第82話 番外編・僕の親友

 彼女はとても魅力的な女性だった。

 背が高く、スタイルの良い美人で、何より仕事の出来る理知的なところが、王宮勤めのすべての職場の男たちの憧れの的だった。

 だが、彼女は、僕から見てもモテると分かる、どんな男からの誘いも拒絶した。

 自信満々に、職場イチのモテ男、騎士団所属のマーカスが、大勢の前で誘いをかけて撃沈したのは、今でもモテない男たちのいい酒の肴になっている。

 彼女には好きな男がいるらしく、同じく彼女に振られたこの国の王子で、かつ僕の幼なじみいわく、相手を無理やり聞き出したところ、こんな風に言われたと言う。

 何でも7つの国を股にかけて、裏から操る闇社会の大組織のボスだとかで、本当にそんなもの、存在するのか???という、荒唐無稽にすら思える話だった。


 だが一度だけ、彼女がその彼と出かけるところを、目撃してしまったことがある。

 彼女の自宅は、僕の家と、僕がよく買い物に行く店の途中にあるのだけれど、馬車で彼女の家の前に乗りつけ、後ろに大勢の、どう見てもカタギに見えない男たちを従えた、背の高い屈強な男が、嬉しそうに抱きつく彼女を道端で抱き締め、熱い口づけを交わしていた。

 確かに男の僕から見ても色っぽくてカッコいい男だと思ったし、悪い男に女は惹かれるものだというしな。

 職場でその話をする機会があった時、すごいね?と言ったら、──そういうことじゃないの、と返された。


 やがて、その彼が、実は世界中に、彼女を入れて17人もの愛人がいることが知れ渡ると、果たして彼女は何番目なのだろう、という話題でもちきりとなった。

 彼が闇社会のボスだということは、僕と王子と彼女しか知らないことだったけれど、そんな人間ならそれくらい、いてもおかしくないかも知れないな、と思った。

 もしも17番目なら、滅多に会いにだって来ないだろうし、体が寂しがってるんじゃねえか?と下卑た話をする男たちも多かった。

 何せこの国はフリーセックスを掲げるお国柄だ。国王の50人いるという愛人たちと、毎日日替わりで楽しんでいる男も、職場内に少なくない。

 むしろチャンスと再度特攻しては、彼女に撃沈させられ、暴言を吐いて帰ってくる男が後をたたなかった。


 一度彼女にこう、聞いてみた事がある。

 君は、彼にとって、自分が何番目なのか、他の女性の順位が上だった場合、気にならないの?と。

 すると彼女はこう言った。

 世界中の女が欲しがってもおかしくないような男の愛人が、たったの17人よ?

 私は彼の女でいられることに、誇りを持っているの。

 自分が何番目かだなんて、そんなことは問題ではないの。

 だから彼にそんなこと、聞いたことすらないわ、と。

 彼女はどこまでも真っすぐで、彼を愛する気持ちが一切揺らぐことのない、一途な人だった。

 伴侶の他に恋人を持つのが当たり前かつ、誰も責めないこの国において、彼女の存在は異彩を放っていた。

 そうして僕は、気が付けば、彼を愛し続ける彼女の姿に、夢中になってしまっていたのだった。


 自分もそんな風に愛して貰えたらと、考えないわけではなかったけれど、そういうことじゃなく、誰に何を言われようと、真っすぐ背を伸ばして歩く、そんな彼女の生き方を、愛したように思う。

