第80話 3組との別れと3組の未来

 俺は現代っ子だから、親父や爺ちゃんよりかは、女性の変化に気付けるほうだ。

 これはより女性的な脳を持ってるかどうかによるので、男らしさを求められた時代の男たちにはない機能なのだ。

 その時代にどんな男が生まれてくるかは、母親たちがどんな男を求めているかによるという。

 地上ではじめて誕生した、細胞が分裂して増える、生物の祖たる生き物すらもメスなのだ。彼女らがより増えやすくする為に生み出したのがオスなのだという。

 人類の進化は女性が担っているのだと思ってる俺としては、男性の肋骨から女性を作ったという宗教にイマイチ納得をしていない。

 俺らの親世代は、少女マンガだ男性アイドルだと、女性の心をおもんばかる、女性的な見た目の男がモテる時代だった。

 そのせいで、今の男はどんどん女性的になってきて、体つきもたくましさよりしなやかさ、体毛は薄く色が白く、なんと睾丸の平均サイズまでどんどん小さくなっている。

 女性の思考が理解できる脳みそと、男らしさは相反するものなので、これは少しも不思議じゃない。

 女心を理解しつつ、獣のように夜は女を求める男というのは、昼淑女、夜娼婦、を理想とする男たちの、女性バージョンだとは思うが、演じない限りそれは男女ともに、基本は両立不可なものだと言えるだろう。

 目の前から、昼淑女、夜娼婦の代表が歩いて来る。


「──あれっ!?

 マリィさん、いつもと違う!」

 女性の変化に気付けるほう、と言っても、俺が気付けるのはこの程度だが。

「ハア?何が違うってんだ、顔か?」

 ちなみにこいつのようにオス代表のような男は、絶対にこういうことに気付けないし、気付く気もそもそもないんだと思う。

「え……。あ、わかる?」

 マリィさんがちょっと頬を染める。俺にそういう反応を見せるのが面白くないらしく、エンリツィオが眉間にシワを寄せて俺を睨んでくる。

「──わかるさ。

 前髪を5センチ切ったね。

 それと、マスカラをベタ付けで横に流して、上にあげないようにしたんだね。

 アイシャドウをやめて、赤の口紅だけにしたのが、よりクールで大人っぽくてセクシーだよ。」

 ……この人の真似だけは、大抵の男が絶対に無理だけど。

 マリィさんを褒めるドメール王子の後ろでジルベスタが咳払いをする。

「やあ、ハニー、今日もとてもキレイだ。

 目尻をオレンジのマスカラにしたのかい?

 ゴールドのアイシャドウに、とてもよく似合ってるよ。

 昨日の目頭と目尻にだけ赤のアイシャドウを入れるのも良かったけど、それもとても素敵だ。」

 マリィさんいわく、2人は毎日こんな感じなのだそうだ。化粧師という仕事柄、ジルベスタは毎日メイクが違うし、いろんなメイクに挑戦をしてる。細かな違いに気付けるドメール王子とは、相性バッチリって感じだ。


「……マリィさんは、あいつに褒められたいとか、違いに気付かれたいとか、思ったりしたこと、ないんですか?」

「──え?

 ああ……、でも、彼は、ああいう人って言うか……。だから特には……。」

 マリィさんがエンリツィオを否定したり、何かして欲しいなんて、言うわけないよな。知ってたけどさ。

 エンリツィオの話題を振ったときはいつもこんな感じで、いつものキリリとしたマリィさんじゃなくなるのが、俺は個人的に好きである。

 エンリツィオには睨まれるが。

 国王の部屋でドメール王子の報告を受ける手はずだったのだが、その前に俺がちょっとマリィさんに声をかけただけで、ワイワイと廊下で騒ぐことになってしまった。

 アシルさんが、中でやってくれない?と俺たちを国王の部屋に押し込める。俺とエンリツィオ、アシルさん、ドメール王子、マリィさんとジルベスタが揃い、いつもの定位置についた。


