第三部 血みどろの抗争編

第84話 敵対組織の本拠地

「飽きた〜。」

「右に同じく。」

 俺と恭司は、エンリツィオの船で出る料理にすっかり飽きてしまっていた。

 確かに美味いっちゃ美味いのだけど、こう毎日外国の料理ばかりだとさすがに辛い。


 特に俺たちはここ最近、日本食の美味さを思い出してしまっただけに尚更だ。

「米なら出してやったろうが。」

「あれじゃねんだよぉ、マリィさんの炊き込みご飯が食いてえ〜。」


「タイ米炊くやり方で作ったら、最早別モンだよな日本の米は。

 なんであんな違うのかと思ったら、ネバネバが命なのに、途中で水捨てちまってたぜ?料理長。」


 俺の言葉に、恭司がウンザリ顔で言ってくる。

「マジか……最悪だ……。」

「タキコミゴハン?

 んなモン作ったことあったか?」

はじめて聞いたようにエンリツィオが言う。


「──作ってたよ。

 ……てゆうか、彼がいた時出てた日本食、あれ、全部マリィの作だからね。

 彼が喜ぶと君が喜ぶからって、彼に聞きながら覚えたんだよ。」

 アシルさんが会話に割って入る。


「彼の好物が炊き込みご飯だったでしょ?

 だから、この子たちが日本食食べたがってるって知って、何回か日本食作りに来てくれたり、作って持って来てくれてたんだよ。」

 呆れたように言うアシルさんに、まるで記憶のないエンリツィオ。


 マリィさんがそういうのをアピールしない人とは言え、好きな男の恋人の為にご飯作ってたとか、しかも作ってたことすら相手に知られてないとか、こっちが泣けてくるわ。


 ちなみにここにいる部下の人たちは、全員マリィさんの料理を食べたことがあって、それをマリィさんが作ったことをちゃんと知っていた。

 エンリツィオに出す前の試作品を食べたりしてたらしい。知らなかったのはエンリツィオだけなのだ。


 部下の人たちは口々にマリィさんの料理を褒めて、自分たちの故郷の料理も覚えてくれただのと、エピソードに事欠かなかった。

 ちなみに俺と恭司も、長年独身が続いて家庭の味に飢えた男とは、ひょっとしてこうなのかも知れないと思えるほどに、しっかりとマリィさんの料理に胃袋を掴まれていた。


 遠く離れた故郷に、二度と戻れない俺たち元勇者にとっては、故郷の味を再現出来る女性の存在というのは救いだったのだ。

 ちなみに僕も、ビスクとキッシュだけは、母さんのよりも、マリィが作った方が好きだからね、とアシルさんがトドメをさした。


 さすがのエンリツィオも、自分だけが知らなかったのだと分かり、居た堪れなそうにしていた。こっちが見てられないんだが。

 江野沢がせめて喋れたらなあ。あいつ料理だけはホント完璧だし、料理長に作り方を教えて貰えるのに、と思いながら、足元であくびをしているユニフェイを見た。


 パサついた米を、それでも料理と一緒にかきこむ。腹が減っててもなお、食欲の減る味と食感だった。

 チムチまではマガを通りすぎないと行かれないから、今回の船旅も長い。はじめは楽しかったけど、変わり映えのしない景色にも飽きてきた。


「そういや、チムチはどんな国なんだ?」

 エンリツィオに尋ねた俺の言葉にアシルさんが反応する。

「それは僕たちよりも、彼らの方が詳しいんじゃない?」

 アシルさんが、彼ら、と言って見たのは、アダムさんとカールさんだ。


 今回、元々アプリティオにいた部下は残して、残りのレベル7魔法使い組は全員連れて来ていたので、この2人も一緒なのだ。

「まあ、確かに、俺たちはチムチに召喚されましたけど、あんまり説明したくはないんですよね……。」

「嫌な思い出しかないですし……。」


 まあ、それはそうか。……俺だって、ニナンガの話は、したくないもんな。

「まあ、行けばすぐに分かりますよ、他とまったく違いますし、特徴的なんで。」

アダムさんが苦笑するみたいに言う。

 ふうん?


