第81話 ひとひらの愛

「終わったのか。」

「ああ……。」

 俺はホテルの部屋に戻って、恭司に3組の奴らのスキルを奪ったこと、別れをこっそり告げたことを伝えた。

「……まあでも、これであいつらは魔族の国に送り込まれなくても、すむようになったわけだし、それぞれの夢に向けて生きられるんだろ?

 だったら心配いらねえよ。

 団結力の強いクラスだったじゃねえか、あいつら元々よ。

 半分が1年の時からのメンバーで、学年が持ち上がった時点で、既にクラスの空気が出来上がってたの、あそこだけだしな。」

 恭司が気軽にそう言ってくる。

「2組もそのうち、助けねえとな……。

 1組が数ヶ月で魔族の国に送り出されようとしてたみてえに、2組だって、いつ送り出されるか、分からねえわけだろ?

 こんな世界の奴らの為に、あいつらが死ななきゃいけねえ理由なんてねえんだ。」

 申告な表情でそう言う俺に、

「──2組はまだ、大丈夫だと思うぜ?

 ナルガラ王国の奴ら、魔法スキルのレベルが7になるまで、あいつらを育てる気でいるんだ。

 魔法スキルがレベル5なら、たかが数ヶ月だけど、本人レベル31の壁があるから、魔法スキルレベルを7にしようと思ったら、いくらナルガラ王国がスパルタでも、本来一生かかる筈のもんを、1年やそこらで達成出来るとは思えねえよ。」

 と言った。


「……まあ、それでも、狩りを続けさせられる限り、いつかはその日が来て、送り込まれることになんだ。

 普通の人がレベル5になるのに、人生の半分っていうけど、レベル3スタートの1組は、数ヶ月でそこに到達した。

 普通の奴らが1年かかるはずのものがそれだ。

 エンリツィオが言ってたろ?

 飛び級してる奴らばっかだったエンリツィオの同級生は、レベル5スタートの奴らが多かったって。

 頭のいい学校に行ってたエンリツィオの恋人の学校の人らも、魔法スキルのレベルこそ3だったけど、レアなスキル持ちばかりだったって。

 俺が最初にスキルを渡したエンリツィオの部下の人たちだって、レベル4スタートの人たちだった。

 ──じゃあ、2組は?

 本人のもとからの能力が影響を及ぼすのなら、学年20位以内のうち、13人がそれを独占してた2組はどうなんだ?

 ──お前、鑑定の瞬間には立ち会ってたんだろ?」


 そう言われて、恭司が目線を落とす。

「……確かに。2組はレベル4スタートの奴らが、ゴロゴロいたよ。」

「……じゃあ、今頃あいつら、レベル6にはなってんじゃねえか。

 いくらレベル31の壁があったって、レベル6と7じゃ大違いだ。予定より少し長く頑張らせてレベル7が手に入るってんなら、そりゃあその方がいいだろうぜ。

 ──だからレベル7まで育てようとしてやがんのか。

 クソッタレ!

 レベル4スタートを7なら、レベル1を4に上げるのと変わらねえじゃねえか!

 レベル4なら、ニナンガにだって、ナルガラにだって、アプリティオにだって、ゴロゴロいたんだ。

 育て方次第じゃ、あいつら今頃……!」

 髪の毛を掻きむしる俺を、恭司が切なそうに見つめる。

「魔族の国に行かされるとも限らねえだろ?アニキたちだって魔法師団に入ったわけだしよ。」


「──それはニナンガがレベルの高い魔法使いが少な過ぎたからだろ。

 エンリツィオの恋人の学校の時だって、レアなスキルの奴らと、教会で使えるスキルの奴ら以外は、全員魔族の国に送り込まれて死んだっつってたじゃねえか。

 1人2人は残しても、残りは全員送り込まれるだろ。

 修学旅行の時期は大半が5月前後で、うちがそうだった。

 けど、次のハイシーズンは9月と10月。それとスキーに行く学校なら1月だ。

 この世界の王族のやつらは、日本人がいつ頃修学旅行に行くのかを、当時魔法師団長だった、ジュリアンの報告によって、既に全員が知ってる。

 次に召喚した奴らのスキルレベルが高かったら?

 育てるのに時間がかからなかったら?