「──終わったよ。

 この立場について、はじめての公式な大きな仕事が。」

「そうか。 」

 ドメール王子は国民に、刑務所からの逃亡犯をとらえて、死刑を執行したことを公布してあったので、俺たちは既にそれが事実であることを、エンリツィオの部下たちが確認済みで、聞くまでもなかったのだが。

 こういうことはドメール王子の口から言わせるから意味があるんだよ、とアシルさんは言っていた。

 味方に引き入れはしたけれど、まだ信用しきってないということなのだろう。

「勇者たちは別室に集めてあるけど……、どうする?1人ずつ、連れて来るかい?」

 俺たちはそれについて打ち合わせ済みだった。ドメール王子はエンリツィオに尋ねたけど、代わりに俺が答えます、と言った。

「リストを作ってあるので、この順番でお願いします。

 ただ、奪うのは魔法スキルがメインなので、必要のないスキル持ちは、必要な奴らを呼び出すのがおかしく感じなくさせる為に、呼ぶって感じです。」

 リストに掲載されている奴らのスキルは、事前にドメール王子から聞き出してあったものだけど、実際に千里眼と心眼で確認済みでもあった。

 エンリツィオの恋人がかつてそうであったように、千里眼と心眼を重ねて使うと、遠くにいる奴らのステータスが分かる。

 そこで魔法スキル以外の欲しいスキルを相談し、魔法スキルが合成されることもふまえた上で、呼び出す順番を決めた。


「あんたたちは、このあとどうするつもりなんだ?

 まだスキルを集めるつもりでいるみたいだけど。」

 ドメール王子がリストを眺めながら聞いてくる。

「チムチに渡るつもりだ。

 あそこは最近、敵対組織のルドマス一家が本拠地を移したことで、奴らの仲間が大勢集まってきてる。

 ソイツらを潰すのにも、ちょうどいい機会だ。」

 エンリツィオはニヤリと笑った。

「ルドマス一家を潰すつもりか……。

 あそこが潰れたら、あんたたちに対抗出来るのは、もうアスワンダムのところしか残らなくなる。

 裏の世界じゃ、ほぼ敵はいないも同然になるな……。

 それに、あそこは人間の国の中じゃ、最も魔族の国に近い場所だ。

 ランクの高い魔法使いや、魔物も生まれやすい土地柄と聞いている。

 ──そこで一気に戦力を整えるつもりなんだな。

 ……確かに、俺でもそうするか。」

 ドメール王子が顎をさすりながら何事か考えている表情をする。


「だが、むこうにあんたたちが渡る情報も、ルドマス一家には既に知られてるんじゃないのか?

 ──それでも本当に、ここにいる全員で渡るつもりなのかい?

 スキルを集めるだけなら、彼と、部下だけでもいい筈だ。

 本当にあんたが直接乗り込むのか?」

 敵を警戒させてまで、エンリツィオが直接動くことが不思議でならないらしい。

「チムチからじゃなきゃ、エルフの国に渡れねえ。コイツを妖精国に連れてかなきゃならねえんでな。

 会ったことのある俺がついて行かなきゃ、女王に面会出来るかも分からねえしな。」

「会ったことがある!?