「それにしても、ルドマス一家がチムチに本拠地を構えるとはね。

 あーあ、あそこが一番安全な国だと思ったから、家を構えたのになあ。

 今度の旅を最後に引っ越ししないと。」

「──アシルさん、チムチに家があるんですか?」


「うん、奥さんと子どもを、安全なとこに住まわせたかったからね。」

「へー。治安がいいんですね。」

「……オイ、ちょっと待て。」

「ん?」

 恭司が驚愕の表情で俺を見る。


「奥さんと……子ども……?」

「いるよ?チムチに。」

 恭司の言葉に、さも当たり前、といった様子でアシルさんが答える。

「ええええええ!?」

「お、お前聞いてたか?」

「いや、知らない。」


 確かに、エンリツィオもアシルさんも、いてもおかしくない年齢だけど。

 カールさんの表情筋が動かないのはいつもの事だけど、アダムさんまでもが驚きを隠せない表情なのはどういうわけだ?

 部下にも話してないのか?


「お前……、知ってたのか?」

 アダムさんがカールさんに尋ねる。

「まあ、俺はアシルさん付きになることも多かったから……。」

 とカールさんが言う。驚いているのに表情筋が動かなかった訳じゃなく、元々知ってたらしい。


 そういや、ホテルのレストランで食事してる時に、

「普通、毎日自炊してるなら、そんなもんでしょ?

 うちだって急に帰っても、普通にしっかりとした食事が出てくるよ。」


 とか、アシルさんが言ってたのを、俺はてっきり実家の話か何かだと思ってスルーしてたけど、それが奥さんの話だったのか!

 言われて思いかえせば、実家のことなら、過去形じゃないとおかしいのだ。だって俺たちは誰1人実家になんて帰れないんだから。


「エンリツィオは、……そのこと、知ってんのか?」

「まあな。」

「知ってるも何も、ムカつくことに、キューピッドがコイツだからね。」

 ムカつくんだ、そこ。


「奥さんも、元勇者なんですか?」

「いや、フツーに地元の子だよ。」

「何で今まで黙ってたんすか?」

 恭司の問いかけに、アシルさんが軽く首を傾げる。


「黙ってたつもりはないけど、──聞かれなかったし?」

 俺も恭司も、さして親しくもない相手の家族構成なんて、初対面でわざわざ聞かない。

 アシルさんは聞かれもしないことを話す人じゃない。それだけのことだったらしい。


「エンリツィオも、実は何人か子どもが、いたりすんのか?」

 愛人17人もいたわけだしな。産ませてたとしても、別におかしくはないと思えた。

 なにせこの世界には、妊娠しにくくする飲み薬なんてものはあっても、避妊具なんてもんがないのだ。だからヤクリディア王女だって、望まぬ妊娠をしてしまったのだから。


「俺がそんなヘタ打つか!」

 眉間にシワを寄せて、不満げにエンリツィオが言う。

「ちょっとお、それじゃ僕がヘタ打ったみたいじゃない?」

 アシルさんがちょっと頬をふくらませる。


「──実際結婚前にデキちまったろーが。」

「違いますうー。あの時既にプロポーズしてて、いい場所が見つからなかったから、一緒に暮らしてなかっただけですうー。

 結婚式はあげてますうー。」

 エンリツィオは結婚式に立ち会わなかったのか。アシルさんが下唇を突き出しながら、エンリツィオの言葉に文句を言った。


 まあ、日本と違って、海外は戸籍なんてものもないとこが多いっていうし、そもそもこの世界にそれがあったとしても、エンリツィオもアシルさんも、そんなもん、持ってないだろうしなあ。──俺もないし。

 そうなると、結婚したかしてないかは、結婚式をあげたか否かくらいしか、判断基準がないわけだ。


「あっああ〜!!地面最高!」

 俺はチムチの大地に足をおろして、おもいきり伸びをすると、思わずそう叫んだ。何ならこのまま寝転がりたい気分だった。

「オイ、何してんだ、まずはシノギを確認して回ってから、今夜の寝床に行くぞ。」


 ええ?それ俺たち、ついていかないと駄目なのか?

