第90話 ルドマス一家の参謀
「アシルさん!!無事だったんですね!」
駆け寄ろうとする俺を、ウッツさんとローマンさんが制止する。
「──え?」
「そっちの2人は、よく分かってるみたいだね、僕が杖を持ち出す意味。」
アシルさんは、ふふっと、怖い時の笑顔で笑った。
「僕はエンリツィオ一家では参謀の立場だった。だから杖を持ってはいるけど、基本戦うことなんてない。
──僕がこれを持ち出すのは、戦う意思のある時だけ。」
「嘘……でしょ?」
俺はそう言いながらも、本気なんだろうと何となく思っていた。雰囲気がまるで違う。あれは俺の知ってる人じゃない。
「奥さんと子どもを、人質に取られてて、仕方なく……なんですよね?
だから──」
「危ない!」
「──ストーンブラスト。」
「ナパーム!」
ローマンさんが俺をかばい、アシルさんの土魔法にウッツさんが火魔法で対抗する。
ストーンブラストは、石の飛礫を直線上のすべての敵に浴びせる土魔法。単体魔法と広域魔法の中間のような範囲魔法だ。
杖を使うことで石の大きさが上がり、本来軽く拳を握るくらいの大きさの物が、更に大きくなっている。
対してナパームは燃焼系の火炎放射器のような、暫く炎が出続ける火魔法だ。射出範囲こそ狭いが、動かし続けることで飛んでくる石礫を叩き落とした。
「こんな屋内で土魔法ですか?
やるんなら、外でやりましょうぜ。」
ウッツさんがそう言う。
本来土魔法の弱点は火魔法だ。同じレベル7同士。普通ならアシルさんに勝ち目のない戦いだが、アシルさんはそれを補える杖を持っている。それも魔石を使った特注品。
ついでに言うと、この世界の弱点属性はこんな感じだ。
聖↔闇
雷>水
水>火
火>土
土>風
風>雷
ちなみに氷魔法は水魔法に含まれていて、毒魔法と暗黒の状態異常魔法は闇魔法に含まれる。状態異常回復は聖魔法に含まれてる。
重力系の魔法は、土魔法じゃなく風魔法に含まれている。
雷魔法はレベル8から麻痺が。
水魔法はレベル8から睡眠が。
火魔法はレベル8から混乱が。
土魔法はレベル8から誘惑が。
風魔法はレベル8から脱力が。
聖魔法はレベル8から封印が。
それぞれ使えるようになる。
何故か闇魔法はレベル5から毒魔法が使えて、レベル8から暗黒が使えるようになる。
召喚魔法自体には属性はなく、召喚した魔物の属性がそのまま弱点属性となる。
混乱、麻痺、睡眠、暗黒、誘惑、封印、脱力、猛毒等の状態異常は、魔法スキル以外にも、人間の場合、扱いとしては無属性のスキルとして、職業スキルとかの一覧に表示されることもある。
またはセイレーンや、恭司のフェニックスのように、魔物の存在そのものに付属してる場合とがある。だから毒を魔法じゃなく無属性状態異常として持っている魔物もいる。
唯一弱点がなく、他の魔法に対する弱点にもならないのが、回復魔法と生活魔法だ。ただし回復魔法はアンデットにのみ、攻撃魔法へと変わる。
「ローマン、このままじゃ、ここでランドルの部下の奴らを表になんか出せねえ。
匡宏さんを先に医師に見せて、すぐにボスに相談してくれ。
──ここは俺とこいつらが引き受ける。」
「分かった。」
「アニキには俺が伝えに行くぜ!」
「そうしてくれると助かる。」
恭司の言葉に、ローマンさんが俺を肩に担いだ。
「ウッツさん!俺!すぐに戻りますから!
無理だと思ったら逃げて下さい!
今のアシルさんには勝てないんです!
