第76話 [計画]と〈作戦〉
俺たちは[ラダナン刑務所襲撃計画]を、〈アプリティオ王宮襲撃作戦〉と同時にすすめることにした。
アプリティオ王宮が混乱している隙に、囚人を奪う計画で、俺たちの目的は刑務所襲撃だ。
現時点で欲しいのはエンリツィオの部下たちと、囚人たちの魔法スキルであって、ドメール王子たちの命ではない。
マリィさんの調査報告によると、有事の際は、刑務所の警備員の大半が、王宮の警護に当たるらしく、巡回の看守のみとなる。そこで一気に手薄になる。
魔法を制御する魔道具が大量に設置されている為、元々魔法使いたちが収容されているエリアの警備員は、他のエリアに比べると大分少ない。
俺と恭司が、隠密、消音行動、空間転移によって、魔道具をすべて破壊する。
そこに加えて、アプリティオ王宮襲撃により、警備員が手薄になったところで、あとはエンリツィオの部下たちによる物量作戦だ。
魔道具を破壊されたところに、6名のレベル7魔法使いを中心とした、実働部隊が投入される。
正直レベル7が6人ともなると、火力担当はその内5人だが、それだけでも相手に勝ち目がない。
エンリツィオがジュリアン魔法師団長と戦った時と同じだ。レベル7にはレベル6以上の、相手の弱点属性魔法が使えない限り、勝負を挑むなんて普通はしない。
最高でもレベル5までしかいない、この国の警備員や看守たちでは、レベル2差というのはお話にならないのだ。
他の面々はサポートと囚人奪取を担当する。安全なところに移動した後で、俺がスキルを奪い、エンリツィオの部下たちを除いた囚人を、また刑務所へと戻すのだ。
何が起きたのか、囚人たちも刑務所側も、現時点ではよく分からないことだろう。
そういえば、君に手紙の返事が来てたよ?と、アシルさんが俺に手紙を渡してくれる。
俺はアシルさんの目の前でそれを読むと、アシルさんの目を見てうなずいてみせた。
それを見たアシルさんも俺に対してうなずく。準備はすべて整った。
翌日、ホテルに王宮から使者が訪れた。ドメール王子から、ジルベスタを保護して欲しいとの依頼だ。ヤクリディア王女がついに動き出したのだ。
エンリツィオは1人で王宮に向かうと、真っ直ぐにジルベスタの部屋へと向かった。ジルベスタの部屋には、室内にマリィさんの護衛がついている。
現時点で部屋の外には変わった様子はなかった。エンリツィオがジルベスタの部屋の前に立った時、
「──おっと、動くなよ?
いくらニナンガの元魔法師団長でも、この近距離で俺の剣をかわせるとは思わねえだろ?」
マーカスがエンリツィオの首筋と腹に向けて剣を向けた。マーカスは双剣使いのスキル持ちだった。エンリツィオが冷たい目線でマーカスを振り返る。
「扉を開けさせるんだ。中の護衛の女を大人しくさせろ。そしてマガの王弟殿下ジルベスタを、こちらに引き渡すんだ。」
マーカスはあれからも引き続きヤクリディア王女の元へ客として通っていた。そして彼女の味方をする約束を、ヤクリディア王女は取り付けていたのだった。
「──俺だ。」
エンリツィオはジルベスタの部屋の扉を手でノックした。マリィさんがハイ、と返事をして、内側から扉を開ける。次の瞬間エンリツィオがサッと身をかわし、マリィさんの姿がマーカスの視界から消える。
──天空かかと落とし!!からの蟹挟みで頭を巻き込んでひねると自重で引き倒し、マーカスの背中を床につけ、自分の膝頭と右手を床に付ける。王宮の扉がすべてめちゃめちゃデカいからこその連続技である。
マーカスは、マリィさんの鼠径部に顔が挟まれてる格好だ。あ、それ、ちょっと羨ましい。
エンリツィオがマリィさんの家を訪ねた際に、ドアを足で蹴っていた理由がおそらくこれなのだ。足で蹴れば問題なし、手でノックした場合は異常事態。
知らない人の前でいきなり扉を足で蹴ったら、相手に違和感を与えるけど、普段がおかしなノックの仕方であれば、普通にしてるだけで、敵には気付かれずにマリィさんに異常を知らせることが出来る。
さすが元ボスの愛人兼、ボディーガード。こんなとこまで抜かりがない。
この為にエンリツィオが1人で部屋に向かったのだ。マーカスを油断させる為に。
護衛?当然俺と恭司とアシルさん──アシルさんは元々土魔法レベル7と回復魔法レベル6と隠密のスキル持ちである──が隠密と消音行動で待機して見守っている。
万が一もないのだ。
その時地面がグラグラと小さく揺れだしたかと思うと、扉の奥の、ジルベスタの部屋の天井を含む、俺たちのいる、この辺り一帯の天井が崩れ出す。
エンリツィオが地面にしゃがんでいたマリィさんを抱き上げてかばうと、落ちてくる天井の瓦礫に闇魔法を放って破壊した。
マリィさんのいた場所にも天井の瓦礫が崩れ落ち、マーカスはその下に生き埋めになった。部屋の中の崩れた天井がジルベスタを襲う。俺は思わず中に飛び込んだ。
──ジルベスタ!!