 アプリティオでも、実は何箇所も連れ回されていたのだけれど、正直、娼館だって酒場だって、俺達にとっては遊べるわけじゃないから、別に見て面白いものでもない。


 ほんとにただ見て回って、そこの店長なり顔役に挨拶させられて、あとはエンリツィオなりアシルさんなりが話しているのを、後ろで見てるだけという、それだけなのだ。

 露骨に嫌そうな表情を浮かべた俺に、まあまあ、行きましょう、とアダムさんが背中を優しく押した。


 カールさんはまだ表情筋が動かないままだけど、最近アダムさんは微笑んでくれるようになった。

 カールさんには正直、知り合いという認識すらされているのか不安になってくる。単に人見知りなのかも知れないけど、知り合いに対する態度じゃないんだよなあ。


 いくつかの店を回る途中で、向こうから、明らかにこちらに対する悪意を持っていると分かる笑顔を浮かべた男が、手下を伴って、ニヤつきながらこちらに歩いてくる。

「──ルドマス一家のランドルです。

 俺の後ろに。」


 アダムさんがそう言って、俺をかばうように前に立ち、エンリツィオたちはその場に足を止めた。

「久し振りじゃねえか、エンリツィオ。相変わらずイイ男だな。」

 目の前のゴツくて背の低い男は、ニヤニヤと笑いながらエンリツィオたちを見ていた。


 そして突然、横に連れていた、背が高くてヌボーッとした感じの、男のスネを蹴り上げた。

「だから腕を捨てて来いっつったんだ。

 面倒くさがってそのまま置いとくから、見ろ、くっついちまってるじゃねえか。」


 エンリツィオは心当たりがあるような、初めて聞くような、訝しがった表情を浮かべながらランドルを睨んだ。

「お前らの腕を切ったせいで、あれからイイ男を見ると、腕を切り落としてやりたくなっちまってな?困ったもんだぜ。」

 ランドルの言葉に、表情筋を動かさないまま、アダムさんとカールさんが変な汗をかいている。この2人もそれをされたのか。


 俺はランドルのステータスを心眼で見た。

 剣聖、切断、移動速度強化。

 完全な近距離職だけど、ものすごく特化していた。目にも留まらぬ速さで素早く動き、確実に相手の体を切断出来る。間合いに入ったり、知らずに近付いたら……アウトだ。


 魔法使いは遠距離職ではあるけど、弓使いと違って、向こうから素早く近付いて来るものに対しての、反応速度が一律鈍い。

 というか、常人レベルだ。だから、普通の近接相手なら、近付く前に攻撃出来るけど、こちらが見失う速度で近付いて来られたら、反応しきれないのだ。


「──まあいいさ、……また切り落としてやるまでだ。」

 ランドルの姿が残像になったと思った次の瞬間、

「ダークウォール。」

 エンリツィオの闇魔法の壁に、ランドルがまともにぶち当たる。


「合成魔法、スティングシェイドエクスプロージョン!!」

「がっ……!!」

 ランドルの体が影から飛び出した漆黒の槍に突き上げられ、空中に浮かび上がると、そのまま爆発にやられて地面に激突する。


「来ると分かってりゃあ、そうそうやられるかってんだ。」

 呆れたようにエンリツィオが言う。

「ちょ、ちょっとは成長してるみてえだな。

 だが覚えとけ、お前らの腕は俺のもんだ。

 いずれまた奪ってやるぜ、必ずな……。」


 そう言って、移動速度強化で風のように消えた。背の高いヌボーっとした男が、慌ててその後を追いかけた。

 いきなり街中で襲ってこられるなんて。やはりここは、エンリツィオ一家の敵対組織、ルドマス一家の本拠地がある場所なのだ。


 俺はまだ奴らに顔を知られていないけど、一緒に行動してることを知られたら、ランドルに腕を切られる可能性がある。

 魔法は左手からでも出せるけど、俺のスキル強奪は、右手からしか発動しないことが、実験の結果で分かっている。

 俺は思わず、震える右腕を左手で掴んで、自分の体ごと抱き寄せた。


