第89話 俺VSナンバー2

 タトゥーがあるとか、特徴的な人からみんなが腕を特定し、俺とギュンターさんが腕をくっつけて、医師と薬師が治療を開始する。

 それを、何やら首を傾げながら見ていた恭司が、

「……ちょっと血の匂い、出来るだけ消してくんねえか?

 ──何人か分かるかも知れねえ。」

 と言い出した。恭司は動物タイプの魔物だから、鳥類とはいえ人よりも鼻がきくのだそうだ。ただ、血の匂いが強過ぎて、本人の匂いに集中出来ないらしい。

 確かに血の匂いが凄くて、目眩がしそうなくらい臭かった。酸化した血の匂いと、新しく流れる血の匂いの違いは、人間の俺でも分かるくらいだ。

 本人の体は血止め程度の回復魔法をかけてあったけど、確かに切り落とされた腕にはかけていなかったのを思い出した。

 体ほどじゃないにしても血が流れ出して、アイテムボックスから取り出した、腕を入れた袋は、いつの間にか中も外も既に血まみれになっていた。


 俺は切り落とされた腕にも回復魔法で血止めを行い、ベッドやシーツ、部下の人たちの体や、切り落とされた腕についた血を、生活魔法ですべて消した。

 けど、レベル7の生活魔法は、匂いの元の汚れは消せても、1度空気中に漂ってしまった匂いには反応しないものらしく、それでも匂いそのものは残っていた。

 俺は他のエンリツィオの部下の人たちにも協力して貰って、窓を全開にして、風魔法で空気を素早く入れ替えた。

 するとユニフェイも、ふんふんと匂いを嗅ぎ始め、ユニフェイは直接口にくわえて腕をベッドに置き、恭司はベッドと腕を往復して匂いを嗅いだあと、こっちだ、と言って、エンリツィオの部下の人たちに腕を持たせて運ばせた。

 そのおかげで予想よりも大分早く、全員の腕を特定することが出来た。腕は全員ついたけど、やはり血を失い過ぎたらしく、最初の方に腕を切り落とされた、ハバキアさんとニルダさんは、予断を許さない状況だと医師に判断された。

 俺に召喚魔法があれば、恭司を召喚魔法で呼び出して、フェニックスの力で助けられたかも知れないのに。それかこの場に、ジルベスタがいたら。


 ないものをどうこう言っても仕方がないけれど、目の前で両腕を切り落とされた、たくさんの人たちを見たら、そう思わずにはいられなかった。

 エンリツィオの部下の手当で手一杯で、ランドルの部下の処遇については明日決定すると、エンリツィオの部下の人がウッツさんに伝えに来て、ウッツさんから俺はそれを聞いた。

 俺はMPの基礎ステータス値が高いのと、知能上昇があるから、こんな風にたくさんの人たちに一度に魔法をかけられるけど、ギュンターさんは途中で魔力が枯渇してしまってグッタリしていた。

