第83話 番外編・17番目の女と唯一の男

 俺には学生時代からの付き合いの、相棒みたいな奴がいる。

 最初の出会いは、ソイツの上の姉と俺が出来ちまった場面を目撃した瞬間だったらしいが、たくさんの女たちの中の1人だったし、俺自身はソイツにいわれるまで、まったくそんな奴がいた事を思い出さなかった。

 ソイツが珍しく、今度組織に入れようと思っているんだと、若い女を連れて来た。

 くれぐれも手を出すなよ、と念を押していくだけあって、誰が見ても一度は抱いてみてえと思わせる顔と体をしていた。

 だが、フリーセックスを売りにしている国の出身にも関わらず、その女は非常にお堅くて、声をかける組織の男たちを次々に袖にした。

 普段は王宮勤めらしく、それはそのまま残す事に決めた。相棒が見込んだだけあって、女は非常に優秀だった。

 頭が切れて判断力と行動力がある。

 だが、せっかく神速と身体強化なんて特殊なスキルを付与されたというのに、女はスキルを使いこなせていなかった。

 神速を使いこなすには、高速で変わる景色についていかれる動体視力と、それに合わせて体を動かせる身体能力、加えてスキルの力にびびらない度胸が必要だ。

 身体強化を使いこなすだけのセンスはあったが、神速については、どうすりゃいいのか分かっていないようだった。

 こればかりは、例え同じスキルを持った人間が近くにいたとしても、テメエで感覚を掴み取るしかねえ。

 相棒からは手を出すなと言われたが、俺は会うたびに強くなる、女の俺への視線に気付いていた。

 目は口ほどに語るというが、その女以上に、色んなものが混じった目をするヤツを、俺は見たことがない。

 尊敬。愛情。羨望。混沌。渇望。

 それらをないまぜにしたような、見られているだけで溶けそうな視線。

 だが、なぜだか女は、俺を求める言葉を口にはしなかった。

 だがある時、2人の関係に変化が訪れる出来事があった。

 俺を襲った相手が、俺の護衛をすべて倒した次の瞬間、俺が相手を叩きのめす前に、女が刺客を叩きのめした。

 女はいつの間にか神速のスキルを使いこなせるようになっていた。

 いつ習得したのか訊ねたら、半年も前だと言う。知っていたら、もっと早くに、専属の護衛に付けたのに、と俺の相棒が言った。

 他にも護衛の方がいらっしゃるのに、私が出しゃばる事ではないと思ったので、と女は言った。

 だが、一筋縄では使用不可能なスキルを使いこなせるようになったのには、何か目的があっての事だ。

 マトモに使えるようになる前に、死ぬ可能性だってある、諸刃の剣のような凶悪なスキルなのだから。

 そもそもが、俺の考えを先読みして動けるようになっていた事で、俺の相棒が幹部候補、またはボディーガード兼秘書に据えたいと言っていた矢先の出来事だった。

 どうしてそこまで頑張ったんだ?と聞く俺に、──私は貴方に守られるより、貴方の背中を守れる女でいたいから。と、眩しくなるような笑顔を見せた。

 いざという時の為だけに、俺の為に影で努力をし、それをアピールすらしてこなかった女。

 その顔と体があれば、普通に迫ってくりゃあ、相棒の忠告があっても、俺はいつでも女を抱いただろう。

 だが、女は俺にとっての特別を求めた。

 女として愛される特別が得られないのであれば、他の事でそれを手に入れたい。

 その為に、俺の考えを先読み出来るようになり、常人じゃ使用不可能なスキルを使いこなすまでに至った。

 いじらしいじゃねえの。

 俺に愛されたがる女は多かったが、俺に何かをしてやりたがる女は初めてだった。

 ガキの頃から俺にとって、女ってモンは、俺のツラを見ただけで、おあずけをくらった腹ペコの犬みてえに、だらしなく股からヨダレを垂らす生き物で、俺は女の体は好きだったが、そんな女どもを、どこか軽蔑していたようにも思う。