絶対に!!」
ローマンさんが走り出して、俺はどんどんと2人から遠ざかって行く。
ユニフェイがそれを追いかけて来た。
ローマンさんは俺を、エンリツィオの部下たちが治療されている宿に連れ込んだ。
「昨日、彼も腕を切られて、血が不足してるらしくて、吐き気とめまいが辛いそうです。急ぎで見て貰えませんか?」
と、医師に頼んだ。
医師の見立てでは、確かに血が不足していると言われて、俺は薬師の調合した増血剤を飲んだ。
それを医師が職業スキルで効果を早めるのだが、若さだね、とても血が増えるのが早いよ、と言われた。
一気に鈍い頭痛、吐き気、目眩がおさまってゆく。やはり血が足りないのが原因だったらしい。
MPの回復速度まで上がっている。本来の体調がHPやMPの回復速度に影響を与えるものらしかった。
回復した途端腹が鳴った。そういえば気持ち悪過ぎて、昨日の夜から何も食べていなかった。
若さだねえ、と再び医師が笑う。今度は薬師までも。薬師が若くてキレイな女の人だったので、俺はちょっと恥ずかしくなった。
エンリツィオの部下たちに出していた食事を出そうかと言ってくれたけど、のんびりそんなものを食べてる暇はなかった。
パンと水だけ貰って腹に詰めこむと、
「俺、先に戻ります!」
とローマンさんに告げて、後から来てくれと声だけかけてユニフェイを置いて、空間転移で、さっきの倉庫までテレポートした。
ユニフェイ──江野沢なら、俺の匂いを追って、後からいくらでも追い付ける。
倉庫の外では、余裕の表情のアシルさんの足元に、頭から血を流したウッツさんや、他のエンリツィオの部下の人たちが這いつくばっていた。
さっきの今の一瞬で、もう決着がついたってのか。
「アシルさん……。
仲間を……。手にかけたんですか?
ほんとに……?」
俺はまだどうしても、目の前の状況が信じられなかった。──これをアシルさんがやったって言うのか?
奥さんと子どもを人質に取られてるから、だから、仕方なくやってるんだろう?
……そうなんだろう?
「君にどう思われても構わないけど、僕は最初からいつだってボスの為に動いてる。
──君たちがこのことを知らなかったってだけさ。」
「元々……、ルドマス一家の……、あいつらの仲間だったってことですか!?
エンリツィオのクラスメートで、はじめからずっと一緒にいたのに、家族がさらわれたからってわけじゃなく、初めから裏切ってただけってことですか!?
いつ!?なんで!?どうして!!
──俺は、あなただけは、……誰が裏切っても、エンリツィオを裏切らないと、そう思っていたのに!!!」
「……うるさいなあ。
それを知って何になるのさ。
──知ってもどうしようもないことは、僕は言わない。
知ってるでしょう?」
「……今のあんたと対等に戦えるのは、俺とエンリツィオだけだ。
なら、俺が相手になります。」
「……君のスキルを、僕は知ってる。
簡単には、倒せないよ?
君は別に良い奴じゃない。
でも、悪い人間にもなりきれない。
──僕と君とじゃ、覚悟が違う。」
「それでも、必要なら殺しますよ。
あんたもそれを、知ってる筈だ。」
俺はアシルさんと睨みあった。
「……ソイルスパイク。」
俺の足元から複数の土の槍が飛び出して、中央へと集まる。俺はそれをとっさに知能上昇を使い、土魔法で砂に変えた。
「──レベル8土魔法!?
なんで……!!」
アシルさんはエンリツィオと同じ、魔法スキルレベル7で上げ止まっていた筈だ。
魔法はスキルレベル8から更に強力な、全体魔法を含む魔法が使えるようになる。
「……君は僕のステータスを見られるスキルを持っているのに、わざわざ見ようとはしなかった。
それだけの話だよ。」
いつの間にか本人レベルを引き上げていたということか……!!