 エンリツィオ一家には、他にもチムチに回復魔法使いがいないわけじゃないけど、レベル5までは、傷口をただ塞ぐだけ。

 切り落とされた腕を完全にくっつけるなんて荒業は、レベル6以上からでないと出来ないことだった。

 元々回復魔法使い自体の数が少ないから、レベル6以上となると、よそから連れてこない限りは、チムチには現時点で俺とギュンターさんしかいなかった。

 ……アシルさんを除いて、だけど。


 みんなの腕を早く特定してくっつける為にには、とてもそんな余裕なかったから後回しにしてたけど。

 レベル7は無理でも、レベル5を1人、レベル6に引き上げることの出来る、回復魔法レベル5は1つ余っている。

 今後も同じ目にあった時の為に、1人レベル5の回復魔法使いのレベルを、レベル6に引き上げたいんだけど、どうかなと、ローマンさんに伝えた。

 ローマンさんは確かにそうだな、とうなずいて、エンリツィオに使いをやって、そのことを聞いてくれることになった。

 程なくして1人の若い男性が宿屋にやって来た。ヴォルニーさんと名乗った優しい焦げ茶の髪色のその男性は、知力のステータスがかなり高いらしい。

 広域魔法はレベル7にならないと使えないけど、大量に治療する可能性があることを踏まえると、確かに最適と言えた。

 ヴォルニーさんが来た途端、エンリツィオの部下の人たちが次々に嬉しそうに彼に声をかけて肩を叩いた。

 お前がレベル6になるなら百人力だぜ、とか、お前のスキルレベルが上がるなんて嬉しいよ、とか。


 どうやら日頃からみんなの治療にあたっていたらしく、おまけに凄く献身的で優しい性格をしていて、みんなから好かれているらしかった。

 とても気さくな一切の悪意を感じさせない人で、初めて会った俺にも太陽みたいな笑顔でニッコリ微笑んでくれて、俺も釣られてニッコリしてしまった程だ。

 ヴォルニーさんもドイツ人で、ドイツには名前に意味があることが多くて、ヴォルニーとは、人々の心、人々の生命力、といった意味なのだと、ローマンさんが教えてくれた。

 コイツにピッタリだろう?と言いながら。

 回復魔法使いなのはその影響もあるのだろうか?こちらの世界でその名前が、どういう意味を持つのかは知らないけど。

 本人の元々のスペックが、勇者召喚時のスキル付与時に影響するのだということは、たくさんの勇者たちの召喚結果から、間違いないと思うし、エンリツィオの部下たちは、みんなそういうものだと認識をしている。

 けれど、元から故郷で意味のある名前を持つ人たちにも、何かスキル付与の際に影響があるんだろうか。


 明日ランドルの部下を出す場所に連れて行くから、今日はゆっくり休んでくれ、とウッツさんとローマンさんが、ホテルに護衛がてらついてきてくれることになった。

 俺はもう少し休んでから行くよ、本当に助かったぜ、ありがとうな、とギュンターさんが言うので、ギュンターさんにも回復魔法をかけた。

 ついでに夜通し治療にあたるという、医師2人と薬師2人にも回復魔法をかけて、みんなをお願いしますと頭を下げた。

 MPの枯渇疲れは、そんなものじゃ回復はしないけど、気休め程度でも楽になればいいと思った。

 俺は欲しいスキルが増えた。

 この世にはMPを回復出来る、かなり特殊な回復スキル持ちがいるという。もしそいつを手に入れられたら。

 自分にもみんなにもかけ放題だ。

 魔法使いはMPが命綱だ。枯渇するまで戦えば動けなくもなり、逃げることすら出来なくなって死ぬ。

 その事をホテルへの帰り道に、恭司とユニフェイを伴って歩きながら、ウッツさんとローマンさんに話したら、

「──いるぜ、1人。」

「ああ、俺らの知ってる奴だ。」

 と2人に言われた。


「エンリツィオの部下の人の中にいるってことですか?」

「……いや。

 そいつも俺らのクラスメートだった。」

 ウッツさんは表情を暗くする。

「けど、俺たちがボスに救われた時、そいつだけは助け出すことが出来なかった。」

 ローマンさんの言葉は、どこかで聞いたような話だった。

「この国の国王を知ってるだろう?

 ……あいつに襲われて無理やりモノにされちまって、今は寵妃なんて立場にいるよ。」

 ウッツさんは苦笑してみせた。

 アダムさんの言っていた、助け出すことの出来なかったクラスメートで、無理やり国王の寵妃にさせられたと言う人。

 その人が、その特殊なスキル持ちだってのか……!!