 妖精女王に!?」

 ドメール王子は、未だかつて見たことがないほど目を見開いてエンリツィオを見た。

「ああ。昔な。

 ちょっと欲しい種があったもんでな。」

「──エンリツィオ一家のボスが欲しがる程の種……、まさか世界樹の種か!?」

「まあ、そんなところだ。」

 いえ、ウソです。

 ただの恋人の故郷の農産物です。


「けと……そうか、妖精国に……。

 友人と幼なじみを、元に戻せるか、試してみるつもりなんだな。

 ──結果がどうなったか、……いつか聞かせてくれるかい?」

「はい、機会があれば。」

 俺はそうとだけ答えておいた。もうこの国に立ち寄るかも分からないし、戻せなかった場合、報告する気にもなれないからだ。

「じゃあ、1人ずつ勇者を呼んでくるよ。

 俺が勇者たちと話をして、最後に彼らの肩に触れる時、姿を消した君がその下に手を差し入れてスキルを奪う。

 ──その流れでいいんだな?」

「はい、よろしくおねがいします。」

 ドメール王子が片手を上げて、マリィさんがそれにうなずくと、外の従者に声をかけに行った。

 最初の魔法スキル持ちは信楽君だった。いきなり王様に呼び出されるのが心配になったのか、やけにキョロキョロしている。

 ほんとは彼とは話したかったけど、すべてが終わるまで、俺は彼の前に姿を表さないと決めた。

 ニナンガ王国の勇者たちは既に全員ニナンガにいない。俺1人ここにいることが3組の奴らに知られたら、どこからそれが漏れるかも分からないからだ。


 ドメール王子はドラゴンが現れてからというもの、一部の人のスキルがおかしくなっていると告げていた。

 魔法スキルがなくなって、新しいスキルを得たことを、ドラゴンのせいにするつもりらしい。

 ドラゴンがアプリティオの王様だったことは、王宮の人たちしか知らないことだ。何か特殊な力を持っていても、不思議ではないと信楽君も納得していた。

 ドメール王子が信楽君の肩に手を置くタイミングで、俺が信楽君の肩に手を置いた。

 ──奪う、奪う、奪う、与える、与える、与える。

 信楽君にはついつい3つもやらなくてもいいところを、使えるスキルをチョイスして与えてしまった。

 彼の夢は、本当なら世界一のパティシエになることだった。もう、一生魔族や魔物なんかと、戦わなくたっていいんだぜ。

 いつか約束してくれた通り、世界一になったお前のケーキ、俺に食わしてくれよ。

 鑑定師のスキルを持つドメール王子が、そのことを信楽君に告げ、王宮の厨房で働いてみないか?と彼に聞いた。

 この国の料理長は、料理界では知らぬ者のない高名な料理人の1人で、デザインセンスにたけた料理と菓子作りが特に評判が高い。

 信楽君の表情がみるみる明るくなってゆくと、ハイ!と大きな声で返事をした。

 心が広くて優しい信楽君。きっと、どこでだって仲間が出来て、自分自身の努力で幸せになれることだろう。……こんなことしかしてやれなくて、ごめんな。


 次の魔法スキル持ちは地味子こと、仲田敦子。彼女の夢はメイクアップアーティスト。

 俺は彼女のスキルを奪い、新しく与えた。

 ドメール王子は、ジルベスタの下について勉強してみないか?と告げた。

 これはジルベスタも了承済みで、助手を欲しがっていたからウィンウィンだ。

 この世界で最も有名な化粧師である、ジルベスタの名前を、彼女はどっかから聞き及んでいたらしく、両手を口元にあててボロボロと嬉し泣きをした。

 マーカスがいなくなって、落ち込んでるかと思ってたけど、案外元気そうだな。

 お次は藤木聡太、小松英莉カップル。

 2人まとめて呼ばれるのはこいつらだけだったので、特に不思議そうにしていた。

 藤木の夢は親父のあとをついで左官職人になること。小松の夢は結婚式場の支配人。

 ドメール王子は、今回の騒ぎで亡くなった人が大勢いたこと、その魂を慰める為に、結婚式場をかねた教会を建てるつもりであることを告げた。

 それを建てるのに、藤木の力を借り、建てたあとの結婚式場を、やがて小松に任せたいのだと伝えた。