だがそれよりも素早く、俺を追い抜いてジルベスタに覆いかぶさった人影があった。パラパラと音を立てながら、しばらく崩落は収まった。
その人影は天井の直撃を受け、頭から体から、大量の血を流していた。
「ドメール……王子……。
どうして……。」
ジルベスタは恐怖に震えながらその名を呼んだ。
「迷惑だろ、好きなのさ。
──あんたが。
……駄目だな。俺だけの為にキレイになってくれる女を選ばなきゃ駄目だってのに、他の男を好きで、辛い恋をしてる女ばかり、好きになっちまう。
本当に、馬鹿だ……な……。」
ドメール王子が力尽きてジルベスタの上に倒れ込む。俺は急いでドメール王子に駆け寄ると、土魔法で瓦礫を砂に変え、知能上昇を使い、フルマックスの回復魔法を放った。
──始まったのだ。ヤクリディア王女の作戦が。俺は崩れた天井から空を見上げる。そこには巨大なドラゴンの頭に跨がって、高級娼婦の衣装を身にまとった、半裸のヤクリディア王女の姿が見えた。
ドラゴンはアプリティオの王様が、龍化のスキルで变化したものだ。末っ子というものは、“立ってる者は親でも使う”というが、本当に実の親を洗脳して作戦に利用するとは。
〈アプリティオ王宮襲撃作戦〉は、俺たちの計画ではない。マリィさんがヤクリディア王女を調べる中で発覚した、ヤクリディア王女の作戦だ。俺たちはその混乱を、[ラダナン刑務所襲撃計画]に利用したのだった。
だからマーカスがジルベスタを襲うことも最初から知っていた。それをドメール王子に伝えて、秘書のマリィさんをジルベスタの護衛に付けておいて貰ったのだ。
ヤクリディア王女は、兄の命と、兄の愛するジルベスタの命を、一度に亡き者にすることと、自らの力を見せ付けることを狙ったのだ。
兄がいなければ、直系の子孫は自分だけになる。大臣たちは再びヤクリディア王女を後継者に据えるしかなくなる。
ジルベスタを狙ったのは、兄に対する意趣返しと、万が一にも兄の子を妊娠してたら困るから、とマーカスに話しているのをマリィさんが聞いていた。
ドメール王子は人目をはばからない人だ。ジルベスタを好きになっていたことなんて、この時点で既に、特に調べずとも王宮中の人間が知っていた。
だが、みんな本気じゃないと思っていた。当のジルベスタをはじめとして。だっていつも誰かを口説いていたから。あのリスリーすらも、以前口説かれたことがあったから。
けど、ヤクリディア王女は、今回は少し違うようだということを、マーカスから聞いて知っていて、既に2人がデキていると思いこんでいたのだ。
その為に王宮すら破壊するとは、なんとも短絡的思考ではあるが、ヤクリディア王女の性格を考えれば、それ程不思議な行動でもなかった。
と、同時に、空に信号弾が打ち上がる。俺はそれを見て窓から身を乗り出して、信号弾が発射されたところを見た。
「──来たな。」
離れた建物の屋根に、7人の人影が見える。
サキュバスみたいな見た目の垂れ目の黒髪の女。
角をはやしたツリ目の緑髪の女。
褐色の肌に金髪ショートの僕っ子。
猛禽類の羽が生えたおっとりお嬢様系銀髪ロング。
気の強そうな犬歯の長い赤髪。
薄紫髪のツルペタロリ子。
その6人が3人ずつに別れて、中央の人物の左右に立っている。
通称、魔王候補のハーレム6人衆。
俺が演出家なら、ここでテーマソングでもかけながら、女どもを1人ずつ、身体的特徴を部分的にアップにして、最後にお前を抜いてやるぜ、──篠原英祐!!
「いくよ、みんな。」
「「「「「「はい!!!」」」」」」
篠原の声とともに、思い思いの方法で、ハーレム6人衆が空中へ飛びだし、アプリティオの王様目掛けて飛んだかと思うと、篠原が爆発飛散し、それと同時にアプリティオの王様の前に転送して、再び篠原へと再生する形でテレポートする。
なんだそれ、凄え!!