 ……俺なら出すね、──先に育ててた奴らを、魔族の国に向かわせる兵士として。」

 俺は恭司を睨み据える。


「確かにそう、かもな……。」

 恭司は目線を落としたまま、何も言うことが出来なかった。恭司も心配なのだ、クラスメートのことが。一番最悪の状態なんて、想像したくも、口にしたくもないのだろう。

「それにもしナルガラに行った時点で、あいつらがレベル7になってて、1組の奴らみたく、王族に使われて俺たちを襲って来たら厄介だな……。

 せっかくレベル7を揃えてるってのに、おんなじレベル7がゴロゴロいたんじゃ、レベル3同士の戦いと変わんねえよ。」

 俺は天を仰ぐ。

「──アニキたちだって、この世界に何年もいるけど、レベル7になった後で、アニキは魔法師団長になって、その後すぐにボスになっちまったから、狩りをしてねえだけだっつってたろ?

 レベル7が滅多にいねえから、レベル上げしなかったってだけで、高レベルの魔物がウヨウヨいるチムチでなら、すぐにレベルだって上がるんじゃねえか?

 他の部下の人らだってそうだろ?本人レベル30で上げ止まってるってだけでよ。」

「……ちょっと、そのこと、アシルさんに報告しとくか……。」

「だな……。」

 俺たちはアシルさんの部屋を尋ねたが、アシルさんは不在だった。仕方なくエンリツィオの部屋を尋ねると、そこにアシルさんがいて、何やら打ち合わせの最中らしかった。


「──君たち、どうしたの?」

「ちょっとアシルさんに用事があって……。

 エンリツィオもいるなら、そのまま聞いて欲しいんですけど。」

 俺たちは、2組の奴らが魔法スキルレベル7まで育とうとしていること、次の修学旅行のシーズンが、日本だと9月10月なこと、次の召喚がなされて新しく勇者がきたら、2組が魔族の国に送り出される可能性があること、出来たら助けたいことなどを伝えた。

 特にスタートの魔法スキルレベル4が13人もいた点に、エンリツィオもアシルさんも興味を示していた。

 あいつらが全員レベル7まで育ったら、現時点でなら、レベル7が最高のエンリツィオ一家と、スキルレベルだけならタメをはる戦いが可能になるのだ。

 スキルレベルの差がないと、弱点属性以外では攻撃に決着がつかず、なおかつ人数を揃えた総力戦であれば、互いに魔力の消耗戦になるのが見えていた。

「……分かった。考えておく。」

 エンリツィオはそう言うと、ちょっと出かけてくると言って部屋を出ていった。

「──マリィに会うみたい。」

 そう言うアシルさんに、俺はエンリツィオの後をつけずにはいられなかった。

「……俺、行きます。」

「ちょっと待って、なら僕も。」

「──お、俺も!」

 俺たちは全員隠密と消音行動を使って、エンリツィオのあとを追いかけた。


 エンリツィオは、マリィさんを呼び出していた。この国を離れると告げる為に。

「マリィ……。」

 その声のトーンに、マリィさんがビクッとする。今の話し方と、声のトーンだけで、マリィさんはすべてを察していた。

 何でも相手のことが分かるって、悲しい。言われる前に、分かってしまうのだから。

「……最後なんでしょう?

