって、いつも胸に手を当てて……。
だから、何か見るなら、脱がなきゃ駄目なんだって思って……。」
それを聞いたカールさんは、表情筋を動かさないまま、こめかみに青筋を立てた。
いつも冷静かつ無表情なカールさんが、ここまで怒るのを初めて見た。超絶美形が怒ると怖え〜……。
「じゃ、見せて貰うね?」
アンナはこっくりとうなずいた。
────────────────────
アンナ・ルイーゼ・ヴィーゲルト
14歳
女
人間族
レベル 1
HP 72
MP 188
攻撃力 56
防御力 48
俊敏性 39
知力 85
称号
魔法
スキル 踊り子
────────────────────
「……えと、さ、お姉さん、結婚前は、エリーゼ・カロリーネ・ヴィーゲルトって名前だったりした?」
「……いえ、名前はエリスですけど、他は合ってます。」
──舞姫かよ。
諸説あるのだが、森鴎外の舞姫という小説のヒロイン、エリスのモデルとして、具体的な個人名が上がっているのが、そのエリーゼとアンナなのである。
エリーゼとアンナは同一人物説があり、森鴎外は死ぬまでアンナと文通を続けて、子どもにまでそれを思わせる名前をつけ、死の直前、すべての手紙を燃やさせた。
当時のドイツでは、婚約すると、男女の名前を入れたモノグラムを作ったというが、その隠し文字がアンナと合致するのだ。
ちなみにエリーゼはエリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト、アンナはアンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルトが正式名称だが、アンナの名前の途中のベルタが抜けていたことから、俺はエリスさんの名前をこう予測したわけだ。
これは完全なドイツ人の名前だが、アンナは異世界転生者でも異世界召喚者でもなんでもない。
なんでこんな名前なんだろうか?
お父さんかお母さん、仕立物師じゃないだろうな。
それに、もしもアンナのスキルが踊り子なのも、それに影響してるのだとしたら、俺たちの世界で意味を持つ名前や、何かに関連する事柄も、こちらに影響を及ぼしていることになる。
アンナをモデルとしたとされる、舞姫のヒロイン、エリスの職業が、──踊り子なのだから。
……しかし困った。踊り子しかスキルがないとなると、冒険者は出来ない。
「どうなさったんですか?」
カールさんが、うなっている俺に声をかける。
「それが……。
踊り子のスキルしかなくて……。これじゃ冒険者にはなれないし、14歳に踊り子っていうのも……。」
「何か、使えそうなスキルを差し上げることは出来ますか?
もし、出来れば……ですけど。」
カールさんがそう訪ねてきた。
「アンナはどうしたい?
何か、してみたい職業とかあるかな?」
俺は首を傾げながら優しく問いかける。あげるのなら、出来るだけ、アンナのしてみたい職業に近しいものをやりたい。
「えと……。
お菓子作りとか、料理とかして、いつか将来自分のお店が持てたらいいなって、思ってます。」
モジモジしながら、アンナは自らの夢を語った。
「素敵な夢だね。」
俺はニッコリとアンナに微笑む。
「けど、そういうスキル、集めて来なかったからなあ……。
今持ってないや……。」
なにせ、アプリティオを出る時に、その手のスキルは殆ど3組の連中に渡してしまったのだ。
「そうですか……。」
アンナはガッカリした表情を、出来るだけ隠しながら微笑んだ。
「──ん?」
カールさんが、俺の肩を叩く。
「俺、持ってますよ。
別に必要ありませんから、俺から取って下さい。」
──そういやそうだった!!
カールさんの現在のスキルは、元々持ってたレベル6水魔法を、俺がレベル上げして戻した水魔法レベル7と、調理、菓子作成、追加であげた水魔法熟練なのだ。
「けど、カールさんからスキル奪うってなると、戦闘に必要ないとはいえ、一応エンリツィオに聞いた方がいいよなあ。
代わりになんかよこせって言われるかも知れないし、……勝手には出来ないよな。
ついでにスキルを移すことで、何かそれで出来る仕事がないか、聞いてみてからでもいいかも知れない。」
カールさんもそれにうなずいて同意した。
俺たちは、また来るね、と告げてアンナと別れて酒場に戻ることにした。
エンリツィオがまだそこにいるかは分からないけど、部下には行き先を必ず告げている筈だから、とりあえず酒場に行ってみるしかない。
酒場についてドアをあけようとした時に、同時に扉を掴んだ人がいた。
「──やあ、これは失敬。
お先にどうぞ?」
パッと見た瞬間、思わずギョッとするくらい気味の悪い顔だった。
ガンギマリしてるかのように瞳孔が開きっぱなしの、人よりも大分大きな目。
微笑んでいるのに、馬鹿にされてるような気持ちになる。
チムチの幹部の人らと同じか、それ以上の年齢に見えるのに、やけにカンに触る、男性としてはちょっと高い声。
別にどっかのハゲでヒゲの背中毛の凄いゴツい芸人さんほどじゃないけど、それでも見た目に対して大分違和感がある。
オジサンというよりも、ちょっとオバサンぽい。というか、オネエ言葉を使うタレントさんにいそうだ。
連れと思われる人は穏やかに見える普通の人だから、この人も別にこんな見た目ってだけなんだろうけど。
「この国についたばかりでしてね。
料理と酒がうまいとおすすめされたのですよ。どうです?この店に入られたことありますか?
まあ、聖職者なので、私は酒は飲めませんが。」
その言葉に、俺は管轄祭司の現在地を、千里眼で調べた。……直接目の前のこの人を心眼で見るのが怖かったから。
その現在位置は、──間違いなくこの店の前をさしていた。
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