ハーレム6人衆がドラゴンと化した、アプリティオの王様に一斉攻撃を放つ。篠原は魔族の国で魔族の魔法を覚えたのだろう、空中に魔法陣を描くと、空に浮かんだまま、アプリティオの王様の頭の上に乗っかった、ヤクリディア王女を見た。
「──え、江野沢さん?」
ほぼ全裸に近い格好のヤクリディア王女を見て、篠原が赤面する。まあ、知り合いの裸って一番エロいよな。
ましてや江野沢は、俺に夢中なせいで、あんまりモテなかったってだけで、男子の間で密かにつけられていた、校内女子人気ランキングでは、堂々の3位を誇る。
おまけにちょっとオッパイもデカい。見た目だけならそんな子が半裸なのである。篠原の反応も無理からぬことだった。
ちなみに1位は3年の先輩で、2位が学年ナンバーワン美少女こと皆川紗代子だ。だから江野沢を説明する時に、ああ、あのボブカットの可愛い子、で大体通じてしまう。
ちなみに俺の顔面はというと、女子の間では、中の上か上の下くらいと大体評価されているらしい。普通かちょっと上くらい。176の身長のおかげで、そこに更に加点してくれる子もいるにはいるが。
そのせいで俺は、成績は常に学年20位以内、教科別ならたまにトップを取り、走ればクラスで5位以内という、それなりのスペックを誇るものの、なぜかそんな江野沢に好かれていることで、そこそこ君、という大変不名誉なあだ名で呼ばれるようになり、イタズラ好きな恭司とともに常に悪さをしているということで、何気に校内で俺を知らない人間はいない。
江野沢は俺を好きなことを隠そうともせずに、常に丸出し、たれ流しだった為に、思春期爆発真っ最中だった俺は、それが恥ずかしくて、校内では常に江野沢を避けて過ごしていたのであった。
ええ。──ツンデレですけど、なにか?
俺の手紙のやり取りの相手は篠原だった。アプリティオの国王とヤクリディア王女を襲う役目を頼む為だ。俺たちはスキルを手に入れ、戦力を整えるまで、表立って王族を襲うという目立つ動きが出来ない。
元々魔族は、人間の国が攻めて来ていることで、兵力をたびたび人間の世界に送り込んでいることは、ジュリアン魔法師団長が言ってた通りの周知の事実だ。
そこについに幹部クラスが乗り込んで来たっていっこうに不思議じゃない。
人間の世界の王族をすべて滅ぼしたいという、最終的な目標が合致し、既にニナンガ王国奪取の際に協定済みの俺たちは、目立つ役目を篠原たち魔族に頼んだのだった。
俺は先にラダナン刑務所に侵入し、すべての魔法阻害魔道具を破壊済みだった。魔道具は侵入者に分からないように設置されている為、当然警備員や看守が、パッと見て分かるところにはない。
だが、魔道具に使用されている魔石そのものが魔力を放っているが為に、俺の魔力感知に引っかかってしまう。
あとは見つけるごとに、隠密と消音行動で壊すだけ。おまけに消音行動が破壊音すらも消してしまう。暗殺者にとって強力なスキルと言われる所以である。
扉は空間転移で移動するので、警備員が鍵を開けるのすら待つ必要がない。それらを終えてここに駆けつけていた。
アプリティオ王宮が襲われているのを知った警備員が集まり、手薄になったラダナン刑務所を、エンリツィオの部下たちが襲う手はずとなっている。
あとはアプリティオの王様と、ヤクリディア王女を倒すのみだ。
ドメール王子とジルベスタを保護したアシルさんが、安全な隠れ家まで2人を送り届けるよう指示した後で、大量の血を流してしまったドメール王子の手当の為に、医師のスキル持ちと薬師のスキル持ちを、隠れ家に送るよう、別の部下に手配を指示した。
俺の回復魔法は、傷は塞げても流れた血はもとに戻せない。回復魔法と回復薬は、あくまでも傷を塞いで体力を回復させるだけ。死にかけている人間には効かないのだ。
そこで医師と薬師が必要になる。この世界には輸血なんてものはない。血液を増やす薬を薬師が作り、医師のスキルでそれを早める。ようするに増血剤を与えてそのスピードを早め、自己回復を促すのだ。
それだって、血を流し過ぎてショック状態に陥っていれば手遅れなこともある。正直、あそこまで血を流していては、助かるかは賭けに等しかった。
その時、突如として恭司の姿が、俺の目の前で突然薄くなり始めた。
「え?ちょ、え?」
恭司が慌てふためいている。恭司も俺も混乱する中、俺の目の前から、恭司はふっと姿を消したのだった。
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