 俺にとっても必要なものだけど、もしチムチ王宮を攻めることになった際に、その人に王宮の兵士たちのMPを回復し続けでもされたらとんでもないことになる。


 その人を無理やりにでも助けるか。それともスキルだけでも奪うか。そのどちらかをしない限り、どれだけ戦力を整えようと、勝ち目のない消耗戦になること必至だ。

 俺はホテル行きを急遽取りやめて、チムチ王宮に潜入したいと、エンリツィオに告げに酒場に行こうとすると、もうそこにいるか分からんぜ?ボスは忙しい人だからな、とウッツさんたちに言われた。

 恭司が酒場に確認しに行ってくれることになり、あっという間に戻ってくると、ホテルに戻ったって言われたぜ、と言われた。

 そのままホテルに戻ることにして、エンリツィオの部屋を訪ねた。

 部屋の中にはアダムさんとカールさんがいた。……本来なら、アシルさんがいたポジション。

 エンリツィオが1人ですべてのことに対応するなんて不可能だ。だけど幹部4人も信用出来ない今、誰かがその役目を担わなくちゃならない。

 エンリツィオが確実に信用出来ると思っているのが、アプリティオで最優先でスキルを渡した6人と、新しくスキルを渡したヴォルニーさんなのだろう。


 回復魔法使いは数が少ない。渡すにはそれなりの人選が必要だ。

 ヴォルニーさんは組織のチムチの人間すべてから信用されている。

 知力ステータスの高さを除いても、理解の出来る選出理由だと言えた。

 俺はチムチ王宮の国王の寵妃である、アダムさんたちの元クラスメートが、MPを回復出来る特殊なスキル持ちであること。

 それをチムチ王国側に持っていられると、魔法スキルレベルを上げても消耗戦必至になること。

 寵妃を無理にでも救い出して味方に引き入れるか、スキルだけでも奪っておきたいことを伝えた。

 エンリツィオは腕組みしながら俺の話をじっと聞いていたが、

「こっそり助け出すのは無理だ。

 ……俺もコイツらを連れて逃げる時に試みたが、厳重にガードされてやがる。

 余程大事にしてやがんだろうぜ。

 奪うなら、王宮ごとぶっ潰すくらいじゃねえと不可能だ。

 現時点で王国とことを構えるつもりはねえからな。」

 と言った。


「──こちらの戦力が整う前に1つ2つ国を潰したところで、他の国に一斉に襲って来られたら、今の俺たちじゃ太刀打ち出来ねえ。

 最初にニナンガ王宮を襲った時だって、国王を殺すまでには至れなかった。

 最終的に魔族の協力もあり、うやむやのうちにニナンガ王国を手に入れたが、アプリティオでドメールを生かしたのも、向こうに協力する気があったのと、国そのものを滅ぼす時じゃなかったからだ。

 ヤクリディアが実の親を利用するなんて考えなきゃ、国王を魔族たちと戦わせようなんてしなかったし、ヤクリディアは兄を陥れ、殺そうとした罪で勝手に死刑になる。

 お前が国王を殺せたのは、その副産物みてえなもんだ。」

「──こっそり侵入して、スキルを奪うだけならいいと?」

「この世界は魔族の国を襲い始めてからというもの、人間の国同士で戦争をしねえ。魔族の国に攻め入る勇者の旅に、寵妃がついていくこともねえ。

 スキルを奪われたところで、寵妃は戦うわけじゃねえから、本人に気付かれなきゃ騒ぎ立てることも、まわりに気付かれることもねえ。

 ……やれるか?」


 俺はコックリとうなずいた。

「──やってみる。」

 チムチ王宮潜入の為の手はずは、まずはその寵妃がどこにいるのか、どんな警備がしかれているのかを調べてから、ということになった。

 アシルさんと奥さんと子どもの居場所を特定する為に、明日ランドルの部下たちを吐かせるから、今日はもう休めと言われた。

 俺は人よりもかなりMPは高い方だけど、それでも今日はMPを使い過ぎた。

 MPが枯渇すると、めまいがして気持ち悪くなって倒れると聞かされてはいたけど、本当にくらくらして吐き気がする。

 回復魔法をかけても回復出来ないものは、失った血、MP、風邪みたいなウイルスの元をたつこと、ガンみたく細胞そのものが変異する病気を消すこと、などだ。決して万能じゃない。