俺と恭司は本人の口から語られるまで、言葉で聞き出せる内容であれ、その人のプライベートなことを聞き出すことはない。
ましてや仲間だと思ってる相手の、ステータスなんてわざわざ見ることはない。
魔法スキルレベル8に加えて、杖で威力が増加していたから、土魔法の弱点属性である火魔法使いなのに、ウッツさんは一瞬で倒されてしまったのだ。
「ずっとこの機会を伺ってたんですね。
俺たちを全滅させる機会を。」
「どうとってくれても構わないよ。
僕は僕の目的を果たすだけだ。
その為なら、誰だって殺す。」
「……そういうことなら、──俺も容赦しません。」
俺は隠密をかけて空間転移でアシルさんの後ろにまわり、
「バインドロック。」
アシルさんをバインドロックで拘束する。
「──このまま縛り上げて、アイテムボックスに入れて、エンリツィオのところに連れて行きますよ。
処遇はエンリツィオに決めて貰った方がいいだろうから。」
その時、とこかから先端の潰れた矢が飛んで来て、アシルさんに当たってバインドロックがとける。
「クラッグフォール。」
俺の頭上に巨大な岩が落ちてきてぶち当たる。
「ぐっ……!!」
誰かがどこかでこの戦いを見てるのか?
アシルさんにかけたバインドロックは、攻撃や衝撃を受けると簡単にとけてしまう。
アシルさん側に味方がいるなら、もうこの手は使えない。
「やっぱ力技で行くしかないのか……!!
──合成魔法、クリムゾンウェイブ!!」
クリムゾンノートは青い超光熱の炎で相手を焼き尽くす単体火魔法。
アストラルウェイブは青白い衝撃波を対象に向けて放つ、単体魔法ながら範囲の広い聖魔法。
それらが合成されて青い超光熱の炎の衝撃波がアシルさんを襲う。
「ガイアシェイク。」
「うわっ!?」
ガイアシェイクは地震をおこして地面を砕き、それで生じた土や岩のかたまりをぶつける全体土魔法。アシルさんはそれで俺の合成魔法を相殺した。
「──空中浮遊!!」
俺は相殺魔法の副産物である地震から、空中に浮かび上がって逃げた。地震系の攻撃が多い土魔法には効果的なスキルだ。
「そんなスキル持ってたんだ。
バインドロックは聞いてたけど、それは知らなかったな。」
アシルさんが面白そうに笑う。バインドロックはランドルからでも聞いたのだろう。あの時使うのが初めてで、持ってることを、俺は誰にも話していなかったのだから。
「──俺も、全部を話してるってわけじゃ、ないってだけですよ。」
別にエンリツィオやアシルさんを信用してないからってわけじゃない。
だけど、どこから何が漏れるかなんて分からない。
特に管轄祭司のことがあってから、俺はアプリティオのラダナン刑務所の囚人から新しく手に入れたスキルのことを、魔法スキル以外は、誰にも言わずに黙っていた。
スキルを知られていたら対策される。奥の手を持たなきゃ、何があるか分からない。
アシルさんがコッソリ自分自身のレベルを上げていたように、俺もそうしたというだけだ。
「──君ってやっぱり、……僕と彼に似てるよね。
足して2で割った感じ。」
彼とは、エンリツィオの事だろう。
エンリツィオとアシルさんの考え方は、俺と少しずつ似てるところがあった。アシルさんも同じように思っていたらしい。
だから、俺は2人のことを、どこかアニキみたく思ってた。恭司の言う“アニキ”って意味でもあるけど、血は繋がってなくても、本当の兄弟みたいな、そんな風に。
兄のように思ってたイトコが、ある日突然姉になったことで、兄のような存在を失った俺は、2人をそういう存在として見ていた。
その内の1人と、こんな風に戦う日が来るなんて、思ってもみなかったけど。
「ロックレイン。」
俺の感傷なんて知ったこっちゃなく、アシルさんは空中に無数の岩を作り出し、俺の頭上へと降らせた。
「──反射!!」
俺はそれを反射スキルで跳ね返す。アシルさんは飛んで来た岩を空中で砂に変えると、
「サンドストーム!」
それをそのまま流用して、俺の周りに砂嵐を発生させた。
「ぐっ……!!」
息が……出来ない……!!
「さて、まだやるつもり?