 もう、あなたの目的が片付くまで、この国に来るつもりがないのね。

 あんまり私をナメないで。

 貴方の考えなんてお見通しよ。」

 マリィさんは、目に涙をためて、優しく微笑みながら、エンリツィオを見つめた。

 どんな愛の言葉より、愛を告げる眼差し。

 それを見ていたエンリツィオは、マリィさんの手首を掴んで強引に引き寄せると、スッポリと包むように抱きしめて、突然キスをした。


 うわ、すげえガッツリ。

 逃げようともがくマリィさんを追いかけるように、ほどけない程度の力で強く抱きしめたエンリツィオが、角度を変えて深く舌を差し込む。

「んっ……!んんっ……!」

 切れ切れに漏れていたマリィさんの声が、やがて聞こえなくなり、エンリツィオの腕の中で大人しくなった。

 だけど、すぐにハッとして、マリィさんはエンリツィオの体を両手で押して、腕の中から離れた。

 子猫が抱かれるのを嫌がって、体を押してくる程度の力だ。無理やり抱きすくめようと思えば出来たけど、エンリツィオはそれをしなかった。

「……最後なら、──今のあなたの気持ちを教えて。

 気持ちを切り替えるには、……儀式が必要なのよ。」

 マリィさんは、近くにあったスピリアの花を1輪手折ると、エンリツィオの目の前に差し出した。


 マリィさんは、最後まで、エンリツィオを責めようとはしなかった。

 どんな酷いことをされても、それすら愛おしいのだと告げるかのように、マリィさんの目には、たくさんの想いがあふれていた。

 愛おしさがダダ漏れで、エンリツィオがこの世に存在すること自体が、エンリツィオが自分のそばにいてくれるというただそれだけのことが、嬉しくてたまらないのが丸出しの表情で。