 俺も腕を切られて大分血を流したから、貧血が原因なのかも知れないけど。

 俺は立って歩けるから、死にかけてる人たちを優先して治療してる医師と薬師に、ちょっと自分も見て欲しいなどと言い出せなかった。


 ランドルとの戦闘時よりも、泥ヘドロの沼や、エンリツィオの部下の人たちの血を生活魔法で消したり、回復魔法を使うのに、全体魔法をバンバン使い過ぎた。

 体力は回復魔法で補えるけど、MPは自然回復を待つか、MP回復の薬を飲むしかないのだ。宿屋で一晩寝ただけで全回復出来るゲームのキャラたちが羨ましかった。

 俺のMP総量からいって、枯渇寸前まで使ったら、一晩くらいじゃ回復出来ない。

 気持ち悪くて食欲もなかった。さっきまでは、みんなを助けたいとか、なんとかしてスキルを手に入れたいと思っていたから、気を張ってたんだろう。

 風呂にも入らず倒れるようにベッドに横になる。恭司とユニフェイが心配そうに近付いて来たけど、反応する余裕すらなかった。

 どうか明日には体調が良くなってますように、と祈りながら眠りについた。

 翌朝ウッツさんとローマンさんが迎えに来たけど、俺の体調は最悪だった。

 ここまで酷いのは初めてだ。ステータスボードを見ると、MPが半分も回復してなかった。


 一度枯渇するとしばらく辛いというからそれなのか、血が足りないことが原因なのかが分からなかった。

 俺が女の子で、母のように生理が重いとかなら、違いも分かったと思うけど、血が足りなくなったことなんてないから、どちらが原因なのかが分からない。

 でも、血の不足が原因であれば、このまま自然に任せてよくなるとも思えない。俺の体がこのままでは無理だと告げている。

 俺はウッツさんとローマンさんに、俺も血が不足しているのかも知れない、気持ち悪いから医者に見て欲しいとと頼んだ。

 ウッツさんは昨日増血剤を貰って治療済みだと俺に言い、こっちが気を使ってやれば良かったな、すまん、と眉を下げた。

 先にランドルの部下だけ、指定の場所に出して貰えたら、ついていくからすぐに医師に見てもらおうと言われた。

 動くのも嫌だったけど、他の人を待たせるわけにも、アシルさんやそのご家族が助け出されるのを遅らせるわけにはいかない。

 所定の場所に行ってアイテムボックスの中身を出すだけ、それだけだ。なんとか心の中でそれを繰り返して、無理に前に足を出して歩いた。

 恭司とユニフェイも心配して付いてこようとして、一度ウッツさんとローマンさんに止められたが、恭司は俺の状態の悪さに、先に医者に見せるか、俺たちを連れて行け、と決して折れなかった。


 恭司とユニフェイ、ウッツさんとローマンさんの他に、何人か部下の人たちを引き連れて連れて行かれたところは、人里離れた倉庫のようだった。

 ウッツさんが倉庫の鍵をあける。倉庫の扉はかなり分厚くて重たい作りで、部下の人たちは、かなり力を入れてあけていた。

 ここまで防音にしたとして、万が一音が外に漏れても、近所の人に聞こえない。こんなところでランドルの部下を出せということは、きっと拷問でもするのだろう。

 昨日エンリツィオが、方法は問わない、吐くまでやれ、と言っていたから、多分そういうことなのだ。

 俺は吐き気が酷すぎて、深く考えるのをやめた。

 ──扉を開けて中に入った途端驚愕した。

「……ここはエンリツィオ一家の、チムチでの拷問部屋だからね。

 連れ去ったランドルの部下を連れてくるなら、ここだと思ってたよ。」

 俺たちの目の前に立ち塞がっていたのは、魔法使い専用の杖を携えた、優しい時の笑顔でも、おっかない時の笑顔でもなく、初めて見る冷たい眼差しのアシルさんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る