 そして、そこで最初の挙式をあげる恋人たちを、君たちにしたいんだけど、──どうだい?と。

 藤木と小松は真っ赤になりながら、ねえ、どうなんよ?と聞く小松に、ま、まあ、悪くねえかもな、と答える藤木。どうやらうまいことまとまりそうだ。

 元気でな、幸せになれよ。


 最後は但馬有季だった。但馬の夢は男性アイドルの推し活に全財産を突っ込むこと。これはどうしようもない。

 もう1つの具体的な夢は、英語を使って通訳として世界中を飛び回ること。

 この世界では、本当は国ごとに言語も文字も通貨も異なるらしい。けど、勇者召喚に巻き込まれたやつらは全員、この世界の人々の言葉や文字がすべて分かってしまう。

 エンリツィオとアシルさんはフランス人だし、俺が最初にスキルを与えたエンリツィオの部下の人たちだって全員ドイツ人だけど、同じ言葉を話してる。

 俺は日本語を話してるつもりでいるし、エンリツィオとアシルさんはフランス語を話してるつもりでいる。部下の人たちだってそうだ。

 逆にいえば、どこの国に行っても、勉強せずに通訳が出来るということでもある。

 新しく国王に就任したことで、今後の外交の為に、通訳を1人探してるんだけど、マリィの下で秘書として勉強してみない?とドメール王子は但馬に告げた。

 但馬は嬉しそうに目を輝かせた。

 江野沢が元に戻せたら、一番にお前に会いにくるからさ。それまで元気でな。

 元の世界には戻れなくなっちまったけど。だけど、こんな世界でも、楽しいことは少しくらいはあるから。みんな、頑張れよ。

 俺は心の中だけでそっと、3組の奴らに別れを告げた。これから世界を相手に、たくさん人殺しをしようとしてる俺には、──望むべくもない世界。

 いつか俺も彼らのように、平和な世界で幸せを望める日が来るのだろうか。

 答えはまだ、分からなかった。


 俺は3組の奴らのスキルを奪い終わると、ドメール王子に、少しジルベスタと話がしたいんだけど……、と伝えた。

 何か思うところはあるようだったけれど、ドメール王子は俺の為に、別に部屋を用意してくれると言ってくれた。

 他の男を好きな女性ばかりを好きになってしまうドメール王子は、ジルベスタの想い人が俺であったことにも、おそらく気付いてることだろう。

 俺とジルベスタを送り出してはくれたものの、心配そうな表情が隠しきれておらず、まるで主人を取られそうな大型犬みたいで、なんだか可愛らしくて笑ってしまった。

 これが最後だから、心配しないで下さいとドメール王子に告げて、部屋に行くと、ジルベスタが窓際に立ちながら俺を待っていた。

 俺を見つめたまま微笑みを浮かべたジルベスタは、ドメール王子と再会する前の、俺を好きでいてくれたジルベスタに見えた。

 ジルベスタに近付き、そっと両肩に手を触れて、ジルベスタの体を引き寄せた。

 俺はジルベスタにおでこをつけて、至近距離で目の奥を覗き込む。ジルベスタが甘い目線で俺を見つめた。

「……あなたのこと、好きだったわ。」

「……俺も。先に会ってたら、多分、あんたを好きだった。」

「……仕方がないわね。私たち。」

「うん。」

 ジルベスタが、目を閉じておでこと鼻を擦り寄せてくる。俺も寄せ返す。ほんとはあんたにキスしたいって、気持ちを込めて。

 俺にはここまでが限界だった。正直、抱けた筈の自分好みの相手を諦めるのって、スゲーもったいないとも思うし、相手もそれを望んでるのかも知れないけど。

 ──ジルベスタが俺のことを、真剣に好きなわけじゃなければ、ワンチャン抱いてたかも知んないけど。

 ちゃんと好きでいてくれたことが判るからこそ、江野沢にもジルベスタにも、どっちにも不誠実だと思うから出来なかった。

 ……大切だからこそ、ヤれないことって、あるんだな。

 俺たちは、お互い名残惜しい気持ちを伝え合うかのように、そっと抱きしめ合った。

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