 ああ。

 この目だ。

 俺が江野沢を思い出した目。

 ヤクリディア王女は江野沢じゃないと、俺の違和感を確信に変えた、江野沢が俺を見る時の眼差し。

 エンリツィオが見てない時にだけ、いつも後ろから、……この目で見つめてた。


 どうしてこんな目をするクセに、自分から離れようと出来るのだろう。

 江野沢は、それでも、俺を追いかけた。

 マリィさんだって、きっとそれは、同じな筈なのに。

 マリィさんと再会したあの日。

 振り向きもせずに、諦めろと告げたエンリツィオに、マリィさんはあの目で、地獄を語った。

 けど、江野沢が見つめていたのは、いつだって俺の目の奥で。

 マリィさんが見つめていたのは、いつだってエンリツィオの後ろ姿だった。

 ──2人に違う点があるとすれば、……ただそれだけ。

 江野沢は俺を諦めなくて。

 マリィさんは最初から諦めた恋をしてた。

 エンリツィオが恋人を口説く為に別れを告げた時ですら、きっとこんな感じだったのだろう。

 こんな目をして、人を愛することが出来るのに、自ら手放せる人を、俺は見たことがない。この先もきっと、見ることはないとすら思えた。


 多分、こんなことをマリィさんからされるのなんて、初めてのことなのだろう。エンリツィオの目が、ちょっと見開く。

 マリィさんは、本気でエンリツィオから離れるつもりなのだと、エンリツィオにもそれが分かったのだろう。

 愛人の数も。エンリツィオの気持ちも。

 何1つこれまで聞いて来なかった、マリィさんが。

 ダダ漏れでバレバレだったけど、疑いようもないくらい気持ちがあふれていたけど。

 好きだとすら告げて来なかった、マリィさんが。

 エンリツィオに今、答えを求めている。

 フリーになったクセに、中途半端に関係だけ持ち続けて、ちゃんと振ってすらくれないエンリツィオから、自分の気持ちを切り離す為の、それは別れの儀式だった。


 ここまで自分を想ってくれる相手なんて、普通の人間なら、一生に1人、出会えるか出会えないかだ。

 今までに、人を本気で好きになったことがなかったり、その有難みが分からない人間には、決して響くことのない気持ち。

 けど、今のエンリツィオは、マリィさんと別れる前と違って、真剣に人を愛する気持ちを知った。

 別の人のおかげではあるけれど、マリィさんがどれだけの想いでエンリツィオを愛してきたか、今のエンリツィオに分からない筈がなかった。

 だって、自分と同じだから。

 それをエンリツィオも認めていたから。

 俺が、俺を想う江野沢の気持ちに惹かれたように、エンリツィオにだって、それが伝わらない筈がないのだ。

 それはここ最近の様子がおかしいエンリツィオの姿にも、顕著にあらわれていた。きっと、別れる前よりもずっと、2人の距離は縮まっていたと思う。

 それでも心は恋人に囚われたままで、既に亡くなっているにも関わらず、エンリツィオはマリィさんよりも恋人への想いを選んだ。

 心を欲しがる限り、応えてはやれない。

 そして、マリィさんは、その気持ちが誰よりも分かる人だった。


 エンリツィオは、そっとその花を受け取ると、スピリアの花を持って、マリィさんを見つめた。

 花は鮮やかな、──黄色に変わった。

 だけど不思議なことに、まるでレインボーの薔薇みたく、そこに違う色の花びらが混じっていた。

 相手に対して複数の感情があると、色が混ざる訳じゃなく、まるで脳内の割合を数字にしたみたいに、花びらごとに色付くのだと、その時誰もが初めて知ったと思う。

 黄色を基調にしたスピリアの花は、その内3枚が青く染まり、──たった一片ひとひらの花弁だけれど、確かに赤く染まっていた。

 だけど赤と青の部分は、マリィさんからは見えていなかった。

 エンリツィオは、ほんの少しだけ表情を動かして、その赤の花弁が混じったスピリアの花を、瞬きもせずに見ていた。


「黄色って……妹みたいってこと?

 だったら、最初から、ホントの妹に産まれたかったわ。

 ──そうしたら、こんなにも、貴方を好きにならずに済んだもの。」

 微笑みながらマリィさんの目から涙が溢れる。

「マリィ……。」

 エンリツィオが、涙をすくうように、目元にキスをした。

「お前のことを、大事に思ってねえわけじゃねえんだ。

 けど……俺の心はやれない。

 俺の一番は、アイツに決まっちまった。

 もう誰も入ってこれねえ。

 お前は男に振り回されるような女じゃねえ筈だ。

 幸せになれよ、マリィ。」

「──酷いことを言うのね。

 貴方なしで幸せになれだなんて。」

「はじめから酷い男だったろ?」

「そうね……。

 でも、それでも、──どんな形でもいいから、貴方のそばにいたかった。」

 とめどなく涙を流すマリィさんに、エンリツィオは、今度は重ねるだけの優しいキスをした。


「身を引いてあげるわ。

 私だけが、一方的に、好きだった訳じゃないって。

 貴方の中に、私の居場所もあるんだって、分かったから。

 けど、幸せは無理よ。

 私の中の一番も、決まってしまったわ。

 もう誰も、入って来られない。

 けど、それでいいの。

 私にとって、貴方以上の人なんて、この世にいる筈がないんだから。

 ……お願い、最後に。

 ──うんとだけ、言って。」

 エンリツィオは何も答えなかった。

「……好きよ。」

「うん。」

「……好きよ。」

「うん。」

「……好き……!!」

「……うん。」

「もう、好きでもない女に、──あんまり優しくしたら、駄目だからね?」

「……ああ。」

 泣きながら、好きだと繰り返すマリィさんに、エンリツィオは、うなずくたびに、マリィさんの頬に、小さくキスをした。

 マリィさんの、生まれて初めての告白は、愛する男に、さよならを告げる為のものだった。

 滲み出るマリィさんの複雑な心を表すかのように、マリィさんのそばにあるスピリアの花たちが、赤を基調に、青、黄色、の花びらを持つ混合色に染まって、どこまでも広がって行った。

 その中には、ただの1輪ですら、黒に染まる花がなかった。


 アプリティオを離れる為に、エンリツィオの船に乗り込んだ俺は、マガを経由してチムチに向かう連絡船の中に、その人物が乗り込んだことを、千里眼と心眼で検索し、エンリツィオとアシルさんに伝えた。

「……乗り込んだよ、管轄祭司が2人。

 そのうち1人は、レベル9の聖魔法と、復活と、殺人鬼のスキルを持ってた。

 間違いない。」

「──ハッ。やっぱりついて来やがる気か、殺人祭司。

 上等だ、テメエともそこで決着をつけてやるぜ。」

 エンリツィオ一家と敵対する犯罪組織、ルドマス一家の本拠地がある国、チムチ。

 エンリツィオとアシルさんを狙う、レベル9の聖魔法使いである、殺人祭司がそこについてくる。

 チムチを経由しないとたどり着けない、エルフの国のその先に、江野沢を元に戻せるかも知れない、妖精女王が待っている。

 果たして無事に全員でたどり着けるのだろうか。

 俺は、エンリツィオ、アシルさん、恭司、ユニフェイ、そしてアダムさんやカールさんを中心とした、エンリツィオの部下の人たちを順繰りに眺めた。

 誰一人、欠けて欲しくなんてないけど。

 血を流さずに切り抜けられるとは、とうてい思えない状況だと思えた。

 ──俺はまだ知らなかった。この中の1人が突然姿を消して、裏切り者になることに。

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