 僕は自分の気持ちを抑えられなくなり、彼女を呼び出して告白した。当然答えはノーだった。

 だが、今までのどんな相手が袖にされる際にも、言わなかった言葉を、彼女は僕にくれた。


 ──いつか私は、彼と別れることはあっても、あなたとは生涯友達でいたいと思っているの、と。

 僕はこれを、恋愛以外においての、彼女の最大級の好意と受け取った。

 一生いいオトモダチでいましょう?ということでなく、僕は失いたくない友人の一人である、と。

 そして確かに間違いなく、この日から僕たちは、何でも相談しあえる親友になった。


 そんな折、彼女がその彼に振られた事を知った。

 その頃には、僕は彼女の相談相手として、彼の話を何でも聞いていたから、誰より先に知ったと思う。

 本気で好きな相手が出来たんですって。

 全員と手を切ると言われたわ。

 その為に、わざわざ会いに来たって。

 彼女はとても寂しそうだったが、彼に本気で愛する人が出来たことを、どこか喜んでいる風でもあった。


 ああ、本当に彼女は、心から彼を愛し、彼の幸せを願う人なのだと、僕は改めて思ったのだった。

 こんな風に別れた相手から、想って貰える男。そんな彼女たちに、誠意を持って、わざわざ会いに来る男。

 確かに彼は素晴らしい人なのだと思えた。君が選んだ男は間違ってないよ。君が彼を愛する為に捧げた人生も。

 心からそう言う僕に、彼女は泣き笑いのような笑顔を浮かべた。


 彼女はその後、旅行に行くと言って、しばらくこの国にいなかった。

 さすがに心を痛めて、傷心旅行にでも出たのだろう。少し寂しかったけれど、毎日が慌ただしく過ぎていった。

 戻って来たらいつもの彼女で、僕にだけお土産のゾラッカの蜜とナッツをかためた飴をくれた。

 おかえり、と微笑む僕に、彼女は何事か成し遂げたような表情で、幸せそうに微笑み返した。


 そして何年か経った頃、その彼は何と、よその国の国王に就任し、この国に就任の報告と挨拶に来ることとなった。

 祖国では英雄として大歓迎の中、国王の座についたらしい。かなり盛大なパレードで、国民の殆どが沿道に集まったのだとか。

 元々裏社会の人間だと言うのに、どれだけのことをしたら、そのような扱いを国民から受けられるのだろうか。

 このことは、この国じゃまだ、僕と彼女しか知らない。


 どうも話を総合するに、元々その国の魔法師団長をやっていたらしく、対外的には元魔法師団長が国王になったという事しか、その国の国民にも、この国でも、知られていないらしい。

 どちらにしろ、表の世界でも、裏の世界でも、頂点に近いところに常に彼はいたのだ。

 すごいね?と言ったら、──そういうことじゃないの、と返された。


 僕は歓迎式典の担当者の一員として、彼を港で出迎えた。歓迎の花を首にかけた女性からの、夜の誘いをスマートに断る、相変わらずカッコいい男だったけれど。

 その目はあの日見たものと違っていて、どこか仄暗い、心の奥底に悲しみをたたえたような目をしていた。

 彼は例の恋人と死に別れたようで、彼女は連絡をしたけれど、何の返事もないことに怒っていた。

 どうせ危ないことをしようとしているんだわ、ちょっと調べたら、目的くらいすぐに分かってしまうのに、と。

 傷心の彼を支えたくて、居ても立っても居られなかったのだろう。彼と別れてからもずっと、その身を案じ、愛し続けてきた彼女だから。


 後日、直接乗り込んで、彼となにがしかあったらしい彼女は、とてもスッキリとした顔をしていた。

 それでもまだ、──どこかに彼への愛を滲ませながら。

 私もちゃんと、特別だったみたい。

 望んでいた形とは、違ったけれど。

 それがこんなにも、心の底から嬉しいの。

 私の居場所も、彼の中にあったんだって。

 私だけが、一方的に、彼を愛していた訳じゃなかったって、分かったから。

 彼女は僕にそう言った。

 どうしてそんなに、彼が好きなの?

 僕は今まで一度もしてこなかった質問を、彼女にぶつけた。

 ──生き様が好きな男を、嫌いになんてなれないわ。

 彼が何者であっても。

 どんな立場になっても。

 それを選んで生きる彼の存在そのものが、好きで好きでたまらないの、と。


 きっと彼女はこの先も、彼を愛し続けるのだろう。

 決して振り向いて貰えなくても。

 二度と彼に対してアプローチすら、することがなくても。

 彼は生涯、彼女の胸に、最愛の人として生き続けるのだろう。

 僕はそう確信していた。

 ──ねえ、君。こんなのはどうだろう。

 僕は彼を愛する君を愛した。きっと生涯、それは変わらないと思うんだ。

 ……君の中の彼ごと、君を愛し続けると誓うよ。

 彼の惚気や愚痴を肴に、一生一緒に酒を飲もう。

 そうして、僕たちは友人のまま、共に人生を送れたら、それは素敵なことじゃないか?

 僕ももう、君を愛することは、とてもやめられそうにないからさ。

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