……大人しくランドルの部下たちを引き渡しなよ。君がアイテムボックスに入れてることは、とっくに聞き及んでるんだからさ。
──別にこっちは君ごと連れて行って、拷問して出させたって構わないんだよ?」
しまうところを見てた奴がいるのか、それともエンリツィオ一家のチムチの幹部4人の内の誰かから聞いたのか。アシルさんは昨日の今日の出来事を既に知っていた。
「──ぐっ!?」
その時、アシルさんの体が突然沈み、地面に片膝をついた。
空中で砂嵐に苦しむ俺の真下で、ユニフェイ──江野沢が、牙をむいてうなりながら、アシルさんにグラビティを放っていた。
「は……。
強い風魔法を使うとは聞いてたけど、まさか、レベル7とはね……!
まったく、これだから魔法使い以外の、魔法に関する情報はあてにならないな……!」
これもランドルから聞いたのか?
近接職は魔法について詳しくないから、魔法を見せられてもスキルレベルが分かる人は少ない。
魔法使いだって、本を読んだり、先輩冒険者に教わったりしなきゃ、自分以外の属性であったり、自分より上のスキルレベルの魔法についてなんて分からないけど。
俺は異世界転生者特権で、自分自身のステータスボードで、持ってる魔法スキルを見れるから、この先レベルが上がったら手に入れられる魔法とかが分かるってだけだ。
だから召喚魔法については、スキルを持ってないから詳細がさっぱり分からない。
「──キャン!?」
江野沢の悲鳴とともに、アシルさんがグラビティから開放されて立ち上がる。
どこかから再び、今度は先端が潰れてない状態の矢が飛んで来て、江野沢の体を先端が飛び出る程に貫いていた。
「えの……さわ……!!」
アシルさんが江野沢の首を掴んで持ち上げる。
「キュウ……!!」
「やめ、ろ……!!」
「──さあ、どうするの?
大事な彼女の命と、ランドルの部下の命。
どっちが大事?
今も矢がこっちを狙ってるよ?
僕がこのまま殺してもいいし、今度は矢に頭を貫かせようか?」
俺は眉間にシワを寄せアシルさんを睨んだが、諦めて目を閉じた。
射手の居場所が俺には分からない。飛んで来る方向がバラバラだから、相手は1人じゃないのかも知れない。
知らない相手は千里眼で特定出来ない。
試しに弓使いを検索してみたけど、2回飛んで来た矢の方向には、それぞれ複数の弓使いがいて、そのどれが敵なのかが分からず、下手に攻撃も出来なかった。
俺1人なら、1人ずつ空間転移であたってみてもいいけど、江野沢を置いては行かれない。
俺の諦めた様子を見て、アシルさんがサンドストームをといた。
俺はゆっくりと地面に降りた。
「さあ、ランドルの部下たちを、こっちに渡して貰おうか。」
アシルさんがゆっくりと近寄って来る。まるでゴミ袋みたく、グッタリとした江野沢の首を掴んでぶら下げたままで。
俺は思わずカッとなった。
「──江野沢が先だ!!」
「……いいよ。
ただ、いつでも君たちの頭を貫ける矢が狙ってるってこと、忘れないでね。」
アシルさんはニッコリと微笑んだ。
俺はアイテムボックスの中から、ランドルの部下たちを1人ずつ出して地面に置いた。
入れる時手伝って貰ったくらい、気絶してる大人を引っ張り出すのは骨が折れた。
「……これで全部だ。」
俺はアシルさんを睨みながら、小さくキュウ……と鳴いている江野沢を抱きしめた。
「……間違いないね。
ああ、その矢、先端が回すと外れるようになってるからね。
抜くんなら、そうした方がいいよ?」
アシルさんは部下の人数を数えてから、笑いながらそう言った。
ローマンさんが、ようやく走って追い付いて来て、その惨状を見て息を呑んだ。倒れているウッツさんたちに駆け寄り、……まだ息がある、と呟いた。
アシルさんが右手を上げると、どこかから現れた男たちが、ランドルの部下たちを担いで去って行った。
「あの人は……、もう……。
──いや、始めから……、俺たちの敵だったんだな……。」
俺の言葉に、ローマンさんは何も言えなかった。
君は別に良い奴じゃない。
でも、悪い人間にもなりきれない。
アシルさんの言葉が胸に刺さる。
それはまったくその通りだった。
──俺はそれでもまだ、アシルさんを疑いきれずにいたから。
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