 俺たちはさらに、チムチでエンリツィオ一家がシノギにしている娼館や、幾つかの店に連れ回され、最後に酒場のVIPルームのようなところに通された。

 ここは食事もツマミもうまいらしく、今日はここでメシだと言って、俺たちには食事、エンリツィオとアシルさんには、酒とツマミが出された。


 俺たちと離れたところで、エンリツィオとアシルさんは、昼間のランドルの話をしていた。

 更に離れたところでは、アダムさんやカールさんたちが、交代で警備をしながら食事を取っていた。


 これ、美味しいですよ、とアダムさんが俺の前にやってきて、本来酒のツマミで出しているという、この国の名物である、ゾラッカの蜜とナッツをかためた物を分けてくれた。

 お土産物として売る場合は、飴として売られてるらしいけど、実際にはナッツがメインで、ゾラッカの花の蜜でかためられていて、甘じょっぱくて美味しかった。


「……なんで俺に言わなかった。」

「君がさらわれてた時に、見つかった全員が奴に腕を切り落とされてたってこと?

 ……みんな早く忘れたがってたし、話題に出したくなかったんだよ。」

 アシルさんはエンリツィオに冷たくそう言った。


「魔法使いが腕を切り落とされたら、終わりだ。剣士や弓使いは、まだ魔道具の腕があればなんとかなる人もいるけど、魔道具からじゃ、本人の魔法は出せない。

 ましてやボスがそんな目にあってただなんで、知られて得することが何かあるの?」

 アシルさんがエンリツィオを睨む。


「それに、あの現場にいた人間全員が口をつぐんでいることを、僕が聞かれてもないのにペラペラと話すとでも?

 トラウゴットとシュテファンとエックハルトの3人が、現場に来なくなったことを、君がもしも聞いてきたら、──僕もさすがに言おうと思ってたさ。」

 アシルさんは酒を飲みながら言った。


 何やら凄く深刻そうだった。あんな2人を見るのは初めてかも知れない。

「……俺を、見つけたのと、切り落とされた俺の腕を見つけたのは誰だ。」

「──それ、今更聞いちゃう?」

 アシルさんが眉間にシワをよせて皮肉っぽくエンリツィオを見る。


「腕をくっつけたのは僕だけど、君は大量の血液を失って死にかけてた。

 治療した医師が言ってたよ。

 なくなってる血の量からして、君が一番最初に腕を切り落とされたんだろうって。

 君が真っ先にやられちゃったから、みんな次々倒されちゃったんだろうね。……ああ見えて、ランドルは強いから。」

 ランドルの強さはそんなになのか。


「──すぐに腕を見つけてなけりゃあ、命はとりとめてても、腕は壊死してつながらなかった筈だって。

 ……回復魔法は、死んだ者や死にかけてる者には使えない。いくら僕でも、助けられない筈だった。

 君は他の仲間とともに袋をかぶせられて、誰が誰だか分からない状態だった。」

 聞いてるだけで鳥肌の立つ状況だ。


「オマケに君の腕は、その場にいた全員の腕とともに、袋の中の大量の腕の中に、裸のままで混じって、無造作に突っ込まれていたんだ。

 それを、その中から、君だけすぐに特定できそうな人物なんて、僕らの知る限り、1人しかいないでしょ。」


「……マリィか。」

 エンリツィオがアシルさんを見る。

「君も見てたでしょ?

 号泣して君に抱きつく彼女を。

 彼がいたのに、いきなり彼女にキスしようとしてたくらいなんだから。」


「……夢だと……思っていた。」

「ああ。血をかなり失ってたしね。

 君を含め、みんな意識は殆どなかったし。

 けど、マリィが自分から言おうとしないのに、──僕がそれを言ったところでどうなるの?」

 目線を落とすエンリツィオに、アシルさんは肩をすくめながらグラスを揺らす。


「君は彼に夢中だった。

 それを知ったら何か変わった?

 彼女に申し訳ない気持ちでも生まれた?