 そういう意味でも、コイツは他と毛色が違っていた。

 俺の為にスキルを使いこなせるようになったその女に、俺はご褒美をやりたくなった。

 執務室に呼び出して押し倒したら、最初は抵抗したが、すぐに腕の中で大人しくなった。

 初めてだったのに、それが俺の机と椅子の上で、次の日声が出せなくなるまで、ってのは、ちょっとだけ申し訳なく思ったが。

 そうしてコイツは、俺の17番目の愛人になった。

 それ以降、適当に見繕う事はあっても、新しく愛人にするまではいかなかった。

 別に作っても良かったんだが、コイツ以上に刺激を感じる相手がいなかった。

 17番目の女は、俺に他に何人女がいるかなんて聞いてきたことはなかったし、自分が最後だなんてことは知る由もない。

 最後の女だなんて、そんな特別みたいなこと、期待させるだけ可哀想だ。

 唯一の存在になれるワケでもねえのに。


 程なくして、俺には唯一と思える相手が出来た。

 俺よりも年上でオマケに男。俺の女たちと違って特別綺麗なワケでもねえ。

 だが、アイツの言った言葉1つで、俺の心は完全にアイツに掴まれちまった。

 俺は17番目の女を含む、すべての女と手を切った。

 17番目の女は、泣き笑いのような笑顔を浮かべて、そう、と言った。

 まるでその日が来るのを予め覚悟していたような、俺にそんな相手が出来るのを望んでいたかのような、そんな顔で。

 尊敬。慈愛。友情。混沌。渇望。

 女の目は最後まで饒舌だった。


 俺とその男は、無理矢理この世界の王家に勇者として召喚された王宮で出会った。

 悪魔だ人でなしだと散々呼ばれた俺を、勇者と呼ぶズルムケハゲの王様とやらに、俺は笑い出しそうになった。

 この城の鑑定師として働くその男も、過去に勇者として連れて来られたひとりだと言う。

 暫く王宮で訓練とやらをやらされる内、男とも親しくなっていった。男は底抜けにお人好しで優しいヤツだった。

 男ってモンは、自ら男になろうとしねえ限り、男になれねえモンだが、それでいて、常に男として生きようとするカッコいいヤツでもあった。

 男が一緒に連れて来られた仲間は、その殆どが魔族の国に便利な使い捨ての兵士として送り込まれて死んだことを知った。

 そしてこの世界の勇者召喚システムの秘密を、男は与えられたスキルによって、ただ1人知っていた。

 既にその頃最短で王宮の魔法師団長にまで上り詰めていた俺だが、男からそれを知らされた時、相棒と共に男を連れて城から逃げた。

 そしてよその国へと渡り、同じ目にあっていた仲間を集めて、裏社会でのし上がっていった。

 俺たちをこんな目にあわせた国の城を、集めた仲間と襲って奪ってもやった。

 それでも俺と一緒に連れて来られた奴らの大半は、この世界にどっぷりと染まっていて、俺の言葉に耳を貸そうとはしなかった。

 一緒に地獄を渡る間に、気付けば俺の心は、もうどうしようもなく、代わりが誰もいない程、その男に囚われていた。


 アイツを好きになったと相棒に正直に告げた。ホンの少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔になった。

 まあいいんじゃない?君が人を好きになる事自体はいいことだと思うしね。ただ応援されても向こうが困るだろうから、僕は中立でいるね?と言った。

 別にそんなモン求めちゃいねえが、相談出来る相手がいた方が、アイツが楽だろうと思った。

 オマエの為に女たちと手を切ったと告げたことに、男は困惑していた。

 当然だ。いきなりそんなことをされても重いだけだし、相手は男だ。

 だが、俺は生まれて初めて、本気で口説きたい相手が出来たのだ。

 すべをかなぐり捨てて、俺はアイツを求めた。自分がこんなに嫉妬深い人間だと思ってもみなかった。

 アイツが誰かの移り香をつけて帰って来ただけで、暴力的な嫉妬と支配欲に襲われる。

 それを顔に出さずに紳士でいることくらい俺には朝飯前だが、自身の変化に困惑する自分を、面白く思ってもいた。

 この世界に連れて来られたことを、初めて心の底から喜んだ。

 俺の立つ場所はいつも地獄だった。空の青さが眩しいと、自分にも感情があるのだと、知ることなどなかった。

 俺の灰色の世界に色がついた。


 アイツが俺の気持ちに応えてくれた後の俺は有頂天だった。人生で最も笑っていた気がする。

 オマエは世界一キレイだぜ?と囁いたり、町中で堂々と手を繋いで歩くのを、アイツはいつも恥ずかしがった。

 ベッドの上じゃ特にそう見えて仕方がないから、正直に言ってるだけなんだが、日本人てのは、とことんシャイなんだな。

 アイツと事に及ぶ時、俺はアイツに選択を迫った。

 男は普通抱きてえモンだ。

 アイツが求めてくるのなら、俺は抱かれる側でもいいか、とすら思っていた。

 俺がオンナ役にまわってもいいとすら思える日が来るだなんて笑っちまう。

 アイツをどうこうしたいというより、アイツと1つになりたいと思っていたんだろう。

 とある彫刻家が身の丈程もある巨大な石を見て、中に入ってもいいかと、石に身を擦り寄せて、聞いたことがあると言う。

 彫刻家は石をくり抜いて、自分の墓にした。

 俺にはその気持ちがなんとなく分かる気がした。

 彫刻家はきっと、穴をあけて中に入りてえんじゃなく、溶けて混ざって1つになりたかったんだろう。

 アイツと溶けて混ざって1つになれるなら、それが理想だとすら思った。

 結果的に俺が抱いたが、その気持ちは今でも変わらねえ。


 だが、俺はアイツを失った。

 何を失っても、失いたくなかった唯一の存在を。空の青さが、こんなにも目に染みて痛い。

 この世のどこにもアイツの匂いも体温もなくなった事実に、俺は地獄の底が抜けた気がした。

 我を見失い、自暴自棄とらやらになったのは後にも先にもこの時だけだ。

 ホンの意趣返しで裏から世界を支配する俺を、目障りに思った、この世界に俺たちを連れて来た、複数の王家の奴らの差金だった。敵対組織を使い、アイツをさらわせ、拷問の果てに殺した。

 それを知った俺は、再び組織を束ねるボスとして、この世界そのものに復讐を誓った。

 アイツを直接手にかけた奴らは、時間をかけてゆっくりといたぶってやったが、俺の気は晴れなかった。

 最後は神でなく悪魔に祈りだしたところでようやく殺してやって、奴らを差し向けた国々に手足のないそれを送りつけた。


 ある時、再会した17番目の女が俺に言った。

 あなたを知らずに生きる幸せよりも。

 ──あなたを愛して苦しむ地獄の方がいい。

 俺はその時、何かがストンと腑に落ちた。

 失ってなお、俺を支配する、アイツに対する気持ちが何であるのか。

 ああ。俺はこの苦しみごと、アイツを愛しているのだと。

 別れを告げた時、奇妙な友情のようなものが混じった目をしていた女を思い出す。

 あの時とっくにコイツは気付いていたのだろう。

 俺が自分と同じである事に。

 血を分けた双子かのように。

 俺たちはまったく同じ種類の生き物だった。

 17番目の女が俺を想う気持ちが、まるで自分の物かのように、痛いくらい胸に刺さった。


 いっそ、コイツを愛してやれたらと、思ったことが、ないわけじゃなかった。

 ある時奇妙な夢を見た。俺は袋か何かを被せられていて、縛られていたのか身動きが取れなかった。

 その袋を17番目の女がはずして、泣きながら俺を抱き締めた。いつもなら、色んな感情が入り混じったゴチャついた目をしていたコイツが、いつもと様子が違っていた。

 愛おしさがダダ漏れで、俺がこの世に存在すること自体が、俺が自分のそばにいてくれるというただそれだけのことが、嬉しくてたまらないのが丸出しの表情で。

 大体いつもコイツは色々考え過ぎで素直じゃねえんだ。

 俺のことを好きなクセして素知らぬ顔をしやがる。

 感じてるクセして声を殺して何でもねえ顔をする。

 まるで本気で乱れるまで俺にイジメて欲しいのかと思う程だ。

 こうして、いつも素直でいれば、俺だってもう少し優しくしてやったのに。


 俺はコイツを抱きしめてやろうとしたが、肘から下の感覚がなかった。縛られていて感覚がなくなったのか、腕がないのか。

 体を見ようとしたが、首1つろくに動かせなかった。

 俺は代わりにコイツに口付けようとして、離れたところでアイツが驚愕した目で女を見ているのに気が付いてそれをやめた。

 目が覚めたら普通に腕があって、さらわれていたことを思い出した。心配そうに俺を見つめるアイツに、こんな目にあわされたのがお前でなくて良かったと告げると、複雑そうな顔をされた。

 なぜそんな夢を見たのかは分からねえ。17番目の女に対する罪悪感が、どこかにあったのかも知れねえが。


 けれど、コイツが自分自身の気持ちをどうにも出来ないように、俺にも俺の気持ちをどうにもしてやれない。

 欲しいのは心で、それを俺以外のヤツに渡せないコイツは、俺から生涯それを得られない事を誰よりも知っているのだろう。

 どこかの国では、双子ってのは前世で心中した恋人同士だと言う。

 もしそうなら、俺がアイツとそうありたいと望むように、いつかコイツとも再会する日が、また来るのだろうか。

 きっとそれは、この地獄の底を抜いて、奴らを地獄にいた方がマシだと思わせる目に、あわせてやった後になる事だろう。

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