 でも、それは恋じゃないでしょ。

 ──彼女はそんなもの求めてなかった。

 別れることは了承しても、君のボディーガードを続けたいと言って、なかなか離れようとはしなくて大変だったのも、君がチムチでルドマス一家のランドルに狙われてるって、具体的な情報が入ってたからさ。」

 アシルさんが手を上げて、新しい酒を注文する。


「単にボディーガードってだけなら、マリィは他の奴らより確かに強いけど、彼女が君についてたからって、君がさらわれなかったかどうかまでは分からない。

 ──けど、事実、彼女がそのまま離れてたとしたら、君は腕をなくすか、そのまま死んでたところだった。

 まさか、バラバラにされても、どこかに隠されても、君を見つける自信があったからだなんて、僕も思いもしなかったけど。」

 店員が新しい酒をアシルさんに手渡す。


「君を助ける事ができて、しばらくは安全だと分かって。ようやく彼女は、納得して君から離れたんだよ。」

 誰よりも強いエンリツィオが、そんな目に合わされたことがあるなんて、俺たちにとってもかなり衝撃的な話だった。


「……それを何だと思ってた?

 単に聞き分けの悪い女だとでも思ってた?

 今回だってそうだったじゃない。

 君に引かれようが、どう思われようが、君を助けることを優先してたでしょう?

 あの国で、君に出来ること、全部終わったから、諦めて離れていったでしょう?

 君の望むとおりにしたんだから、それでいいじゃない。」


 アシルさんはグラスの中の酒を一気に飲み干すと、テーブルに、ダンッ!とグラスを叩きつける。

「──言っとくけど、君に彼女に引く権利なんてないからね。

 愛してもやらない、愛人としてヨリすら戻さらない。

 だったらもう、放っといてやれば?

 君がどれだけ言葉で忘れろって言ったところで、抱いてりゃ世話ないよ。」

 豹変したアシルさんに、俺と恭司がビクッとする。


「僕は前から何度も言ってるけど、マリィに生きて幸せでいて欲しいんだよ。

 守る気も、愛する気もない君のそばにおいて、君の為に生きることが彼女の為になるとは思ってないんだ。」

 酒が入っているからか、少し呂律が回らないのに、アシルさんは妙に饒舌だった。


 マリィさんが袋に突っ込まれた、たくさんの腕の中から、エンリツィオの腕だけを見つけ出せる自信があったというのは、江野沢を知る俺からすると、特に不思議じゃないエピソードだった。

 だって江野沢がまったく同じことを、俺の腕でやってみせたことがあるから。


「言っとくけどね、君が知らないだけで、マリィのおかげで組織や君が救われたことなんて、両手じゃ数え切れないよ。

 まだまだたくさん、馬鹿みたいに凄いエピソードがあるけど、知っても仕方のないことばかりだから言わない。」

 エンリツィオが聞かなければ、これすら言うつもりがなかったのだろう。


「だからマリィがいてくれる方が、僕だって有り難いけど、マリィの為を思ったら、君といない方がいいと思うから。

 元々、愛人が大勢いる状態を受け入れて、君の一番の理解者であろうとしてるマリィなら、何をしても自分からいなくならなくて、振るのは自分の方だけだとでも思ってた?」

 アシルさんが首を傾げてエンリツィオを見る。


「君ホント、女をちょっとナメすぎ。

 僕そういうの、ほんとは嫌いなんだよね。

 僕、奥さんにしかキョーミないし。

 ──うちにいる男たちは、ことマリィに関しちゃ、君よりもマリィの味方だってこと、覚えておいた方が君の為だと思うな。」

 確かにそうだけど、こんなに感情的に喋るアシルさんは初めてだ。みんな、シン、としている。


「組織の連中はみんな知ってる。

 マリィがどれだけ健気で、どれだけ君と組織に尽くして来たかをね。

 ……知らないのも、知ろうともしなかったのも、君だけだよ。

 ──じゃあね、僕もう行くよ。

 子どもが寝る前に顔が見たいし。」


 アシルさんはそう言って、奥さんと子どもの待つ自分の家へと帰って行った。

 エンリツィオは、何事かを考えるかのように、目線を下に落として、手にしていた酒のグラスの中の氷が、カラリと小さく音を立てた。

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